暗闇の再会
ラブコメ反対。
でも傭兵歓迎。
上杉輝虎は雇い主である藤堂高虎の裏切りによって、こちらに協力してもらえる事になった。
まあ自業自得ってヤツですな。
せっかく慶次とタメを張る強さを持つ輝虎を、捨てたんだから。
こう言ってはアレだが、瀕死の慶次だけを攻撃していれば、後からどうにか説得出来たかもしれないのに。
手が滑ったとか足が滑ったとか、適当な言い訳で輝虎が納得するとは思えないけど、彼女だって傭兵なのだ。
戦だから敵は殺すべきという考えは、彼女にも分かるはず。
ちゃんと慶次を殺すだけの理由を、嘘偽り無く説明していれば、納得してくれたんじゃないかなぁ。
敵である彼等の考えなんか分からないけど、輝虎を手放すのは確実に失敗だったと僕は思う。
そもそも藤堂高虎という人物は、こちらでは評価は低い。
ハイタイガーという大きな虎や城を造ったりするのは、凄いと認めよう。
だけどハイタイガーさえ無くなってしまえば、彼はおそらく相当弱い。
そうだなぁ、僕と魔法以外で戦っても互角なんじゃないか?
勿論、彼は魔法を使ったとしてもね。
それくらいこちらからは、あまり脅威に感じていない。
正確には、感じていなかったと言うべきかな。
やっぱり大きいだけあって、ハイタイガーも面倒な存在には間違いない。
でもそれに胡座をかいて輝虎を蔑ろに扱うのは、別問題だと思うんだよなぁ。
それに彼女には、自分だけの部隊があるらしい。
多種族の獣人族による混成部隊らしいけど、僕達の居る江戸城を襲おうとしたゲリラ部隊を任されるくらいだ。
捨て駒じゃなければ、かなり有能な部隊だと思われる。
そう考えると藤堂のした事って、秀吉に怒られるんじゃないのか?
敵が内輪揉めしてくれるなら大歓迎だけど、あまりにお粗末な気もする。
もしかしたら最初から、彼女達は捨て駒だったのかな。
だったら納得出来てしまうんだけど。
輝虎ほどの人材を、捨て駒として扱う。
もしそれが本当なら、秀吉軍の人材は僕達が思うよりもはるかに豊富なのかもしれないな。
慶次は勘違いしていた。
殺人許可を出した輝虎に怒りを感じたが、それは向こうも同じ。
手を抜けば殺されるのは、こちらかもしれない。
輝虎が言っていた事は、全て正論だった。
そして又左の対応に関しても、おそらく最も正解に近い答えだった。
「私達は別に戦いが好きなわけではない。ただ生きる為に戦うのだ。だから自分より強い相手になど、挑んだりしない。そんな事をする奴は、ただの馬鹿だ」
「馬鹿!?」
自分より強い奴に挑む慶次は、ストレートに馬鹿と言われショックを受けた。
少し呆けていると、そこに輝虎の部下がやって来る。
「姉御、ビンゴですぜ。敵さん、この辺りで何かを探してる。色々な種族が居るけど、中には獣人族も居るぞ」
「ふーむ。お前の兄貴、部隊を率いてるんじゃなかったか?こちらと同じ、混成部隊なのか?」
「兄上が率いるのは、獣人族やハーフ獣人だけでござる。いや、それはこちらの部隊でござるな」
「洗脳されている今の部隊は、どんな連中か知らないわけだ。よし、夜目の利かない奴を見つけて、捕まえろ」
輝虎が命じると、男は走り去っていく。
「捕まえてどうするつもりでござるか?」
「奴等の目的を聞き出す。探しているのがお前の仲間なら、先に見つけないといけない。そうじゃなく偵察程度であれば、この場を離れて違う場所を探す」
「なるほど」
輝虎の考えを聞いた慶次は、感心した。
今回の目的は、沖田との合流である。
もし敵の部隊の目的が、沖田の捕縛もしくは討伐だというのなら、彼はまだ見つかっていない事を意味する。
しかし偵察の場合は、既に捕まっている可能性もある。
敵の目的が分かれば、沖田の安否も少しは分かるのだ。
しばらく待っていると、輝虎の部下が複数人でこちらにやって来た。
どうやら真ん中の一人は、秀吉軍の者のようだ。
その男は獣人族ではなく、鳥人族だった。
「捕まえたか」
「んー!んー!」
騒がれて場所がバレないように、口に猿轡がされている。
タオルだから呼吸はしやすいとは思うが、顔はかなりボコボコだ。
「痛めつけたようでござるな」
「そりゃそういう世界で生きてきているからな。さて、お前には聞きたい事がある」
輝虎が猿轡を外すと、周囲を見回している。
目の前に居る輝虎に、気付いていないらしい。
「お前、鳥目か?」
「おっと!目の前に居たのか」
「相手はただの寄せ集めみたいだな」
夜なのに、夜目が利かない者を狩り出している。
それは向こうの指揮者が、能力を把握しきれていない事を意味していた。
「僕を拉致して、何をしようというんだ!?」
「それはお前が、私達の質問に答えてからだ。お前達の目的は何だ?」
「それは・・・偵察だ」
男が答えると、慶次が顔を顰める。
鼻を押さえると、慶次は輝虎に言った。
「コイツ、動揺しているでござる。おそらく、嘘を吐いてる臭いでござるな」
「そんな事が分かるのか!?」
「そういえば、何故でござろう?そんな気がするのでござる」
自分でも理由は分からないが、そんな気がする。
慶次は確証の無い確信があった。
「だ、そうだが。もしお前の言葉が嘘であったなら、まずは指が一本無くなると思え」
輝虎が冷たい声で言い放つと、男は周りに聞こえるくらい大きく喉を鳴らす。
「て、偵察任務と同時に、ある男を探している」
「相手は獣人族でござるな?」
「その通りだ」
慶次は輝虎と顔を見合わせた。
「沖田を探しているのは間違いないな」
「どの辺りまで探した?」
男は慶次には嘘がバレると観念したのか、正直に話した。
「まだ探していない範囲が広いな。今夜中には、見つからないかもしれない。早く行動しよう」
「待ってほしいでござる。最後の質問だ。お前達の部隊を率いている者の名前は?」
「リーダーの名前か。それは、前田という人物だ」
「・・・嘘ではないでござるな」
慶次達は男を木に縛りつけ、猿轡をしてから放置した。
運が良ければ味方に発見され、運が悪ければ魔物の餌になるだけ。
輝虎の部隊が仲間達によって徐々に集まり始めた。
人数が増えた事で、会敵する確率も上がる。
戦力が整いつつあった輝虎は、いよいよ姿を隠さなくなった。
「もう少し隠密行動で動いた方が、良いのではござらぬか?」
「少人数での場合はな。しかしこちらも人数は増えている。時間との勝負だったが、ここまで来たら向こうから探し当ててもらった方が早い」
この長時間、隠れ続ける沖田。
敵にも味方にも見つからないのであれば、最早自ら出てきてもらうしかない。
しかし輝虎には、ある懸念があった。
「問題はその沖田という人物が、我々を味方と認識してくれるかどうかなのだが。どうにも敵と似通っているからなぁ」
慶次は戦っている輝虎隊を見た。
真っ暗な中でも怯まずに戦う一行。
戦い慣れた彼等を見て慶次は感心したが、ある点だけ気になった。
「誰が誰だか分からないでござる」
「それなんだよ。うちらも敵も、種族バラバラの混成部隊。どっちがどっちか分からないのが、問題なんだ」
慶次は思った。
沖田からしたら、見知らぬ部隊が見知らぬ部隊と戦っている。
どっちが敵でどっちが味方か。
それとも両方敵なのか。
これでは出てきてもらうのも、難しいのではないか?
そんな考えが頭を過ぎると、頭が警鐘を鳴らした。
「輝虎殿、止まれ」
輝虎はピタリと足を止めると、目の前に槍が飛んでくる。
それを難無く掴んだ慶次は、自分の行動に驚いた。
「月明かりも無いのに、何故かハッキリと掴めた」
「自信があったわけじゃないのか?」
「自分でも驚きでござる」
右手で槍を回すと、それを構えた。
輝虎は槍の穂先の向いている方を見ると、人影が薄っすらと見えた。
「誰だ?」
「会いたかったが、見つかりたくなかった人物でござるよ」
「まさか」
「拙者の兄でござる」
人影が近付いてくると、輝虎はそのシルエットが隣に立つ人物とダブって見えた。
「久しぶりだな、慶次」
「兄上」
慶次は槍を構えたまま、姿勢を崩さない。
輝虎もただ立っているだけの又左に、圧を感じた。
そんな二人を軽く一瞥した後、又左は気にせず周りを見回す。
すると又左が、突然大きな声を上げた。
「左もっと広がれ!中央と合流して挟撃しろ。右はもっと進め。間延びして味方との距離が空き過ぎだ」
又左の注意を受けた連中が動くと、輝虎隊の攻勢が徐々に落ちていく。
「驚いた。お前の兄貴は、指揮官としても優秀なようだ」
「それでいて強いでござるよ」
少し自慢げに言う慶次。
輝虎は呆れると、大きく息を吸う。
そして又左の声をかき消すように、一言叫んだ。
「全員、散開!」
それを聞いた輝虎の面々は、夜闇の中に一目散に消えていった。
まさか逃げるとは思わなかった又左隊は、唖然としている。
「おい、私達も逃げるぞ」
「慶次!背を見せて逃げるのか!」
立ち去ろうとする慶次と輝虎に向かって、挑発するように言い放つ。
慶次は一瞬立ち止まると、振り返ってこう言った。
「拙者は兄上と戦う為に、ここに来たわけではないでござる」
「逃げる言い訳か。見苦しい」
眉をピクリと跳ね上げる慶次。
輝虎に促されて足を前に進めるも、やはり彼は振り返った。
それを見てニヤリと笑う又左。
だが慶次は、槍を投げ返しただけだった。
「拙者を倒したかったら、もっと重い槍を使う事でござる」
「戯言を」
「戯言はそっちだ。兄上、次こそは決着をつける。首を洗って待っていろ」
「フン!」
慶次は輝虎の背を追って、闇の中に消えていく。
しかし又左はそんな二人を、追撃しなかった。
「アレがお前の兄貴か。なかなか厄介だなぁ」
「強そうでござろう?」
嬉しそうに言う慶次に、輝虎はため息を吐いた。
輝虎は気付いてしまった。
慶次が微妙に、兄の事を褒め称えている事に。
「これがブラコンか」
「ブランコ?」
「勝手に揺れていろ、バカタレ」
慶次は輝虎の言葉を受けて、フラフラと頭を揺らした。
すると何かに足を取られ、転んでしまった慶次。
「何をやってるんだ、お前は」
「イタタタ。穴に足がハマったでござる。流石に拙者も、ここまでは気付けないでござるよ」
穴から足を引き抜こうとすると、慶次の顔が青くなった。
そして輝虎の腕を力強く掴む。
「痛いじゃないか!何なんだよ、まったく」
「待ってほしいでござる!行かないでほしいでござる」
「あ?休憩なら後にしろ。もうすぐ夜も明ける。その前に探し出さないと、兄貴達に見つけられちまうぞ」
「ち、違っ!足が抜けないでござる。誰かに足を引っ張られているでござる!怖いでござる!」




