血を操る
やっぱり大きいは正義なのだろうか。
慶次はハイタイガーに踏み潰されて、瀕死の重傷を負ってしまった。
そしてこの件で、魔法も完璧なものなど存在しないというのも分かった。
慶次の身体は骨折だらけで、まずそれを治す為に僕は完全回復の魔法を使用した。
完全回復は文字通り、怪我という怪我を全て治す魔法である。
かなりチートな能力だけど、やはり魔王しか使えないかなり希少な魔法だ。
そんな完全回復でも、治せないものもある。
それは流れた血液は、元に戻せないという点だった。
例えば出血多量等、身体の外に出てしまっているとそれは既に身体の中には無い物となる。
創造魔法は、無から何かを生み出す事は出来ない。
それは僕達が、一番最初に学んだ事だった。
そして完全回復という魔法も、先々代の魔王が作り出した創造魔法である。
慶次は血が足りないのと、頭に血が巡らないというのが問題のようだ。
現代医療機器さえあれば助かるのだろうが、やっぱり僕達はそこまで万能じゃない。
コバだって医療には詳しくないし、他の人も同じ。
こればかりは力不足を感じざるを得ない。
でも僕は、実はひとつだけ助かるかもしれないという方法が、頭に浮かんでいた。
しかしそれを口にする事は無かった。
何故なら、それこそ運でしかないからだ。
僕が思いついた方法。
それは僕達の師匠である仙人、センカクに頼るという方法だった。
鶴の仙人であり、僕達よりもはるかに長い時間を生きている。
そして何より、僕達の知らない仙術も多数知っているのだ。
全く未知の力ではあるが、現代医療機器が無い今、彼の力ならどうにかなる。
そう思ったんだよね。
だけどそれをするには、大きな問題が二つあった。
一つは時間。
現在彼は、何処に居るのか不明である。
以前は地中深くに埋まって修行をしていたみたいだが、今となっては何処に居るのやら。
彼を悠長に探している時間があるなら、慶次は余裕で助かっている。
もう一つは、本当にそんな仙術があるのか。
僕達の知らない仙術を多数知っていると言っても、足りない血を補う方法を知っているかは不明なのだ。
もし運良くセンカクの爺さんを見つけたとしても、そんな仙術は無いと言われれば手詰まり。
要は時間の無駄である。
以上の事から、僕はセンカク探しを口にしなかった。
まあ、もっと良い案が出てきたんだけど。
その案の提供者がなぁ。
まさか兄さんが、僕よりも良い案を出してくるなんて。
慶次が助かるのは良い事だけど、気持ちはちょっと複雑です・・・。
僕がそう言うと、官兵衛の身体が跳ね上がった。
どうやら僕の意図が分かったらしい。
「帰還をお待ちしています」
あぁ、官兵衛も僕と同じ気持ちなのかな。
声の裏に、ちょっと悔しさが滲み出ている。
本当なら自分が先に考えつくべきだったと、思っているんだろうな。
「行ってくる。それと上杉ちゃん?さん?彼女に与える仕事を考えておいて」
「分かりました」
僕は官兵衛の返事を聞くと、すぐにヤッヒロー村へと空間転移をした。
のどかだな。
やっぱり秀吉は、彼等の存在を知らなかったか。
しかしまだ、夕方より前。
時間にしたら15時くらいだろうか。
もっと遅い時間にならないと、吸血鬼の連中は動きを見せない。
「ありゃ?魔王様じゃないですか?」
「あ、村長さん」
村の入り口からゆっくり歩いてきた僕を見つけたのは、昼間の村長であるパウルさんだ。
彼は僕を見つけると、不思議そうな顔をしている。
「魔族同士の内乱が始まったと、ヴラッドさんから聞いていたんですが」
その辺はやっぱり情報共有してるのね。
報連相がしっかりしている点は、素晴らしいと思う。
「そうなんだけど、ちょっとヴラッドさんに手を貸してほしい事があって」
「まさか、戦争に彼等を狩り出すつもりですか」
いかん。
先に慶次の話をするべきだった。
パウルさんは僕の来訪を、吸血鬼達を戦争の兵士にしようとしているのと勘違いしている様子。
ヒト族と魔族という関係だけど、共存している彼等にとって吸血鬼は、仲間というより家族に近い存在なのかもしれない。
そのせいか、僕に対してちょっと警戒心が垣間見えている。
「それは無いよ。既に誘ってお断りされているからね。下手に強要して、彼等と敵対するのも嫌だし。今回は、人助けを頼みに来たんだ」
「人助け、ですか?」
戦争をしているのに人助け。
パウルさんの表情は和らいだと同時に、理解出来ないといった感じに変わっている。
そして慶次の話をすると、パウルさんの顔から警戒心が消えた。
「なるほど。確かにヴラッドさんなら、助けられそうな事案ですね。起こしてきましょう」
パウルさんは家に向かっていった。
まだ日が暮れるには早いんだけど、良いのかな?
「・・・誰です?」
はい、やっぱり駄目でしたー。
寝起きなんだろうけど、めっちゃ不機嫌そう。
半分寝ぼけ眼で、パウルさんに連れられてきている。
「ヴラッドさん、寝てるところ起こして、ごめんなさい」
「謝るならもう少し寝かせて・・・魔王様?」
目を擦って二度見してくると、ようやく目が覚めたらしい。
パウルさんが同じ説明をすると、ヴラッドさんの顔色が変わった。
「それで、吸血鬼に力を借りたいなと思ってるんですけど。治すのは可能?」
「大丈夫だと思います。ただし、一つだけ問題が」
やっぱり何かしらあるよね。
僕達に出来る事なら良いんだけど。
「問題って?」
「慶次殿に合う血を探す事です」
「合うっていうのは、兄弟じゃないと駄目みたいな?」
「いえ、何種類かの中から、合う血を探すだけです」
なんだ、ただの血液型検査か。
でも、どうやって探すんだろう?
「合う血はどうやって判断するの?」
「簡単です。ちょっと指でも切ってもらって、私が舐めればすぐに分かります」
血のスペシャリストならではの判断方法だ。
これなら慶次も助けられる!
すぐに戻ろう。
慶次はベッドに移動していた。
とても静かに寝ていて、下手すると死んでいるのではないかと勘違いするレベルだ。
ムッちゃんやマッツンが居たら、顔に白い布とか被せたりしそうである。
まあそれをしたら、多分全員から顰蹙を買うのは分かっているから、多分無いとは思うけど。
「助けられるかな?」
同行してもらったヴラッドさんが、慶次の顔に触れる。
その後、身体に触れて回ると、彼は僕を見た。
周りに居る皆も、ヴラッドさんが何と言うのか気になっているみたいだ。
「確かに顔が冷たいですね。急いだ方が良さそうです」
後遺症が残るって意味なのかな。
急がないとマズイと言われて、長谷部と輝虎は混乱している。
「何か手伝う事は?」
「少し部屋を暖めた方が良いかと。それ以外は特にありません」
ここには大勢居て、周囲の温度も部屋の外よりも暖かいと思うんだけど。
それでも駄目だと言うのなら、暖房器具を使うしかない。
だけどそんな物は無いので、魔法で暖めた風を送る事にした。
『我を暖房器具扱いするなよ。今回だけだぞ』
ありがとう、暖房くん。
彼が居れば、何処でも一瞬で暖かくなれる。
なんてテレビCMみたいだな。
「さて、それではここに居る皆さんの血液を、少し調べさせてもらいますね」
各々が指先を小さく切ると、それを指に取って舐めていくヴラッド。
ティスティングしているかのように、舐めては頷いている。
「それでは魔王様もお願いします」
痛いのは嫌だなぁ。
注射もそうだけど、自分で指を切るという行為が痛々しくて怖い。
躊躇していると、暖房と言われて怒ったガイストが、有無を言わさず指を切ってきた。
ヴラッドさんはそれを取って舐める。
血の味なんて分かるはず無いんだけど、それでも自分の血がどんな味なのか気になる。
どんな顔をして頷くのか。
ヴラッドさんの表情に注目していると、彼は顔を歪めた。
「うっ!」
「ちょ、ちょっと!?もしかして僕の血、マズイ感じ?」
「えっと、そうですね。非常に申し訳難いのですが、美味くはないですね」
オイオイ、魔王様の血だぞ。
魔王の血とか、普通なら貴重だとか言われるはずなんだけど。
どうしてそんな苦々しい顔をしているのかな?
「本音で言ってほしいんだけど、マズイ?」
「・・・すいません!」
そっか。
僕の血って、マズイのか。
へぇ、ほ〜、ふーん。
悔しくなんか無いんだからね!
だけど、どんな味か気になるのは仕方ない。
「正直に言ってほしい。どんな味なの?」
「うーん、複雑な味と言えば良いんですかね。何というか、違う味と違う味が混ざっているという感じです」
複雑な味?
凄く分かりづらいな。
というのが表情に出たんだろうね。
ヴラッドさんは唸りながら、もう一度例えてくれた。
「醤油とソースを混ぜた感じ。特にソースは中濃クラスだからか、本当に合わないですね」
う、うーん。
それはマズイな。
なんとなく理由が分かったからか、安心してしまった。
「ちなみに他の人は、甘かったり辛かったり。慶次殿は辛めの薄味ですね。そしてそれに最も近いのは、長谷部殿になります」
「お、俺!?」
まさか指名されるとは思っていなかったのか、長谷部の反応が面白い。
面白いから、皆も弄っている。
「よう、辛めの薄味コンビ」
「薄辛コンビであるな」
薄辛って・・・。
やはりコバは遠慮が無い。
「オホン!では長谷部殿、失礼します」
「うわっ!」
マジか。
長谷部を慶次の横に呼ぶと、ヴラッドさんは長谷部の首筋に噛みついた。
血を吸っている音が聞こえる。
だが飲んではいなかった。
口の中に含んだ血を吐き出すと、それをコップに移していく。
「そのまま飲ませれば良いのでは?」
「コバ、それはいかん。僕は村長さんに、慶次とそういう絡みを求めてないから」
「何故である?時代はLGBTQ。気にしたら負けである」
こういう時だけ、そういう言葉を持ってくるかよ。
でもね、ここは地球じゃない。
男同士の口づけを見たいのは、そういう趣味がある人もしくは、LGBTQの人だけなのだ。
「私とお断りですよ。感染症も怖いですし」
そういうところは、現代人っぽいんだよなぁ。
この世界に、感染症気にする人なんて、居ないとは思うけど。
ん?
もしかして!?
「ヴラッドさんって、転せ」
僕がその言葉を口にしようとしたその瞬間、ヴラッドさんが唇に人差し指を当ててきた。
そしてニヤリと笑った。
「魔王様、別に必要の無い情報は教えなくて良いと思うんです。だからね?今は慶次殿の治療が先です」