静かに怒る
ようやく戻ってきてくれた。
阿形と吽形は長秀のピンチを救い、ハイタイガーとブックベアーと対峙する事となった。
こういう考えは無粋なのかもしれないけど、少しだけ思ってしまった。
もう少し早く、長秀を助けられたんじゃないかと。
これは僕が悪いというのは、分かってるんだよ。
パイロットも帝国から、一生懸命スピードを限界まで出して飛んできてくれたんだろう。
時間が掛かると言われたのに、このタイミングで到着したんだから。
でもね、こうも思っちゃうわけですよ。
もしかして、長秀を助けるタイミングを見計らっていたんじゃないかって。
そもそも阿形と吽形は、秀吉によって僕達に関する記憶を消された時に大怪我を負った。
僕達だけで助けられれば良かったんだけど、どちらにしろ若狭国も奪われてしまっていたし、彼等を治療するにはヨアヒムの助けが必要だったんだよね。
そしてこの敗北をキッカケに、彼等はもう一度自分の強さを見直そうとしたらしい。
その結果、今回の参戦に遅れたというわけなのだが。
ちょっと疑問に思う事がある。
領主である長秀を放っておいて、それは許されるのか?
長秀は何も言わなかったみたいだけど、キミ達若狭国の守護なんだよね。
その国を放っておいて、特訓に打ち込むって。
普通はダメじゃない?
あんまり良い印象を持たないんだけど。
じゃあその悪い印象を、どうやって解消するのか。
それが今回の、ギリギリの登場だったんじゃないだろうか。
まあ阿吽の二人も、ここまでのピンチは想定していなかったとは思うよ。
ブックベアーの参入も予想してなかっただろうし、多分長秀が疲れを見せたら、手助けに入ろうかなくらいだったんじゃないだろうか。
それが予想外の苦戦どころか、危うく命の危機まで迎えてしまった。
だから慌ててハイタイガーとブックベアーを張り倒して、あんなピンチを救ったような登場になった。
なんて考えている僕は、意地が悪いんだろう。
でもねぇ、タイミングが良過ぎる気がするんだよね。
まあ僕達が以前、似たような事をしたからかもしれない。
白いタキシードを着て颯爽と登場しようとして、失敗した過去があるからね。
やっぱり味方を疑うのは良くないな。
慶次はハイタイガーに、踏み潰されてしまった。
それは酷い乗り物酔いをしてしまった藤堂が、ヤケクソになってハイタイガーを動かし、敵味方の場所を確認しないで動いた結果である。
特に自分の用心棒として雇っていた上杉輝虎の存在は、彼にとっても生命線だったのだが、執金剛神の術で長秀に組み付かれた藤堂は、彼女がハイタイガーの外に居る事すら知らなかった。
「確認をしたい。どうして助けた?」
踏み潰されて動けなくなった慶次に、ゆっくりと歩み寄る輝虎。
既に戦う意志は無く、慶次に問いかけた。
「だ、だから、何故か分からないでござる。強いて言えば、味方に踏み潰されて死んでしまうかもと思ったら、か、勝手に身体が動いたでござる」
「敵なのにか?」
「あ、貴女は木下一派ではないでござろう?」
「それだけでか!?」
秀吉に心酔している者じゃない。
慶次にとってそれは、かなり大きな事だった。
もし秀吉軍に居るから敵であると認めてしまえば、それは兄である又左も同様だという話になる。
又左が秀吉に操られているのは明白。
秀吉軍に居るからといって、全てが秀吉の仲間ではない。
慶次はそんな考えが、咄嗟に頭に過っていた。
「アッハッハ!う、気持ち悪い・・・」
何も知らずに笑いながら、暴れ回るハイタイガー。
輝虎はそんな藤堂の声が、イヤホン越しに聞こえている。
ハイテンションな藤堂の声を聞いていると、加藤から藤堂にある情報が入る。
「藤堂、お前やったじゃないか!」
「何が?」
「見てみろ。あの前田慶次が重傷を負っているぞ。しかも瀕死じゃないか。お前が暴れたから、やったんだと思うぞ」
「な、なるほど」
動き回る藤堂に、足下を見る余裕は無い。
しかも目の前には阿吽が隙を狙っていて、下手に止まるとやられかねないという考えがあった。
「あの様子だと、向こうは仲間が瀕死だと気付いていない。どうせだから、もう一度知らぬフリをして踏んでしまえ」
「分かった!」
「おい、藤堂。私も近くに居るのだが」
「えっ!?」
通信機を使い、輝虎は自分が慶次と同じ場所に居ると伝える。
最初は少し戸惑った藤堂だったが、加藤の一言が決断のキッカケになった。
「この男は、お前に踏み潰されそうになった私を助けて、こうなったんだ!それを分かっているのか!?」
「て、テルさん」
「藤堂、もう良い。前田慶次利益は、秀吉様の障害になる。ここで殺しておかないと、面倒だ。邪魔をするならその女も踏み潰せ」
「なっ!?」
加藤の言葉に怒りに震える輝虎。
もう話す価値は無い。
彼女は最後に一言言った後、イヤホンを地面に叩きつけた。
「ゲスが!」
「うわっ!」
通信機も叩きつけると、大きな雑音がハイタイガーの中に響いた。
ついでのような感覚で、慶次を踏み殺す。
それは近くに居る自分などお構いなし。
輝虎は怒りのあまり毛が逆立った。
「ん?」
急に湧き立った殺気に気付く長秀。
するとそこには、瀕死で倒れている慶次の姿があった。
「おい、慶次殿が倒れている!助け出せ!」
長秀が阿吽に伝えると、それはハイタイガーを操る藤堂の耳にも聞こえていた。
それを聞いた藤堂は、慌てて慶次を踏み潰そうと前に出る。
阿吽も少し遅れて反応する。
スピードは阿吽の方が速いが、距離と動き出しはハイタイガーの方が早い。
それに阿吽は、勘違いをしていた。
殺気を放っているのが、倒れている慶次の目の前に居る輝虎なのだ。
だからハイタイガーが動いたのは、輝虎のトドメを刺させる為だとばかり思っていた。
ハイタイガーより速く動き、あの女を排除しなければ慶次は助けられない。
そう考えていた阿吽は、明らかに分が悪いと思っていた。
だが、そうではなかった。
「舞え、姫鶴一文字!」
輝虎が剣を、ハイタイガーへと投げつける。
するとその剣は勝手に動き出し、ハイタイガーの左足を斬り飛ばした。
「え?」
「ナニィ!?」
片足が斬られた事で、バランスを崩して倒れるハイタイガー。
阿吽は輝虎に攻撃をしようと思った矢先の出来事に、慌てて振り上げた拳を引っ込める。
そして握った拳を開くと、彼女に尋ねた。
「貴女は敵ですか?それとも味方ですか?」
「今は味方だ」
「分かりました。慶次殿と共に、この手のひらの上に乗って下さい」
彼女は阿吽の言う通り、慶次を背負って手のひらに乗った。
そして下に目をやると、忘れ物があったと思い出す。
「山鳥毛、姫鶴とあの槍を持ってこい」
背中に隠し持っていたもう一本の剣を操ると、彼女は二本の剣の上に慶次の槍を乗せて回収する。
「お館様」
「うむ」
長秀が頷くと、阿吽は後方へ下がっていく。
「アンタ、お仲間を一人にして良いのか?」
「仲間ではなく、主君です」
「尚更じゃないか」
「大丈夫です。強いですから」
長秀を信頼している阿吽は、振り返らずに江戸城を目指した。
「藤堂、大丈夫か?」
「問題無い。二足歩行は無理だが、四足歩行なら歩ける」
人型から獣の形に変形するハイタイガーは、やはり前脚が一本無くなっている。
それでも三本の脚で動けるので、戦えるという判断のようだ。
「二対一に戻ってしまったが、さっきの奴のように逃亡するつもりか?」
「まず、先に言っておこう。私はね、非常に執念深いんですよ」
「何?」
「次にいつ会えるか分からない相手を、ますます逃がすつもりは無いと言っているんです」
「バカか!それはこっちのセリフだ!」
ブックベアーが動き出すと、それに合わせてハイタイガーも長秀の後方へと回り込んだ。
前後を挟み、逃げ場を奪う二人。
だが彼等はある事に気付かなかった。
「万事休すというヤツだな」
「加藤、前田慶次はあと一歩で取り逃したが、この男は倒すぞ」
「そうですか。では、ご自由に」
余裕を見せる長秀に、挑発だと受け取った加藤は後方の藤堂に攻撃を指示した。
そして加藤は藤堂が動くと、遅れて攻撃を開始する。
「死ね!」
ハイタイガーが首へ噛みつこうとし、ブックベアーは両前足で引き裂こうとする。
そんな二体を前に、長秀は手のひらを前に差し出す。
意味の分からない行動をしている。
二人は死の間際になり、奇行をしてしまっているのだと思った。
長秀の命は奪った。
その瞬間、長秀がその場で回転する。
「変われ、鉋切!」
ハイタイガーは何かに牙を折られると、そのまま後ろへ吹き飛ばされる。
そしてブックベアーは爪を弾かれ、その場でタタラを踏んだ。
「バカな!?武器など持っていなかったはず!」
「いつの間に!?」
長秀の右手には、知らぬ間にダガーがある。
そして驚いたのは、それは執金剛神の術で大きくなった長秀に合わせた、巨大なダガーだった。
「切り札は隠しておくものですよ」
動かないブックベアーを見て、驚いていると思った長秀は、満面の笑みを見せた。
明らかにバカにしているのが分かる。
加藤はその挑発を受けて、怒りに身を任せてもう一度突撃を開始した。
「許せない!」
「そうですか。それはこちらも同じだ」
にこやかな顔から、突然低い声へと変わる長秀。
襲ってくるブックベアーに対し、ダガーで応戦する。
前足の爪をダガーで弾く長秀。
一旦離れたブックベアーは、もう一度突撃を開始する。
それに合わせて頭を狙って、ダガーを横に薙いだ。
「なぬ?」
ダガーを避けたブックベアーの形が、突然変わっていく。
するとブックベアーは人型になり、両手で剣を持っていた。
「ハハハ!ブックベアーだって変形機構はあるのさ。そんな短い短剣で、俺の剣に勝てるかな」
「なるほど。剣技に自信があると?」
「俺は城造りだけではないよ」
「そうですか」
再びニッコリと笑う長秀。
その笑みが気に入らない加藤は、長秀に斬りかかる。
「えいっ!おうっ!」
鋭い剣を見せる加藤。
これが生身ではなく、大きなロボがやっているとは思えない振りだった。
だが、それもすぐに終わりを告げる。
「変われ鉋切」
持っていたダガーがレイピアへと変化すると、一度加藤の剣を叩き、そのままブックベアーの腕を貫いた。
「何だと!?」
「なかなかの剣の腕前でしたけど、まあ所詮はカラクリ。生身でしか出来ない動きもあります。そうですねぇ、阿吽相手なら一分は戦える腕前だと思いますよ」




