虎と熊と妖精族
無理はしても良いけど、無茶はいけない。
秀吉軍がとうとう主力を、アンデッドからハイタイガーとブックベアーに変更をしてきた。
昨日は魔法の霧で覆い、太田とゴリアテ達を蹂躙したハイタイガー。
かなりのミノタウロスとオーガが負傷したのだが、そんな彼等を救ったのは長秀と阿吽の三人だった。
だから今回最初から前に出てきたハイタイガーとブックベアーには、この三人を当てるのは当然になる。
だけど問題は、太田とゴリアテが納得するかという点もある。
二人は仲間を、藤堂と加藤にかなりやられてしまったわけだ。
ここで長秀達に相手を譲ってしまえば、彼等の出番は無いだろう。
出番が無いという事は、二人にとってリベンジするチャンスが無くなるという意味でもある。
だから敢えて今回は、二人には出撃を控えてもらおうかと考えている。
太田とゴリアテ本人には、大きな怪我は無い。
だから二人だけ出撃するなら、問題は無いと思う。
しかし今回それを許すと、おそらくは藤堂と加藤に挑もうとするだろう。
そこで出てくるのは、無理と無茶という言葉である。
まずこう言うと二人は気を悪くすると思うが、いくら身体が大きな太田とゴリアテでも、城が変形して出来たハイタイガーやブックベアーでは大きさの規模が違う。
ハッキリ言おう。
生身で挑むのは無茶である。
無理ではなく、無茶なんだよ。
じゃあこの二つの意味は、どう違うのか?
まず最初に無理という言葉は、確かに困難ではあるけど、頑張れば出来なくはないという意味がある。
無理難題を突きつけられたというのは、難しいけど出来なくはない問題だという事だ。
しかし無茶は、そんな無理難題を通り越して現実的ではないという意味になる。
要は無茶というのは、実現出来ない事を言うわけだ。
長秀達が生身で挑めるのは、執金剛神の術で巨大化出来るからであって、彼等からしたら無理でも無茶でもない。
無理はしても良いけど、無茶はいけない。
その辺りを気にしないと、本当に取り戻せない結果になってしまうからね。
二人にはその辺を、僕からじっくりと説明しないといけない。
そう考えると、少し憂鬱である。
立ち上がった本多忠勝こと、カッちゃん。
彼は太田やゴリアテに負けず劣らずの、巨漢である。
「誰だ、この男は?」
輝虎がカッちゃんを見て、少し警戒をしているように思える。
カッちゃんの強さを肌で感じ取ったようだ。
「彼は本多忠勝。カッちゃんと呼ばれているけど、実力はある。なかなかカッコ良い人だよ」
「見ただけで、毛が逆立った。確かに強いのは分かる。魔王軍、なかなかの実力者揃いのようだ」
カッちゃんは僕が自由に扱える人物ではないけど、実力だけならトップクラスになる。
輝虎も見ただけで彼を認めているし、寝返った事に後悔が無いように思えてもらえただろう。
「カッちゃんカッコ良い!」
囃し立てるようにマッツンが叫ぶ。
だがすぐに元気無く、座り込んでしまった。
「ハァ、腹減った」
「そう、マッツンは腹が減っている。だからこんな戦いさっさと終わらせて、皆で宴会をしないといけないんだ!」
「ありがとう、カッちゃん!」
「マッツンの為なら、俺が全員ぶっ飛ばしてやるって」
「・・・ちょっと頭は弱そうな気がするな」
悪ノリする二人に、輝虎は冷めた目を向けている。
カッちゃんは強いけど、マッツンに乗っかるからなぁ。
こういう姿を見せると、あまり印象は良くないし。
「カッちゃん、そしたら左軍を頼むよ」
「任してくれ。それじゃマッツン、俺の勇姿を見ていてくれよな」
あんまり悪目立ちしても困るし、ここは早々に戦場に向かってもらおう。
「右軍は予定通り、タツザマ隊。いや、イッシー隊も合流させましょう」
「二部隊を同時に?」
「だったらトキドの方が良いんじゃない?」
官兵衛の提案に、オケツと僕が疑問を持った。
タツザマなら、同じ国の人間であるトキドの方が向いていそうな気がする。
しかし官兵衛の考えは違うようだ。
「トキド殿の戦い方は、良い意味で豪快。悪く言うと、周りに被害が及びます。タツザマ殿の指揮に影響が出ないとも言い切れません」
「なるほど。イッシーなら臨機応変に対応出来るし、タツザマとも合わせやすいか」
「流石は官兵衛殿。よく見てますなぁ」
オケツもトキドに関しては、同じ印象があるらしい。
だから彼は、他の人とはあまり組ませないようにしていたようだ。
「というわけで、この布陣で行こう」
「加藤、ブックベアーの調子はどうだ?」
「悪くない。修理というより、パーツ交換で済ませたからな」
予備パーツを用意しておくのは鉄則。
藤堂と加藤は、同じ考えだった。
これは彼等の城造りも同じ考えであり、いくつかパーツを用意しておいて、それを組み合わせるだけで完成させていくという手法を取っている。
それは現代の建築技術を知識として知っているから、このような考えに至るのだった。
「来たぞ」
ハイタイガーの先には、まだ執金剛神の術を使っていない長秀と阿形、吽形の姿があった。
三人は距離を空けて巨大化する。
「今日は昨日とは違う。こっちも最初から全開だ!」
「それはこちらとて同じ。今日は完全に破壊してあげますよ」
阿吽の両手には、スティレットとダガーがあった。
彼はハイタイガーとブックベアー、両者の装備を確認すると、ハイタイガーの前へと移動する。
「よろしいですか?」
「任せよう」
必然的にブックベアーの前に行く長秀。
今回は彼も最初から武器を持っており、まずはダガーを装備していた。
「昨日は頭を貫いたのに、早々に直ったようで何より」
「なあに、あの程度は簡単に直せるのでお構いなく」
「では今日は、直せないくらいに破壊してみせよう」
「ハハハ。出来ない事を口にしない事だ」
煽り合う両者。
そんな中、まず最初に動いたのはハイタイガーだった。
「死ね」
後ろ脚の付け根に取り付けられたビーム砲。
角度を調整すると、阿吽の腹目掛けて飛んでいく。
それを身体を斜めにして避ける阿吽。
「チィ!避けられたか。ならば、これはどうかな?」
背中のハッチが開くと、空に向かってミサイルが発射される。
ミサイルが落下し始めると、突然外装が剥がれ、中から小さなミサイルが何十にもなって降り注ぎ始めた。
「これは!?」
すぐに後ろへ大きく飛び退く阿吽。
立っていた場所はミサイルの雨で、土煙が充満していた。
そしてその土煙を利用して、今度はブックベアーも行動を開始した。
「ゴホゴホ!」
長秀が土煙で咽せていると、土煙の中から突然ブックベアーが姿を見せた。
両脚に取り付けられた長い刃が、長秀の腹を狙う。
「このっ!」
長秀は慌ててダガーを立てると、刃を受け流した。
「今のを避けるか。反応が早いな」
今回の武装に合わせて、加藤はブックベアーの仕様も少し変えていた。
それは最高速度よりも隠密性を高める為、脚の裏にあるタイヤを静音性の高い物へと交換していたのだ。
その効果は大きかったようで、ミサイルの雨の中でブックベアーが動いている音は、長秀の耳には届いていなかった。
そのせいで土煙の中から突然現れたように感じた長秀は、慌てて対応する羽目になったのだった。
長秀は後方に回り込んだブックベアーに対応する為、振り返って加藤がやって来るのを待った。
だがそのまま後方に進んでいくブックベアー。
彼はその時気付いた。
「しまった!」
ブックベアーが向かう先には、大きく後ろに飛び退いた阿吽の姿があった。
ミサイルの土煙がまだ晴れていない中、静かに迫るブックベアー。
「阿吽、気を付けろ!」
大きな声で叫ぶ長秀だが、ミサイルの爆発音に負けているのか、阿吽は気付かない。
そこで彼は、自身の得意な魔法を使用する事にした。
「うん?何だ?」
ゆっくりとスピードが落ちていくブックベアー。
すると脚に、蔦のような植物が絡んでいるのが分かった。
アクセルを踏み込むと、それを力で引き千切っていく。
「この辺りに茂みなんかあったか?」
独り言を呟きながら、土煙の中を進む。
しかし今度は、大きくガクンとスピードが落ちた。
「な、何だ!?」
「捕まえたぞ!」
長秀の声が聞こえ振り返ると、そこには背中を掴んで進行を止めている長秀の姿があった。
しかしスピードは大きく落ちたが、前には進んでいる。
それは長秀の力よりも、ブックベアーのトルクの方が強いという証明だった。
「ふむ、だったらこれはどうかな?」
「は?ぐおっ!」
突然アクセルを緩める加藤。
両足で踏ん張って止めていた長秀は、後ろへバランスを崩した。
だが古武術を使う長秀は、バランスを崩しても倒れたりはしなかった。
そこに猛スピードで後退したブックベアーはお尻で押し潰すように長秀へと体当たりをしたのだった。
流石の長秀もそれには対応出来ず、倒れてしまう。
「チャンスだ!」
倒れた長秀に対し、後ろ脚の剣の角度を変えて再び後退するように迫るブックベアー。
すぐに立ち上がりダガーを持って対応した長秀だったが、彼はそこでフッと笑った。
「何がおかしい!?」
「流石だな。後ろにも目があるかのようだ」
「当たり前だろう。ブックベアーは全方位からの攻撃をカバー出来るように、至る所にカメラが取り付けられているからな」
自慢げに語る加藤だが、長秀はその欠点を指摘する。
「それは凄いと思う。だが、その映像を見るのはお前一人だな?だからこうなるだぞ」
「何を?うわあぁぁぁ!!」
突然横に倒れるブックベアー。
顔面を阿吽に蹴り飛ばされ、吹き飛ばされたからだった。
「イタタタ。何故お前がここに?」
「全方位にカメラがあっても、見る人が居なければ意味が無い。それを身をもって知ったんじゃないか?」
「う、うるさい!」
ブックベアーの中で顔を赤くする加藤。
長秀の指摘に反論出来ずその通りだと認めたが、それを言葉にすると負けた気がした加藤の、精一杯の言葉だった。
「藤堂、しっかりしてくれよ」
「すまない。土煙に紛れて移動しているのは分かったのだが、お前も巻き込むと思って発射をやめたんだ」
土煙の中でも赤外線サーモグラフィーで、阿吽の姿は確認していた藤堂だったが、彼等が突然何かを見つけたように走っていくのには対応出来なかった。
「何故気付いたんだ?」
「さあ、何故でしょうね」
「あ、そう。妖精族は心が狭いなぁ」
「分かる分かる。妖精族って身体が小さいからか、心も狭いよな。まあ心が狭い奴は、たかが知れてるって」
はぐらかす阿吽に、怒りを隠しながら言う加藤。
藤堂もそれに乗っかる。
するとその時、大坂城に居た男が突然立ち上がった。
「どうした、福島。突然立ち上がって」
「すいません。今知ってる人に、とてもバカにされた気がしたんですけど。何故だろう、帰ってきたら藤堂さんと加藤さんに、パンチしたい気分です」