最上階へ
やらないよりはやった方がマシ。
たとえそれが、無駄だと分かっていてもね。
慶次はヘカトンケイルの攻撃を防ぐ為、壊された壁や階段の一部を積み重ねて、壁を作ろうとしていた。
とはいえ、太田と同じミノタウロスである。
怪力の持ち主に瓦礫を積み重ねたくらいで、防げるかと言われたら無理だと答えるだろう。
でもそれは、慶次も分かっていた事。
防げないと分かっているのに、どうしてそんな事をするのか?
僕は無駄な事があまり好きじゃないけど、でもゲームの中とかだとやったりする。
例えばRPGで何があるか分からないから、ゆっくり歩いて地面を一歩一歩調べたりね。
そんな事をして何があるかと聞かれたら、特に何も無いかもしれない。
落ちていても薬草くらいかもしれないが、稀に役に立つ物も落ちていたりする。
メダル的な物がそれに当たるだろう。
慶次の行動がそれに当たるかは、分からない。
でも一つ言えるのは、慶次は無駄だと分かりつつそれをした。
だったらその行動には、意味があるという事だ。
もしかしたら何かを良い案を思いつく為に、瓦礫を積み重ねたのかもしれないし。
そうじゃないかもしれない。
それに無駄な行動から偶然新しいモノが生まれる事は、多々ある。
それこそ僕達が普段から目にしてたり、口にしている物だってある。
知らない人も多いけど、コカコーラとかポテトチップスがそうだ。
コカコーラは元々ソーダではなく、コカとワインを混ぜて薬用品として飲まれていた。
うつ病等に効いたらしいが、禁酒法が発令されてからワインの代わりに炭酸水を使ったら、コカコーラが生まれたという。
ポテトチップスなんかは、シェフがポテトにいちゃもんをつけられて、嫌がらせの如く薄くして固くなるまで揚げたら出来たという話だ。
コカコーラやポテトチップスは偶然生まれた物だけど、何においても共通点がある。
それは行動しないと、生まれなかったという点だろう。
禁酒法が発令された?
じゃあこの薬は無理だ。
もっとポテトを薄くしてくれ?
だったら他の店行けよ。
そういう考え方をされていたら、生まれなかったのである。
この二つと慶次の考え方を一緒にするのは別かもしれないけど、同じなのはやっぱり行動しないと駄目だという点。
ただ行動しても何も考えなければ、それは本当に無駄な時間を過ごすだけだけどね。
沖田が投げ捨てた剣は、真っ二つになったヘカトンケイルの太ももに軽々と刺さった。
そして電熱線が発泡スチロールを切るかの如く、太ももが斬れていく。
「凄い斬れ味でござるな」
「それよりも、ヘカトンケイルは!?」
今の一撃で、ヘカトンケイルの暴走が始まるのではないか?
上半身も下半身もドス黒いままなので、いつ爆発するのか分からないのである。
沖田は爪を伸ばし、臨戦態勢を取る。
そして自分の反対側を向いているヘカトンケイルの顔を、回り込んで覗いた。
「た、倒した?」
目を見開いたまま、動かないヘカトンケイル。
慶次も槍で下半身を突くが、動く気配は無い。
「どうやら間に合ったようでござるな」
「怖かったですね」
「うむ。強敵でござった。それよりもあの剣を、うおあっちゃあ!」
ヘカトンケイルの下半身の近くに転がる沖田の剣を、無造作に拾おうとした慶次。
するとその高熱で、思わず変な声を出した。
「まだ熱いんですね」
「フー!フー!こりゃもう、触れられないでござるな」
これだけの斬れ味を持つ剣である。
今後も使えると考えていた慶次だが、持てなければ意味が無い。
沖田の治療も兼ねて床に座り込んだ二人は、ついでに剣の熱が冷めるのを待った。
「でも凄かったですよね。光が折れた箇所から出てきたと思ったら、その光が熱を持って斬れるとか」
「初めて見た時は、革新的だったでござる。でも・・・」
「持てないのは無理です」
二人は恨めしそうに、剣を見る。
持てさえすれば、最強の武器なのに。
しばらくして沖田は立ち上がると、軽く身体を伸ばして痛みが軽く引いた事を確認する。
「動けない程ではなくなりました。そろそろ行きましょう」
沖田が休んでいる間、慶次は階段を調べていた。
ヘカトンケイルが何処かを蹴ると、隠し扉のようなものが開いていた。
それを見て、もしかしたら蹴れば階段が戻る場所もあるのではないかと思ったのだ。
しばらくして慶次は、思った通り階段へと戻るスイッチを発見する。
「これで元の場所に、戻れるでござる」
「上の階は目指しますか?」
「当然でござる。しかし、城内は諦めよう」
「外からですか。でも、明らかにおかしいですからね。無難かもしれない」
慶次は上を見ると、目を凝らす。
しかしどう見ても、途中から真っ暗で何も見えない。
「まずは一階でござる」
「承知しました」
二人は上を見ながら、階段を上がっていく。
何十段か上がると、二人は目を細めた。
「あ、明るい?」
「朝じゃないですか!」
二人は改めて考えた。
階段を何十何百段も上がった後、地下へと叩き落とされた。
その後ヘカトンケイルと遭遇し、戦闘。
彼を倒した後、沖田の回復を待ちながら地上へ出る事を探し、ようやく脱出。
よくよく考えると、かなりの時間が経っていた。
「皆は撤退してますかね?」
「反対側から、戦っている音が聞こえるでござる。拙者達が戻るまで、堪えるつもりでござろう」
慶次は改めて、イッシー達の凄さを痛感する。
「皆の頑張りを無駄にしない為にも、急ぐでござる」
城の外側を登り、最上階の一階下へと到着した沖田と慶次。
最上階は窓や空気孔が見つからず、直接入る事が出来なかった。
その為一つ下の階から入ると、そこにはある人物が待ち受けていた。
「兄上!」
「久しいな、慶次」
普通に話し掛けてくる又左に、慶次は駆け寄ろうとする。
その瞬間、沖田が肩を掴むと、慶次は沖田を睨みつける。
「何をする!」
「慶次殿、又左殿は洗脳されているはずだったと思うんですけど」
「しかし・・・」
「おかしくないですか?洗脳を解除されたなら、脱出を試みるはずなのに。この城に留まっているんですよ?」
沖田の正論を聞かされた慶次は、苦い顔をして又左の顔を見る。
今まで見慣れた顔である。
だが、何処か違う気がする。
「兄上、魔王様の下へ戻りましょう」
「魔王様か。そうだな、戻っても良いな」
「沖田!」
ほら見た事か!
慶次は自分は間違っていないと、得意顔で振り返り沖田を見る。
「魔王様の命を奪って、秀吉殿に捧げよう」
「え?」
「慶次殿、やっぱり・・・」
又左は平然とした顔で、魔王を殺すと言い放つ。
その顔は、いつものように穏やかに見える。
「そうだ!慶次、お前がやってこい」
「何をやるんです?」
「だから魔王様をだ。お前ならすんなり近付けるだろう?背後から心臓目掛けて、槍でグサッとやるだけ。簡単な仕事だ」
「な、何を言ってるんですか?兄上はそんな事、望んでいないですよね?」
慶次は沖田の静止を振り切って、又左の両肩を掴む。
その目をしっかりと見た慶次は、やはり違和感を覚えた。
「慶次、出来ないのか?」
「違う。やっぱり兄上ではない」
「何を言っている?私とお前は兄弟だろ?」
「拙者の兄は、お前ではない!目を覚ませ!」
又左の頬に拳を叩き込む慶次。
二、三歩タタラを踏んだ又左は、頬を押さえながら慶次を睨む。
「お前、何をしたか分かっているのか?」
「う、うるさい!拙者の兄上は、洗脳なんかに負けはしない!」
「そうか。ならば、死ぬが良い」
又左が慶次の鳩尾にパンチを入れると、慶次は少し顔を歪めながら反撃する。
「慶次殿、二人でやりましょう!」
「・・・頼む!」
又左は自分でどうにかする。
そう言い掛けた慶次だったが、冷静になると二人で無力化させた方が、安全に倒せると判断した。
「捕縛出来るでござるか?」
「魔王様から色々と預かっています」
「ならば、拙者が取り押さえる。拙者ごとでも良い。巻きつけるでござる」
慶次は又左を羽交い締めにすると、そう叫んだ。
沖田は二人まとめてロープで巻きつけようと近付くと、想定外の出来事が起き始める。
「な、何ですと!?」
「慶次、お前は分かっていないな。弟に負ける兄は居ないんだよ!」
力づくで慶次の拘束を解く又左。
又左は左手で慶次の右腕を掴むと、右手で腰を掴みそのままお辞儀をするように反転する。
「ぐはっ!」
又左の右手は、慶次の左腕を押さえるように腰を掴んでいて、わざわざ受け身を取れないように頭から地面に叩きつけていた。
痛みで悶絶する慶次だったが、そこに沖田が爪を伸ばして慶次への追撃を阻止する。
「やらせない!」
「沖田、お前はそろそろ退場願おう」
沖田は驚いた。
沖田の爪による攻撃を防いだのは、槍ではなく剣だったからだ。
又左が剣を扱えるなど、誰からも教わっていない。
使えないとは思っていないが、まさか本気の自分の爪を防ぐレベルだとは、想像していなかった。
「私には剣が使えないと思ったか?最低限のレベルなら、この程度は容易いわ!」
固まっている沖田に対し、剣で対抗する又左。
するとその剣を沖田目掛けて突くと、そのまま手放して蹴り飛ばした。
剣に目が向いている隙に、又左は沖田の脇腹を蹴り飛ばす。
「つ、強い!」
「まだでござる!」
今度は本気でいく。
そんな折、慶次が沖田へ攻撃をした直後だった。
「沖田総司か。思わぬ大物が釣れたな」
「誰だ!?」
「猫田殿!」
又左の影の中から、声が聞こえてくる。
沖田はその声に聞き覚えは無いが、慶次はその限りではない。
子供の頃から自分達、前田家に力を貸してくれている男。
種族は違えど、家族だと思っていた。
それが猫田改め蜂須賀小六だった。
「やめるでござる!」
「何故?」
「何故って、貴方も木下に、洗脳をされているのではござらんのか?」
「違うな。洗脳されているのはこの男だけ。私は違う」
頭を指差す蜂須賀。
するとその蜂須賀の横を、ギリギリで槍が通り過ぎる。
「ぬうぅ!」
沖田はその槍を剣で受け止めると、簡単に折れてしまう。
「チィ!やはり拾い物じゃ駄目でしたか」
沖田の剣は、ヘカトンケイルが無数に持っていた剣を、勝手に拝借した物だ。
だが元々持っていた剣と比べると粗悪品なのは明らかで、沖田本人もそこまで使えるとは思っていなかった。
「猫田殿!」
「しつこいな。何なんだ?」
「戻ってこないのなら、木下に伝えてくれ。兄上を解き放てと」