蜻蛉切と日本号
ふざけた方が強いって。
酔拳でも習ってるのかな?
カッちゃんこと本多忠勝は、とうとう右軍の戦場を駆けていった。
ここで少し気になる点がある。
彼はいつから、トライクに乗れるようになったのかな?
ゴブリン達は基本的に、徒歩移動が多かった。
酒ばっかり飲んでる連中だ。
下手に任せると壊されるかなと思ったし、酔いが醒めない連中だと飲酒運転にもなる。
トライクだって安い乗り物じゃない。
大量生産出来る物でもないし、皆も大事に乗っている。
前言撤回、又左以外は大事に乗っていると言っておこう。
話は逸れたけど、トライクは僕達の主力機なのだ。
ハッキリ言うと、僕はカッちゃん達にトライクを預けたくないと思っている。
別にマッツンを含め、カッちゃん達ゴブリンを嫌っているからではない。
その理由は前述の通り、大事に乗ってくれる保証が無いから。
なんと言うか、ゴブリン達ってマッツンの為に動くでしょ?
だからマッツンを楽しませる為なら、ちょっとやそっとどころじゃない変な事を、トライクでやろうとしそうな気がするんだよね。
それこそ三輪車なのに片輪走行とか、ジャンプ台を作って池を飛び越えようとしたりとかね。
勿論それをやるかと言われたら、やらない可能性の方が高い。
でもやらないとは、言い切れないと思うんだよ。
僕の偏見だと言われたら、否定は出来ない。
真面目なゴブリンも居るし、一番新しい仲間である酒井忠次ことタッちゃんなんかは、他のゴブリンとは少し毛色が違うしね。
そして今回、僕の与り知らぬ所で、ゴブリン達にトライクが貸与されていた。
聞く話によると、空を飛ぶ機能は備えておらず、地上を走るだけとの事。
戦場に出るのだから傷つけるなよとは言えないけど、無茶はしないでくれ。
そんな事を考えていたら、大きな布で矢を弾いていた。
コバに聞いたけど、あんなのを作った記憶は無いと言う。
それはつまり、ただの布という事だよね?
大事にしてほしいと思う反面、あんな無茶な方法で守るのもどうかと思う。
だけど鼻歌混じりに直進していく姿は、ふざけているようにも見える。
僕の中で色々な感情が、カッちゃんのせいで入り乱れてるよ。
ホント、もう少し安心して見させてほしいものだ。
アープの額に、一筋の汗が流れる。
先程まで考えていた予定が、全て狂ってしまったからだ。
タツザマを倒した事により、新たな将官クラスの人間が担当するというのは考えていた。
だがそれはベティがこちらに来た事で、もう一人は同じ領主である柴田勝家が担当するものだとばかり思っていた。
しかし蓋を開ければ、相対したのは妖怪ではなくゴブリンの軍団。
その一団が、矢の雨を大きな布だけで防ぐ一団が迫ってくるのを見て、彼は頬を引きつらせた。
秀吉から、タヌキとゴブリンの関係は聞いている。
しかしそれを聞いていたのが、アープにとってアダとなった。
タヌキを最優先に考える彼等は、戦場に出てくる事は無いとばかり思い込んでいたのだ。
それが思わぬ形で参戦する事になり、しかも訳の分からない事を言いながら迫ってくる。
ゴブリンに注視してしまった彼は、ベティの接近に気付くのが遅くなってしまった。
その結果が、福島との分断である。
「福島!無理をするな!」
「バカねぇ。もう聞こえないわよ」
余裕のある笑みを浮かべて言い放つベティ。
アープは舌打ちをすると、中央での戦闘とは違う、派手な戦いな音が向こう側から聞こえてくる。
それはまさに、福島と本多の戦い以外の何者でもなかった。
「さて、これでこっちはアナタとアタシだけ。さあて、そろそろやるわよ」
ベティは腕をブラブラと振り準備運動を開始すると、そこにアープの不意撃ちが飛んでくる。
それを見向きもせずに余裕で回避すると、アープは少し距離を取った。
「離れたら、もっと当たらないと思うけど」
「そうかな?」
左手を素早く動かすアープ。
ベティは少し慌て、身体を逸らした。
「発砲音が聞こえない!?」
「やはりな。お前の能力の中に、異常な聴力があると聞いた事があった。もしかしたら視力ではなく聴力で、見えない銃弾を把握してるんじゃないかと思ったんだ」
「まさか、音まで消せるなんて。これはちょっと予想外ね」
「ククク。余裕が無くなったようだな」
ベティの顔から笑みが消えた。
だがアープは、ベティを慌てさせた事である事実を忘れている。
「さあて、ここからは俺のターンだ」
自分の能力の方が上。
アープはそれを確信し、ベティとの戦闘を本格化していくのだった。
「てれてーてれててててーてれてー」
「何を口ずさんでるんだ?」
「仕事人のテーマ曲。マッツンに教わったんだ」
「それ、間違ってるよ」
「何だと!?」
「いや、合ってるのかな?音痴だから?」
本多は膝をついて、胸に手を当てている。
とても動揺している様子だ。
「ど、どうした?」
「音痴で悪いか!チクショウ!マッツンだけだ、俺の歌を聞いても笑わないでくれるのは」
福島は知らぬ間に、精神的ダメージを与えている。
少し涙ぐみながら立ち上がる本多に対し、福島は少しだけ罪悪感を感じた。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。なんかゴメン」
「ぐぅ!謝られると、もっとこっちが惨めになる。お前、嫌いな奴に認定するから」
「どうせ敵だ。嫌いで結構」
日本号で本多の足を払おうとする福島。
だが彼は半歩だけ下がると、槍が素通りしていく。
福島には本多がどのような動きをしたのか分からず、避けられた動揺が隠せず、顔に出てしまう。
「まさか、今ので驚くレベル?お前、あんまり強くないだろ」
「わ、私が弱いと言うのか!」
「ハァ。だってこの程度の動きも、見切れないんじゃなぁ」
ため息を吐く本多に、怒りを露わにする福島。
今度は本気だと言わんばかりに、福島は叫ぶ。
「ジャパアァァン!!」
「・・・なるほど。穂先が分かれて攻撃してくるのか。でも動きが単調」
前へ後ろへ。
そして左右に身体を少し動かすだけで、穂先を避け続けてみせる本多に対し、福島の動揺は更に大きくなっていく。
「ど、どうなってるんだ!?」
「穂先の飛ぶコースに、決まりがあるみたいだな。だから読みやすい。佐藤の新しい武器と同じだけど、向こうはマニュアル化して自分でも動かせるみたいだし」
「何を言っている?」
「結論から言えば、お前の武器は数が多いだけの、劣化版って話」
「ふ、ふざけるなぁ!」
福島が叫ぶと、穂先が大量に現れ始める。
それは本人にも予想外の出来事で、今まで最多の10本という数を、大幅に更新していた。
流石の本多も、これには眉を動かす。
「これは・・・流石に避けるだけじゃ無理かな」
「この野郎!」
何十本もの穂先が、様々な角度から本多へと攻撃を仕掛ける。
すると彼は上下左右を確認しながら、手甲と蜻蛉切を駆使していく。
避けられる物は避け、無理な物は蜻蛉切と手甲で弾いた。
既に五分以上経っているのだが、福島はその光景に恐れを抱いた。
「な、何故だ!何故当たらない!」
流石の本多も余裕は無く、福島の自問なのかこちらへの質問なのか分からない言葉に、反応はしなかった。
「だったらもっと数を!」
「それはダメだ」
本多が足元の石を蹴飛ばすと、福島の左腕に当たる。
それほど強くなかった為怪我はしていないが、あれだけの猛攻の中で反撃してきた事が、福島には驚愕だった。
「石を蹴り飛ばせる。まさか、もう見切ったのか!?」
「うーん、面倒だな。避けなくても、こういう防ぎ方もあるよね!」
本多が蜻蛉切を地面に刺すと、それをおもいきり前方に向かって跳ね上げる。
すると土石が一気に飛んでいき、穂先が当たって消えていった。
そして土煙に紛れた本多は、福島の懐に潜り込んだ。
「こんにちは。そしてさようなら」
「え・・・」
蜻蛉切で福島の腹を突き刺す本多。
血を流して倒れる福島に、意識は無い。
「死んだかな?死んだでしょ。うーん、やっぱりあの異様な感覚は、気のせいだったかな」
福島はピクリとも動かない。
それを見た本多は、福島に背を向けてベティの援護に向かった。
「アッハッハ!避けるだけで精一杯じゃないか!」
ベティが空に上がると、左右の銃でひたすら連射を続けるアープ。
スピードを上げてアープの目から逃れようとするものの、彼は先が見えている。
目の前から銃弾が飛んできたりしており、ベティには軽口を叩く余裕すら無いように思える。
「アレだけ偉そうな事を言っておいて、結局は逃げるだけじゃないか」
「・・・」
「無言か。鳥人族は妖精族に比べたら、空が飛べるだけで大した種族じゃない。妖精族にも羽が生えている者も居るし、劣等種なんじゃない?」
饒舌なアープは、仲間である福島を引き合いに出し、ベティを挑発する。
反撃すら飛んでこない状態に、アープは自分の優位に酔いしれていた。
「領主がコレだ。部下もたかが知れてる。その証拠に、ヘリを一機も落としていないからな」
アープはベティの後方で戦っている、ヘリとタツザマ隊を見ながら、墜落していない事を確認する。
だが彼は、自分に酔いしれてある事実に気付いていなかった。
そしてとうとう、ベティによる口撃が始まる。
「ベラベラベラベラ、うるっさい男ね」
「何?」
「うるさいって言ってんのよ。この三下ダサ男」
「三下ダサ男!?」
今まで無言だったベティだが、突然話し始めた事にアープは驚いている。
余裕が無いのだとばかり思っていたのに、今では普通に喋っている。
それは自分の認識が、間違っていたという事だった。
「余裕が無いんじゃなかったのか!?」
「念の為よ、念の為。アタシは猪突猛進して、異空間に閉じ込められた。だからアナタに、他の攻撃があるのか確認したかっただけよ」
「んなっ!?」
「でも見た感じ、右の銃と見えない左の銃以外の、攻撃手段は無い。ハッキリ言って、興醒めだわ」
頭にきたアープは、早撃ちのスピードを上げる。
しかしベティに当たる様子は無い。
「この!クソ鳥人族が!」
「だから、当たらないわよ。アナタの攻撃、最初から見切ってるもの」
「そんなわけがあるか!現に慌てて避けてたじゃないか。それに弾が当たっ・・・」
アープは初めて気付いた。
ベティに弾が当たったのは、前日である。
それは福島の日本号との連携によるもので、自分一人の時ではなかった。
本日に限るなら、彼にはまだ一発も当たっていない。
アープの頭に、嫌な考えが過ぎる。
頭を振ると、アープは改めて自分に言い聞かせるように言う。
「だけど、余裕は無いのは事実だ!」
アープはベティの反応を見る。
余裕が無いのか?
それとも本当はあるのか?
そしてアープの予想は、嫌な方に当たった。
「バカねぇ。だからさっきから言ってるじゃないの。何か他に手立てがあるんじゃないかと思って、確認していただけだって。アナタの左の見えない銃も攻略済み。と言うより、アタシには元々効かないって言った方が良いかしらね」