無自覚の男
見えない銃弾とか、普通は避けられないから。
ベティはアープの能力である見えない銃を、聴力を駆使して攻略した。
誰でも攻略出来ます的な言い方だったけど、ハッキリ言ってベティがおかしいだけだよね。
ベティの話だと、アープは発砲音は消せるけど、飛んでくる弾の風切り音は消せないらしい。
当たり前かどうかは分からないけど、そこまで消せたらかなり恐ろしいよね。
見えないだけでも凄いのに、音まで消えたら対策のしようが無い。
それこそ秀吉だって、暗殺出来るレベルだろう。
もしそうだったら、アープを倒せそうなのはムッちゃんくらいかなぁ。
撃たれても立ち向かえるし。
多分頭を撃ち抜かれても、迫っていけそう。
完全にゾンビだな・・・。
とは言っても一般人からしたら、風切り音がするから何だという話である。
拳銃から放たれた弾の速さは、時速2000キロ近い。
秒速にしたら500メートルくらいになる。
単純に一秒当たり、500メートルも進んでくるわけだ。
そんなの音を聞こうとしている間に、胸に命中してるから。
ふむふむ、風切り音はこっちだな?
なんて思う前に、弾が飛んできてるから。
ちなみにベティが避けられるなら、兄も避けられるんじゃないのか?
そう思って確認をしてみたところ、多分無理という事だった。
何故なら身体強化で聴力を強化したとしても、それは遠くの音が聞こえるだけで、音の聞き分けが出来るわけじゃないというのが大きな理由だった。
確かにその通りだ。
ただでさえ左右から同時に話し掛けられても、どっちかに集中しなければ内容は頭の中に入ってこない。
聖徳太子なら聞き分けられるかもしれないけど、じゃあ秒速500メートルで飛んでくる弾を、瞬時に聞き分けられるのか?
無理だろうね。
多分聖徳太子でも、アホかと言ってキレてる間に撃たれてると思う。
結論から言うと、アープって本当は強いと思う。
たまたまベティが居たから、どうにかなった。
今回ばかりは、運要素が強かったかもしれない。
アープは頭を抱えた。
福島の姿が無いという事は、やられてしまったのだろうか?
そうなるとアープは、自分の能力が通用しないベティと、この短時間で福島を倒したと思われる本多忠勝を、一人で相手にする事になる。
ベティだけでも詰みと言われているのに、このままでは勝つどころか逃げる事すら困難である。
だが、アープは冷静に考えてみた。
福島ほどの男が、この短時間でやられるだろうか?
仮に自分だったら、移動を考えても難しいと思われる。
ならば別の場所で戦っている?
それならば戦闘をしている音が、聞こえてきてもおかしくない。
特に福島の武器は叫ぶのが前提である。
アホみたいな叫び声が聞こえてこないという事は、福島が戦っていないという意味である。
まさか、福島は逃亡した?
秀吉に心酔している彼等に、それはあり得ない。
しかしもし仮にそうだとしたら、アープの考えに合点はいく。
「逃げた・・・のか?いやいや、それは彼等に限って・・・。だがそれしか・・・」
独り言を呟きながら葛藤をするアープ。
しかし考えはまとまらない。
何かヒントになるものはないものか?
アープは小走りをしながら見回すと、白い塊を発見する。
白い塊に恐る恐る近寄るアープ。
「何だ?大きな繭?」
見た感じ、危険そうな雰囲気は無い。
攻撃を仕掛けなければ、問題無いだろう。
アープは無意識に、繭の表面に触れた。
「柔らかいな。本当に繭なのか?」
少し力を入れると、紙風船のように凹む繭。
何度か繰り返した後、彼はなんとなく振り返る。
「ゲェ!?空を飛んでショートカットしてきてる!」
ベティが本多を抱えて、空を飛んでいる。
その為スピードは出ていないが、こちらの居場所は丸見えである。
彼等は自分に気付き、こっちに向かって飛んできているのは間違いなかった。
「くそっ!仕方ない、一時身を隠して・・・ん?剥がれない?」
繭の表面から手を放そうとするアープ。
しかし両面テープを触ったかのように、アープの手は繭にピッタリと触れたままだった。
慌てたアープは、逆に力を込めて繭を潰そうとする。
「な、何だ!?吸い込まれる!」
触れた右腕が繭の中に沈み込むと、彼は左手で繭を触り身体を引き抜こうとする。
だがそれは失敗だった。
左手も沈み込んでいき、気付けばアープは両手が飲まれていた。
どうしようもないアープは、ゴブリン達と戦っている秀吉軍を呼ぼうと、大きな声で助けを求めようとする。
「た、助け!」
大きな声を出そうとした瞬間だった。
彼は腕を引き込まれ、頭も繭の中に飲まれてしまった。
暴れる下半身も徐々に飲まれていき、アープはとうとう繭の中に全て飲み込まれた。
「カッちゃん、アレはアナタの攻撃?」
「違う。あんなの知らない」
大きな繭を相手に、アープが慌てている。
ベティはそれを見て、怪訝な顔をした。
「ゴブリンの仲間によるものとは、考えられないかしら?」
「あんなのは知らないかな。というか、あの辺りで福島を倒したんだけど」
「じゃあ、福島の攻撃なの?でも仮にそうだとしたら、どうしてアープを攻撃しているのかしら?」
「知らないよ。あっ!」
アープの姿が完全に消えた。
二人はそれを見届けると、地上に降り立つ。
「触れると危険よね?」
「そうだな。俺なら触らない」
繭を目の前にして、二人はどうするべきか話し始める。
アープを飲み込んだなら、これは味方と考えるべき?
ただ誰による攻撃なのか不明な為、それは即否定された。
「どうしましょ?」
「触らぬ神に祟りなし。放置で」
「そうよね。そうしましょ」
ベティは本多の案に賛成し、二人はその場を立ち去ろうとする。
すると目の前の繭から、音が聞こえ始める。
「何だ?ベティ殿、分かるか?」
「この中からね。何かが割れるような音がする」
「まさか、何かが生まれるのか?」
「生まれるって何よ」
「だってコレ、繭だろう?何かが生まれるんじゃないのか?」
二人はまじまじと繭を見つめる。
すると目に見えて繭が割れ始めた。
「生まれるぞ!?どうする?」
「・・・刷り込みっていうのもあるわね。見ておきましょう」
生まれる何かが希少な生き物なら。
ベティは勿体無いと考え、何が生まれるのか見守る事にした。
そして繭が完全に割れると、中から見えるある男。
ベティは叫んだ。
「お前かよ!」
ベティの大きな声に反応し、目をパチリと開ける福島。
「うん?あ、佐々成政!」
「ベティちゃんと呼びなさい」
「どうしてお前が?アープは?」
ベティと戦っているはずのアープの姿が無い。
福島は嫌な考えが過ぎる。
「まさか、お前が」
「何言ってるのかしら?それはアナタが」
「あっ!」
ベティの言葉を遮るように、福島が大きな声を出す。
福島はヒントを見つけてしまった。
繭の外側に、アープの銃であるバントラインスペシャルが落ちているのだ。
「お前か!お前がアープをやったのか!?」
「は?だからアナタが!」
「バントラインスペシャルがここに落ちてるという事は・・・。くっ!アープは私を守る為に、ここまで来ていたんだな」
「人の話を聞きなさいよ!」
ベティが何かを言おうとしても、聞く耳を持たない。
更に彼は、自分が持っているはずの物が無い事に気付く。
「お前達!日本号を盗んだな!?」
「この子、何を言ってるのかしら?」
「しらばっくれるな!って、持っていないな」
「当たり前じゃない。アタシ達じゃないもの」
「はっ!まさか、日本号を盗んで捨てた!?そうか。それを阻止しようとしたアープを・・・」
話が通じない福島に、ベティと本多は顔を見合わせる。
何を言っても無駄。
二人はため息を吐く。
「許せん!」
「許せないのはこっちの方よ!人に罪をなすりつけて、自分に酔ってるだけじゃないの」
「アープ、私に力を貸してくれ・・・」
「ホント、人の話を聞かない奴ね」
アープは涙目で、バントラインスペシャルを拾った。
あまりの自己陶酔ぶりに、ベティは怒り突撃する。
「アンタ、いい加減にしなさいよ!」
「アープの仇!」
福島はバントラインスペシャルを構えると、ベティに向かって撃った。
「ジャパァァァン!!」
福島は使った事の無い銃に、思わず目を瞑ってしまう。
それを見たベティは、鼻で笑いながらスピードを落とした。
「ハッ!何処に撃ってるのよ。ちゃんと目を開けて撃ちなさい。それでもアタシには当たらないけどね」
「うわあぁぁぁ!!」
乱射する福島だが、ベティには当たる気配は無い。
弾を撃ち尽くし、弾切れでカチカチという音だけが鳴り続ける。
「弾も切れたわね。そろそろ終わりよ」
ギアを上げるベティ。
双剣を抜き、一気に福島へ距離を詰める。
それを見ていた本多が、突然声を張り上げた。
「何かおかしい!」
「何かって何よ!」
「下がれ!」
本多は叫んだ後、大きく後ろに飛び退いた。
本多が飛んだ後、ベティは急に周りを見回し始める。
「な、何?囲まれてる?」
「早く逃げろ!」
距離を取った本多は、安全圏内から声を掛ける。
「うわあぁぁぁ!!」
福島は何度も何度も空の銃を撃つと、ベティは突然不規則に飛び始めた。
「やっぱり無理ィィィィ!!」
ベティの身体が切り刻まれていく。
空から落ちたベティは、辛うじて着地した。
「な、何が起きたんだ?」
ベティが大量に出血して地上に落ちるのを見て、目を丸くする福島。
何が起きたのか?
攻撃をしたのは誰?
バントラインスペシャルは、既に撃ち尽くしている。
福島はしばらく考えると、ハッと何かに気付いた。
すると敵を目の前にも関わらず、涙を流し始める。
「泣きたいのはこっちなのに」
ベティが愚痴るが、福島は気にしない。
「アープ!お前か?お前が力を貸してくれてるのか?」
「いや、だからアナタが」
「ありがとう!お前のおかげで私は戦える!」
「聞きなさいよ!」
無視されたベティは頭に血が上ると、それのせいで貧血気味になり、フラフラし始めた。
「こ、これがアナタの作戦なのね」
「何言ってんだ、コイツ」
「お前ぇぇぇ!!あぁ・・・」
いよいよ膝をついたベティ。
それを傍観する本多に、応援を頼む。
「カッちゃん、お願いね」
「え、無理。だってコイツの攻撃、見えないんだもの。しかも見えない刃が、何十本よ?下手に二人で行っても、共倒れするだけ。ここから対抗策探すから、ベティ殿はもう少し頑張って!」




