植物人間
普段怒らない人が怒る時って、どう怒るのか分からない。
長秀は自分を踏みつけてきた加藤に対して、静かな怒りを持っていた。
そもそも長秀は、あまり怒ったところを見た事が無い。
しかし若狭国を奪われた事に対して、かなり怒りを露わにしていた。
でも一益達と違い、多少の被害に抑え無事に奪還している。
だから最近はまた落ち着いているのだが、それは怒る理由が無いからだと僕は思っている。
そもそも長秀の側近である阿形と吽形は、とても優秀な人材だ。
他の妖精族も勤勉だし、彼が怒る理由が見当たらない。
ここにもし、ムッちゃんやマッツン、ロックに慶次といったような面子だけで固められれば、彼も怒るはず。
周りがフォローして、彼等のミスが分からない可能性もあるか?
いや、この四人は特別ヤバイ連中だ。
長秀だって平静ではいられないと思う。
でも普段怒らない人が怒る時って、いくつかパターンがあると思うんだ。
一番想像出来るのが、静かに怒る人。
あまり表情には出ていないけど、内側からじわじわとその怒りが滲み出てくる感じか。
静かな分、近寄り難い雰囲気を出しているタイプだ。
それとは真逆に、怒るとめちゃくちゃうるさくなる人も居る。
普段は物静かなのに、ここぞとばかりに捲し立てるように言葉のマシンガンを浴びせてくる。
こういうタイプはまだ分かりやすい。
怒っているのが分かるから、静かになったら冷静になったなと分かるからだ。
そして最後のタイプ。
無言で怒りを発散する人。
前述の静かに怒る人に近いが、このパターンの怖さは怒りの発散方法にある。
例えば暴飲暴食で済むなら可愛い。
ただ食べ物や酒を与えれば済むのだから。
しかし問題は、暴力に訴えるタイプだ。
それこそ知らぬ間に、笑顔で殴ってくる人も居る。
ハッキリ言って、一番近寄りたくないタイプだと言える。
長秀がどのタイプに当たるかは、まだ分からない。
でも静かに怒る人なら、一人だけ該当する人を知っている。
それは長可さんである。
僕が小さい時に蘭丸と色々やらかした際、笑顔で圧力を掛けられた記憶がある。
だからこれだけは言える。
誰でも怒らせるような事をするのは、しないようにしましょう。
さりげなく嫌味を言って煽る長秀。
しかし加藤の耳にその言葉は届いていない。
「馬鹿な!俺のブックベアーがこうも容易く!?」
「容易いですよ。だから、そろそろ壊してさしあげます」
レイピアを立てて胸の前で構えると、腰に左手を当てる。
姿勢の良さからとても美しく見える。
「私を軽んじた事、死をもって償え」
突然、ブックベアーの頭が吹き飛んだ。
長秀の右手がとてつもない速さで動いていたのだが、完璧なまでの所作から、加藤や藤堂の目には動いた事すら分からなかった。
「え?」
モニターが急に真っ暗に変わっている。
メインモニターがやられたという事なのだが、頭が吹き飛んだ事に気付かなかった加藤は、反応に遅れた。
だが、それを後ろで見ていた彼は違った。
「加藤!」
三足で走ってくるハイタイガーが、ブックベアーの背中から体当たりする。
後ろに倒れるブックベアーを背中に乗せたハイタイガーは、そのまま長秀から遠ざかっていった。
「逃げたか」
逃げる方向を見て、彼は追うのをやめた。
何故ならその足下には、大勢のミノタウロスとオーガの一団が、まだ戦っていたからだった。
「慶次殿の怪我の具合も気になるが、まずはこちらの確認が先だろう」
長秀は執金剛神の術を解いた。
彼がまず確認したかった事。
それは阿形と吽形の事だった。
長い間離れていたが、これほどの期間は今までに無い経験だった。
男子、三日会わざれば刮目して見よ。
長秀の気分は、まさにそれと同じだったのだ。
「油断していたとはいえ、私があの二人に助けられるとはな。フフ、若者の成長とは嬉しいものだ」
「あの〜、カッコ良く決めてるところ悪いんですけど」
「うわあぁぁぁ!!?」
目を閉じて阿形達の成長に浸っていた長秀は、突然の声に驚き、大きな声を出してしまう。
しかし正気に戻ると、すぐに元の声のトーンに戻った。
「オホン!失礼した。何処ですかな?」
「下です、下。いや〜埋まっちゃって、自力で出られないんすよね」
「下?うわっ!タケシ殿ですか!?何故こんな所に埋まっているのです?」
仰向けになって地面に埋まるタケシ。
彼は空を見上げながら、長秀に話を続ける。
「大きい虎から放り出された後、一人でもう一回乗り込もうと頑張って見たんだけどね。逆に近くに行ったら踏まれちゃった」
「そ、そんな事が」
タケシの手を取って、埋まった彼を起き上がらせると、タケシは少しフラフラとしながら地面に座り込む。
「まいったな。何度も踏まれ過ぎて、骨が粉砕されちゃってるっぽい」
「だ、大丈夫なんですか?」
粉砕されてる割には、元気に話している。
長秀は彼の状態がイマイチ分からず、とりあえず心配しておいた。
「大丈夫、問題無い。今はまだあんまり動けないけど、これくらいならちょっと休めば、自力で動けるかな。前回の身体が全焼よりは、はるかに余裕ですよ」
「普通はどっちも、死ぬと思うんですけどね」
「そこは俺なんで。アハハ!」
笑って済ませるタケシに、長秀も苦笑いをする。
とはいえ、動けない彼をここに一人にするわけにはいかない。
加藤と藤堂は後退しているが、まだ中央にはアンデッドは多く見られる。
それに太田とゴリアテの軍勢は、ハイタイガーとブックベアーによりほぼ半数は戦闘不可能になっていた。
アンデッドと言えど甘く見ていると、痛い目に遭う。
太田やゴリアテ達を助ける為にも、彼の力は必要だ。
長秀は彼を守る為に、タケシが回復するまでここに留まる事にした。
「うわあぁぁ!慶次、大丈夫か!?」
阿吽の手で運ばれてきた慶次は、既に意識は無かった。
手も足も折れていて、おそらく肋骨や僕には詳しく分からない骨も折れていそうな感じだった。
輝虎という女性と慶次を下ろした阿吽は、すぐに執金剛神の術を解くと、彼女に話を聞き始める。
「いつから意識は無い?」
「背負った時にはもう・・・」
「頭の内部で出血もあるか。もしそうなら、かなり危険ですね」
「治療は出来るんだよな?」
うん?
彼女はさっき、慶次と戦っていたはずだが。
どうしてこんなに、慶次に対して一生懸命なんだろうか?
「回復は出来る」
僕は先々代魔王カーリスさんの創造魔法、完全回復を慶次に使った。
曲がった腕や足が治っていくのが、目に見えて分かる。
しかし慶次は目を覚まさなかった。
「回復魔法を使ったんだよな?どうして目を覚まさないんだ?」
「それは、私から説明しましょう」
吽形が前に出ると、慶次の様子を調べ始めた。
彼は一通り調べた後、僕達にこう言った。
「やはり頭の怪我が問題ですね」
「どうして!?内部の怪我も治ったんだろう?」
「内部の怪我も治っています。問題は、怪我で流した血でしょうな」
「血?」
「なるほど。頭の中を巡る、血の量が足りないのであるな」
説明の途中で割って入るコバだったが、それは当たっているようで吽形も頷いている。
しかし、輸血しようにも慶次の血液型とか知らないし、下手に知識が無い者がやるのも危険だ。
一番良いのは兄弟である又左に、血を分けてもらう事なんだけど・・・。
無理な事を嘆いても仕方ない。
「どうすれば助かるのだ」
「輸血するのが一番早いのだが、天才である我輩も、医学は門外漢である。無理だな」
「いつかは起きるんだろう?」
「その可能性もある。しかし時間が経てば経つほど、その可能性も低くなる。最悪の場合、植物人間であるな」
言いにくい事をズバズバと言う。
だけど言いづらい事を言ってくれるだけ、助かったと思っている僕も居た。
「寝たきりですか。あの慶次殿が」
「俺には信じられねぇ・・・」
官兵衛だけじゃなく、長谷部もショックを受けている。
慶次は又左と違い、誰とでも仲が良いタイプだったからな。
長谷部も慶次を慕っていたのかもしれない。
「助けられないのかよ!」
「薬草でも完治するかと言われたら、ちょっと・・・」
「増血薬は無いのであるか?」
「増血薬?」
阿形の反応からして、それが無いのは分かる。
後は普通の医学じゃなく、東洋医学なりに頼るしかないか。
「・・・彼の起きる意志に賭けるしかない」
「そんな曖昧な!」
阿形に食ってかかる女性。
というか、彼女は何者なんだ?
「ところでキミ、何者?」
「あ?私は上杉輝虎。藤堂に雇われた用心棒だよ。だけど奴等は裏切ってきた。だからもう魔王軍と事を荒立てるつもりは無いね」
用心棒か。
しかしあんまり強くないとは聞いていたけど、こんな小さい女の人を用心棒にするとか。
まあ強いのは、慶次との戦いを見て知っているけど。
「私の事はどうでもいいだろ」
「良くはないでしょ。敵か味方か分からずに、この場に居させるつもりは無いよ」
ここには官兵衛やコバも居る。
非戦闘員である彼等の近くに、敵か味方か分からない強者を置いておくなんて、そんな危険なマネは出来ない。
「だったら私を雇え!今はフリーだし、それにコイツの代わりもやってやる」
「どうして手を貸すんだ?」
「私はこの男に助けられた。だから借りは返したい」
むむ!?
なんか慶次から、モテてるセンサーが反応している気がするけど。
いや、こんな時にそんな不謹慎な話はしちゃ駄目だ。
今はそれよりも、彼を助ける術を考えないと。
「何か良い案は無いかな?」
やっぱり無いよね。
誰も口を開かない。
と思ったのだが、思わぬ方向から予想外の反応があった。
【あのさ、別に医者じゃなくても良いんだよな?】
どういう意味?
医者じゃなくて、薬に詳しい人物でも探すの?
【そうじゃなくて。ちょっとした賭けだけど、可能性がある人なら、思い当たりがあるんだけど】
『なるほど。我も分かった。確かにお前達の記憶からしても、あの男はうってつけだろうな。二人の知識から鑑みると、おそらくどうにかなると思う』
何!?
二人だけで分かってる風に、話を進めないでよ!
僕だけ置いてけぼりじゃないか。
『頭に血が足りてないんだろう?だったら血のスペシャリストに、頼れば良いんじゃないか?』
血のスペシャリスト・・・。
あっ!
「官兵衛、悪いけど出掛けてくる」
「どちらへ?」
「ヤッヒロー村のヴラッドさんの所にね」




