砦の最終兵器
ドランが負傷した。
それは僕達にとって少し予想外のものだった。
報告によると、敵は急に強くなったらしい。
どうやら敵側にはネズミ族の強力な魔法使いが居るらしく、ソイツが支援魔法を使っているとの事だった。
敵の策略に嵌り、前田兄弟とドワーフ達は分断されてしまった。
彼等を助けるべく二階へと上がると、高らかな笑い声が聞こえた。
どうやら敵に囲まれたというのに、余裕があるらしい。
しかし、二人の所まで行くには敵の数が多かった。
温存している残りの魔力を考えていると、後ろから突然声を掛けられる。
存在を忘れていた男、佐藤さんだった。
又左と同等の強さを誇る彼なら、この戦線を突破出来るだろう。
合流した僕達は半兵衛の作戦で、このまま三階へと向かう事となった。
厄介な支援魔法を使う、グレゴルという敵を抑える為だ。
三階には敵も精鋭部隊を配置していた。
慶次の槍を弾き飛ばす事が出来るくらいの強い兵達。
彼等が守っているのは、件の支援魔法使いだと言う。
得物を奪われた慶次。
流石に精鋭部隊を相手に無手で戦うなど、不可能だと思われたのだが。
しかしそんな慶次に、兄である又左からある物を渡されていた。
「お前なら使えるだろう?」
「これは!?よろしいのですか?」
「武器を余らせておく程、今は余裕があるわけではないのでな。ただし、耐久力にはまだ不安がある。気を付けて使うのだ」
「ありがとうございます!」
兄が弟に手渡した物。
それは内蔵型の長槍だった。
いざという時用というか、普段は腰のベルトに装着出来るようにしてあった。
どうやらベルトは自作したらしい。
見た目は少し不格好だが、実用性には特に問題は無いみたいだ。
そんな腰から手渡した長槍を、慶次は思い切り振りかぶった。
「な、なんだ!?」
「鞭?槍だと!?」
急激に伸びた槍が、敵の一人の頭を直撃する。
穂先が頭に刺さり、そのまま倒れて絶命した。
「やるではないか!」
「軽いですね。なるほど。長さを変えられると、このような使い方も可能なのか」
どうやら慶次は、初めて手にした内蔵型の長槍に少し戸惑いを感じていた。
しかし、元々は能登村に居た頃に扱っていた長槍。
すぐに慣れたようだ。
それに驚くべき事に、又左とは全く違う使い方もしている。
「これは面白い!」
「ちょっ!お前、私より使いこなしていないか?」
「そうですか?兄上にやられた事をしてみたのですが」
慶次は内蔵型の長槍を、上手く使いこなしていた。
又左にやられた事。
それは咄嗟に伸ばして、腹に一撃を食らった事だろう。
あの時は伸びきっていなかったので穂先も出ていなかったが、今は伸びきり穂先の刃に血が滴っている。
それに彼の凄い所は、その長さを調整した事だ。
敵が近い場合と遠い場合で、使い分けていた。
そんな機能付けたかな?
どうやつているのかは分からなかったが、三メートルしか伸びなかったり、五メートル以上伸びたり。
見ている方は面白いのだが、敵としては堪ったもんじゃないだろう。
何せ、間合いが分からないのだから。
「慶次!その槍どうだ?」
「使いやすいです。何故だか分かりませんが、しっくり来ます」
ふむ。
これは二人に使い分けで与えても良いかなって思えてきた。
元々は長過ぎて、携帯するのに不便だからという理由で作った内蔵型。
しかし慶次の槍捌きを見る限り、これは全く違う武器にも思える。
というより、慶次にはコレを上げても良い気がする。
「欲しい?」
「欲しい!」
「じゃあ上げる」
「え!?」
おい!
前見ろよ!
しかも兄弟二人でこっち見るな!
二人揃って顔を此方に向けてきたが、その表情は真反対だった。
慶次は貰えるとなって嬉しそうな顔に。
しかし又左は、自分が貰った特別な物が弟に行くという、悲しそうな表情をしていた。
「別に又左の物をそのまま渡すんじゃないよ。慶次用に新しく作るから」
「なんと!?」
またしても二人してハモっている。
むしろ慶次には、少し改良した物を上げても良いかもしれない。
長さを調整するのに、もう少し簡単にするとか。
それと慶次本人が希望するなら、更に長さを伸ばすとかね。
なかなか面白いと思う。
「良いなぁ。俺も新しい武器欲しいなぁ」
チラッチラッと敵を殴りながら見てくる佐藤さん。
アンタの手甲、ミスリル製でかなり高価だから!
それで満足しなさいよ!
「三人とも、意外と余裕ありますね」
「やっぱり強いから。蘭丸も行ってきていいぞ」
「お前達の護衛は良いのか?」
半兵衛、ハクトの護衛を出来るのが、僕しか居ない事を懸念しているのだろう。
でも階段を背にして、後ろからの敵はほとんど警戒する必要も無い。
前から来る敵だけなら、僕とハクトでも何とかなる。
「やはり実戦に慣れておくべきだぞ」
「お前がそう言うのなら!」
ハクトに支援魔法を掛けてもらった蘭丸は、佐藤さんの近くまで寄って行った。
前田兄弟は二人でお互いをカバーし合っているが、佐藤さんは一人で捌いていた。
そこに蘭丸が加わると、かなり楽になったのだろう。
「助かる。本来ボクシングは、一対一でやる競技だから。ちょっと大勢は苦手なんだよね」
「まだまだ未熟ですが、お願いします!」
どうやら、趨勢は決まったかな?
どうしてこうなった?
目の前に居る精鋭達なら、侵入者など簡単に始末出来るはず。
そう思っていたグレゴルは、精鋭部隊が続々と倒れていくのを目の当たりにした。
敵の強さが想定以上だったからだ。
「こうなったら仕方ない。最後の切り札を出すしかあるまい」
彼は最上階である四階へと上がった。
そこには、複数の大きなカプセルのような物が並んでいる。
中には得体の知れない液体が入っていた。
そして驚くべきは、カプセルの中には人が漂っていたのだ。
「実験もせずにいきなり実戦投入だが、致し方ない。聞いた話なら、相当な強さを持っているはず」
そのカプセルと繋がっていたのは、大きな人型をした物だった。
座り込んだ状態から動かないが、その状態でも二メートル近くある。
立ち上がれば三メートル以上あるだろう。
「行け!ゴーレム!敵を殲滅しろ!」
グレゴルがレバーを引くと、カプセルと繋がっていたケーブルが背中から外されていく。
全てが外れるとその目は青く光り、立ち上がったのだった。
「お、おぉ!これなら奴等も一網打尽だ」
しかし予定外の事が起きた。
ゴーレムは階段を降りようとするが、サイズが合わずに降りられない。
そのゴーレムは、困ったかのように動かなくなった。
「階段など壊してよい!早く下に降りて、敵を殲滅してこい!倒せるなら、多少砦が壊れても構わん」
命令を聞いたゴーレムは、階段を破壊しながら下へと降りていく。
そしてグレゴルは思った。
自分が降りてから、ゴーレムを行かせれば良かったと。
「・・・高いな。どうやって降りよう」
どうやら敵は及び腰になっているようだ。
精鋭だったはずの自分達が、たった四人に倒されていくからだ。
次にやられるのは自分。
そう考えているのか、最早自ら斬りかかる敵は居なかった。
「頃合いですね」
何の?
「控え!控えい!」
ん?
これ見た事あるな。
既にやられてるし。
「此方に座す方をどなたと心得る!安土を作り、魔族を統べる魔王様にあらせられるぞ!」
【BGMも必要ですか?】
結構です。
まさか半兵衛がこんな事言うとは思わなかった。
思いもよらぬ出来事に、何も言う暇が無かったのもあるけど。
「お前達が誰の下に就いているのか知らない。だが、魔王様に楯突くとなると、今後は様々な種族の反感を買うと思い知れ!」
その言葉に、武器を捨て投降の意思を示し始めた。
まさか、こんな事になるとは。
「お前達の処遇は、追って沙汰する。抵抗をすれば、槍の餌食になると思った方が良い」
半兵衛が近くに倒れていた男を指差す。
その男は、槍で顔面を貫かれて死んでいた。
「命の保証はしてもらえるのでしょうか?」
投稿した一人が半兵衛に聞いてきた。
そりゃ、あんな死体を指差されれば、自分の今後が気になっても仕方がない。
投稿したのに殺されるのだったら、生きられる可能性を賭けて反撃した方がマシだからだ。
「魔王様は寛大だ。必ず助けてくれるだろう」
ワッという声が上がり、安心したのか座り込む男も居た。
これで終わりか。
そう思っていると、半兵衛がある事に気付く。
「グレゴルが居ません。もしかしたら、藤吉郎様を人質にしてくるやもしれません。あ!」
半兵衛が言い終える前に、奥の方から異変が起きた。
階段が崩落したのだ。
最上階だと思われる四階には、行けなくなってしまった。
「アレは?」
「人型の何かが見えるんだけど」
投降した者達の頭より、大きく飛び出している。
相当な大きさだと思われる。
「敵、だよな?」
蘭丸の質問には誰も答えられなかった。
階段から落ちてきて以降、動かないので判断しようがない。
「グアァ!!」
動いた!
投降兵を薙ぎ倒し、此方へ一直線に向かってくる。
「テキハセンメツ!テキハセンメツ!」
「敵って俺達の事だよな?」
「当たり前の事を聞くな!」
しかしあの図体で一直線に走ってきているが、かなり速い。
細かな動きは出来ない気もするが、油断して殴られたら痛そうだ。
「半兵衛!」
「投降兵は速やかに此方へ!進路上に居ると、吹き飛ばされますよ!」
「次はデカブツか。あんな物初めて見る」
「ゴーレムってヤツかな?俺もそういうの詳しくないけど」
又左も見た事が無いという人型。
誰も乗っていないようなので、おそらくはゴーレムだろうと思われる。
佐藤さんも同じような判断だった。
「ん?何か機械が見える?」
「機械?」
「阿久野くん!アレ、何かのコンピューターみたいなのが見えるよな!?」
「えーと・・・。うーん、何かLEDみたいな物が見えるような?」
ハッキリとは見えない。
でもおそらくは機械だと思われる。
あんな物を取り付けているという事は、召喚者の誰かが作ったって事だろう。
「佐藤さんは、帝国に居た頃に科学者を見ましたか?」
「何人も居た。この世界の魔法を研究している者達と、元々の専門分野だった物を研究する者達と。二手に分かれていたのは知っているけど」
って事は、その両者が手を結んで、魔法で作り上げたゴーレムに機械を取り付けた感じかな。
「来たぞ!速いから気を付けろよ」
「先手必勝!」
前田兄弟が早々に動いた。
又左は前に出てゴーレムの注意を引き付けている。
その後ろから、慶次が長槍を伸ばして思いきり突いた。
「硬いな」
右肩付近に命中したものの、少し欠けた程度の傷がついただけだった。
ミスリル製では無さそうだけど、鋼鉄製か?
中身は空洞というわけでは無さそうなので、相当の質量を持っていると思われる。
「エイヤ!」
蘭丸の気合の入った槍が、ゴーレムの頭を狙う。
しかし左手で簡単に払われ身体が泳いだ蘭丸は、逆にゴーレムのパンチを食らった。
「イッテェ!」
咄嗟に槍を盾にして防いだようで、致命傷にはなっていなかった。
しかし吹き飛ばされた時に出来たのか、所々に擦り傷があり流血していた。
「攻撃手段が未だ殴打のみですが、油断出来ません。皆、警戒を厳にしてください」
半兵衛の言葉に皆が無言で頷く。
そこに何処からか声が聞こえてきた。
「フハハハ!無駄な足掻きはやめろ!貴様等ではそのゴーレムには勝てんわ!」
「グレゴルか!?」
「いかにも!」
その姿は何処を探しても見当たらない。
この砦、スピーカーでも設置されてるのか?
「居た!」
「何処?何処に居る!?」
ハクトが見つけたグレゴルの場所は、普通は見ない所だった。
壊れた階段の先、四階から頭だけ逆さにして出していた。
「エイ!」
顔目掛けて弓を放つハクト。
慌てて顔を引っ込めた。
「あっ!あぶ!この野郎!危ないだろうが!」
惜しい!
もう少しで当たりそうだったのに。
「いつまでも降りてこないつもりか!」
「降りたくても降りられんわ!」
自分の状況をわざわざ敵に伝えるグレゴル。
ちょっと頭が悪いのでは?
そんな事を思っていると、半兵衛が言った。
「自分に支援魔法を掛けて身体を強固にすれば、普通に降りられるでしょうに。貴方、馬鹿ですか?」