倒れない騎士
とにかく短かった。
秀吉との決戦までの一ヶ月という時間。
僕達はやれるだけの事はやったと思う。
この一ヶ月間で一番働いたと思えるMVPは、間違いなくコバになるだろう。
彼は寝る間を惜しんで、ひたすら皆の為にアイデアを出し続けてくれた。
官兵衛程ではないにしろ、疲れた脳を更に酷使する為に、甘い物を沢山食べていたのを僕も目にしている。
腹に溜まるようにおはぎを作ったり、原料が米だからという理由から煎餅を作ったりした。
ちなみにこれは、僕の手作りになる。
いつもならハクトに頼むところなのだが、彼もバンド活動が佳境を迎えていて厳しい。
だから僕が作り方を調べて、コバの為に作ったのだ。
しかし予想外だったのが、アンコ作りである。
てっきりすぐに出来る物だと思っていたけど、アンコを作るだけで半日近く掛かってしまった。
その時僕は思ったね。
和菓子屋って、朝から大変なんだなぁと。
日本に居た頃、もっと食べていれば良かったよ・・・。
そんなおはぎだけど、コバ以外にも疲れている人は多数居た。
疲れには甘い物が良いと聞くから、とびきり甘くしたのだが、これが失敗だった。
官兵衛やコバ、昌幸達にはとても好評だったのだが、慶次や佐藤さんからは苦い顔をされてしまったのだ。
甘い物を食べて苦い顔をされるとは、想定外だったよ。
ちなみにハクトや蘭丸にも甘過ぎると言われたのだが、ロックは美味いと食べてくれたんだよね。
その後、慶次達はハクトの作ったラーメンを食べて満足したらしい。
その時気付いたのが、頭脳労働組と肉体労働組の差である。
コバやロックは、完全に頭を使う仕事だった。
コバはアイデアを絞り出すのに頭を使うのは当然だけど、ロックも音をまとめるという意味では頭を使っていたようだ。
それに反して慶次達は、ひたすら身体を動かしていた。
要は塩分を欲していたようなのだ。
その辺の配慮が足りなかった事に、後から気付いた。
数日後、僕は彼等の為に料理と甘味を毎回作るようになったのだが、人それぞれに用意するのは本当に大変だった。
ハクトの偉大さを、改めて思い知ったよ。
そして僕はこの一ヶ月間で、料理の腕前だけは上がったと自負している。
え?
戦闘能力は上がってないのかって?
それは兄の仕事なので、僕はノータッチです。
お市に言われて耳を澄ませると、確かに太田とゴリアテの大きな声が聞こえてくる。
「被害報告をして下さい!」
「よくやった!お前達のおかげで、今の攻撃は後方には届かなかったぞ!」
太田が味方の確認を。
ゴリアテはそんな仲間達に、労いの言葉を掛けている。
まさか、あの巨大ビームに耐えられるなんて。
僕が呆気に取られていると、お市はパラパラと雪を降らせる。
「熱を冷やすというよりは、頭を冷やすといった感じじゃな」
オーガ達はあのビームを防いだ事に自信を持ち、興奮が冷めないでいるみたいだ。
そこにお市は雪を降らせて、冷静さを取り戻させようという魂胆らしい。
しかし、どうやって今の一撃を防いだんだ?
【なんだ、見てなかったのか?】
『我は見てたぞ。奴等、盾の角度を前後で変えていた』
な、なんだって!?
二人とも見ていて、分かっていないのは僕だけ?
【なんて説明すれば良いんだろう。前から4、5列が順に角度を変えていって、滑り台みたいにしていたって言えば良いのか?】
なるほど。
ジャンプ台を作って、逸らしたのか。
直撃して耐えるよりも、逸らした方がダメージも少なそうだし。
なかなか考えている。
でもゴリアテも、よく相手がビームなんて使ってくると想定していたな。
「量産型アイギスの盾が、最初から活躍するとは」
「コバ殿に感謝ですね」
量産型?
そうか!
防衛隊とイッシー隊には、それぞれ武器防具が用意されたと聞いたけど、これがそうなのか。
確か選択式だったと思うけど、ゴリアテの部下達は皆、盾を選んだみたいだな。
「被害軽微。怪我人無し!」
「再度、進軍開始!」
うおぉぉ!
これ、本当に練習しなかったのかな?
足並みが揃っていて、本物の軍隊みたいに進んでいく。
「魔王様、そういえば覚えていますか?」
「何を?」
官兵衛が突然話し掛けてきたが、何の話だか分からない。
聞き返すと、言われてから忘れていた事実を思い出した。
「オーガとミノタウロスは、とても仲が悪かったんですよ。それが今では、肩を並べてあそこまで揃っている。凄いですよね」
「そうだったなぁ」
あの頃のゴリアテ達は帝国に押されていて、敗北は目に見えていたんだった。
太田は変わり者だったから、ゴリアテ達からも変な目で見られるだけだったけど、普通のミノタウロスとは仲が悪かった。
今にして思えば、あの頃の僕ならこの光景は想像出来ない。
そう思うと、感無量といった気持ちになる。
「敵も押し上げてきましたね」
「お市、後方から奇襲はありそうか?」
「・・・無いな」
僕達とは反対側を、望遠鏡で覗き込むお市。
魔力での感知も出来るとはいえ、向こうは現代兵器を投入してくる可能性もある。
そうなると目視で確認するしか、対処方法が無い。
「どうやら秀吉は、僕達とがっぷり四つで力勝負が望みらしい」
「しかし敵の主力は、アンデッドのようですが」
「は?」
僕も望遠鏡を覗くと、フラフラとしながら前進してくるアンデッドが見えた。
それ等を統率するようなアンデッドの姿は無く、簡単な命令で前に進んでいるだけにしか見えない。
「となると、左右からの挟撃が狙い?」
「向こうの左右の軍は動きませんね」
このままだと無駄に、アンデッドを消費するだけに見える。
奴等は何を考えているんだ?
「どうする?」
「・・・策がまだ見えないですね」
敵の考えが読めない。
ただ単に、アンデッドを前に押し出してくる秀吉。
流石にこれだけの情報で先を読むのは、天才でも無理という話である。
「いや、動いたぞ」
「爺さん、何か見えるのか?」
目を細めて遠くを見ていた水嶋の爺さんが、銃を構えて引き金を引く。
「左右からもアンデッドを押し上げてきている」
「またアンデッド?」
秀吉の奴、何がしたいんだ。
「消耗戦狙いかな?」
「それは無いと思うんですけど」
「おい、このアンデッドは速いぞ!」
爺さんが言うには、馬に乗っているらしい。
となると、騎士王国の騎士?
「な、何だあの連中・・・。弾が当たってるのに、全く速度が落ちんぞ」
「ちょっと待ってね。どれどれ・・・」
うーん、なんか見覚えがあるような連中だな。
えっ!?
「消えた!?」
望遠鏡を覗いていたら、突然アンデッドの騎馬隊が姿を消した。
どういう事だ?
「ちょっと待て!奴等、イッシー隊の目の前に居る!」
いつの間に!?
爺さんは手前を見て叫ぶと、銃を構える。
「指揮官らしき人物は見つかった?」
「・・・見つかった。死ね」
爺さんが馬上から指揮を執るアンデッドに向かって放つと、驚いた顔を見せる。
「避けられた!?この距離に気付くかよ」
「ここから狙ってるのがバレた?」
「完全にバレたな。アイツ、俺を睨んできている」
この距離で見えるとか、なんて面倒な相手だ。
面倒な相手?
「思い出した!スマジだ。ハッシマーの配下だった、スマジ・ホノヒサだ!」
「隊列直せ!」
イッシー隊は突然目の前に現れたスマジ隊の対応に、大慌てで追われていた。
並のアンデッドであれば、そこまで手を焼く事は無い。
しかし彼等の戦い方は恐ろしくシンプルで、恐ろしく手強かった。
「まだ死なないのかよ!」
「残念、既に死んでいる!」
ジョークを言ってくるアンデッドに対し、イッシー隊の面々はトライクごと薙ぎ倒される。
武器を納めてトライクのハンドルバーを片手で握り、まあ片方の手を伸ばす。
それを味方のトライク隊が掴むと、その勢いを利用してトライクを立て直した。
「走れるか?」
「問題無いです。しかし・・・」
引き倒されたトライクを助ける為、イッシー隊のフォーメーションはバラバラになってしまった。
その中を自由に走り回る、スマジの騎馬隊。
すると隊長であるイッシーが、鞭で馬を引っ叩く。
「馬だ!馬を狙って倒せ!」
やられたらやり返す。
トライクを引き倒されたイッシーは、今度はこちらの番と言わんばかりに、馬を狙い始める。
「やった!」
イッシーの作戦通り騎馬を狙うと、スマジの騎士は馬上から落ちていく。
かなりの騎士が落ちると、イッシー隊は機動力で優勢になると信じていた。
「囲め!」
イッシーが指示を出すと、それに合わせてスマジ隊も動き出した。
その動きは常人には考えられず、イッシーも固まってしまう。
なんとスマジは、イッシーに背を向けると突然中央に向かって走り出したのだ。
「た、隊長!」
「お、追え!」
部下の困惑する声で、ハッとするイッシー。
追撃を命令すると、彼等はガクンと動きが鈍くなる。
「フハハ!殿の後を追わせるわけがないだろう」
落馬させられ見捨てられた騎士達が、両手に太刀を持ってイッシー隊に斬りかかる。
防御を無視して攻撃をするスマジ騎士に対し、イッシー隊は距離を取りながら弓や銃で攻撃を開始する。
「邪魔をするな!」
蜂の巣にされるスマジ騎士達。
撃たれる度に身体が跳ね上がり、スマジ騎士は糸が切れたように倒れた。
それを見て、イッシー隊は横を通り過ぎると、彼等も落車していく。
「っ!何だ!?」
「だから行かせないと言っている」
「うわあぁぁぁ!!」
恐怖で叫ぶイッシー隊。
横を見ると、身体中が穴だらけになったスマジ騎士の顔があったのだ。
彼等はトライクに飛びつくと、そのまま運転手ごと再び自ら落ちていく。
そしてイッシー隊の首を、噛みちぎっていった。
「こんのバケモノ共が!」
大鎚で頭を粉砕すると、ようやく動かなくなるスマジ隊。
想定外のスマジ騎士の行動に、イッシー隊はスマジ本人の姿を見失う。
「しまった!」
イッシーが慌てて探そうとすると、空から銃弾が飛んでいくのが見えた。
「っ!?爺さんか!」
何発も発射される銃弾。
その行き先がずっと同じだと気付くと、イッシーはその先へと走っていく。
「続け!奴を止めるぞ」
イッシーがスマジを追うと、再び何人かのスマジ騎士が途中で待ち伏せをしている。
何度も何度も倒しても、しぶとく立ち上がるスマジ騎士。
気付けばイッシーは、またスマジを見失った。
「スマジ騎士の意地、その身体で感じろ!」
手こずるイッシーを横目にスマジは、太田とゴリアテ、そしてサネドゥが待ち受ける中央へと、後方から入っていく。
「フフフ。やはり戦場は良いのう。死してなお戦えるとは、本当に面白い。そして死んだ今、敵も味方も関係無い。行くぞ!狙いはサネドゥだ!」




