狼vs猫
二つ同時にクリスタルを使う。
実はコバが、完成させていたりする。
沖田の剣にクリスタルを二つ付けて使用したが、それはもれなく高熱を発して使えなくなってしまった。
それは本来の使い方とは違うから、こうなったと言っても良い。
まず言っておくと、この使用方法は既に8割以上完成している。
その試験品というのが、ハクトの持つ弓になる。
彼の弓は、クリスタルが幾つか取り付けられる仕様になっている。
相性の問題もあるが、概ね色々な魔法を封じて使える。
実際に実戦でも使っており、その効果は証明されている。
では何故、他の連中の武器をその仕様に変更しないのか?
それは残された2割に、理由がある。
ハクトの弓はクリスタルが幾つかあると言ったが、そのクリスタルは又左や慶次、佐藤さん達の物と比べると小さい。
ハクトの弓のクリスタルは、その半分にも満たない大きさになる。
しかし小さいからこそ、威力が安定しているとも言える。
風魔法と水魔法や、火魔法と風魔法と水魔法等、その組み合わせは多々あるだろう。
じゃあクリスタルを大きくして、同じ事をしたらどうなるのか?
それが沖田の剣である。
沖田と慶次は、歪な穴にクリスタルを入れたから、失敗したのではないかと考えていた。
理由の一つに、それは当てはまるだろう。
だが根本は違う。
魔法の威力に、武器が耐えられないのだ。
だからハクトの弓のサイズまで、クリスタルを小さくしないと使用出来ないというのが、現状になる。
ただし、実は次の実験段階には入っていたみたいなんだよね。
それがオリハルコンを使用した武器になる。
オリハルコンは魔力を込めると、形状変化するという変な特性がある。
その特性から、だったらクリスタルの魔法に耐えられるんじゃないかというのが、僕の考えだった。
僕が考えつくぐらいだ。
コバも同様に閃いている。
そしてその実験に入ろうかという時に、今回の騒動で安土は無くなってしまった。
コバが研究の成果を置いてきているとは思えないけど、それでもラボが無くなって頓挫したのは間違いないだろう。
いつかは完成するだろうけど、それは秀吉との決戦に間に合うかは分からない。
でももしそれが完成したら、大きなアドバンテージにはなるだろうね。
何を言い出すのか?
慶次は真面目な顔でそんな事を言うと、珍しく蜂須賀は声を上げて笑う。
「アッハッハ!貴方は本当に変わらないな」
「では!」
「いやいや、そういう意味ではない。期待されても困る」
昔のような関係に戻れるかもしれない。
大笑いしている蜂須賀を見て、慶次は淡い期待を抱いた。
しかしそれは、大きな勘違いだった。
「あの方に伝えるのは構わない。でも解放したとして、こちらに何のメリットがあるのかな?」
「メリット?拙者が嬉しいでござる」
「アッハッハ!だからそれは貴方のメリットで、こちらには何のメリットも無い。受ける理由は無いな」
「だったら、拙者が代わりになるでござる!」
「慶次殿!」
沖田は慶次の無茶な言い分を引き止めるが、彼は止まらない。
「ふむ。兄から弟へ交代か。それなら・・・」
「良いでござるか!?」
含みを持たせる蜂須賀に、慶次は期待する。
しかしそんな考えを見透かしてか、厭な笑顔でこう言われた。
「駄目だね」
「な、何故!?」
「私自身は、別に誰でも構わないと思うよ。でもあの方は違う。あの方は、前田利家という人物に執心しているんだ」
「せ、拙者が駄目なら、誰だったら?」
慶次の言葉に考え込む蜂須賀。
何か思いついた顔をすると、それを口にする。
「魔王だね。あの方にとって彼と釣り合うと考えるのは、魔王の身柄かな」
「ふざけるな!」
沖田が怒りを露わにすると、蜂須賀に向かって右手の爪で襲い掛かる。
だが又左の剣が、それを弾いた。
「又左殿!」
「話を聞いていれば!私は豊臣様に仕える身。お前達の下などに戻る気など、さらさら無いわ!」
「前田殿、ほれ」
又左の長槍を、蜂須賀が放り投げる。
剣を捨てて槍を受け取ると、沖田の喉元に向かって構えた。
「兄上!」
「慶次、兄弟だろうが自分の意志は貫き通せ。私はそうするつもりだ」
「それが作られた意志だとしてもですか?」
「これは私の意志だ」
「だったら・・・」
慶次は腰の槍を取ると、右手を大きく引いて構える。
その先には、又左が居る。
「拙者の意志は、兄上を連れ帰る事。それを貫き通す!」
「慶次殿!」
「沖田、兄上は拙者が倒す。お前は猫田殿を倒せ!」
「承知!」
慶次の気持ちに応えるように、沖田は蜂須賀へ駆け出す。
「小僧が。私に勝とうなど、100年早いわ!」
蜂須賀の足下から、鋭利な影が沖田へ伸びていく。
両手の人差し指と中指の爪を使い、器用に弾く沖田。
更に伸びてくる影を身体を半身にして避けると、蜂須賀に迫った。
「やはり強いな」
「僕に勝とうとするのが、100年遅かったんじゃないですか?」
半身の状態になった沖田は、左脇から右手の小指を素早く伸ばした。
細く見えづらい小指の爪が、蜂須賀の喉元を狙う。
すると蜂須賀は短剣を抜き、それを叩き斬った。
「爪切りが必要なら言ってくれ。私がいくらでも、斬ってあげよう」
「性格悪いですね」
「若い奴には負けたくないんでね」
「僕が若いって、貴方はいくつなんですか?」
「そうだな。ゆうに300歳といったところか」
冗談だと捉え、沖田は不満を募らせる。
だがそれが本当だとは、露にも思わなかった。
しかし何度か剣、ではなく爪を交えるうちに、沖田は考えを改める。
影で攻撃しつつ、短剣は防御に徹する。
変則的な攻撃と鉄壁の短剣に、沖田は素直に心の中で称賛した。
そして蜂須賀を知る他の者からすると、彼がここまで強いというのは驚愕の一言だった。
「貴方、魔王様の下に居た時は、こんな活躍見せませんでしたよね?」
「私は所詮、陰の存在。表立って行動する陰の者が居るか?」
「居ませんね。でも表舞台に出る事だって、可能だったのでは?」
又左や佐藤といったエース級の活躍を、蜂須賀の本当の実力なら並べたはず。
秀吉の命令なのかもしれないが、そこまで陰に徹する理由が、沖田には分からなかった。
「私達の目的の為に、目立つ行動は極力避けたかったのさ。魔王の命令に従いつつ、真の目的の為に動く。それにはあの仕事は、うってつけだった」
「そうですか。魔王様や又左殿達を、欺き続けた罪悪感は?」
「あるはずが無い。いや、あるか。アホみたいにずっと信じてくれて、ありがとうという気持ちくらいはな」
「もう良いです」
嘲笑するように言う蜂須賀に、沖田はもう一段階ハンドスピードを上げる。
ピアノを激しく弾くかのように左右の手の指が動くと、徐々に蜂須賀の身体に切り傷が増えていく。
「そろそろ良いですかね。はい、死んで下さい」
五本の指が口と喉、両肩と心臓を同時に狙った。
確実に仕留めた。
沖田はそう思ったのも束の間。
蜂須賀の身体が半分、影の中に沈み込む。
「危ない危ない。やはり要警戒リストの一人だな」
「あのリスト、いい加減じゃないですか」
「そうか?お前はその戦闘力から、要警戒リストに載せてあったはずなんだが」
自分が載っていた理由を知り、少し満更でもない気持ちになる。
だがその理由を知った沖田は、恐る恐る慶次へと目をやった。
もし今の言葉が聞こえていたら、慶次は憤っていただろう。
だが彼は又左との戦いに集中していて、蜂須賀の言葉を聞いていなかった。
「その影、厄介ですね」
「光ある所に、影はある。それは絶対だ」
影があれば絶対に回避出来る。
蜂須賀は自信を持って言い切ると、沖田の口が緩む。
「そうですかね?僕はそうは思わないですけど」
「それはお前が、光の当たる所を歩んできたからだ」
「だったらその影、無くしてみせますよ」
「やれるものならやってみろ」
再び影から出てくる蜂須賀に対し、沖田は猛攻を仕掛ける。
その強さから要警戒リストに載っている沖田の攻撃を、辛うじて受ける蜂須賀。
気付けば攻撃が苛烈過ぎて、影の方も守備に追われている。
「そろそろ終わりの時間ですかね」
沖田が一気に前へ詰め寄った。
短剣を振るのも難しいくらいに迫ると、沖田は爪を縮めて腰の剣を抜く。
だがその剣は、途中から折れていた。
「折れた剣で何をしようと?」
その言葉を聞いた沖田は、ニヤリと笑う。
そして折れた剣を蜂須賀と自分の上に掲げると、力強く叫んだ。
「総司、シャイニングゥゥゥゥ!!」
「し、しまっ!」
蜂須賀は何かを言おうとしたが、最後まで言い切る事が出来なかった。
折れた剣が力強く光った後、沖田に鳩尾に力を入れられて押されたからだ。
沖田は光った剣を上に放り投げると、蜂須賀の影を薄くしてしまった。
「さあ、影は消えた。逃げ場は無いですよ」
「クッ!」
薄い影を伸ばして攻撃を仕掛ける蜂須賀だが、沖田はそれを踏み潰して消し去る。
「終わりです」
沖田が猛烈な勢いで、蜂須賀に迫っていく。
右手の爪を伸ばすと、いよいよ蜂須賀にトドメを刺す時がやって来た。
しかし走り続ける沖田が、蜂須賀に迫る気配は無い。
そんな中、15秒ほど光っていた折れた剣が地面に落ち、乾いた音を鳴らす。
15秒にも満たなかったその時間は、蜂須賀にとってはとても長く、沖田にとってはとても短い時間だった。
「何故だ!?」
沖田は怒りをぶちまける。
既に光は収まり、蜂須賀の影も元通り暗い色へと戻っている。
「た、助かった・・・」
汗を大量に流す蜂須賀を見て、沖田は彼の仕業ではないと悟る。
そんな蜂須賀を見て冷静さを取り戻した彼は、自分の身に何が起きたのかすぐに理解した。
「これと似たような状況、何度か体験してますね。隠れていないで出てきて下さいよ」
沖田は挑発するように辺りを見回して言うと、人が隠れられないはずの柱の陰から、ある人物が姿を見せた。
「石田通成!」
「大丈夫ですか、蜂須賀さん」
沖田の事を無視して、蜂須賀を気遣う石田。
力が抜けたのか、蜂須賀はガクッと膝から崩れそうになる。
それに手を貸しているのを見て、沖田は落ちていた折れた剣を投げつけた。
だが一向に石田に届く気配は無く、途中で再び床に落ちる。
「助かったぞ、石田」
「いえいえ」
「それで、何をしに来た?」
この場は又左と自分に任されていたはず。
蜂須賀は石田に用を尋ねると、石田は沖田を見てこう言った。
「あの方からの命令で、停戦の提案があって来ました。断っても良いですけど、その場合はお二人の命はありませんので。どうしますか?」




