静かに怒る妖精族
やっぱりストレートに言える人は、ちょっとだけ羨ましい。
朝になり起きてきたロックは、こちらに迎え入れた上杉輝虎を熱烈に歓迎していた。
キミ、キャワウィウィね〜。
業界人っぽい言い方で腹が立つが、少しだけロックに感心出来る。
女性に向かってすんなりと、可愛いねと言える精神が、僕には無いからだ。
普段から思ってるよ。
長可さんは美人だし、マリーは綺麗だ。
輝虎は多分歳上だけど、とても可愛らしい。
うん、思ってはいる。
だけどそれを、面と向かって言う度胸は無い。
勿論、恥ずかしさもあるよ。
キミ、可愛いね。
綺麗だねと言えますか?
意を決して言う事は出来るかもしれない。
でももしかしたら、噛んでしまうんじゃないかと心配になる事もある。
可愛いと言いたいのに、キャワイイになったりしたら・・・。
めっちゃ恥ずかしい!
顔から火が出るくらいだと思う。
多分僕なら、その場から走って逃げるね。
そしてもう一つ、こうも思ったりする。
コイツ、気持ち悪いとか思われたりしないかな?
意を決して、可愛いねと言ったとしよう。
恐る恐る反応を見たら、その視線がドブネズミとかゴキブリを見るような目だったら。
蔑むというよりも、最早存在すらするなと言わんばかりの視線で見られたら。
僕は生きていけないと思う。
皆が皆、そんな反応をするはずは無いと思うよ。
でも中には、そんな人も居そうだし。
万が一かもしれないけど、もしそんな反応をされたら、僕は自分の事を、魔王ではなく存在してはいけないゴミだと、今後は思って生きていく自信がある。
自己評価が低いと言う人も居るかもしれない。
でもこれは、僕だけの意見ではない。
兄も似たような事を思っている。
兄なんかはプロ野球選手になれそうだったくらい、有名な野球選手だ。
それなのにそう思っていた。
だったら何の取り柄も無い僕は、兄よりもっと酷い目で見られそうだし。
そう考えるとロックとマッツンの精神力って、本当に尊敬出来るな。
今後、本人には内緒で尊敬しておこうと思う。
よく見てみたら、ナイフ投げてきた奴の鼻血だコレ。
何でかなと思ったら、ヴラッドさんも鼻に何かを石飛礫でも当ててたみたいだ。
薄らと鼻の頭が赤くなっていたが、それよりも驚いたのがどうやって鼻血を操っているかという点だった。
【ヴラッドさんの指を見てみろ】
指先?
あ、いつの間にか切れてる!
なるほど。
鼻に当てた石に自分の血を混ぜて、それを相手の鼻血と混合させて操ってるのか。
男の顔色は、既に真っ青である。
多分僕を守るこの赤いヴェールのせいで、貧血なんだろうな。
「コイツ、硬いな!」
赤いヴェールに剣を叩きつける奴や、火魔法や水魔法をぶつけてくる敵一行。
しかし僕に集中しているからか、ヴラッドさんには無警戒の様子。
「目的は魔王様ですか。私もナメられたものですね」
ヴラッドさんが男達に赤い鞭でぶっ叩く。
コレは自前の血を使った鞭のようだ。
しかも自由自在に操れるようで、ヴラッドさんは鞭を男達の首に巻きつけて窒息させようとしている。
「それ!それ!」
血の鞭で足が着かないくらい微かに持ち上げると、顔面にパンチを叩き込んでいく。
やはり鼻血や、口の中を切るのが目的らしい。
「さてと、これで血の補充は出来ますし。また上杉隊の偽者が来ても、問題無いと思います」
「ありがとう」
僕は赤いヴェール越しに、ヴラッドさんにお礼を言った。
ただしコレ、いつ消えるのか分からない。
流石に他人の血を浴びてまで、潜り抜けたいと思わないし。
ちょっとだけ触れてから、考えようかな。
【やめておけ】
何故?
内側からなら、頭に何かを被って脱する事も出来そうなのに。
【よくよく考えてみろ。コレ、鼻血だからな】
ハッ!
言われてみれば確かに。
【下手するとこの赤い膜、鼻水混ざってるかもしれないからな】
「ばっちぃな!」
「はい?」
しまった。
兄のせいで思わず、心の声を叫んでしまった。
流石に見ず知らずの他人の鼻水に、触れたいとは思えないな。
「魔王様、敵に動きがありました」
昨夜、自陣に戻った藤堂と加藤は、憤慨していた。
ハイタイガーとブックベアーが、妖精族の二人に壊されたのが原因である。
「うわぁ、足がスッパリと斬られてる」
「こっちのダメージも大きいな。俺達の力作をよくも!絶対に許さない」
ダメージの確認をしている二人。
そこに来訪者が現れると、藤堂と加藤はぶっきらぼうに答えた。
「どうだ、今夜中に直せそうか?」
「今夜中!?無茶な要望を言う」
「って、秀吉様!?」
「えっ?」
まさか尋ねてきたのが秀吉本人だとは思わず、二人は失礼な態度で答えていた。
慌ててハイタイガーとブックベアーから降りてくると、目の前で跪く。
「難しいか」
「いえ、直してみせます」
「本当に直せるのか?」
「ちょっとした裏技を利用すれば、戦力的にも何とかなるかと」
藤堂が裏技と口にすると、秀吉の顔に笑みが浮かぶ。
秀吉は正攻法よりも、そういう言葉に弱かった。
「期待している。よろしく頼むよ」
裏技が何なのか聞かれると思いきや、それを楽しみそうにしながら秀吉は去っていった。
すぐに加藤が立ち上がると、裏技の件を聞き出す。
「裏技って何だ」
「アレだよ。出来るだろ?」
アレと言われて、何の事か思いつかない加藤。
しかし藤堂が身振り手振りをすると、すぐに理解した。
「なるほど。しかしアレをやるなら、もう少し武装が必要だろうな」
「フフフ、既に用意しておいたんだよ」
藤堂が壁のレバーを下げると、ハッチが開いていく。
中には多くの巨大な武器が内蔵されていた。
「いつの間に?」
「いやぁ、昔から興味があってね。子供の頃、特撮が好きだったさ」
「なるほどね。それにしても、コッチは驚いたぞ」
「それも乗れるんだけどね。今回はコンピューターで呼ぶだけになりそうだな」
惜しそうに言う藤堂だが、加藤は満足そうに頷く。
翌日の勝利を確信したのか、加藤は気合を入れ直した。
「よっし!ちゃっちゃと直して、明日はあの妖精族をギャフンと言わせようぜ!」
「俺とお前なら、絶対に勝てる。やるぞ!」
二人はやる気を漲らせながら、休憩も取らずに早々に修理に取り掛かったのだった。
「そうか。動きがあったか」
官兵衛の声に、返答はしておいた。
返答はしたのだが、いかんせんこの赤いヴェールが邪魔で何も見えない。
薄いから近くは見えるのだが、遠くはボヤけていて全く分からないのだ。
「ヴラッドさん、ちょっとコレ解除出来ないですか?」
「駄目ですよ。せっかく防御壁として使ってるのに」
「何も見えないんですけど」
「・・・解除!」
鼻血ヴェールが突然無くなった。
どうやら不便だという事に、気付いてくれたらしい。
「まさかそんな欠点があったとは」
ヴラッドさんは凹んでいた。
非力で戦えない人を守る為なら、この鼻血ヴェールはとても役に立つと思うんだけどね。
特に子供なんかを守る場合、吸血鬼達のあの物騒な戦い方は見せられたものじゃない。
腕や足が吹き飛ぶだけじゃなく、首も刎ねられて血がビュービュー噴き出すからね。
それを浴びて笑ってる姿は、明らかに魔王よりも魔王っぽいし。
あんなの子供に見せたら、トラウマ一直線だから。
「なるほど。ハイタイガーとブックベアーを、前面に出してきたか」
昨日は太田とゴリアテの部隊を半壊させる為に、投入してきた。
だが今回は、向こうから先に出撃させている。
おそらく相手になるのが長秀と阿吽しか居ないと、分かっているからだろう。
まあ僕も本当は戦えるけど。
「やれやれ。挑発されているみたいですね」
「昨日は私達の完勝だと思ったんですけど。どうやら自分達の弱さが理解出来ていないようです」
阿形と吽形が、笑顔で毒を吐いている。
長秀もそれを止めない辺り、同じ意見のようだ。
「また三人に頼んでも良いかな?」
「承知しました。今日は全壊させてから、帰投するつもりです」
「そ、そう。頑張って」
負ける気などさらさら無いらしい。
確かに二人がかりで来られると厳しいけど、同じ人数なら怖くない。
コレなら余裕だろうな。
『その見解は甘いのではないか?よく見てみろ』
ガイストから忠告を受けた僕は、目を凝らして見た。
「ん?外装が変わってる?」
ハイタイガーとブックベアーは、二体とも動物形態で進んできている。
しかし昨日見た時とは、大きく異なっている点もあった。
その大きな特徴が、後ろ脚の付け根に取り付けてある、ビーム砲のような装備だ。
ハイタイガーの後ろ脚にはそれが取り付けてあり、ブックベアーには昨日は無かったロングソードがある。
おそらく今日は、様子見ではなく本気だと言いたいのだろう。
「昨日負けたのは、武装していなかったから」
「フフ、そう言いたいようですね」
阿形と吽形が笑っている。
しかし冷静な声とは裏腹に、目は笑っていない。
「長秀」
「分かっております」
良かった。
長秀は二人と違って本当に冷静なようだ。
「これこれお前達。そんな殺気を放つものではない。敵に気取られてしまうだろう?」
「申し訳ありません」
「殺気は対峙した時に放ちなさい。それこそ、全力で壊す為にね」
「それは?」
「乗り物も乗り手も、両方だ。勿論、心もね」
笑顔で言う長秀。
それに応えるかのように、阿形も吽形も笑顔である。
『この三人、思ったより紳士ではないな』
うーん。
ガイストは僕達の記憶から、三人が紳士だと思っていたようだが。
これには僕も否定出来ないな。
「左右にはアンデッドを展開しているようです。昨日までとは違いますね」
「誘いでまた、後ろには秀吉軍も待機しているかな?」
「そうですね」
昨日は太田とゴリアテが、その罠に嵌ってしまった。
今回も同じ罠なのか。
それとも今度こそ秀吉軍が、前面に出てくるのか。
「太田とゴリアテは・・・」
うーん、今回は出しづらいな。
完全回復で傷は癒えたけど、やっぱり血が足りなかったりで万全じゃない。
無理をさせて崩されても、困るのはこっちだし。
「どうするべきかな?」
官兵衛は、イッシー隊とタツザマ隊を使おうと提案してきた。
だけどイッシー隊は、何となく残しておきたいんだよね。
嫌な予感ではないけど、昨日と同様に罠がありそう。
そうなると臨機応変にすぐに動けるのは、イッシー隊だと思うんだよ。
「勘ですか」
「やっぱり微妙だよね」
「魔王様の勘なら、あながち放置出来ないですから。しかしそうなると・・・」
悩んでいる官兵衛に対し、待ってましたと立ち上がるトキド。
だがそのトキドの頭を押さえて、立ち上がった人物が居た。
「ここは俺達の出番かな。ずっと真っ暗な場所に引き篭もってただけだし。そろそろ俺達も、マッツンに良いところ見せたいからね」