下準備
彼を知り己を知れば、百戦殆からず。
孫子の中でも有名な言葉だ。
僕は秀吉と、二人きりで話をしてみた。
敵の大将である秀吉と話す。
自分達を知って、更に敵である秀吉の腹の中を探れれば、負けないと思った。
でも思い返してみると、秀吉も元々地球の人なんだよね。
孫子の中でも有名な言葉だし、知っててもおかしくなかったわ。
まあ二人きりというのは、結構意味がある。
僕が太田や又左が居ると、ちょっと言動に気を使うのに対して、秀吉もそうなんじゃないかって思ったんだよね。
石田や羽柴秀長といった連中は、僕にとっての太田や又左みたいな存在だと思ったから。
だから二人きりなら、もっと心の内を曝け出してくれると思ったんだけど。
そう考えていたんだけど、どうやら甘かったらしい。
そんな中で唯一、秀吉について分かった事。
コイツもなんだかんだで、転生モノのお約束は知っていたという事。
チート能力を預かり、それを使ってこの世界で楽に生きる。
ちゃんと聞いてないけど、おそらくはそう考えていたんじゃないかな?
ただ、秀吉の気持ちも分からなくはないんだよね。
前世の記憶を持って転生する。
それはかなり特殊だと思う。
ここでチート能力が貰えていたら、強くてニューゲームというヤツだっただろう。
でも前世の記憶と知識だけでは、そこまでじゃないかなとも思う。
知識があっても、道具も力も無い。
誰かに協力してもらうにしても、人を選ばなければ知識だけ奪われる。
じゃあ奪われない為には?
力をつけるしかない。
チート能力があれば、最初からそれも出来ただろう。
だから創造魔法を最初から使える僕に対して、秀吉は異常な怒りを抱いていたのかもしれない。
でも秀吉だって、僕の事を分かっていない。
僕がこの世界に来たのは、秀吉のせいだと言える。
そしてそれは、不運としか言いようがない。
しかも交通事故を起こした直後に召喚されたのである。
あのままなら、この世界に来たと同時に死んでいた。
そんな不運な僕達に対して、神様はこの身体を与えてくれたわけだ。
言ってしまえば、秀吉が召喚魔法なんて連発しなければ、僕達はこんな目に遭わなかったのである。
結論から言おう。
秀吉は僕達は対して、神様から優遇されていると恨んでいる。
だったら僕達だって、この世界に来た経緯を考えると、秀吉を怒っても良いはずだ。
だけど僕は、そこまで怒りを感じていない。
全く無いと言われたら嘘になるけど、やっぱりハクトや蘭丸といった友達と出会えたのは大きいし、又左や太田、他の仲間達との繋がりは日本では無かったものである。
そういう意味では、秀吉には感謝しても良いかな。
秀吉はハッキリとした口調で言った。
その目は力強く、決意が込められている。
答えを聞いて言葉に詰まった僕を見て、秀吉は石田が来ていると思われる方へと歩いていく。
少しすると振り返り、僕に対してこう言った。
「もうすぐです。もうすぐ私が、この世界を変えます。神が思い描いた世界ではなく、全く別の世界へとね。それでは一ヶ月後、また会いましょう」
石田が姿を見せると、僕を一瞥する。
秀吉に何かを言われたのか、二人ともそのまま歩いていく。
しばらくすると二人は立ち止まり、壁を壊して街が剥き出しになったフランジヴァルドを消し去った。
【一瞬かよ!あんなのに本当に勝てるのか?】
それは僕も心配だね。
あんなの食らったら、いくらムッちゃんでも無理だろう。
『しかし今のは、秀吉一人でやった事ではないぞ?』
そうなの?
という事は、石田が手伝った?
『石田という男が何かした後、街全体が中央に寄った気がするのだ。その直後、黒い何かに街は呑み込まれた』
流石に一人では無理だったか?
いや、ただ単に時間短縮が目的だろうな。
【それにしても秀吉の話を聞く限り、神様はえらい酷い扱いをしたみたいだな】
その辺はちょっと違和感あるよね。
僕達には、敬語すら使っていたのに。
『しかし神というのは、トップシークレットなのだな。お前達の記憶を覗いても、その存在はモザイクで見えないようにされている』
え?
でも僕は、ハッキリ覚えているけど。
【俺も覚えてる。美人だったり爺さんだったりしたけど】
あっ!
そうか。
なんとなく理由が分かったかも。
神様の姿は、会った人の想像によるって言ってた気がする。
ガイストは神様とは会っていないし、想像も出来ていない。
だから神様がどんな姿なのか、分からないんじゃないかな?
『なるほど。そう言われると納得出来る』
ガイストも会ってみないと、ずっとモザイクのままかもね。
【なんか卑猥だな】
秀吉に酷い事したのは事実みたいだし、神様改め卑猥様だね。
まあ神様については、ひとまず置いておこう。
残り一ヶ月で、どこまで戦力を整えられるか。
それと江戸城と大坂城の中間である、この戦場も警戒しておかないといけない。
目を離せば、秀吉が罠を仕掛けないとも限らない。
ナーバスになっていると言われるかもしれないけど、ある意味次の戦いは最終決戦になるだろう。
それくらい気にしておかないと、秀吉には勝てないと思うからね。
秀吉と別れてしばらく経ったある日。
江戸城に援軍がやって来た。
「お久しぶりです、魔王様」
「領主二人を呼びつけて、申し訳ないね」
やって来たのはこの二人。
若狭国の領主、丹羽長秀。
「ワシの手を借りたいと聞きましたが、コバ殿にワシの力なんて必要無いと思うんだが」
そしてもう一人が、上野国の領主、滝川一益だ。
いや、元上野国の領主だな。
一益は上野国を破壊されてから、ドワーフを引き連れて若狭国で居候の身となっていた。
タダ飯食らいなのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
薬草から薬を作る為に、それなりの道具が必要となる。
それ等を新しく作り直したり、今まで考えなかった物も作り出したりと、妖精族とドワーフは良好な関係を保っていたみたいだ。
そんな彼を呼んだのは、官兵衛だった。
どうやら高野達が抜けた穴を、一益達ドワーフを使って埋めようという考えだったようだ。
その話を聞いた僕は、どうせ仕事もしないで若狭国で酒飲んでるだけだろ。
なんて思っていたのだが。
薬作りの手助けをしていると聞いて、軽い気持ちでコバの手伝いをしてくれなんて言っちゃって、言い方が悪かったなと反省している。
「それとこの薬をお使い下さい」
「これは?」
「領地を取り返した後に作り出した、新薬です。即効性のある物や、効果が高い物まであります」
へぇ。
領地から出ないで、もうこの戦いには参加しないと思っていたけど、こっちはこっちで戦いに備えていたみたいだな。
ん?
「この別の箱に入っている物は?」
「こちらも新たに作り上げた毒薬になります。同じく即効性のある毒に、持続性のある毒。更には、私が個人的に好きな物まであります」
「個人的に?それって死に方が悲惨だったりするような、ヤバイ毒薬?」
「いえ、死には至りません。ただしこの毒を食らった後には・・・フフフ」
マズイ。
他の人には見せちゃいけない顔をしている。
長秀も変わったな。
こんな姿を阿吽の二人が見たら・・・。
「そういえば、阿形と吽形は?」
「帝国での治療を終えて、この戦いに参戦する予定です。帝国で兵法について、学んでいるみたいですね」
兵法についてねぇ。
ちょっと前に僕も孫子の教えを活用したけど、誰に教わっているんだろう?
「どうして急に、兵法なんて学んでいるんだ?」
「やはり領地を奪われたのが大きいかと。今後の若狭国における防衛について、考えを改めたいという事らしいです」
なるほどね。
若狭国はそもそも、右顧左眄の森という天然の壁があった。
あの森を抜けるにはそれ相応の時間も必要だし、抜けてくる事すら至難だ。
だから若狭国は、防衛策に関してはかなりおざなりで緩かったと言える。
その隙を突いて、秀吉は石田に若狭国を襲わせて領地を奪った。
二人はその反省から、帝国で兵法を学んでいるのだろう。
「ちなみに教えているのは、ギュンター殿のようです」
「大将自ら!?」
暇なのかよ!
って思ったけど、長秀の話によると、若狭国への恩を売る意味合いもあるみたいだ。
若狭国の薬を、安土や連合を通さずに仕入れられるように、色々と画策しているという話だった。
ギュンターめ、やりおる。
「滝川氏、よく来てくれたのである!そして昌幸殿、久しぶりであるな」
コバが一益と昌幸を歓迎すると、挨拶もそこそこに連れて行ってしまった。
一益と昌幸、そしてコバ。
こちらで考えられる、最高の作り手かもしれない。
三人が揃えば、案外全員分作れるんじゃないか?
「滝川殿も行かれた事ですし、私も」
長秀は立ち上がると、後ろから呼び止められる。
「丹羽様、お願いがあるでござる」
「慶次殿か。私に何か用ですか?」
「拙者に丹羽様の技術を、叩き込んでほしいでござる」
「私の?それはこの歩法ですか?」
慶次の目の前に、ゆらりと近付く長秀。
驚いて仰け反る慶次は、顔を赤くしてそれだと答える。
「今から練習しても、間に合いませんよ?」
「やってみないと分からないでござる」
「今から挑戦する理由は?」
慶次は少し言い淀んだが、長秀を見て答えた。
「拙者、兄上に勝ちたいでござる。勝って、また戻ってきてほしいでござる」
「又左殿か・・・」
又左が秀吉側に居るのは、長秀も知っている。
そしてそれが本人の意志ではなく、洗脳されているからという理由も知っていた。
長秀が僕を見てくる。
軽く頷くと、長秀は慶次に伝える。
「厳しく指導しますよ。それでも会得出来るかは、分かりませんがね」
「よろしくお願いします!」
僕に会釈した後、長秀は慶次を引き連れて出ていく。
誰も居なくなると、部屋の外からドラムとギターの音が聞こえてくる。
演奏が一時中断すると、ロックの厳しい指導する声が聞こえてきた。
高野達が色々と搾られているのが、よく分かる。
【それでお前は、何をするんだ?】
何をすると言われても、何もする事は無いかなぁ。
『ならば我を使え。まだお前達の考えと、少しラグがある』
ガイストが言うには、コンマ数秒のラグがあるらしい。
兄や僕が考えた動きに対し、少しだけ遅れる。
そのコンマ数秒の遅れが、対秀吉戦では勝敗を分けるとガイストは言った。
【真面目だなぁ】
不真面目よりは良いけどね。
じゃあ練習するよ。
僕が考えた通り、ガイストは両手から魔法を放つ。
するとそこに、上半身裸の男が通り掛かった。
「ん?あばばばば!!ひ、酷い!俺に冷たい水をぶっ掛けたと思ったら、雷をぶち当てて感電させるなんて!でもこの痺れ、クセになるよね。ちょっと、引かないで!嘘だから引かないで!」