小さな虎
僕としてはやっぱり、大きなロボには歩いてほしいんだよね。
大きな虎の正体は、藤堂高虎が操る乗り物だった。
あくまでも車輪で動く物は、僕としては乗り物と呼称したい。
ロボットも乗り物と言えば同じなんだけど、車輪で動くと車と思ってしまうんだよね。
僕が知っているロボットは、やっぱり二足歩行が多い。
武器は様々で剣を持ったり槍を持ったりして、ビームを出したりする。
たまに何故か駒とか持ってたりするのも居るけど、共通するのはやっぱり二足歩行だ。
変形して車や飛行形態になるのは、許せるんだよ。
二足歩行で足に車輪が付いてるのも、まだ分かる。
必殺技とかで素早く動いたり、中には動く棺桶的な呼び方されてるけど、アレはアレでカッコイイし。
でも四足歩行のロボが、足を動かさずに車輪で動くって。
僕の中でそれはもう、山車みたいな感じに思えてしまう。
祭りに出すんですか?
あ、違うんですか。
という気持ちだ。
ただこれは、あくまでも僕の主観であり、他の人がどう思うかは知らない。
多分作ったのは藤堂高虎なんだと思うけど、彼の中では四足歩行せずに車輪で動こうが、それはロボットという定義なんだろう。
僕も分かってるんだよ。
でも譲れないものって、人にはあるじゃない。
カレーライスには、福神漬けしか許さないって人も居るでしょ?
中にはらっきょうも好きな人だって、居るわけだ。
そして興味の無い人は、何言ってんだコイツって思うだろう。
しかし当の本人からしたら、とても真面目な話なんだ。
僕が四足歩行に車輪が付いてたら許せないのと同じで、カレーライスには福神漬けしか添えるなと言う人も居る。
皆の周りにも、妙なこだわりがある人が居るはずだ。
だから僕は、声を大にして言いたい。
興味が無くても良い。
でも、気持ち悪いと思わないでもらいたい。
そういう目で見られると、僕はちょっと凹みますので。
「それ、ポチッとな」
慶次は矢印が上のボタンを押す。
すると予想通り、部屋全体が動き始める。
「なぬっ!?何故その言葉を知ってるのかな?」
「ボタンを押す時は、そう言うべき。魔王様が言っていたでござる」
「なるほど。コウちゃんの仕業か」
そう言いながら押す人は、そうそう居ない。
碌でもない事を教えているんだなと、タケシは魔王に親近感を持った。
しばらくすると横揺れが酷くなり、部屋が一時停止する。
「な、何が起きてるでござるか!?」
「うわあぁぁぁ!!」
突然天地がひっくり返ったように上下が逆転し、更に元に戻っていく。
部屋の中で天井に叩きつけられ、再び床に落とされた二人は、上下の感覚がおかしくなり、慶次は口元を押さえた。
「と、止まった」
「気持ち悪いでござる」
「吐かないでよ。流石に俺も、部屋の中で吐かれたら引くからね」
「う・・・」
慶次の頬が大きく膨らむ。
タケシは即離れた。
「ちょっと待て!鍵が掛かってる?フンッ!」
入ってきたドアノブを引くものの、動かない扉。
タケシは無理矢理扉を開けると、目の前は壁になっていた。
「せいっ!よし、外が見える。ここから吐くんだ」
「オロロロロ!」
タケシがぶち抜いた穴から顔を出す慶次。
彼は盛大に吐くと、タケシにお礼を言った。
「助かったでござる。しかし止まってしまったでござるな」
「そうだなぁ。もしかして今の回転で、壊れちゃったのかもしれない」
「外から上がれないでござるか?」
「試してみよう」
穴を広げて外に出るタケシ。
虎の外側は、思っていたよりも建物の外観に似ていた。
「うん、上がれそう。と思ったけど、やっぱりダメだ!何かに掴まれ!」
「タケシ殿?」
慶次はタケシの言葉通り、近くの柱に腕を絡めた。
すると再び、室内が回転を始める。
「うわあぁぁぁ!!」
「タケシ殿ぉぉぉ!?」
タケシの声は遠ざかっていく。
回転が止まった後、慶次は穴から外を覗いた。
「居ない。落ちたでござるか?」
「慶次殿、大丈夫ですか?」
「丹羽殿!?」
慶次が外に顔を出した事で、長秀は彼を見つける事が出来た。
長秀は申し訳無さそうな顔をしている。
「すまない。虎が襲ってきたから、捻り倒してしまった」
「何ですと!?」
だからか!
慶次はさっきの回転が何だったのか、ようやく理解した。
そしてタケシが居ないのは、その際に落ちたからだと悟った。
「極力押さえるようにするが、やはりそれだけでは難しい。なるべく早く、操っている者を倒してほしい」
「承知したでござる」
慶次は顔を引っ込めると、どうにか部屋が動かないか、手当たり次第部屋の中を触れていく。
矢印の存在を思い出し、それを押した。
「動かない。動け動け!このっ!」
槍の石突で叩くと、部屋が突然動き始めた。
「動いた!」
何が起きても大丈夫なように、柱にしがみつく慶次。
部屋が止まると、彼は壊れた扉を開く。
「通路でござるな」
このまま部屋に居ても仕方ない。
彼はいつ長秀が虎をしばき倒しても良いように、壁に手を当てながら先へ進む。
いくつか扉があり覗いたものの、他へ通じる扉は無い。
「残るは突き当たりの扉だけでござるな」
ドアノブに触れた瞬間、慶次は後ろへ飛び退く。
すると扉が真ん中から上下に斬られた。
「今のに反応するか」
「何者でござる!」
慶次は慌てて槍を取った。
白い頭巾を被った人物が、剣を片手にこちらを見ている。
彼は気付いていた。
狭い通路で、壁には傷を付けずに扉だけを真っ二つにしている。
余程の腕が無いと、このような芸当は出来ない。
慶次はまじまじと観察すると、ある事に気付いた。
「小さいでござるな」
「うるさいな!」
慶次の一言が聞こえたのか、大きな声が返ってくる。
その声に彼は、相手が何者なのか気付いた。
「女!?」
「女で悪いか?」
白い頭巾を外す女性。
背は小さいが、成人した女性だと分かる。
もしかしたら自分よりも年上かもしれない。
そして驚いた事に、彼女も獣人族だった。
「猫?虎?」
「蜂須賀殿と一緒にしないでほしいな。私は虎。猫よりも強いぞ」
「ほほう?」
強いと言われて、少し口角が上がる慶次。
あの太刀筋を見れば、只者ではないのは分かっている。
「名前は何と?」
「上杉、上杉輝虎」
「拙者、前田慶次利益。其方に一騎打ちを挑みたい」
「望むところ!」
慶次は輝虎の返事を聞くやいなや、槍を一気に伸ばした。
「その技は聞いている!」
輝虎は剣の腹を斜めにすると、槍の先を受けてそのまま後ろへと受け流した。
そして空いた左手で短剣を抜き、伸びた槍を下から強く叩く。
「何!?」
槍の軌道が慶次の予想とズレていき、先端が天井に刺さった。
刺さった音が背後から聞こえた輝虎は、左手の剣を納めるとすぐに前へと走っていく。
「速い!」
「遅いな」
懐に入られた慶次。
槍を手放して右拳を突き出した。
しかし輝虎は狭い通路の壁を蹴り上げると、身体を宙に浮かせて反転し、逆さまになった慶次の頭を狙う。
アクロバティックな動きに反応が遅れた慶次は、辛うじて首を捻って致命傷は避けたが、肩に深い傷を負いながら、後方に飛んだ輝虎を蹴り飛ばす。
だがその蹴りを利用して、輝虎は距離を取った。
「ぐぬっ!」
「避けなければ、苦しまずに済んだものを」
「つ、強いでござる」
思わず本音が漏れる慶次。
男尊女卑ではないが、女性に負けるはずは無い。
剣の腕前は凄いと分かっていても、身のこなしまでとんでもないとは思わなかった。
しかも背が低く、力はあまり無いように見えた。
心の何処かで甘く見ていた慶次は、深手を追ってからそれに気付く。
「しかし、こんな事もあろうかと。慶次、ヒイィィリング!!」
「傷口が塞がった?回復魔法が使えるのか!?」
動揺する輝虎。
慶次は腰に差した普段使わない短剣のクリスタルに、ハクトから回復魔法を封じてもらっていた。
御守り代わりの護身用の短剣だったが、こんなに早く使う機会が来るとは。
慶次は慢心を恥じて、改めて刺さった槍を手元に戻した。
「拙者が間違っていたでござる。兄上と同等以上。そう思い、相手をさせてもらうでござる」
慶次の目つきが変わった。
輝虎も次からはそう簡単にはいかないと、剣を構え直した。
二人の間に、緊張感が走る。
無闇に槍を伸ばせば、また同じように避けられるかもしれない。
輝虎も慶次が動かない事で、タイミングを見計らっている。
二人にとって長い時間が過ぎていくと、突然その時はやって来た。
「むぅ!」
通路が斜めに傾いた。
長秀がハイタイガーを、横に倒したのだ。
バランスを崩して慶次は片手を壁にやると、輝虎はその瞬間を見逃さなかった。
「その命、頂戴する!」
ハイタイガーが横に倒れた事で、その中は四分の一回った事になる。
慶次はバランスを取って壁に着地していたが、輝虎は壁走りをするかのように通路をそのまま走っていた。
狭い通路で伸ばす槍は向かない。
直感的にそれに気付いた慶次は、予備の槍で薙ぎ払う。
「落ちろ!」
慶次の薙ぎ払う槍を避ける輝虎。
しかしバランスを崩し、勢いが無くなった。
「覚悟!」
「甘いでござる!」
輝虎の剣を受け止めると、慶次はその剣を槍で絡めて地面へと叩きつける。
彼女はこのままでは背中から落下すると気付き、わざと剣を手放して地面を転がった。
「今のを回避するでござるか!?」
「回避だけじゃないよ」
彼女はそのまま転がって近付くと、足払いをして慶次をひっくり返す。
剣を取り戻した彼女は、それを慶次の腹目掛けて振り下ろした。
「あ、危な!」
短剣を逆手で抜いた慶次は、ギリギリのところでそれを受け止める。
今度は慶次が横に転がり、輝虎から距離を取った。
「ほ、本当に強いでござるな」
「当たり前だ。私を藤堂などと一緒にするなよ」
「藤堂?何処かで聞いたような?」
「このハイタイガーの操縦士だ。秀吉様に仕えている」
「あっ!そんな名前の奴も居たでござる」
藤堂はあまり強くないと魔王から言われ、すっかり頭の中から存在を忘れられていた。
しかしこの虎を操っているとなれば、話は変わる。
「上杉殿、藤堂という男は、この先でござるな?」
「その通りだ。だが、私を倒さない限りは先へは行かせない。故に、無理だと言っておこう」
彼女は慶次に、自分は倒せないと言い切った。
しかし慶次は、怒らなかった。
「何故でござろうな。普段であれば、そのような事を言われれば、激昂していたはずでござる。でも貴殿に言われても、嫌な気分にはならない。本当に強いから?それとも女性だから?拙者、不思議な気持ちでござる」




