腹の中
誰でも弱点はあるものだ。
無敵だと思ったムッちゃんを見ていて、最近になって気付いた。
ムッちゃんはほとんど、役に立たなかった。
何故ならイッシー隊と一緒に行動するには、戦い方が全く違っていたからだ。
イッシー隊は個の力より、集団としての強さが売りである。
彼等の強さはどの国からも認められていて、どの国からも恐れられている。
恐れられるというのは、ある意味褒め言葉だろう。
個人として強い人は、僕の周りにも沢山居る。
それこそ又左や太田は、強いよねと他の国の人間からも口にされているし。
帝国でも太田のタフさは厄介だと言われ、騎士王国最強と言われるトキドは、又左を認めている。
だけどそれは、強いよねと言われるだけ。
しかしイッシー隊は違う。
イッシー隊の評判を聞いて、まず開口一番に言われる事。
面倒だ。
彼等は強いと言われるより、面倒だと言われるのだ。
それは戦った連中だけが分かる感覚なのだろう。
イッシー隊って、個々の強さはそうでもないんだよ。
でも倒せない。
これほど厄介な相手は居ないよね。
考えてみてほしい。
イッシー隊の中で、数人を倒したとしよう。
じゃあイッシー達は弱くなるの?
答えはノーである。
イッシー達の強さは、統率力とカバー力だと思う。
イッシーの意志の下、皆どう動くか決めている。
攻撃する人守る人。
そして、やられた人をカバーする人。
多分これが徹底されているから、厄介なんだと思う。
その証拠にイッシー隊って、死亡者が極端に少ないんだよね。
他の部隊で言うと、ゴリアテ率いる防衛隊もある。
しかし彼等は、意外と被害も大きい。
まあ役割が大きく違うんだから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
住民を守る為に、身体を張るのが仕事の防衛隊だからね。
怪我をして後退をしたくても、住民を守る為には出来ないんだから。
個の力なら、多分ムッちゃんは最強クラスだろうね。
兄とも肉弾戦が出来るし、僕の魔法に耐えて近付いてくる気もする。
下手をすれば、僕なら負けかねない。
でもそれは、個としてだから。
戦いは、一人の強さで決まるものではない。
やっぱり国や人を統率する人間からすると、イッシー隊は色々な意味で魅力的なんだろうな。
ちょっと予想していなかった言葉でもある。
秀吉の事だから、有耶無耶だろうがなんだろうが、勝ちは勝ちと言うと思っていた。
それがどうだろう。
彼は自ら慶次達が取り交わした約束を、もっと詰めようと言ってきたのである。
「別に裏で何か画策していたりとか、していませんから」
顔に出てたかな?
先に言われてしまった。
しかしこの提案、乗るべきだろうか?
もしかしたら話をしている間に、僕達を確実に倒せる戦力を呼び出しているんじゃ。
「ここには誰も来ませんよ」
うむ。
僕はポーカーフェイスが苦手らしい。
【話を聞いてから、考えれば良いんじゃないか?俺とガイストが、索敵はしておいてやるよ】
『この男の提案には乗れないと思ったなら、跳ね除ければ良い。聞くだけなら、被害も何も無いのだから』
兄もガイストも、秀吉の話を聞く事に賛成みたいだ。
多数決でも決まった事だし。
「分かった。詳細を決めよう」
僕は両手を地面に向けると、二人では大きめのベンチを作り出した。
僕が先に腰掛け、それを見た秀吉も反対側に座った。
「では、そのようにしましょう」
「フゥ、結構多かったね」
僕は大きく息を吐くと、秀吉もそれに乗っかる。
敵だからと気を張っていたから、僕は疲労を感じていたんだけど。
秀吉もため息を吐いたって事は、同じように疲れが溜まったのかな?
とりあえず二人で話して決まった事。
戦闘開始は朝の九時。
それまでは一切の攻撃を禁ずる。
これは慶次達が決めてきた通り、停戦期間中はお互いに手を出さない約束になる。
ただし手は出さなくても、情報収集は別である。
相手を傷付けなければ、別に影魔法で忍び込もうが、問題無いという意味だ。
だからある意味、とても厳しい条件下のスパイ活動になるだろう。
もし見つかっても、先に手を出しては駄目なのだから。
見つけた側は、侵入者の対処をしただけだと言える。
でも侵入した側は捕まりでもすれば、殺されても文句は言えない挙句、協定違反により罰が与えられる。
そこまでのリスクを負ってまで、欲しい情報があるとは思えないけどね。
次に援軍伏兵に関してだが、これは一切の条件は無しである。
秀吉はこの条件に関して、首を縦に振らないと思っていたんだけどね。
だって確実に、僕達の方が有利だと思ったから。
分かりやすく言えば、帝国と騎士王国が参入しても、文句は無いという意味になる。
とんでもない魔法を使うヨアヒムに、騎士王国最強のトキド。
後方支援にウケフジの回復能力など、明らかに僕達が優位に立てる。
でも秀吉は、それを受け入れた。
何故だろう?
そして最後に、これが一番重要。
誰がどれだけ倒されても、大将が敗北もしくは降参をしない限り、それは敗北にならない。
もし仮に僕が、沖田も慶次も太田達も全員倒されても、江戸城に篭って負けなければ、敗北にはならない。
そこまでやられれば、城に引き篭もっても援軍なんか来るとは思えないけどね。
ちなみにこれは、秀吉が提案をしてきた事である。
大坂城に篭っても、負けない自信があるのかな?
逆に言えば、秀吉さえ倒したら終わりになる。
金銀飛車角全て残っていても、王将を取られたら負け。
守りに徹するのか、それとも僕を一気に狙ってくるのか。
彼の顔を見たけど、僕とは違って表情には出ない。
じっくり見て分かったのは、顔にシワが増えて、渋さが増したなって事くらいだった。
決戦について話を終えると、静かな時が流れる。
ハッキリ言って、かなり気まずい雰囲気だ。
秀吉もそれを察したのか、向こうから話題を変えてきた。
「ところで魔王様。神を信じますか?」
「かなり突然だね。僕は無神論者だよ。日本ではね」
「その言い方だと、やはり会っているみたいですね」
秀吉の顔は、怒りに満ちていた。
自分はネズミ族で、特にチートなスキルも何も与えられていない。
それに対して僕は、魔王で創造魔法も使える。
要は僕が恵まれていると、そう言いたいのだろう。
でもコイツは分かっていない。
そもそもの話、僕は秀吉が引き起こした召喚魔法に巻き込まれて、今の身体になってしまったのだ。
それこそ召喚魔法を多用しなければ、僕はこんな所には居ない。
秀吉は被害者ぶっているけど、本当の被害者は僕であり、そしてプロ野球選手になれたかもしれない兄である。
そんな僕達に妬むなんて、筋違いである。
「どうしてそんなに神を恨む?」
「どうして?私の人生を知ってから、言ってほしいですね。この世界に来た時、どれだけ苦労した事か」
「それは暗に、最初からチート能力を所有して、オレツエーをさせろと言いたいの?」
「ち、違っ!」
図星だったらしい。
まあこんな世界に転生したんだ。
ちょっとくらいは望んでも、バチは当たらんとは思うけど。
「私は神が嫌いだ。だからこそ、アイツが支配しているこの世界を、望まない姿にしてやりたい」
「それは、この世界を滅ぼしたいと?」
「そこまで悲観してないですよ。ただアイツが決めた事を、全てぶっ壊してやりたいんです。そう、キミが魔王と決められているなら、キミを排除して私が魔王になり変わるとかね」
「もっと早く言ってくれたら、譲ってたかもしれないのに」
「譲るという事は、それは神の意志も働いているんでしょ?それじゃあ意味が無い」
うーん、ひねくれてる?
神様の思い通りにしたくない。
だからこの世界をぐちゃぐちゃにしたい。
でも滅ぼすほどではない。
それが彼の願い?
「でも反論して良い?僕は魔王になりたいとは願っていないし、神様からも命令されていないよ」
「だから運命なんだよ。神の悪戯ってヤツだ」
「えぇ・・・」
神を否定しているのに、神が決めたと信じてるの?
矛盾しているなぁ。
「一つだけ聞いて良い?もし僕に勝ったなら、秀吉は何がしたいの?」
「天下統一」
「全ての国を治めると?連合はどうするつもり?」
天下統一をするなら、連合を降すのは絶対だろう。
リュミエールというドラゴンを、どのようにして説得するのか。
これはある意味興味がある。
だが秀吉は、ズルかった。
「連合は同盟を結ぶ。不可侵条約締結で、完璧ですよ」
「それ、ちょっとズルくない?神様の意に反したいなら、ドラゴンに喧嘩売って、勝つくらいはしてくれないと」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。要は私をドラゴンと戦わせて、漁夫の利を得たいんでしょう?」
「そりゃそうだよ。戦うなんて面倒だし」
僕と秀吉は無言になった。
結局、ドラゴンとなんて戦いたくないのだ。
それが分かってるから、二人とも黙ってしまった。
雲の無い空を見上げて、明るい月を見る。
「月が綺麗ですね」
「おい、それは日本文学的なアレじゃないよな?」
「・・・そんなわけないでしょ。でも、これで分かった事がある」
「何?」
「魔王様は、それなりに高学歴だという点ですね。頭の回転も速いし、知識も豊富だ。それが創造魔法にも、かなり良い影響を与えている。でも月が綺麗の意味は、学が無いと知らないと思いますから」
まあ、バレるのも当然か。
コイツは僕の事を、かなり探っていたみたいだし。
多分猫田さんを使って、普段の僕がどうなのかも聞いてるはず。
隠す必要は無いと思ってるけど、こうやって調べられていたのかと思うと、ちょっと気持ち悪い。
「うん?」
秀吉が何かに反応する。
それと同時に、僕の頭の中にもガイストの声が聞こえる。
『城から誰かがやって来る。おそらくは秀吉を探しに来た人物だろう』
なるほど。
二人きりの時間も終わりか。
「石田が私を、探しているみたいだ」
ベンチから立ち上がった秀吉は、目の前に見える大きな壁に向かって、手を伸ばす。
そして何かを握り潰すように両手で拳を握ると、壁は上下から何かに押し潰されたように崩れ落ちた。
その後、黒い塊が瓦礫を全て呑み込んでいく。
「掃除は完了です。短い時間だったけど、二人で話せて良かった」
秀吉が立ち去ろうとする。
僕は呼び止めると、この決戦について尋ねた。
「もし、もしもだよ。神様と連絡が取れて、秀吉に頭を下げさせたら。この戦いは回避出来る?」
「それは無理だね。あのクソな性格をしている神が、謝罪なんてするはずが無い。そしてそんな例え話は、ここに来て無駄だというのは分かっているはずだ。恵まれている貴方には分からないだろうが、神の恩恵を受けている連中は、私からしたら神と同じくらい憎いんですよ」