混戦
狙いが分からん。
秀吉は中央軍を真っ直ぐに前進させてきたが、その相手は意思を持たないアンデッドだった。
こちらの中央軍は、太田ゴリアテサネドゥという、重量級な三人が率いるゴリ押し部隊だ。
それに対して秀吉は真っ直ぐに当ててきたから、僕はてっきり力勝負を挑んできたのだと思っていた。
だけど相手はアンデッド。
明らかに格下というか、ハッキリ言ってしまえば雑兵である。
そもそも意志を持たないは、ほとんどの能力が生前と比べて格段と落ちる。
それはヒト族だろうが魔族だろうが、変わりは無い。
そして力の落ち具合は生前の能力と比例するようで、ヒト族と魔族の差がかなり縮まっている。
だから生前は強かった魔族も、ヒト族とそこまで変わらないくらい能力が落ちるという事だ。
そんな連中が集まったところで、太田達の敵じゃない。
それなのにどうして、そんなアンデッドを押し出してきたのだろうか?
最初は消耗戦を狙っているのだと思っていた。
ハッキリ言って僕達は、秀吉達の戦力を未だに測りきれていない。
何故なら秀吉の協力者は、何処に居るのか分からないからだ。
今隣で一緒に戦っている仲間だって、もしかしたら裏では秀吉の配下の可能性もある。
それこそ背中を預けていたら、気付いたら腰からお腹にかけて剣が貫いているかもしれないのだ。
アンデッドならいくら倒しても、大きな被害は無い。
敵を斬って仲間のフリをするのも、難しい事じゃない。
だから僕は、てっきり油断させる為の作戦だと思っていた。
しかし官兵衛は、それを否定した。
理由は、既にその不安は払拭されているからだと言う。
要は僕が知らないところで、踏み絵のような事をしていたようなのだ。
その結果、秀吉と内通していそうな人物は、一般兵からも見つからなかったらしい。
まさかそんな事をしていたなんてね。
全く気付かなかった。
現状、彼等の狙いは何だか分からない。
一見すると体力を削る為のように見えるが、僕でも気付くような、そんな簡単な作戦なのだろうか?
だけど戦いは始まったばかり。
まだまだどちらに転ぶかなんて、誰にも分からないだろう。
スマジはハッキリと、その名を口にする。
かつてハッシマーの下で、共に戦った男。
しかしその後の両家の運命は、大きく異なっている。
スマジはホノヒサが戦死した後、最西端と言っても良い土地で、ひっそりと暮らす事になった。
ハッシマーに与して更にオケツにも逆らい続けた結果が、それである。
加えてホノヒサという優秀な騎士を失い、後継者が育っていないスマジは、それを貫き通す力すら残っていなかった。
かと言って、今更オケツに頭を下げても、待遇が良くなるはずも無く、スマジは八方塞がりで行き詰まる事となった。
それに対してサネドゥも、スマジと同様に優秀な騎士を失っている。
しかしそれは、僕達魔族に手を下されたというより、ハッシマーに裏切られたようにも見えた。
憤りを感じたサネドゥは、オケツハッシマーによる内乱の後、オケツに自ら投降している。
そしてサネドゥはオケツの裏で仕事をこなし、見事に信頼を勝ち取っていた。
同じハッシマーの配下だったのに、大きく差が開いた両家。
スマジはアンデッドになった後、その違いを聞いてサネドゥに対して、ある思いを抱いたのだった。
「追え!このままだと中央軍の被害は甚大だ!」
イッシーによる檄が飛ぶが、スマジの騎士達の粘りは、脅威というよりも恐怖を感じるレベルである。
一般の騎士のはずなのに、意志を持つ彼等。
それだけでも異常だと思うのだが、更に彼等はその身体の特性を活かして、どれだけやられても這い上がってくるのだ。
左手を斬り落とされたら右手で斬りかかり、両手を斬り落とされれば、噛んで襲いかかってくる。
時には倒す事を諦め、太刀を捨てて掴みかかり、倒れた仲間ごとイッシー隊を貫く。
作戦とも言えないスマジの作戦に、イッシー達は更に距離を開かれる。
「無理です!もう中に入られました・・・」
スマジの騎馬隊は、中央軍の後方から斬りかかっていった。
そのまま中に突入していくと、彼等の姿は見えなくなる。
「ハッハー!良いぞ。もっと暴れろ!」
手当たり次第に剣を振るう、スマジ騎士。
彼等は予想外の方向からの攻撃に、反応が遅れる。
先頭付近で指示を出しながら進む太田とゴリアテも、後方の進軍が遅れ始めた事で、異変に気付く。
「後ろが遅いですね」
「何かあったようだ」
アンデッドの相手を他の者に任せ、後ろを振り返る二人。
すると敵か味方か分からないが、やられている悲鳴が聞こえてくる。
「何かが起きている。どうする?」
「大盾隊は進軍の要。ここはワタクシが対応を」
「しなくて良い」
太田がゴリアテに喋っていると、横から口を挟まれる。
そこには銀色の鎧に包まれる、サネドゥの姿があった。
「私が行く。ゴリアテ殿は進軍の要であるのは間違いないが、彼等との連携は私達よりも、太田殿の方が向いている」
「サネドゥ殿」
サネドゥは振り返ると、眉を顰めてもう一度言う。
「任せろ。どちらにしろ、アレの狙いは私達に違いない」
「何故そう言い切れるのです?」
「簡単だ。もし混乱させるのが狙いなら、わざわざ中に入ってこなくても良い。しかも奴等は、かなり中まで入ってきている。最早この中央軍の包囲から、抜ける事を考えていないくらいに」
段々と先頭付近に居る三人の耳にも、後方から近付く音が大きくなっているのが分かる。
奇襲からの混乱が狙いなら、わざわざ先頭まで近付いてくる必要は無い。
ならば何かしらの理由があるはず。
二人はその狙いが分かっていそうなサネドゥに、この場を任せる事にした。
「本当によろしいのか?」
「問題無い。それにこの戦いは、私達が主役ではない。貴方達魔族の戦いだ。私達の戦いは、騎士王国が一つになった事で決着したと思っている」
「なるほど。ではサネドゥ殿、露払いを頼みます」
「任された。サネドゥ隊、転身!後方から迫る敵を迎え撃つ!」
「暇だな・・・」
まだ戦いは始まったばかり。
にも関わらず、中央と左軍が忙しそうに慌てている。
だが右軍を任されているタツザマの方には、敵の姿は全く見えない。
「中央を助けに行くか?いや、それをして隙を突かれたら、大きく崩れてしまうし。・・・やはり暇だな」
下馬して頬杖を突きながら、報告を待つタツザマ。
だがそんな余裕も、突然の銃声により無惨に消え去った。
「敵です!」
「索敵遅いぞ!どうして気付かなかった!?」
慌てて馬に乗り込むと、目の前には銃を構えた敵兵が大勢居るのが見える。
これを見逃すのは愚劣の極み。
だがタツザマの部下にそこまでの馬鹿は居ないと、自負していた。
「奴等、いつから現れた?」
「分かりません。音も無く突然、あの位置に現れました」
「音も無く?」
タツザマは二つの仮説を立てた。
一つ目は、見えなかっただけで待ち構えていた。
二つ目は、本当に突然現れた。
一つ目の場合、見えないだけで気配くらいは感じられてもおかしくない。
にも関わらず、それすらも無かった。
それだけの手練れなのか。
もしくは、その仮説が間違っているか。
二つ目の場合、何かしらの方法があるはず。
魔法を使えば、それも不可能ではない。
しかしそういう魔法で考えられるのは、秀吉の使う黒い塊から現れるという方法になる。
だが黒い塊が飛んでくれば、それを見逃すはずは無い。
となると、他の方法で考えられるのは・・・。
「召喚者の能力!」
タツザマは頭を働かせるが、相手が誰か特定出来るほど情報を持っていない。
どうせ分からないなら、このまま動かないのも無駄。
タツザマは能力者を警戒しつつ、銃弾を避けながら攻める事を選択した。
「行くぞ!蹴散らしてくれる!」
「秀吉様、狙い通りの展開になってきましたね」
「そうだな」
石田の言葉に、鷹揚に答える秀吉。
事が上手く運んでいるのに、あまり嬉しそうではない。
「ここまで読んでアンデッドを動かすとは。流石ですね」
「うーむ。あまりに歯応えが無い」
「それだけ秀吉様の戦略が、読めないだけでは?」
「それは無い!黒田という男、彼奴は俺よりも頭が良いと思う。お世辞ではなく、本気でな」
官兵衛の頭脳を褒め称える秀吉。
それを聞いていた石田達は、面白くなさそうな顔をしている。
そんな彼等の顔を見て、秀吉はある考えに至った。
「そうか!現場に判断を委ねているんだ。だから後手に回っているし、動きも鈍い。なるほど、悪手だな」
秀吉は自分の言葉に納得する。
「次はどうされますか?」
それに対してこちらは、秀吉が逐一作戦を考えている。
石田達がその都度秀吉にどうするのか尋ね、それを指示する。
指揮者は一人しか居ないので、迷いが無い。
「そろそろアレを試すか。使えるか?」
「ほとんど意志は残っていませんが、能力はまだ多少使えます」
「ならばやってみる価値はあるな」
秀吉は大坂城から、戦場を見渡す。
中央軍は雑兵アンデッドが押されて、どんどんと魔王軍が迫ってきている。
秀吉右軍が中央へと流れ込み、それを追って魔王左軍が中央へ寄っていた。
そして左軍の鉄砲隊に気付いたタツザマ隊が、こちらへと攻めてきている最中である。
それを見た秀吉は、石田に指示を出す。
「気付かれないように、空白地帯の空間をもう少し中央に寄せろ」
「はっ!」
「秀長、奴を用意しろ」
「連れて参りました」
秀長は用意周到に、既に一人のアンデッドを連れてきている。
秀吉達を見ながら、ビクビクとするアンデッド。
「案ずるな。お前は利用価値がある。命令に従っていれば、悪いようにはしない」
「は、はあ・・・」
アンデッドが間の抜けた返事をすると、秀吉は空白地帯に向かって手を翳す。
「扉は開いた。山下!連れてこい!」
「は、はい!」
黒い塊が突然、戦場の空白地帯に現れる。
その中からは、魔物の群れが姿を見せた。
「アレを真っ直ぐに向かわせられるか?」
「む、向こうの城の方ですよね?それくらいなら」
「やれ」
秀吉が暗い声で命令を下すと、アンデッドは恐る恐る従う。
そして魔物達は、一斉に江戸城へ向かって走っていった。
「成功ですね!」
「山下だったな。よくやった!」
「は、はい・・・」
褒められた事を認識していないのか、あやふやな返事をするアンデッド。
秀吉は大坂城から、魔物の群れが走っていくのを見て、ニヤリと笑う。
「ヨアヒムの奴、こんな使える召喚者をみすみす失うとは。勿体無いな。そしてアドの考えた策も、コイツの能力ならもっと簡単に使える。山下とアド、死んでなお使えるお前達には、感謝しておこう」