暗闇のタヌキ達
魔物を操れるって、意外と厄介な能力だよね。
僕達はガイストに言われて、魔物を操る能力を持った召喚者、山下という人物の事を思い出した。
山下くんかぁ。
居た居た、そんな人。
突然現れたエクスを操ろうとして、逆に食べられて即死したんだったわ。
うん、顔も出てこない。
とにかく覚えているのは、エクスを怒らせて食われたくらいだし。
それとは別に、魔物を多数同時に操れるって事くらいか。
でも改めてその能力について考えると、かなり有能ではあるよね。
魔物と一括りにしているけど、その種類は全く想像が出来ないくらい多い。
空を飛ぶ鳥類系なら偵察にも使えるし、足の速いチーターのような魔物に乗れば、トライクより速いかもしれない。
まあ振り落とされるだろうけど。
何にせよ、扱い方次第でとても使える能力なのだ。
そして今になって、気付いた事がある。
彼がもし生きていたら、帝国は海に出航出来たんじゃないか?
僕達が苦労した海産物を手に入れる作業。
これは船を一から作るという、壮大な道があった。
海には海の世界がある。
そして海の世界では、海獣が生態系のトップに君臨していた。
その海獣に負けないように、キルシェによって大きな船が造られたわけなのだが。
ここで改めて、山下の能力を思い出してみよう。
海獣って、魔物の一種なのだろうか?
もしそうなのであれば、山下の一声で操れたんじゃないのか?
もし海獣が魔物なら、帝国は簡単に海を制圧出来たんじゃないのか?
それを試さなかったのは、失敗=死が待っていたからだと思う。
だけど僕の仮定が正しかったなら、僕達は圧倒的に不利だった可能性もある。
海は制圧されて、強大な力を持つ海獣だって帝国の仲間だったわけだ。
一体だけでなく複数体操られたなら、キルシェの造った船だって、跡形も無かっただろうし。
こうやって思うと、帝国が慎重に行動してくれたおかげだと思う。
なんて思ったけど、山下がアンデッドである今の身体なら、その実験は簡単に出来そうなんだよね。
内陸部で戦っている今は必要無いかもしれないけど、もし今後の事を考えるなら、山下は貴重な人材とも言えそうだ。
死んでるのに有能って、ちょっと凄いわ。
「本当に撃つぞ?」
「・・・試しに撃ってみて」
僕は水嶋の爺さんに許可を出した。
【本当に良いのか?当たるかもしれないぞ】
良いんだよ。
もし偽者なら、当たって死ねば良い。
そして本人だったなら、爺さんの銃弾一発くらいは、簡単に避けてもらわないと困る。
【なるほどね。お市も同じ意見みたいだな】
横を見ると、お市は僕の指示に反対する様子は見られない。
むしろその反応を、見ようとしている。
「爺さん、よろしく」
「ふむ。では心臓に」
爺さん、なかなかエグいな。
試しだって言ってるのに、狙う場所は急所だ。
躊躇無く、引き金を引く爺さん。
「まだ頭振ってますよ。このままだと当たるんじゃ・・・」
「いや、やはり本人じゃな」
心臓目掛けて飛んでいった銃弾を、左手に持つ短剣で叩き落としている。
【正確には、半分に斬ってるぞ。余程の動体視力が無いと、あんな芸当は無理だろ】
決まりだな。
お市は彼が出てきた事から、光の塊の周りをくまなく探している。
「こら!ベティ!ノッてないで、こっち来い!」
「良いわ。彼女の魂の叫びが、アタシをビンビンにさせてるの。エクスタスィィィィ!!」
「爺さん、連射しろ」
僕が言うと、すぐに水嶋の爺さんは発砲した。
するとようやく気付いたのか、ベティがキレながらこっちにやって来る。
「このジジイ、何してくれてんのよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「あら魔王様、ごきげんよう」
何事も無かったかのように、挨拶をしてくるベティ。
だがとある視線に気付いたのか、急に姿勢を正す。
「おい佐々」
「お姐さま!」
「誰がお姐さまだ。貴様、どうやって一人で出てきた?」
お市の迫力に負けて、ベティは自ら正座を始める。
お市がベティを問いただしている間、巻き込まれるのを恐れたオケツと長谷部、そして水嶋の爺さんまでもが、自ら外の光の塊の周囲に目をやる。
「どうやってって言われると、アタシも分からないんだけど。ただ、アタシ達はある空間に囚われていたのよ」
「それは知ってる。お前、僕の股間を弄ろうとしただろ?」
「あらやだわぁ!どうしてアタシって決めつけるのよ。もしかしたら、柴田殿やマッツンかもしれないじゃないの」
「お前以外に股間を触りに来る奴なんか、居るわけないだろ!」
僕達は一瞬だけど、マッツン達と触れ合う事が出来た。
その時に、明らかにおかしな行動をしていた奴が居る。
バレないだろうと思っていたのかもしれないが、股間に触ろうなんて考える奴は他に居ないのだ。
「はよう、続きを話せ。妾の許せるうちにな」
「す、すいません・・・」
目が全く笑っていないお市の笑顔に、ベティは凍りつく。
「簡単に言うと、囚われていた空間に突然光が見えたってワケ。マッツンの指示でアタシが真っ先に偵察に行ったんだけど、近付いたらここに出てきたのよね」
「じゃあ、マッツンも権六も無事なんだな?」
「元気も元気。毎日皆で、酒盛りしてたわよ」
「は?」
ちょっと待て。
頭が追いつかない。
囚われていたのに、毎日酒盛り?
意味が分からんぞ。
お市も同じ意見なのか、目を閉じて眉間に皺を寄せている。
「あっ!」
長谷部が大きな声を上げる。
お市はそちらへ向かうと、光の中からゴブリンが出てくるのが見える。
「フハハハ!食え!飲め!そして騒ぎまくれぃ!」
上半身裸のタヌキは、菜箸を一本ずつ両手に持ちながら、千鳥足で歩き回る。
ゴブリンも妖怪も鳥人族も、皆が大きな声で笑っていた。
「しかしマッツン殿には、どれだけ感謝しても足りないくらいですな」
「またその話?ゴンちゃん、身体大きいんだからもっと飲んで食って騒ぎなさいよ!」
「いやぁ、これでも飲んでるんだけど・・・」
柴田は遠慮がちに言うと、隣のベティがマッツンの腹をつつく。
「そうよ。アタシもアンタには感謝してる。皆が生きていられるのは、マッツンのおかげだもの」
「良いんだよ。幸い何故か知らんが、俺が望むと何でも出てくる。魔法なら魔力が減るはずなんだが、魔力切れを起こす感覚は無い。だったら皆が食える分だけ、出すのが当然だろ」
「それにしても、不思議な能力よね。魔法なの?能力なの?」
「フハハハ!俺様が知るワケが無い。だが、この何も無い時間も分からない、居るだけでクソみたいな空間でも、皆が居れば楽しめる」
「アンタのその考え方、アタシは好きよ。そして皆が、それに助けられてるわ」
ベティは遠い目をしながら、グラスに入った日本酒を口にする。
柴田も同様にグイッと日本酒を空けると、塩をひとつまみして舐めた。
「この明かりも、マッツンが居なかったらどうなってたかな」
「カッちゃん!どうだった?」
何処からか戻ってきた忠勝に、マッツンはジョッキにビールを注ぐ。
一気に飲み干した忠勝は、首を横に振った。
「駄目だな。やっぱり分からない。あまり遠くに行くと、闇が濃くなって吸い込まれそうになる。俺も皆も、流石にあの中に行くのは遠慮したい」
「やっぱりこっちから脱出するのは、無理か」
マッツンはワインをラッパ飲みすると、ゲップをする。
「ゲフゥ!不本意だけど、魔王に頼るしかない。いかに俺様が最強無敵のスーパーでハイパーな男だとしても、この中では皆を養うだけで精一杯らしい」
「それだけで十分だよ」
「そうか。ならば!」
マッツンは大きくジャンプをすると、皆の視線が集まる。
静まり返る空間に、空中でポーズを決めたマッツンが四方に向かって叫ぶ。
「聞けぃ!俺様達はここから脱出するには、外からの救援が必要だ。だから皆に言っておく。お前達、食って飲んで騒げ!そして英気を養え。アイツ等は必ず、俺様達を助けにやって来る。もしこの空間から脱出した時、奴等が俺様達の力を必要としたなら、その時が暴れる時だ!」
マッツンが言い終えると、皆は各々酒を片手にして、それを上に掲げる。
「乾杯!」
飲んでは騒いで寝て、中には身体を動かそうと剣を取って模擬戦を始めたりする。
そんな日々が何日も何ヶ月も、そして何年も続いているように感じていたある日。
彼等はある異変に気付いた。
「うん?俺、飲み過ぎたかな?」
「どうした?」
「あの真っ暗な闇の中から、薄っすらと明かりが見える気がするんだけど」
一番外側で飲んでいたゴブリンと妖怪が、二人で闇を見ながら目を凝らす。
そこにやって来た鳥人族が、二人の肩を叩いた。
「見間違いじゃない!鳥目の俺でも、明るいと分かる!」
「マジか!ちょっと行ってみる!」
ゴブリンが立ち上がると、鳥人族の男が待ったをかけた。
「まだ分からないからな。罠の可能性だってある。だからマッツンとベティ様の指示を仰ごう」
鳥人族は空を飛び、マッツンを探す。
一番騒がしい場所に彼は必ず居るので、見つけるのは簡単だった。
話を聞いたマッツンは、思わず立ち上がる。
「ベティ!ベティィィィ!!」
マッツンが叫ぶと、ベティが何処からか一瞬で姿を見せる。
「ベティ、彼が外側が明るくなっていると言ってる。アンタが一番速い。外へ出られるのか、それとも罠なのか。強いアンタなら、どっちでも対処出来るだろ」
「何ですって!?」
急上昇して外側を見るベティ。
そして彼が言う通り、漆黒の闇だと思われていた空間が、薄くグレーのように見えているのに気付く。
「分かったわ。アタシなら何処まで行っても、戻ってこられる。だから30分。30分経っても戻ってこなかったら、アタシの後について来てちょうだい」
「信じて良いんだな?」
頷くベティ。
腰の双剣を確認すると、戦闘態勢へと移行する。
「それじゃ、行ってくるわ」
ベティが暗闇の中に消えていく。
その直後、マッツンは再び全員に向かって叫んだ。
「今ある酒を飲み干せ!いよいよラストオーダーの時間だ。最後の注文は、ここからの脱出。皆、退店の準備だ!」
マッツンの言葉を聞いた彼等は全員が酒を飲むと、出発の支度に取り掛かる。
そして30分が経った。
ベティが戻ってこない間にも、全てを吸い込みそうなくらい真っ暗だった場所が、もう灰色に近くなっているのは明白だった。
「見て分かる通り俺様達も、とうとうここから脱出出来るようだ。皆、準備は良いな?いきなり戦いが待っているかもしれない。すぐに剣を抜ける準備をしておけよ。行くぞ、ごっそさんでした!」