大きな虎
方向音痴は魔法を上回る。
太田やゴリアテ達が霧の中で彷徨う中、ムッちゃんだけは目的地である城まで戻ってきた。
長秀の話だと中央の戦場では結界が張られ、魔法による霧が立ち込めているという話だった。
それは方向感覚と視界を奪い、同士討ちを狙っていたと思われる。
しかし秀吉に、上手いことハメられてしまった感は否めないな。
僕達はてっきり、アンデッドの後ろに居た秀吉軍がとうとう出てくるのだとばかり考えていた。
ほぼ作業のようにアンデッドを倒していた、オーガとミノタウロスの一軍だ。
いよいよ本番だと身構えて、いざ戦場に向かったところ、見えない結界に突入して魔法の霧に覆われた戦場に迷い込む。
肩透かしもいいところだけど、それ以上にやる気勢だった皆が、敵と勘違いして仲間を攻撃するという点が痛かった。
魔法の霧は声も遮断するようで、近くに居ても声は届かなくなるという特性があった。
おかげで皆、慎重になりながら彷徨っていた。
だけどそんな中、ムッちゃんだけは普通に動けていたみたいだ。
方向感覚を奪うと言っても、元々方向感覚がおかしい人には通用しないらしい。
まさかの出来事に、僕は信じられなかった。
でも、だからといって個人行動をさせたらどうなるのか?
まず間違いなく、味方を攻撃する。
そして被害が大きくなる。
それはマズイ。
むしろ手を出さずに、一方的に攻撃をされる側に回ってほしい。
彼ならタコ殴りにされたところで、超回復という能力があるから。
だから僕は、当初こんな作戦を考えていた。
ムッちゃんが結界の中を歩き回り、殴られながら仲間を集結させる。
太田とゴリアテが揃ったところで、ムッちゃんの勘を頼りに前進すれば良いんじゃないかと。
だけどこれには、重大な欠点がある。
一方的に殴られる役なんか、誰もやりたがらないという事だ。
それはいくらムッちゃんでも、納得してくれないだろう。
ちなみにこの作戦、小声で官兵衛に話してみたんだけど、彼は吹き出していた。
その考えは思いつきませんでしたと、笑いを堪えながら言っていたけど、やっぱり作戦としては酷いと思うと言われて、却下されました。
三人は顔を見合わせると、それが見間違いではなく虎であると確信した。
「あんな巨大な虎、どうやって戦うでござるか!?」
「ちょっと待って。アレ、虎の形をした別の何かじゃない?」
「別の何かって、何でござるか」
「それは分からないけど。うーん、でもあの背中に見えてる青い部分、瓦に見えるんだよなぁ」
タケシの意見に二人は、巨大な虎の背中を目を凝らして見た。
すると長秀も、タケシの意見に同意する。
「瓦っぽいですね。もしかしてあの虎、元々は建物だったのかもしれません」
「変形機構だって!?巨大ロボなんて出てきたら、コウちゃん発狂するよ」
「コウちゃん?」
「魔王様ね」
「魔王様が発狂?何故でござるが?」
「めちゃくちゃ好きだから」
三人がくだらない話をしていると、目の前の大きな虎が動き始める。
目立つ場所に居る三人は、このままでは的になるとすぐに地上へ戻っていった。
「あんなの相手に出来ないでござる」
「俺は戦ってみても面白いと思うけど。ドロップキックで吹き飛ばしたら、気持ち良さそうだし」
「逆に踏み潰されるでござるよ」
「確かに。でも元は建物っぽいんだったら、近付いて中に入っちゃえば良いんじゃない?」
タケシの提案が目から鱗だった慶次。
バカだと思っていた相手に良案を出され、ちょっと悔しいと内心思っていた。
「だが、どうやって入るでござるか?」
「動いている虎に取り付くなんて、難しいよなぁ」
自分で言ったものの、細かいところまで考えていなかったタケシは、どうすれば良いのかと唸り始める。
すると話を聞いていた長秀が、ある提案をしてきた。
「私が止めますよ」
「丹羽さん、そりゃ無理だ。俺でも止められる自信は無いよ」
「タケシ殿、そこはヒト族と魔族の違いですよ」
「もしかして、魔法?」
長秀は首を横に振る。
だが手立てはあると教えると、慶次が叫び注意を呼び掛ける。
「来たでござる!」
何かが唸るような音が聞こえてくる。
三人は上を見ると、大きな影が目の前まで迫っている事に気付いた。
踏み潰されないように足を見ていると、タケシは少し怒りを込めて叫ぶ。
「車輪で動くのかよ!歩くんじゃないのかよ!」
「タケシ殿、怒る点がよく分からないでござる」
「普通は巨大ロボって言ったら、足で歩いたりするもんだよ。これじゃ虎の形した車じゃん。ダサいよ!」
どういう理屈で怒っているのか分からない二人だったが、虎は三人を通り越していく。
潰されなかった事に安堵した三人だが、しばらくして気付いた。
「ちょ!今の虎があのまま直進すると、うちらの城にぶつかるんじゃない?」
「はっ!タケシ殿、慶次殿!私が止めるのでお願いします」
「だから止めるって、どうやって・・・」
「執金剛神の術!」
長秀が叫ぶと、その身体がみるみるうちに大きくなっていく。
タケシは唖然としながら、長秀の身体を見上げていた。
「な、何これ・・・。巨大化出来るんかーい!」
「妖精族の秘術みたいなものでござる。タケシ殿、行くでござるよ」
「お、おう・・・」
タケシは慶次と繋がった蔦が千切れないように、彼の後ろを走っていく。
「アッハッハ!見ろ、人がゴミのようだ。このセリフをリアルで言う時が来るとは・・・」
感無量の藤堂。
彼は高笑いをしながら、アクセルを踏んだ。
当たり前のように、彷徨うオーガとミノタウロスを踏み潰していく。
そして秀吉の命令に従い、中央軍を蹂躙し始めた。
「フフフ、半分くらいは潰したか?」
魔法の霧は秀吉軍には影響が無い為、視界がクリアに見えている。
藤堂はモニターを見ると、怪我を負って倒れている面々に満足する。
「藤堂殿、あまり油断なされるな」
後ろに座る白い頭巾を被る人物が、藤堂に声を掛ける。
藤堂はそれに嫌な顔をせず、むしろ気を遣った。
「いやいや!このハイタイガーを止められる者など、居ませんて。ん?ハイタイガーが止まった?」
巨大な虎の前進が鈍くなり、アクセルを踏んでも前に進まなくなった。
藤堂は何かに引っ掛かったのかと足元を確認するが、オーガとミノタウロスが倒れている姿しか見当たらない。
「何故だろう?試運転は完璧だったのに」
「壊れたわけではないのだな?」
「そうですね。アクセルを踏めばタイヤは回ってるし、シャフト関係では無さそうだし。うーん・・・」
藤堂が悩んでいると、頭巾の人物が立ち上がる。
すると前に座る藤堂へコインを転がした。
「やはりな。藤堂殿、前ではなく後ろだ。後ろから持ち上げられているようだ」
「後ろから!?誰だよ、そんな馬鹿力を持つ奴は。・・・まあ居そうだな」
藤堂は改めて考えると、太田やゴリアテ、タケシに柴田と、少し持ち上げるくらいなら出来そうな人物が沢山居る事に気付き、真顔になる。
だが後ろのモニターを確認すると、それが予想外の人物に驚きを隠せなかった。
「だ、誰!?丹羽長秀!?」
「巨大化出来るのか!これはまた凄いな」
後ろの人物が素直に驚いていると、その人物があるモニターに何かが映っている事に気付いた。
「藤堂殿、闖入者が居るぞ」
「え?」
「どうやら持ち上げていたのは、ここに乗り込む為らしい」
「ななななんですと!?」
示されたモニターを見ると、足を登りハイタイガーの中に入る直前のタケシと慶次の姿が映し出される。
藤堂は怒りを露わにした。
「邪魔をしようとする奴は、誰であろうと許せない!」
藤堂はあるボタンを押すと、隠されたレバーが現れた。
「テルさん、シートに座ってベルトを締めて下さい」
「分かりました」
二人は座ると、シートベルトでしっかりと固定する。
「ハイタイガー、チェンジ!」
「あわわわ!」
「廊下が、上がっていくでござるぅぅ!」
たけしと慶次は、辛うじて大きな虎の中に潜り込む事に成功する。
だが中に入った矢先、廊下と思われた場所が突如滑り台のように上がり始めた。
「俺、クイズに間違ってないからな!」
「タケシ殿、誰に言ってるでござるか。それよりも、どうにかしてここを脱出しないと」
タケシの意味不明な言葉に、ツッコミを入れる慶次。
その後、壁に槍を突き刺してどうにか姿勢を保つ事に成功する。
「拙者達の潜入がバレた?」
「でもそれなら、俺達を排除しようとする敵が現れても、おかしくないよね」
「それもそうでござるな。ん?タケシ殿、あの戸開きそうな気がするでござる」
慶次の上に引き戸がある。
しかしあの場所まで上がるのは、至難の業だ。
慶次はさりげなくタケシに戸に注目させると、彼に行くよう誘導する。
「分かった。どうせ敵の乗り物、いや建物?まあどっちでも良いか。壊れても別に怒られないし。せいっ!」
「・・・凄い力技でござるな」
タケシが考えた方法は、正拳突きで壁に穴を空ける事だった。
穴を空けては足を入れ、足場を作ってから更に穴を空けてまた足を入れる。
それを繰り返して上っていくと、いよいよ戸が届く所にやって来た。
「開いた!中は見えないけど、入れるよ」
「ここに居ても仕方ない。入るでござるよ」
タケシは中に入るが、中も傾いている。
だが幸いな事に壁が足場になった為、苦にはならなかった。
「来い!」
タケシの合図で、腰にある槍を伸ばす慶次。
それをタケシが掴むと、慶次は足場にしていた槍を引き抜いた。
「頼むでござる」
「よっこいしょ!」
タケシは掛け声に合わせて、槍を大きく引き上げる。
慶次が上がってくると、腕を掴んで部屋の中に引き入れた。
「感謝するでござる。ふむ、更に奥にも行けそうでござるな」
「また扉があるんだ。この状態なら、行くしかないか」
壁を歩きながら先に進むと、今度は傾いた部屋ではなく、通常の配置になっている部屋があった。
「ここからは部屋が変わるでござるな」
「小さい部屋だなぁ。行き止まりだし、戻った方が良さそうだな」
「待つでござる」
部屋の中を探索していた慶次が、壁に妙なボタンがあるのを発見する。
そこには上と下に向かって、矢印が書いてあった。
「もしかして、この部屋自体がエレベーターなのかな」
「どっちを押すべきでござるか?」
押す事は決定していると言わんばかりの慶次。
しかしタケシも、それに対して悩まずに即答した。
「下を押すと足元に行っちゃいそうだよね。だから上で良いんじゃない?」
 




