選手交代
人を小馬鹿にする事に関しては、かなりの高レベルだろうね。
ベティはアープの奥の手を見抜きつつ、彼を小馬鹿にして平常心を奪っていた。
真面目に言えば、福島とアープの二人を相手に一人で戦うのは、無謀以外の何者でもない。
でもそれが成り立ったのは、ベティの巧みな話術によるものだと、僕は思っている。
まず最初にベティは、アープに狙いを絞っていた。
何故なら福島ではなく、彼が指示の主導権を握っていたからだ。
もし二人に分散してトラッシュトークを仕掛けていたら、おそらくアープが気付いていた可能性がある。
最初に自分の悪口を言われても、次に福島の方に移ってしまえば、冷静になる時間を与えてしまう事になる。
いくら頭に血が上ってしまっても、冷静になれば何か狙っていると気付かれてしまったかもしれない。
しかしベティは、アープだけに言っていた。
本来なら言いやすいのは、ちょっと気弱で話を聞いてくれそうな福島だと思う。
だが福島だけに言ったところで、彼が凹むくらいでほとんど意味は無い。
泣きそうな面をしながらアープの言う事を聞き、むしろその悔しさをベティにぶつけてきただろう。
だからベティは、アープだけに狙いを絞ったんじゃなかろうか。
と僕は思っているのだが、どうして分かるのか?
簡単である。
僕もベティも、性格が悪いからに決まってるでしょ。
性格の悪い奴はね、似た者の考えも理解出来るんだよ。
ちなみに僕なら、もっと煽り倒して更に怒りを買ってるだろうね。
次の日も、僕しか目が向かないくらいに煽りまくってる。
そうすればアープは、僕が目立つ行動をしていればそっちに来るだろう。
アープはタツザマを追い詰めた強敵だ。
言葉で奴を操れるなら、どれだけ汚い言葉でも言ってあげるよ。
それが仲間の為になるなら、喜んで言うから。
なんてカッコつけたけど、ホントは違う。
単に僕もベティも、馬鹿を冷やかすのがただ好きなだけなんですよ。
ベティの作戦は、官兵衛と同じだった。
戦場での経過報告を受けた僕は、官兵衛による作戦を先に耳にしていた。
その内容が、アープと福島を引き離す事。
そして官兵衛が考えていたのは、タフな者を向かわせて、二人の攻撃に耐えながら、もう一人の味方がアープと福島のどちらかにちょっかいを出す。
そしてタフな者を盾にして二人の間に割って入り、アープと福島を引き離そうと考えていた。
その最有力候補が異空間から戻った、権六こと柴田勝家だったのだが。
お市からその案にノーを突きつけられてしまったので、考え直しになってしまった。
「それは僕達も考えていたんだけど。それを実行するのが一番難しいんだよね」
「それくらい考えなさいよ」
お前が言うな。
考えろと言われても、最初の予定が狂ってしまったのだから難しい。
「タツザマ隊で壁が作れる?」
「やろうと思えば、しかし強度という面では、難しいですよ」
嫌だからというわけではなく、自分達の特性を理解した上で、難しいと言っているのだろう。
そもそもタツザマ兵は、防御を下げてスピードを重視している。
だから作戦の内容には、全く合っていない人選なんだよね。
「代わりにサネドゥ殿を送りましょう」
「サネドゥは駄目だよ。だったら太田かゴリアテをと言いたいところだが」
それは官兵衛からストップが入っている。
うーむ、どうするべきか。
「聞け皆の衆!天知る地知る人が知る」
「アレだ。一益に無理言って戦ってもらおう」
「もしもーし」
「丹羽殿でも良いのでは?あの方の部下の使い方、参考になりましたよ」
「無視されると、俺様泣いちゃうよー」
うるさい男だなぁ。
オケツは意外と長秀推しみたいだけど、一益も含めて二人とも、まだ武器が完成してないからな。
本当は今朝には出来ると聞いてたのに、どうやら完成度にこだわった結果、まだ未完成だという話だった。
「で、そこのタヌキ。何か用?」
「待ってました!うっ!」
マッツンの腹が激しく鳴り響く。
この男、笑わせに来てるのか?
「ふう、屁が出てしまった」
「そっち!?」
「む?だったら何と勘違いしたんだ?」
「もう面倒だから、用件を言ってくれ」
頭痛くなってきた。
このままコイツと問答してたら、ただの漫才になってしまう。
それは僕のキャラじゃない。
「おう、そうそう。タツザマが秀吉の部下に、ボロ負けしたらしいじゃないか」
性格の悪さでは、コイツもまあまあ上だった。
わざとじゃないんだろうけど、気を遣わない性格だから、トキドとウケフジからは白い目で見られている。
「冷やかしなら帰れ」
「違う。タツザマ程の男が負けたんだろ?だったらこっちも、それなりの人物を当てなきゃダメだ」
「そんなの分かってるんだよ!」
「何怒ってるんだよ。だから俺様が、カッちゃんに頼んでやるってのに」
「何?」
予想外の言葉だった。
ゴブリンの大半は空腹が激しい為、王国へと向かってもらっている。
異空間から出てきた中で留まってもらったのは、ゴブリンではカッちゃん達くらいだった。
だけど彼は、マッツンの為しか動かない。
今回の申し出は、かなりありがたい話だ。
「良いのか?」
「良いに決まってるだろ。タツザマは仲間だ。やられたらやり返すのは当然。今は人が足りてないんだから、腹減ったくらいで、グダグダ言ってられないからな」
「ま、マッツン!」
コイツ、異空間で何があったんだ?
もしかして異空間の中に、きこりの泉でもあったのかな。
そこに落ちてたら、これくらい言動が変わるのも理解出来るんだけど。
「ま、マッツン!俺は今、猛烈に感動している!」
「私もです!貴方を誤解していたようです。少し前の自分を殴って、叱りつけてやりたいくらいですよ」
「うん?そうか?」
トキドとウケフジは、マッツンの言葉にえらく感動してしまったようだ。
タツザマの為なら当然。
二人のマッツンを見る目が、白い目から若干尊敬の眼差しに変わっている。
「だったらカッちゃんに頼んでよ。ベティ、カッちゃんとの共同戦線で良いね?」
「分かったわ。むしろ彼を大将にしても、アタシは異論は無いわよ」
意外だな。
目立ちたがりのベティなのに、大将すら譲っても良いと言い出すなんて。
それくらいカッちゃんの実力を買っているという事か。
「それでは右軍は、佐々様と本多殿にお任せします」
官兵衛の締めの一言で、ようやく今夜のミーティングは終わった。
続々と部屋を出ていく一行。
トキドとウケフジは、マッツンに何か話し掛けている。
全員が出ていった後、比較的冷静だった僕は改めて思った。
「マッツンってさ、タツザマに対して色々と言ってたけど、実際に動くのはカッちゃんであって、マッツンは何もしないんだよね」
【それ、俺も思った。良い事を言って勘違いしてるけど、マッツンはただ単に楽したいだけな気がする】
それな。
翌朝、昨日と同じように布陣する両軍。
違っている点は、こちらの右軍が負傷したタツザマからゴブリンのカッちゃんに代わっている事だ。
対して秀吉軍も、少し動きがあったようだ。
左軍にも、アンデッド以外の者を配置してきたのだ。
生者の数は少ないが、何か狙いがあるのは間違いない。
「イッシー、気を付けてよ」
「ヤバかったら後退する」
彼の場合、罠にハマらない限りは大丈夫だろう。
「カッちゃん、頼んだよー」
「マッツン、勝利の栄光をキミに」
カッちゃんの奴、三倍の速さで動くつもりか?
冗談じゃなくて、カッちゃんは本気を出したら、予想の三倍強そうなんだよなぁ。
それぞれが出陣すると、のそのそと城の中から出てきた人物が居る。
疲労感が漂うコバだった。
「か、完成したのである。疲れた・・・」
「コバ殿、後は休んでいて下さい」
「そうさせてもらうのである」
コバは倒れ込むとベンチに寝転がり、そのまま寝息を立て始める。
「滝川殿、ワシ等の最初で最後の合作。存分に使ってくれ」
「うむ。ワシと真田殿の力、木下に見せつけてくれようぞ」
「私の方も忘れないで下さい。しかし、こんな武器が本当に完成するとは」
どうやら一益と長秀の武器が、正真正銘完成したようだ。
満足そうな二人だが、もう既に布陣が終わってしまっている。
今から参戦するとなると、ちょっと混乱を招きそうな気がする。
「二人は切り札という事で。まだ出番は先かな」
「せっかく完成したのにですか?残念です」
二人の出番は、まだ早い。
戦局が動いたら、出てもらおうと思っている。
「さあて、今日も一丁適当に暴れますか!」
ムッちゃんが真っ先に先頭に立って、飛び出していく。
陽動としては間違いなく優秀だ。
だが彼は、すぐにこっちに戻ってきた。
「何してんのよ?ちゃんと戦いなさいよ」
「コウちゃん、やべー!すげーよ!」
おいおい、呼び方が興奮して元に戻ってる。
「どうしたのさ?」
「デカいのが動いてるんだよ。アレは流石に俺でも無理だー」
は?
デカい?
しかしここからでは、何も見えない。
大きい物が動いてる様子なんか、サッパリなんだが。
「魔王様、彼の言う事が本当なら、魔法で隠されているのでは?」
「でもムッちゃんには見えてるんでしょ?」
「森魔法にも似たようなものがありますから。おそらく、遠くからでは感知出来ないようになっていると思われます」
長秀が官兵衛の話を補足すると、ムッちゃんは前方を見て同じような事を言い出す。
「本当だ。ここからじゃ見えない。嘘じゃないから。戦場に入ると見えるんだよ。信じてよ」
「彼の言っている事は、本当でしょうな。ワシの勘違いじゃなければ、太田殿やゴリアテ殿の部隊にも、動揺があるように見える」
なんと!
昨日まではアンデッド相手なんか、全く気にせず進軍していたのに。
今日は朝から腰が引けており、全く進んでいない。
アンデッドが強くなった様子も無いし、こちらが意図的に進まないんだろう。
「コウちゃん、俺は一対一で負ける気はしないけど、それが化け物みたいに大きいのは無理だよ」
「タケシと呼ばれた男が情けないな。ギュンターに怒られるぞ」
「投げも絞め技も出来ない相手に、どうやって勝てって言うんだよ」
「殴りなさいよ」
「まあ、そうね。うん・・・」
冗談で言ったのに、殴るのは出来るんかい。
だけど乗り気じゃないムッちゃんに代わり、やる気になっている男が居る。
「まあまあ、タケシ殿には陽動という仕事がありますから。ここは私に任せて」
「い、良いんですか!?」
「魔王様。ここは私、丹羽めに任せてもらえませんか?新しい武器の性能を試す機会に、丁度良い相手だと思います」




