ベティとアープ
こんなの日本でやってたら、確実に逮捕案件だから。
ベティ達鳥人族は空腹を満たす為の手段として、敵の糧食を狙うという、ちょっとズルイ手を使った。
実際には悪い手では無いんだよね。
食べ物を奪ってしまえば、それだけ継戦能力は落ちる。
とは言っても、戦線が伸びきっているわけでもないから、本陣に戻れば普通に食べられるんだけど。
でも食べ物が手元にあるか無いかというのは、気分が違うと思う。
ちょっとした休憩時に食べる物がある場合と、手元には何も無い場合。
それも相手に奪われたから食べる物が無いなんて、テンションが下がるのは間違いない。
戦えるけど気持ちで落ちる。
そういうのって、後から響くと思うんだよね。
それとテンションが下がると言えば、ベティである。
ハッキリ言って、逮捕されてもおかしくない。
むしろこの場に止める人物が居ない事が、危ぶまれる事態だ。
彼は糧食を奪う際、男達の股間を弄ってから脱出していたのだ。
それも自分好みの人だけを狙って。
これは僕の中でも、アウトだと思う。
分かりやすく言えば、捕虜に対する暴力の禁止と同じで、たとえ敵であってもやって良い事と悪い事がある。
敵の嫌がる事をするのは戦いの基本だとは、僕だって理解している。
でも嫌がる事の中で性的な事をするのは、駄目なんじゃないか?
僕が理解してないだけで、ベティは同類を探して触っていたなら、話は変わるけど。
わざとマイノリティな人を見つけては、人には言えないけど実は触られるのが好きでした。
そんな人を見つけ出しては、触っているのなら分かる。
いや、やっぱり分からないな。
こちとら今後の人生を左右するような戦いをしているのに、個人の嗜好を戦闘中にやるのはおかしいし。
何にせよ、これだけは言える。
股間タッチ、ダメ絶対!
アナコンダマン。
必死に後退する福島兵の耳にも、ベティの大きな声は聞こえている。
彼等は思った。
彼が生きて帰れたら、この話は封印。
しかし戻ってこなかったら、あのスカイインフェルノに認められた男、アナコンダを語り継いでいこうと。
そんな事をされたら、死んでも死に切れない。
男は知ってか知らずか、ベティに向かって槍を投げつけた。
「そんなの当たるわけないでしょ」
空中で槍をキャッチするベティ。
投げ返そうとするベティだったが、突然の銃撃を慌てて回避する。
「危ないわね。あら、鉄砲隊も居たの」
福島兵は基本的に槍が得意な者が多いが、秀吉はバランス良く配置する為、中には他部隊から転属してきた鉄砲隊も居る。
今回はそんな彼等が、男の窮地を救った。
「やっぱり腹は満たされない。こうなったら、大物を食って満足しようかしら」
後方へと下がるベティ。
彼は福島とアープに、ターゲットを変更する。
「アンタ達、分断なさい」
鳥人族達はたったそれだけの指示で、ベティの考えを理解した。
逃げる福島兵の中に飛び込んでいくと、ある地点から堰き止めるように福島兵を止める。
走っていく福島兵と、鳥人族に止められた福島兵。
その間にぽっかりと空間が出来ると、ベティは猛スピードでその間を通り抜けていく。
するとベティの通った場所に、炎の線が出来上がっていく。
「もう良いわ」
ベティの指示に従い彼等は空に戻ると、ベティの作った炎の線に対し、何やら水風船を投げつけていく。
水風船の中身が弾けて飛び散ると、炎の勢いが増した。
「壁になったわね。逃げられないように、壁を維持なさい」
それだけ言い残したベティは、再びタツザマの方へと飛んでいった。
「動きが鈍くなった。何が起きた?」
アープは前方の動きがおかしい事を悟ると、タツザマの様子を見る。
しかし彼に、変わった様子は見られない。
「前方に飛んでいったオカマがやったのか」
「オカマって言ったら怒られるよ。今はLGBTQって言わないと」
「お前は本当に真面目だなぁ」
福島の指摘にうんざりするアープだが、上を見ているとそんな余裕も無い事に気付く。
「福島、覚悟を決めろ」
「何の?」
「死ぬ覚悟だ」
「そんなのは出来てるよ!」
秀吉の為なら福島は、命を捨てる覚悟は出来ている。
そう言わんばかりに大きな返事をすると、福島は上空に向かって槍を掲げる。
「後は任せたジャパアァァン!!」
「任された」
五本の穂先が、戻ってくるベティに襲い掛かる。
足を止めて上空に意識を傾ける福島。
そしてアープも同様に、足を止めてタツザマに向かって攻撃を開始する。
「覚悟を決めたか!?囲め!」
タツザマは孤立した二人を、完全に包囲する。
二人を残して他の福島兵は、タツザマ隊の輪から外された。
「的を絞らせるな。じっくりと攻撃しろ」
「それは無理な相談だ」
アープが一発ずつ撃っていく。
それは周囲を回っていたタツザマ隊の騎馬に当たり、即死した騎馬が倒れ込んでいく。
急に倒れた馬を飛んで避けると、その包囲は既にバラバラになっていた。
「福島、走れ!」
アープの声に反応する福島。
二人は前方ではなく、タツザマに向かって走り出す。
「ここで一人仕留める!」
「拙者の足をナメるなよ」
下馬したタツザマは太刀を抜き、猛スピードで駆けていく。
福島は上空に意識がある為、タツザマに意識を割く余裕は無い。
その為福島は、タツザマから真っ先に狙われていた。
「まず一人!」
「こっちのセリフだけどな」
タツザマは前のめりに勢いよく倒れる。
全速力で走っていたタツザマは、滑るようにアープの足下に転がっていく。
「な、何だ?」
どうして転んだのか、足を見たタツザマは初めてその時痛みを実感する。
両太ももに銃弾が命中して、流血していた。
「あの瞬間に狙われていた!?」
自分のスピードを過信するわけではないが、タツザマは全速力のスピードに目が対応するのは、そう簡単ではないと自負していた。
それが何の躊躇も無く放った銃弾が、外す事無く両足に命中している。
しかも見上げればタツザマの目の前には、自分の足を撃ち抜いたアープの姿がある。
腕を伸ばせば届く距離。
タツザマは膝立ちになると、アープ目掛けて横斬りをする。
だが自分の手には、太刀が無くなっていた。
腕を振ったタツザマが感じたのは、両腕に走る痛み。
彼は手首と肘の間を撃ち抜かれ、太刀を放ってしまっていた。
「残念。俺には届かない。そして今度こそ、サヨナラだ」
「ぐっ!オケツ殿、すまん!」
カチリと銃が動く音が聞こえる。
自分は死ぬ。
タツザマは騎士王であるオケツに謝罪すると、目を閉じた。
「あのバカ!」
ベティは福島の攻撃を双剣で捌きながら、下を見る余裕があった。
そこにはアープの下で倒れている、タツザマの姿が見えた。
彼は双剣を納めると、猛スピードで急降下する。
「あ、アープ!」
ベティの身体を斬り裂く日本号だったが、その勢いは止まらない。
福島がアープの名を呼ぶ頃には、ベティはタツザマの腕を掴んでいた。
「うっ!」
頭を狙われていたタツザマは、ベティが腕を引いた事で肩に被弾する。
そしてベティも日本号の攻撃で怪我を負いながら、タツザマ隊と鳥人族に一言だけ言う。
「全軍、撤退よ!」
タツザマがやられ、助けられたのを確認したタツザマ隊は、すぐに反転する。
そして鳥人族達もアープと福島に遭遇しないように迂回をしながら、撤退を開始した。
「逃したか」
「俺達はどうするんだ?」
「当然、奴等を追う」
タツザマを退けた事を知った福島兵は、炎の壁に阻まれて弱気になっていたのから急転、俄然追い打ちムードへと切り替わる。
「この男頼める?」
「はい!」
タツザマ騎馬隊の一人に、タツザマの身を任せるベティ。
タツザマは出血が酷いからか、既に気を失っている。
「アナタはどうするんですか?」
「決まってるでしょ。アイツ等のアレ、もらうのよ」
「アレ?」
「早く行きなさい」
撤退を促すとベティは反転すると、空中で立ち止まる。
そこに現れるアープと福島。
「自分の身を犠牲にして、仲間を逃す」
「おぉ!素晴らしい人物じゃないか!」
「そうか?無駄死にだぞ?」
「そんな事は無いでしょ。仲間思いの良い奴です」
ベティの行動に感銘する福島に対し、アープは微妙な顔をする。
アープからすれば、彼の行動は自己満足にしか思えず、結果は自分達に負ける姿しか予想出来なかった。
「好き勝手言ってくれるわね。別に構わないけど!」
「福島!」
ベティの手が動くと、アープもホルスターから銃を抜く。
福島の前で、短剣が金属音を立てて落ちた。
「なかなかやるじゃない」
「まさか投擲であの速さか」
二人は話している間にも、ベティの両手は動き続け、アープの銃口も火が吹き続けている。
だがアープは、一人で戦っているわけではない。
「福島」
「まさか、加勢しろと?」
「当然だ」
「あのように仲間の為に戦う男に、二人がかりでやれと言うのか?それはちょっと・・・」
拒否気味の福島だったが、アープの一言で彼の顔色は変わる。
「それはあの方の所業を蔑ろにしていると、分かっているのか?」
「っ!分かった」
日本号を構えると、決意を固めた福島は叫ぶ。
「オッケエェェェイ!!ジャパアァァァァン!!!」
今までの中で一番多い十本。
福島の気持ちに応えた日本号は、ベティへと飛んでいく。
「安らかに眠れ!」
日本号の攻撃が始まると、アープは弾を補充する。
ベティはそれに合わせて双剣に持ち替えると、今度は日本号を弾き返す。
「終わりだな」
「無駄に痛めつけるようなマネは許さないぞ」
「俺はプロだ。殺せる時は殺す」
今まで監察官として働いてきたアープにも、そこはプライドがある。
仕事は失敗しない。
ハンマーに指を掛け、トリガーを引こうと人差し指に力が入る。
「それでは死んでもらおう」
「ナメるんじゃないわよ!」
ベティは日本号を弾き返しながら、アープ達に向かっていく。
「あぁ、ナメてない。俺はプロフェッショナルだからな」
「アープ?」
アープが左手を腰に添えると、何も無い所から突然銃を抜く仕草を見せる。
「二丁拳銃!?」
「さらばだ、スカイインフェルノ」
右手と左手から連続で発砲される。
「二つになったからって当たるのか?」
「当たる。俺の目は未来を視る。それは見えない二丁目の銃が抜かれた時だけだ」
アープは左手だけ、別方向へ撃った。
それは福島でも分かるくらい、別の方向だった。
「ど、どうして?」
福島は驚愕した。
確かにベティに、銃弾が当たったからだ。
「だから言っただろう?俺にはアイツが、途中で攻撃を避けようと右へ急転換するのが見えた。だから左手が反応して、そっちを狙ったんだ」