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秀吉と慶次

 もう猫田さんではないんだな・・・。


 沖田と蜂須賀は熾烈な戦いを繰り広げたが、石田の介入により、一気に形勢は悪い方へと傾いた。

 沖田と蜂須賀の会話を後から聞いた僕は、かなりショックだった。

 猫田さんが秀吉の協力者であるというのは、知っている。

 でも心の何処かで、本当は違うんじゃないかって思っていた。

 猫田さんは潜入調査が得意だったから。

 だから裏切ったフリをして、秀吉の懐に飛び込んだんだと、自分に言い聞かせていた。

 本当は違うって、分かっていたんだけどね。

 もし僕の考えていたように、猫田さんが裏切っていなかったとしたら、主君であるはずの又左が洗脳される前に、救出していたと思う。

 それをしなかった時点で、猫田さんが黒だというのは明らかなのにね。

 それでも僕は、まだ信じたかったんだよね。


 僕達がこの世界に来た時、犬小屋よりも酷いボロ小屋で、貧しい思いをしながら生活をしていた。

 そんな原始人みたいな生活を変えてくれたのが、僕達を見つけてくれた猫田さんだったのである。

 そう、僕達がこの世界で初めて遭遇した現地人が、猫田さんだった。

 獣人族である猫田さんを見た時は、異世界キター!という気持ちになったものだ。


 そこで僕は、ある事に気付いた。

 仮にもし猫田さんが僕達を見つけてくれなかったら、僕達はどうなっていたのか?

 まず第一に、僕達は魔法を覚えられなかっただろう。

 創造魔法でカバーは出来ただろうが、基本の魔法は使えずに不便な生活をしていたと思う。

 でも生きていく事に困りはしなかっただろうから、創造魔法を鍛えて住居は良くしていたかな。

 衣類も創造魔法でカバー出来そうだけど、問題は衣食住の食になる。

 まずハクトが居ないので、食べ物は今ほどバリエーションは無く、肉や魚を焼くくらいだったかもしれない。

 今の僕達の食生活を知っていたら、確実に発狂してそうだ。

 いや、しばらくしたら発狂してたと思う。

 それくらい、料理って素晴らしいものだからね。


 あくまでも仮定の話だけど、もし僕達が猫田さんに見つけられていなかったら、ハクトや蘭丸とも知り合わず、魔王などとは呼ばれなかった。

 魔王という立場が良いか悪いかは置いといて、あの二人に出会えなかった未来は、想像したくない。

 そう考えると、猫田さんには感謝しかないんだよね。

 だからこそ、今でも信じたい気持ちがあるんだけど・・・。








 停戦の提案。

 石田が言う停戦とは、沖田と慶次だけでなく、外で戦うイッシー達にも当てはまっていた。

 自分の判断が、今後を左右する。

 悩む沖田は慶次を見たが、石田が姿を見せているにも関わらず、関係無いと言わんばかりに又左と一騎打ちに興じている。

 相談する相手が欲しいと思った沖田は、敢えて石田に頼る。



「まずはあの二人の戦いを、止めてほしい。話はそれからです」


「確かに彼も自分の命が懸かっている。分かりました。貴方の要求を飲みましょう」


 石田は右手の指をパチンと鳴らした。

 すると又左と慶次の間が、突然広がっていく。



「な、何だ!?」


「邪魔をするなでござる!」


 慶次は石田の仕業だと分かると、又左から石田に槍の矛先を変える。

 しかし伸ばした槍は、虚しく手元に戻ってくる。



「慶次殿!落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられるか!拙者は兄上と、命の取り合いをしていた!」


「だから落ち着けと言っている!」


 沖田が右拳を慶次の頬に叩き込むと、慶次は沖田を睨みつけた。

 だがそこで負けじと睨み返すと、お互いに目を逸さなかった。

 しばらく睨み合いが続くと、冷静さを取り戻した慶次が、フッと目を逸らす。



「それで、どうして止めたでござるか?」


「木下側から停戦の提案がありました。飲むか飲まないか、僕達が決めないといけません」


「停戦?何故に、そのような事を?」


 慶次は三人を見て、不審感が募る。

 そもそも慶次達は、現状不利な立場にある。

 又左と蜂須賀に加え、慶次の戦いを止めた石田まで登場している。

 自分達を倒す事の出来る戦力があるにも関わらず、停戦を呼び掛ける理由が分からない。



「停戦を僕達に呼び掛ける理由は何ですか?」


「それはあの方に聞いてほしい。私の口からは言えないですね」


 石田にはぐらかされると、二人は沖田が提案した通り、話し合いを始める。



「提案は受けるしかないでしょうね」


「そうだな。拙者達に選択権は無いでござる。だが、理由如何では、この命を捨てても拒否しなくてはいけないでござるよ」


「その理由が、分からないんですよねぇ・・・」


 二人揃って唸っていると、焦れた蜂須賀から声が掛けられる。



「もう良いでしょう?あの方を待たせる方が、不敬ですから」


「私もそう思う」


 蜂須賀に又左も同意すると、石田も少々悩んだ後、沖田達に話し掛ける。



「決まりましたか?」


「提案を受けるでござる」








 沖田は爪を引っ込め、慶次は腰に槍を戻す。

 前方を蜂須賀が、後方には又左と石田。

 周囲を囲まれると、蜂須賀が歩き始めた。

 慶次は後方に居る又左を気にして、チラチラと目をやるが、又左はそれを意にも介していない。

 後ろばかりを気にする慶次に、沖田は敢えて話を振った。



「もう逃げられませんね」


「ん?あぁ、そうでござるな」


 上の空で返事をする慶次。

 沖田はため息を吐くと、質問する相手を変更する。



「何処まで行くんです?」


「最上階だ。この上であの方が待っている」


「それにしては、階段が見当たりませんが」


「階段は存在しないんですよ」


 石田が沖田と蜂須賀の会話に割り込む。

 階段が無いと言われた沖田は上を見たが、この階は異様に天井が高い。

 外から見た感じでは、窓は無かったがここまで天井は高くなかった。

 最上階に行く方法が、分からない。

 そんな沖田の気持ちを察してか、石田が笑みを浮かべながら聞いてくる。



「気になりますか?」


「そりゃ、気になりますよ。どうやって上に行くんですか?」


「こうやって行くんですよ」


 石田が見上げ、指を再びパチンと鳴らす。

 その瞬間、沖田は妙な不快感と眩暈を感じる。



「着きましたよ」


「え?」


 ふと目を開けると、そこにはちょっとした段差があった。

 さっきとは違う場所に居る。

 顔を上げた沖田が見たのは、厳かな部屋だった。



「ど、どうやって来たんですか?」


「企業秘密、と言いたいところですが、教えても良いですよ」


「良いんですか?」


「教えたところで、貴方達には不可能ですから」


 石田の余裕のある態度にムッとする慶次。

 しかし本当に、どうやってやって来たのか分からない。

 魔王が使う空間転移とは別モノのようだし、沖田は素直に石田の言葉を受け入れる。



「じゃあもう一度、下に戻りますよ。今度は目を開けていて下さいね」


「分かりました。・・・うっ!」


 やはり不快感を感じる。

 沖田は眉間にシワを寄せつつ、ようやくその仕組みを理解した。



「空間の縮小ですね?」


「その通り!自分達が居る場所を縮小して、最上階と繋げる。そうすれば一瞬にして、最上階に着いたように感じます」


「あの奇妙な不快感は、どうしてでござるか?」


 慶次が口を押さえながら質問をする。

 それを後ろで同じポーズをしていた、蜂須賀が答える。



「答えは簡単だ。頭が異常を感じているからだ。突然自分が居た場所が変わる。その事実に頭が追いつかないから、不快感を感じるんだ」


「なるほど。でもどうして、兄上達も不快そうなのでござるか?」


「私達も慣れないからだ。石田、前々から言っているが、やる時は前もって言ってくれ。心の準備が出来ていない時にやられると、気持ち悪くなる・・・」


 又左と蜂須賀も同様に吐き気を催しているのを見て、この能力は多用出来ないなと沖田は察した。

 だがそんな仲間の要望を無視して、石田は淡々と沖田に話し掛ける。



「とまあ、このように移動をする。要は最上階には空間が操れる私が居ないと、たどり着けない仕組みになっているという事だ」


「そうですか」


 であれば、空間転移が出来る魔王にも、似たような事は可能だろう。

 最上階に居ると思われる秀吉に、魔王ならたどり着ける。

 沖田が確信すると、石田は歩き出した。


 長い廊下を歩いた先には、少し大きな襖があった。



「あの先で御方は待っています」


「え?ちょっと待って」


「何ですか?」


「僕達、土足で入ってきてますけど。普通なら和室って、履き物を脱ぎませんか?」


 襖を見て、思っていた事を述べる沖田。

 しかしよく見ると、石田達三人も靴を履いている。

 自分の感覚がおかしいのか?

 そう思っていたのだが、襖を開けるとその様相を見て納得する。



「室内は洋式なんですね」


 襖の先は赤い絨毯に、猿のような獣に金色の刺繍がされたタペストリーが、二人を驚かせる。

 ネズミ族なのに、どうして猿?

 沖田は心の中で頭を傾げながら、石田の後ろを歩く。



「煌びやかではないが、豪華な気もするでござる」


「金銀だけで作るなど、ただ性格が悪く見えるだけ。というのが、あの方の意見です」


「元々貿易都市で働いていた方だ。人と関わる事が多く、どのような物を見ると感心させられるか、分かっているんだろう」


 石田と蜂須賀が慶次に話すと、さっきとは違い彼はすぐに納得する。

 様々な城を見てきた彼等だが、この部屋は魔王の住んでいた安土城と帝国のバイエルヴァイスを足して割ったような雰囲気があった。



「着いたぞ。失礼の無いようにな」


「この扉ですか?小さいですね」


 体格の良い方である慶次は別として、沖田でも頭を下げないと入れないくらい低い扉。

 それを開けて入ると、目の前にはネズミ族の男がリラックスした姿で座っていた。



「木下殿」


「慶次殿、久しいな」


 二人は部屋の中に入った。



「ここが木下殿の部屋ですか?」


「そうだ。意外かな?」


 古そうなテーブルと椅子に座り、グラスを傾ける秀吉。

 中身は酒であり、ちょっとだけ顔は赤い。

 その様子を見た慶次は、大きく首を傾げる。



「木下殿、変わったでござるな」


「変わってるんですか?」


 沖田が慶次に尋ねると、目を凝らしてよく見る慶次。

 やはり間違いないと頷くと、慶次はこう言った。



「以前と比べて、貫禄があるでござる」


「それは、立場がそう見せているんじゃないですか?」


 今や敵のトップである秀吉。

 魔族の領主だった時とは違い、貫禄が出てきても不思議ではないと、沖田は思っていた。

 だが慶次は、そうではないと否定する。



「私が変わったように見えるかね?」






「変わったと思う。貫禄があると言ったが、何と言うべきか。うーん、遠回しに言えないので、率直に言うでござる。木下殿・・・老けたでござるな」

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