災い転じて
何とも複雑な気分。
慶次を助ける為に輸血する血の確認をする為、ヴラッドさんは皆の血を舐めて回った。
その結果、長谷部の血が慶次に合うと分かり、助かりそうだと安堵したんだけど。
どうやら僕の血というのは、不味いらしい。
しかもあの顔は、嘘を吐いている顔だった。
おそらく激マズなんだろう。
ちなみにヴラッドさんが言っていた、醤油とソースを混ぜたような味というのは、どんな味なのだろうか?
それを確認するべく、ちょっとだけ試しに舐めてみたのだが。
うん、アレは普通に不味かった。
あんな顔を歪ませる程というのであれば、僕の血は試しに舐めたアレよりも、もっと不味いんだと思う。
不味くても良いんだよ。
だってもし本当はめちゃくちゃ美味かったら、それはそれで危険だったと思うし。
例えば僕の血が吸血鬼にとって珍味だったら、狙ってくる人も居ただろう。
それこそ極上のサーロインステーキと同じだなんて知られたら、吸血鬼は僕の血を求めて宣戦布告してきたかもしれない。
だったら不味くても良いじゃないと、僕は思う。
だけどその反面、こうも思っている。
もし僕の血の味を、ヴラッドさん以外の人も知ったらどうなるだろうか?
僕の血が美味くて知られたら、それは命の危険もある。
だが魔王の血は不味いという意味で、知られたら?
なんとなく、憐れみの目で見られそうな気がするんだよね。
それかコイツの血って不味いんだぜという、嘲りを受けそうな気もする。
嘲笑するような吸血鬼は、若い連中くらいだろうけど。
そんな輩は、ヴラッドさんに半殺しにされると良い。
なんて言ったものの、吸血鬼にそんな人は居ないと信じたい。
まあ生ぬるい目で見られるのは、許容するしかないかな。
僕の血は不味い。
ハッキリ言おう。
やっぱりショックです。
この言い回し、確信犯か。
ヴラッドさんは転生者。
それが分かっただけ良かったけど、少し気になる点もある。
「ヴラッドさん、何年前に転せ・・・オホン!何年前に生まれたの?」
「そうてすねぇ。もう随分昔ですよ。それこそ、魔王なんて存在しないくらい昔かな」
「なるほど。ありがとうございます」
僕はホッと胸を撫で下ろした。
彼が転生者だと知り、ちょっとだけ懸念していた事があったんだよね。
それは、秀吉と転生した時期が同じなんじゃないかって事。
秀吉は神様を恨んでいた。
それはもう、何百年もその恨みを忘れないくらいにとても深くね。
もしヴラッドさんが同じ時期だとしたら、彼も神様に弄ばれたのかもしれない。
そしたら秀吉同様に、神様を恨んでいたりするのかなと思った。
そうだとしたら、秀吉の考えに賛同して合流するのもあり得たのだ。
そうじゃなかったのは助かるけど、こうやって隠れ転生者が居るとなると、秀吉と同じように恨みを持っている人も、突然現れかねない。
背中から突然刺されないように、味方にも気を張らないといけないのか。
今身近に居る人の中には、多分居ないと思う。
いや居ないと思いたい。
じゃないと、疑心暗鬼で誰も信じられなくなってしまう!
「顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、僕なら大丈夫。それよりも慶次を早く助けてほしいな」
「そうですね。では、この中に私の血を混ぜてと」
「えっ!?」
「どうかしましたか?」
吸血鬼の血を混ぜられると、眷属になっちゃったりするんじゃなかったっけ?
いや、されてる人見た事無いな。
でも吸血鬼の血を混ぜるとか、慶次も吸血鬼になったりするんじゃないよな。
僕のそんな心配を察したのか、ヴラッドさんは血を混ぜる理由を教えてくれた。
「これは血を操作する為です。頭に血が巡っていないのは、血の量が足りないから。それと心臓が弱っているからです。心臓が弱っている理由も、血が足りないからなんですけど」
「それはヴラッド殿が操作をして、頭に血を巡らせようという考えですか?」
「そうなりますね」
官兵衛が質問をした事で、何をしようとしているのか分かった。
話を聞くと理解出来るけど、かなり凄い力だ。
だって言ってみれば、ヴラッドさん達の血を誰かに混ぜてしまえば、操り人形に出来る可能性もあるんだから。
それこそ頭に血を巡らせないようにして、植物人間を作り出す事も可能だろう。
「これを飲ませてと。行きますよ」
ヴラッドさんは手のひらの血を慶次の口から入れると、すぐに両手を合わせる。
拝むようなポーズを見せると、ヴラッドさんの視線は口から胸へ。
そして胸から頭へと移っていく。
「思ったより血が少ないですね」
ハイタイガーに踏み潰された慶次は、かなりの吐血をしたようだ。
僕達もハイタイガーの足下まで見えていなかったが、間近で見ていた輝虎に言わせると、踏まれた段階で死んだと思ったくらいらしい。
「ぐぬぬ、少し厳しいです」
「どうして!?」
「私の力不足としか言えません」
おいおい、ここまで来てそれは無いだろうよ!
だったらガイストにヴラッドさんへ変わってもらって、二人がかりでやってもらうか?
「僕達に出来る事は?」
「無いです。ぐぬぬ!」
血が頭に向かっていかないのかな?
血栓でも出来てる?
でも完全回復は、そういう物も治してくれるはず。
だとすると、本当にヴラッドさんの力不足か。
「大丈夫ですよ。もうすぐ変わりますから」
口から出まかせじゃないだろうな。
と思ったのだが、ヴラッドさんの表情が急に和らいだ。
何故?
【振り返ると分かるぞ】
振り返ると?
外はもう日が暮れている。
あ、なるほど。
「夜になったからか」
「心配をさせてしまって申し訳ない。血流操作は繊細なので、完全に力が発揮される夜じゃないと難しかったみたいです」
思わせぶりかよと思ったけど、今なら安心出来る。
と思ったのも束の間だった。
「あっ!」
「え?」
ヴラッドさんが突然大きな声を上げた。
安心して見ていた僕達に、緊張が走る。
「何があったんです?」
「夜になったから力が増したせいで、一気に血が頭に入ってしまいました・・・」
「そ、それは大丈夫なの?」
「頭は特に繊細なので、何とも・・・」
オイィィィィ!!
下手したら毛細血管が、ブチ切れたりしてるんじゃなかろうな!?
頭は怖いんだぞ。
本当に植物人間になりかねないぞ。
「ちょ、慶次殿の身体が痙攣を始めましたよ!」
「アンタ、本当に大丈夫なんだろうな!?」
官兵衛と長谷部も、慌て始めた。
慶次が小刻みに震えると、長谷部はベッドから落ちないように身体を押さえつける。
「な、何だ?毛が逆立っている!?」
長谷部が慶次の異変を口にすると、慶次の身体が突然大きく暴れ始めた。
「落ち着け!頼むから!」
あまり力強く押さえつけても、慶次の身体を傷付けるだけ。
長谷部は気を遣っているのか、いつもよりは控えめな気がした。
「ヴラッド殿!血を頭から身体へ移せないんですか!?」
「ハッ!そうだった!」
官兵衛の一言でヴラッドさんは再び血を移動させると、慶次の身体が落ち着きを見せ始める。
「これ、逆に後遺症が残ったのではないであるか?」
「コバさん、怖い事言わないでくれよ。って、目が見開いてるぅぅぅ!!」
長谷部は慶次と目が合った。
これでもかというくらい目を見開く慶次。
その眼球がギョロギョロと、周りを確認し始める。
怖くなったのか、長谷部は距離を取った。
するとゆっくりと目が閉じていき、慶次は自ら身体を起こした。
「何か、変な夢を見ていたでござる」
目を覚ました慶次は、何故ここで寝ているのか分かっていなかった。
その理由は、輝虎を助けた前後の記憶が無いからだった。
「計算どーり!」
「嘘つけ!」
ヴラッドさんの言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。
明らかに嘘だと分かるのだが、無事に起きたし助けてもらったのだ。
野暮な事を言うのはやめておこう。
「それで、違和感は?」
「違和感でござるか。めちゃくちゃあるでござる」
「え?」
慶次は立ち上がると、首をコキコキと鳴らして窓から外へ出た。
ちょっと前まで寝たきりだった奴が、する行動ではない。
「あ、槍」
「コレか?」
「持ってきてくれたでござるか。助かる」
輝虎が慶次の槍を窓から放ると、彼はそれを受け取って腰を捻った。
そして槍を前へと突き出す。
「なっ!?」
「速くなってる!?」
「速いだけじゃないのである。おそらく、威力も上がっているだろう」
僕が知る限り、今までで一番槍が伸びていくのが速かった。
本人的にはまあまあなのか、大して驚いていない。
「む?」
慶次は槍を戻すと、すぐにまた伸ばす。
するとその先端が、空を飛び立とうとした鳥を捉えていた。
「やっぱり」
やっぱりって何だ!?
自分だけで完結するな。
「慶次、戻ってこい」
慶次はベッドに腰掛けると、手を握って開いてを繰り返す。
そして自分がどのような状況なのか、口にし始める。
「どうやら拙者、強くなったみたいでござる」
「そんなん見りゃ分かるわ!その理由が知りたいんだよ」
「理由?そんなの分からないでござる。ただ分かるのは、起きてから身体が熱いという事でござるな」
全員がヴラッドさんへと視線が集まった。
起きてからと言っているのだ。
では起きる前にやった、あの血流操作のせいだというのは、誰の目にも明らかだった。
「え、えーと、多分ですけどね。血が一気に巡ってしまった事で、普段は動かない部分にも血が巡っちゃったかな〜みたいな?」
「どういう事?」
「なるほど。分かったのである」
コバは分かったのか。
官兵衛が分かっていない辺り、現代知識なんだろう。
「おそらく慶次は、火事場の馬鹿力を手に入れたのである」
「それってピンチになった時に出るんじゃないの?」
「だから、慶次は生命の危機に瀕していたのである」
言われてみれば確かに。
でも、完全回復してから使えるのはおかしくないか?
「これは吾輩の勘だが、人間の頭は普段三割しか使われていないと聞く。しかし慶次の頭には、一気に血が巡ってしまった。それは普段使われていない所まで、巡ったんじゃないかと吾輩は思うのである」
「ほうほう。それで拙者は、どうなったのでござるか?」
コイツ、自分の事なのに他人事のように聞いてるなぁ。
「おそらく今、慶次は火事場の馬鹿力が使えるようになっているのである」
「なるほど。だったら拙者、もう分かったでござる」
「何が?」
慶次は頭の一部を指差す。
「この辺りを意識すれば良いみたいでござる。何もしてないのに強くなれるとか、ヴラッド殿には感謝しかないでござるよ」
ヴラッドさんに再び注目が集まると、彼は胸を張ってこう言った。
「狙ってましたから」
「嘘つけ!」




