熱と光
パクられた!
と、頭の中で兄が騒いでいます。
ヘカトンケイルは鉄球を使って、慶次と沖田に攻撃した。
しかも大きさは兄と違い、バレーボールサイズである。
僕は見ていないから分からないけど、沖田から聞く限り、それでもかなり速かったらしい。
兄はそれに怒っていたね。
人の技をパクるんじゃないと。
でも僕は言いたい。
ただ鉄球投げるだけの動作を、技と呼ぶんじゃないよ!
それに僕は、兄とはちょっと違うと考えて良いと思うんだよね。
兄が投げているのは、野球のボールくらいの大きさの鉄球である。
ちなみにこの野球のボールは、軟式だけは小学生用のJ球と中学生から大人が主に使うM球というサイズがあり、硬式は小学生だろうがプロ野球だろうが、全く同じ規格になる。
ただし硬式のボールは人の手で縫う為、大きさが少しだけ違ったりする。
だから正確に73センチ!というわけではなく、ちょっとの誤差があるが、それは許容範囲になるらしい。
僕は少年野球で辞めたので分からないけど、1センチくらいの誤差って、ピッチャーからしたら影響しないのだろうか?
少し気になったりしている。
話は逸れたが、僕がヘカトンケイルと違うと思っている点は、まさにそれなのだ。
それというのは、ボールの大きさである。
そもそも兄は手が小さいので、極力持ちやすいように硬式球より小さい軟式のJ球サイズで作っていると聞いた事がある。
数センチの差だけど、手が小さければその数センチはとても大きく感じるらしい。
対してヘカトンケイルは、軟式硬式云々ではなく、バレーボールサイズなのだ。
バレーボールを投げるって、最早ドッジボールのような気がする。
野球とドッジボール。
競技が全く違うのだから、技としても違うものじゃない?
それにヘカトンケイルの投げるボールがいくら速いと言っても、野球のボールより速いとは思えない。
兄は身体が小さくても、身体強化で大人以上の力が出せるしね。
普通に考えたって、プロ野球では150キロ台がバンバン出てるけど、ドッジボールはせいぜい100キロくらいじゃないかな?
投げる速さは違うし、四本の腕で同時に四つ投げてくる。
それってもう、必殺技としては全くの別モノだと僕は思うんだよね。
結論から言うと、同じなのは鉄球というだけです。
暴走。
かつて太田が何度か起こしている。
意識を失い、攻撃を与え続けると身体がドンドン赤から黒くなっていく。
そして最後には、魔力を爆発させて、自分ごと敵を滅するという自爆技である。
慶次も太田の暴走は間近で見た事があった。
だからヘカトンケイルの異変に、すぐに気付く事が出来たのだった。
「暴走したら、攻撃をするのは駄目でござる」
「何故ですか?」
「暴走はダメージを自分の魔力へと変換して、最後は自分ごと爆発する。逃げ場の無いここで爆発されたら、拙者達は確実に死ぬでござるよ」
「死ぬ!?そこまでですか。しかしそうなると、僕達はどうすれば良いのですか?」
「逃げるでござる!」
慶次はヘカトンケイルに背を向けて、とにかく遠ざかった。
そして一番遠くまで離れると、ヘカトンケイルの鉄球攻撃で破壊された階段や壁の一部を積み重ねていく。
「こんなんで防げるモノなんですか?」
「気休めかもしれないが、無いよりマシでござる」
何もやらないよりマシ。
慶次が言い切ると、ヘカトンケイルに異変が起きる。
「動き出しましたよ!」
「まだ意識があるでござるか!?」
ヘカトンケイルは慶次達を探すと、遠くに岩が積み上げられた妙なモノを発見する。
そしてそこには、慶次と沖田が居るのが分かった。
「突っ込んできますよ!」
「何!?しかも速いでござる!」
慶次はせっかく積み上げたモノを捨てて走り始めると、ヘカトンケイルがそこにタックルをぶちかましてくる。
積み上げた岩は跡形も無くなり、無惨に転がった。
「あぁ!せっかく作ったのに!」
「所詮はゴミでござる。あんなのあっても無くても、変わらないでござる」
「え・・・」
ゴミ扱いする慶次に対し、沖田は疑問に思った。
だったら何故アンタは、あんなモノを作っていたのかと。
ゴミを作る暇があったら、何か対策を練るのが先決ではないか?
しかし沖田は、ヘカトンケイルの身体が更に大きくなったのを見て、それを聞くどころでは無くなっている。
「また大きくなっている!」
「自分から瓦礫の中に突っ込んでも、ダメージ扱いになるでござるか。とんでもないでござる」
「だったらダメ元で、攻撃してみましょう」
沖田は逃走から一転、ヘカトンケイルへ向かって走っていく。
沖田が近付いてきた事で、その四つある拳を振り回すヘカトンケイル。
沖田は軽々と、それを避けてみせる。
「本当に意識が無いんですね」
四つの拳を掻い潜って見たのは、白目を剥いて歯を食いしばる、意識の無いヘカトンケイルの顔だった。
「意識が無いなら楽勝ですね。今、楽にしてあげますよ」
沖田はヘカトンケイルの二つの首を、同時に剣で刎ね飛ばそうと抜いた。
「お、折れた!?」
素晴らしく鍛えられたヘカトンケイルの首は、筋肉の鎧に守られて沖田の剣をへし折る。
「離れろ!」
慶次の声に反応する沖田。
するとヘカトンケイルの口が、笑ったような気がした。
一瞬の速さで身を引いた沖田。
「危なかった」
「過去形にするなでござる。今の一撃、本来なら致命傷なのだろう。ヘカトンケイルの身体の色が、ドス黒くに変わっているでござるよ」
「あっ!という事は?」
「もうすぐ魔力が、爆発する寸前でござる」
二人は大階段の裏に隠れた。
考えれば分かるようなものだが、意識が無いヘカトンケイルには、そんな場所に隠れているとは気付かない。
階段の前をウロウロとしているだけで、焦りも怒りも感じられない。
「こうなったら、慶次殿の一撃に賭けるしかないですね」
「無理でござる」
沖田の案を即否定する慶次。
それもそのはず。
慶次はヘカトンケイルの分厚い身体を、貫く事が出来なかった。
次の一撃を全力で本気で叩き込もうとも、首を斬ろうとして失敗した沖田を見て、自分も同じ運命を辿るだろうと決めつけていたのだった。
「やってみなければ、分からないと思うんですけど」
「あの一撃に耐えた男でござる。拙者が突いても、おそらく致命傷にならない。もし倒しきれなければ、それこそヘカトンケイルは爆発してしまうだろう」
「じゃあ打つ手無しで、諦めるんですか?」
「そうは言っていない。コレを使うつもりでござる」
慶次が槍の一部を指で示すと、そこにはクリスタルが嵌め込まれている。
沖田はすかさず、慶次に尋ねる。
「中身は何の魔法ですか?」
「それが、光魔法なのでござる・・・」
「光!?目眩しだけですか!?」
慶次は今回、光魔法のクリスタルを持ってきていた。
彼のトリッキーな槍捌きは、光魔法で目を潰せば避けられるシロモノではない。
それを加味しての選択だった。
だが今回のヘカトンケイル戦では、逆にそれがアダとなってしまった。
「沖田はどうなのでござるか?」
「僕の剣には、火魔法のクリスタルが嵌め込まれているんですけどね。折れちゃったので、クリスタルだけ渡しましょうか?」
「・・・火魔法で倒せると思うか?」
「一撃で全魔力を使い切れば、何とか倒せるかなぁ・・・?」
言い淀む沖田だが、慶次も同意見だった。
たとえ火魔法のクリスタルを使っても、一撃では倒せない。
それが二人の見解だった。
「沖田の爪はどうでござるか?」
「難しいでしょうね。目に爪を突き刺して、潰すくらいなら出来ますけど。でも死にはしないでしょう」
「やっぱり槍しかないでござるか」
二人は悩み続けていると、慶次が沖田の剣の柄頭にも穴が空いているのを見つける。
慶次はそれを見て、なんとなく槍のクリスタルを外してみた。
「うん?少し緩いが、取り付けられるでござる。この剣、もしかして最初から二つのクリスタルを使用出来るでござるか?」
「まさか!むしろこんな穴、元々ありませんでしたよ。たまたまですね」
沖田も目に近付けて見ると、やはり穴は綺麗にくり抜かれたわけではなく、奥の方は歪な形をしていた。
「・・・ふむ。だったらコレに賭けるでござるよ」
「もしかして、クリスタルを二つ嵌め込むんですか?」
「その通りでござる。光魔法が何の役に立つか分からないが、無いよりマシでござろう」
「・・・分かりました」
やらないよりマシ。
さっきの言葉を思い出した沖田は、慶次から光魔法のクリスタルを預かる。
剣に隠されたボタンを押して、内蔵されたクリスタルを外すと、光魔法をセットし直す沖田。
「そっちを使うのか?」
「念の為ですね。火魔法をすぐに取り外せれば、槍にも流用出来るじゃないですか」
「一理ある。っ!沖田!」
慶次が頭を上げると、そこにはヘカトンケイルの腕が迫っていた。
ウロウロしていたヘカトンケイルが、とうとう大階段の裏側にやって来たのだ。
「危ない!」
ヘカトンケイルの大きな拳が、沖田へと襲い掛かる。
すぐに前方へ回転すると慶次の後ろに回り込み、体勢を立て直した。
「行きます!」
立ち上がった沖田は大階段をぐるっと回り込み、反対側から不意打ちをしようという作戦だ。
その為慶次は、ヘカトンケイルの気を引く役目を引き受けた。
「そのまま裏側へ来るでござる」
大階段の裏側に引き込めば、階段の表側から突然現れた沖田には反応出来ない。
そう考えた慶次だったが、そうは上手くいかなかった。
「も、戻ったでござる!沖田ぁ!」
「え?」
階段の横で鉢合わせする、沖田とヘカトンケイル。
沖田は思わず、刃の無い剣を抜刀して叫ぶ。
「そ、総司シャイニング!え?」
剣全体が発光せず、折れた剣先から光が飛び出ている。
これでは目眩しにすらならない。
まさかの展開に冷静な沖田も、動揺した。
そして動揺した沖田は、更に叫んだ。
「そ、総司バーニング!おわぁ!」
慶次も沖田を助けようと、ヘカトンケイルの後を追い掛けてきていた。
そんな彼が階段の裏側を曲がり、沖田の剣を見た。
そこには折れた剣から、炎の刃が伸びているのが見えたのだった。
「今だ!今なら斬れる!」
「う、うわあぁぁぁ!!」
沖田はヘカトンケイルの身体を、腰から胸に掛けて斬り上げる。
ヘカトンケイルは全く動かない。
斬った感触が感じられなかった沖田は、恐る恐るヘカトンケイルの上半身を押すと、屈強な身体が真っ二つになった。
「うおあぁぁぁ!!」
「やった!やったでござるよ!」
剣を投げ捨てる沖田。
慶次も喜びを爆発させる。
と思っていたのは慶次だけで、沖田は全く別の意味で声を上げていた。
「どうしたでござるか?」
「あっつい!この剣、全体が熱くなって持ってられませんよ!ダメだコレ。二つ同時に使うなんて、無理です!」