ガンスリンガー
期待外れと嬉しさ半々。
初日の戦いを終えた僕達は、マッツンからある異変を告げられた。
食べても味がしないし、腹が膨れない。
それが一人二人なら問題は無かったけど、マッツン達全員となると話は違う。
その原因は分からないけど、どちらにしても予想外の展開だった。
元々、この戦いでマッツン達を助けようという気持ちはあった。
だがそれは、秀吉との対決時だと思ってたんだよね。
だって彼等を異空間へ送り込んだのは秀吉なんだから、脱出方法も彼しか知らないはずなんだ。
それがよく分からないタイミングで出てきた事を考えると、僕達だけでなく秀吉にとっても予想外だったと思う。
だからこのタイミングで出てきたというのは、間違いなくマッツン自身の力による脱出なんだよね。
最悪を想定すると、万にも及ぶ命を秀吉の手に握られていて、人質として扱われた可能性もあった。
だけどそれが無くなったという点に関しては、僥倖だと言っても良い。
しかし脱出の対価が、今回の大食である。
ハッキリ言おう。
早いんだよ!
もっと後になってから、出てきてくれよ。
と言うと、ゴブリン連中からボロクソに言われそうなので口にはしないけど。
まあ早いなんて言ったけど、後になればなったで食料が急に一日で尽きて、翌日には撤退せざるを得ない状況になっていたかもしれない。
だったらこのタイミングで出てきた方が、良かったとも言える。
言ってしまえば、マッツン達が全員助かったから言える文句であって、本来なら贅沢な悩みなのかもしれない。
ゴブリン達はマッツンとカッちゃん、鳥人族はベティ。
そしてお市と妖怪は、権六が戻ってきた。
もし僕が早いんだよなんて口にしていたら、凍らされた挙句に竹槍で滅多斬りにされて、最後は音速以上の速さで燃やされてたかもしれない。
口は災いの元。
何事も心に秘めているだけが、無難だよね。
男は不真面目な態度を取っているが、それは表面だけ。
秀吉に対しては敬意を払っているのを知っている秀長は、誰もこの態度に文句は無かった。
だがそれは秀吉の腹心である秀長だけであり、石田や加藤達はそうは思っていなかった。
「何なんですか、このふざけた男は!」
「殿に対しての無礼、許せませんな」
男に対して憤る、石田と加藤。
それを見て笑う秀吉は、敢えてその場を楽しんでいる。
「もうよろしいですか?」
「もう少し様子が見たかったけど、これ以上険悪になるのもどうかと思うしな」
秀長が秀吉に対して許可を求めると、彼は残念そうに頷く。
「すまない、皆。彼はこれでちゃんと忠誠を誓っているから。悪い奴ではないから、許してやってほしい」
「秀長殿が言うなら。でも、忠誠心なんかあるようには見えない」
「私もそう思う」
秀長の言葉を聞いて渋々従う石田達だったが、やはり不穏な空気はそう簡単には流れてくれない。
すると男が、石田達に対して口を開く。
「敬語を使うのが忠誠を誓う事になるのか?違うだろ。漢ならその男の為に命が張れるか。それが忠誠心ってもんじゃないのか?」
「お前に言われるまでもない!」
「我々は全員、そう誓っている。今まで働いた形跡の無いお前こそ、口だけではないのか?」
「それは違うんだよ」
今まで見掛けた事の無い男に対し、今まで秀吉の為に動いてきた彼等からすれば、彼は何もしていないように見える。
それを聞いた秀長は再び険悪になる前に、彼の素性を明かした。
「彼には内部調査を任せていたんですよ」
「内部調査?」
「要は監察官。内部に裏切者や不真面目な者が居ないか。それを探るのが、彼の仕事だったんですよ」
秀長の説明に騒つく石田達。
未だに顔を見せていないのは、彼の仕事が特殊だったからだった。
「だったと言うのは、これからは違うと?」
「そうだ。顔を見せても良いぞ」
秀吉が指示を出すと、フードを外す男。
すると石田達は、不思議そうな顔をする。
「何処かで見たような?」
「何処かですれ違ったような?」
「なんとなく会った事があるような?」
誰もが覚えていないその顔に、石田達は頭を悩ませる。
「印象の薄い顔だからな。仕方ないさ」
「いや!そういう意味では・・・ごめんなさい」
男に言われ、素直に謝る石田。
覚えが無いという男の顔は、所謂モブ顔と呼ばれる顔だった。
記憶に残りづらいし、誰からも警戒されづらい。
その為秀吉が任せた仕事には、うってつけの人物だった。
「これからはこの男も、戦線に加わってもらう」
「そうですか。それで、なんとお呼びすれば良いですか?」
言われてみれば、まだ名乗っていない。
秀吉が本名を教えようとすると、男はその前に大きな声でこう言った。
「アープ!ワイアット・アープと呼んでくれ。それと俺は、ガンマンじゃなくてガンスリンガーだから」
「え・・・」
「でも貴方、日本人ですよね?」
男の名乗りに、変な空気が流れる。
皆が秀吉を見ると、彼はサッと目を逸らす。
石田達は仕方なく秀長を見ると、彼も秀吉と同じく目を逸らした。
「あ、あーぷ殿?」
「フフン!アープで良いぞ」
「あ、アープ」
「おう!」
石田達は直感した。
コイツ、絶対変な奴だと。
だが同じく変わった男担当の福島が、アープに向かって物怖じせず尋ねる。
「どうしてアープなんだ?」
「よくぞ聞いてくれた!俺の使う銃を見てくれたまえ」
「長いな」
「そう!これが俗に言う、バントラインスペシャルと呼ばれる銃だ。実際は使っていなかったとか言われてるけど、カッコイイだろ?」
グイグイ来るアープに、福島は強く頷く。
それに対して石田達は、無表情で話を聞き流している。
「流石は福島!話が分かるな」
「私の事を知ってるのか!?」
「監察官をやってたんだ。お前達の事は、全て知ってるさ」
アープは軽く言っているが、今の言葉には石田達も凍りついた。
お前達の事は、全て知っている。
それは秀吉が、彼に対して自分達を見張るように言っていた事に他ならない。
しかしアープはそんな事も気にせず、バントラインスペシャルの話に夢中である。
「そ、そうなんですか?」
秀吉に尋ねる石田。
秀吉はそれに頷くと、こう言った。
「信じているからこそ、疑り深くなる。もしお前達が裏切ったなら、私が何百年と考えていた計画が、全て消えてなくなる。それだけは避けたかった。そしてお前達は、私の期待に見事に応えてくれた者達である」
「それは、応えられなかった者も居ると?」
「居る」
「その者達は?」
「あの銃の威力を知った者達だな」
アープが福島に、自慢げに見せる銃。
銃身がとても長く、使いづらそうなイメージしかない。
その反面、なんとなく威力が高そうな印象もあった。
「それでな、この銃は」
「そうなんだ!でもガンマンじゃなくて、ガンスリンガーっていうのは?」
「ほほう?そこに気が付くとは。流石は福島!」
「え、そう?えへへ」
照れる福島の背中を、バンバン叩くアープ。
それに対して福島も、アープの腰をポンポン叩く。
「ガンマンって皆言うけど、アメリカだと悪者のイメージなんだよね。だから保安官とかは、ガンファイターとかガンスリンガーって呼ばれてるんだ」
「アープは良い者だから?」
「そう。ワイアット・アープは保安官だから。だからガンスリンガーなんだよ」
何故か気が合った二人は、長々と話し込んでいる。
秀吉はそれを見ると、終わる気配が無い事を察して席を立つ。
「話は終わりだ。明日はこの二人を動かす。それと加藤と藤堂、お前達にも出番があると思え」
「かしこまりました」
「・・・どうした?」
加藤と藤堂は深く頭を下げた後、何かを言いたそうに秀吉を見ている。
それを察した秀吉が声を掛けると、石田達を見た後、加藤が代表して口を開いた。
「私達も下がって良いのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「話が終わるまで、付き合わなくてはならないのかと思いまして」
チラッとアープを見る加藤。
秀吉は大きくため息を吐いた後、気にするなと言って下がった。
秀吉が居なくなった後、石田達はうんざりした顔を見せる。
「監察官という立場は良い。この計画にかなりの時間が費やされているのは、蜂須賀殿からも聞いているし」
「でも、こんな男に見られていたと思うとなぁ・・・」
アープは早口で怒涛の如く喋っている。
こんなお喋りな男なら、普通気付くだろう。
気付かなかった自分達が、少し情けなく思えたのだった。
翌朝、再びお互いに布陣を敷いた両軍だが、僕達は明るくなった事で秀吉軍の大きな変化に気付く。
「大坂城の周りに、建物が増えていますね」
「一晩で作ったのかな?墨俣一夜城の再来?」
「どうでしょうか。しかし、何の為に作られたのか」
確かにそうだな。
大坂城の守備が不安?
でもそれなら、秀吉の力で堀を作るなりした方が無難な気もするけど。
ん?
大坂城の守り?
「もしかして、真田丸か?」
「真田丸とは何ですか?」
「真田信繁が作った、大坂城を守る為の出城なんだけど」
真田なんて名前の人、向こうに居ないはずなんだけど。
もしかして、意図的に隠してた?
それにしては出城じゃないし、違う意味合いがありそうな気もする。
それに真田丸は、淀君が籠城策を選んだから仕方なく作ったようなものだし。
真田じゃない?
「サネドゥ丸のパクリか?」
「サネドゥ殿、それは無いから」
横からひょっこり現れたサネドゥに、オケツが否定する。
むしろサネドゥ丸なんか、城じゃなくて移動出来る砲台みたいなものだし。
今で言う戦車?
「それに、いよいよ向こうも本腰みたいです」
「右か。昨日は唯一、動きが無かった方面だね」
中央にアンデッドが、多く配置されているのは変わらない。
数も減らしたと思っていたけど、まだまだ居るのか補充しているのか。
昨日の戦闘前と、ほとんど変わらない数だ。
しかし違う点は、こちらの右軍に対面している敵が、アンデッドではなくなっているという事だ。
誰が率いているのかは分からないが、敵は魔族の混成軍。
アンデッドとは違い、そう易々と倒せる相手じゃない。
しかも見た感じ、かなり強そうな連中が多い。
特に前線は、太田やゴリアテのようなマッチョ軍団が構えている。
「タツザマの部隊だけで、倒せるかな?」
「大丈夫だと思います。後ろには、それなりの部隊が控えていますから」
「それなりの部隊?」
官兵衛が示した先には、タツザマの騎馬隊の後ろに、何か変わった格好をした人物が率いた部隊が見える。
この目立っているのはもしかして・・・。
「ベティ達をタツザマの部隊の後方に、控えさせている?」




