サネドゥの技
嫉妬?
八つ当たり?
それともただ憎いだけ?
スマジの狙いは、共にハッシマーの配下だったサネドゥだった。
よくよく考えてみると、大きな差でもあるよね。
片やオケツに協力して、気付けばそこそこの地位に就いているサネドゥ。
片やハッシマーが負けてもオケツに屈する事なく、ずっと反目し続けて落ちぶれたスマジ。
史実でも似たような感じではあるが、一つだけ大きな違いがあった。
関ヶ原の戦いで真田は、信之が家康から信頼を得て、上田という場所をまた治める事が出来た。
それに対して島津は、関ヶ原では西軍に味方している。
豊臣に与したのだから本来は咎められる立場であったが、島津は戦力を維持し続けて最後には家康の態度を軟化させる事に成功している。
要は無茶を押し通して、道理を蹴飛ばしたのだ。
ただそれは、戦乱がまだ収まっていない時期だったから、家康も無理が出来なかったという理由がある。
しかしオケツ達は違う。
というより、僕達が味方に居た事が大きかったと思う。
ハッシマー派はほとんど全滅し、まともに生き残ったのはサネドゥとスマジのみ。
だからオケツは、後ろを気にする事無くスマジを責め立てる事が出来た。
そのスマジもホノヒサという後継者が居なくなり、弱体化したのは否めない。
だからオケツは、彼等を放置しても危険は無いと判断したのだった。
サネドゥもスマジも、戦死者は多数出ている。
それでも真逆の道を辿ったのは、暗にオケツに協力的だったか非協力的だったのかという差くらいだろう。
もしスマジも新しい後継者を立てて、オケツに協力的だったなら。
場所柄を考えても、タツザマと手を取り合っていたと思う。
そして今頃はサネドゥよりも、オケツからの信頼は厚かった可能性もある。
サネドゥではなく、スマジが僕達に協力していた未来。
もしかしたらあったかもしれないな。
サネドゥの目に力が戻る。
彼はタケシを目にした事で、スマジの対抗策を思いついたのだった。
「ふうん。そのアンデッド、話が出来るんだ。もしかしてイッシーさんが慌ててる理由は、コイツかな?」
タケシはスマジに向かって、一歩前に踏み出した。
するとスマジは、更に三歩後ろに下がる。
「俺、避けられてる?」
「く、来るな!お前の相手は私じゃない!」
狼狽する姿を隠す事もせず、脇差を前に振るスマジ。
タケシは頭をポリポリと掻いた後、微妙な顔をしてサネドゥに尋ねる。
「俺、この人に生前何かした?」
「さあ。タケシ殿は、我が国の内乱に関わっていましたか?」
「関わってないと思うよ。顔色は違うけど、初対面だと思うし。どうしてこんなに嫌われてるんだろう?」
タケシは首を傾げると、まじまじとスマジを見る。
やはり知らない人物である。
「嫌われてるみたいだし、このまま違う場所に行くわ。任せて良いよね?」
「むしろそうして頂きたい。この男は、私が相手をします」
力強く答えるサネドゥに、タケシは分かったと答えると、早々に周りのアンデッドを倒しながら去っていった。
控えめに何も喋らなかったスマジだが、彼が姿を消すと堰を切ったように喋り出す。
「何だあの化け物は!あんなのを魔王は従えているのか!?今まで見た危険指数の中で、トップオブトップ。トキドやウケフジ、タツザマの比じゃないぞ!」
「そこまで凄いのか?」
スマジの危機察知能力は、身を以て知っている。
そんな男が慌てる危険度。
サネドゥは興味本位で、どのくらいか尋ねる。
するとその答えは、予想よりもはるか上を行っていた。
「アレは人の枠には収まらない。騎士王国最強が、トキドだとしよう。トキドが10だとしたら、魔王は50前後だ。まあ奴は、突然跳ね上がったりするから参考にならんが」
「魔王様が50ねぇ・・・。して、タケシ殿は?」
「基本が100だ。アレも危険な事に、数値が変動している」
「魔王様の二倍だと!?」
かつて魔王の命を狙った事のあるサネドゥは、魔王がどれだけの力を持っている人物か知っていた。
その魔王の倍の危険性を持つ人物。
サネドゥはタケシが去っていった方を見て、息を飲んだ。
「あんな何も考えていないような人物が・・・」
「何も考えてないからだろうな。何も考えていないからこそ、何をしでかすのか分からないのだ」
よくある例えに、核爆弾の発射ボタンを猿が拭くというものがある。
タケシはまさに、それと同等のような扱いを受けていた。
しかしそんなタケシを目にしても、スマジはまだ戦意は失っていない。
それには大きな理由があった。
「だが、危険指数だけで言えば、はるかに豊臣秀吉という人物の方が上だな。アレが本気になれば、ヒト族も魔族も滅ぼしかねない考えを持っている。それを用意周到に、笑顔でやってみせる。それがあの男の本性だ」
「だから私達は、あの男を止めるんだ!」
サネドゥはタケシのおかげで、ひと息吐く事が出来た。
おかげで自分の置かれた状況を冷静に判断し、劣勢である事を自覚する。
そしてタケシの登場で思い出したやり方を、サネドゥは今から実行しようとしていた。
「頑丈というのは、酷な事だな。どれだけ傷付いても、簡単には死ねないのだから」
「違うな。頑丈だからこそその困難に立ち向かい、更に対策を練る時間も考えられる。そして私は、お前に勝つ手段を思いついた」
スマジの眉がピクリと跳ね上がる。
口だけのでまかせに過ぎない。
サネドゥの真意が顔から読み取れないスマジは、そう思い込んだ。
「行くぞ!」
左ジャブを二、三発放った後、右の大振りのパンチを打とうとしているサネドゥ。
それはスマジの危機察知能力を使わなくても大振りのパンチで、誰が見ても狙いが甘いと言わざるを得ないパンチだった。
「諦めたか!」
その大振りのパンチに合わせて、脇差を右肩に捻り込むスマジ。
鎧の一部が砕けてサネドゥの肩に突き刺さると、大量の血が噴き出す。
「フハハハ!とうとう砕けたぞ!」
「そうだな。こっちも狙い通りだ」
痛みに顔を歪めるサネドゥ。
だがスマジは見てしまった。
痛みであぶら汗も流しているが、その口は笑っている。
大ダメージを狙って放った一撃が、深く突き刺さった為、スマジはサネドゥの顔を間近で見たのだ。
その顔を見たスマジは、すぐに離れようとする。
だが、硬い何かが背中に当たり、彼は異変に気付いた。
「捕まえた」
「し、しまった!」
右腕は深く刺さった脇差で、流血している。
しかし空いている左手は、交差したスマジの身体をガッチリと掴んでいた。
「タケシ殿を見て思い出した。あの人はパンチやキックだけじゃなく、投げ技や関節技も使っていた。しかも相手に殴られながらも、それを行使していたんだ」
「は、離せ!」
ジタバタともがくスマジ。
しかしサネドゥは、抱き抱えるようにスマジを左腕でホールドしている。
「だから私も思った。あの人のように、攻撃を食らっても離さなければ良いのだと。そしてあの人は、確かこんな事をしていた」
サネドゥは背後に回り込むと、羽交締めをする。
右肩の痛みで顔を歪めるが、そのまま押さえ込むと、彼は一気に背を逸らした。
「フゴッ!」
頭から急落下するスマジ。
アンデッドの身体となり痛みは無いものの、そのダメージから声が漏れる。
「えっと、確かドラゴンスープレックスだったかな?」
しばらくその態勢を続けていると、周囲が騒がしくなる。
「あの男は何処に行った!ん?タケシか!?」
「その声は、イッシー殿?」
スマジに振り回されたイッシーは、混戦になった中央軍でようやく誰かが派手に戦っていると思われる場所を見つけた。
それは実はサネドゥとスマジの戦いではなく、陽動として暴れていたタケシだったのだが、運が良かったのはそこがサネドゥ達の戦場を通り過ぎた場所だった。
タケシの行く道を辿ったイッシーは、サネドゥとスマジの戦っている場所を通る事が出来たのだった。
「金色の鎧、サネドゥ殿?何故、プロレス技を?」
「プロレス?よく分からないが、以前タケシ殿が使っているのを見たのをそのまま真似たのだが」
「そ、そうなんだ。って、コイツはスマジ!」
「そうか。イッシー殿がスマジを追っていたのか。だが、この男の相手は私がする」
ブリッジの態勢のまま話をするサネドゥだが、イッシーはそんな彼にこう言った。
「もう終わってるよ」
「何?アタッ!」
バランスを崩して倒れ込むサネドゥ。
身体を起こしてみると、羽交締めしていたはずのスマジが居なくなっている。
「に、逃げられたか!?」
「違うよ。アンタが今の一撃で、スマジを倒したんだ。おそらく首へのダメージが、トドメになったんじゃないかな」
「そ、そうでしたか。それは良かった」
起き上がるサネドゥだが、右肩の出血は未だに止まらない。
イッシーはトライクに積んである回復薬を彼に渡すと、スマジが居なくなった事で、大きく安堵する。
「もらって良いのか?」
「むしろもらってくれ。あの男を中央軍へと紛れ込ませたのは、俺の失態だ。その失態をチャラにしてくれたのは、紛れもなくサネドゥ殿だからな。本当に助かったよ」
「いや、こちらも色々と因縁があったんでね。自分の手で倒せたのは、好都合だったと思う」
「なるほど。ではお互いに良かったという事で」
右肩に回復薬をぶっかけたサネドゥは、少しずつ痛みが和らいでいくのを感じた。
だいぶマトモに動くようになると、イッシーへ右手を差し出す。
「私はこのまま、太田殿とゴリアテ殿を後方から支える。貴方も自分の任された場所に戻ると良い」
「分かった。ありがとう」
握手を交わした二人は、別々の方向へと向かっていく。
「混乱が収まったみたいですね」
「サネドゥが倒したんだろう」
イッシーの裏をかいて中央へ入っていったアンデッドだったが、それをサネドゥが相手をするまでは城から確認が出来た。
だが相手が誰なのかまでは確認出来ず、気付けばイッシーが再び中央軍から出てきていた。
「となると、左軍はもう勝ったも同然なんすか?」
「そうとは限らないでしょう。将が一人とは限りませんから」
現に左の戦場には、残ったイッシー隊と別の軍が戦っている。
残党という見方もあるが、その割には崩れていない。
「誰が率いているんだろうな?」
僕と官兵衛は双眼鏡で覗くと、その瞬間に長谷部と水嶋の爺さんが動いた。
「危ない!」
官兵衛が立っていた場所に、銃弾が撃ち込まれる。
長谷部が横っ飛びで庇っていなかったら、官兵衛は今の凶弾で倒れていた。
「チッ!見つからん!」
水嶋は目を凝らして見ているが、何処から撃ち込まれたのか分からないと言う。
それはある意味、衝撃的だった。
「それって、爺さんでも分からない狙撃をしてきたって事だよね?マズイな。無闇に外を見ていられないって事じゃないか」