長い階段
最近、ムッちゃんの評価が下がっている気がする。
下げたのは僕が一因かもしれないけど。
安土城の跡地に、秀吉が関係していると思われる城が建てられた。
その城へ潜入を試みる沖田と慶次は、ムッちゃんとイッシーを陽動役に使った。
先に言っておくと、ムッちゃんは帝国の大将になる。
軍を統括する総司令はギュンターになり、彼の上にはヨアヒムが。
そして下には大将となるのだが、その一人がムッちゃんに当たる。
そう、ムッちゃんはこれでも偉いのだ。
そんな偉いムッちゃんだが、最近の皆の扱いが雑になってきていた。
その大きな理由は、おそらく騎士王国における黒炭時間だろう。
超回復を持つムッちゃんでも、表面だけでなく炭になるくらい燃やされると、回復には時間がかかっていた。
援軍に来て黒炭にされ、行動不能になる。
要は役立たずである。
いや、寒い夜は暖を取るのに役に立っていたと聞いたかな。
ムッちゃんに近付いて、暖を取りながら落ち着く。
そんな中、ムッちゃんは動けずに暇だから、寒さを凌ぎに来た人達に話し掛けていたらしい。
強国である帝国の大将。
普通の人からしたら、雲の上の存在だ。
しかし彼は、一般の騎士と平然と話していた。
そして話をすると、意外と親しみやすいと分かった。
何故なら、馬鹿だからである。
話す内容が、くだらない事ばかりなのだ。
だから一般の騎士達にもムッちゃんは親しまれ、厳しい戦いの中で一時の安らぎを与えていたとも聞いている。
ただし、それをよく思わない人物が居た。
それがギュンターである。
帝国の大将は、それなりに威厳があってほしい。
そんな考えがあったから、ギュンターはムッちゃんをあまり下の人には見せないようにしていたようだ。
それがバレてしまったのだから、ギュンターはかなり頭を痛めていた。
親しみやすさと威厳。
どちらが良いのかは人次第だけど、ムッちゃんは戦力としては役に立たなかったけど、救援という意味では騎士達の心の拠り所にはなっていたのかもしれない。
まあそれが、大将としての役割ではないと思うけどね。
気付かれていた。
いつから?
砲台の固定をずらしている最中?
それとも最初から?
イッシーは頭の中で考えを巡らせながら、すぐに出発した。
「脱出には成功したか」
「隊長、してないです!」
「タケシ殿が・・・」
「ナニィ!?」
スロットルを緩めながら、振り返るイッシー。
するとそこには、目を両手で押さえながら悶える、マスクマンの姿があった。
「目がぁ!目がぁ!」
「アンタ馬鹿か!?早く手を伸ばせ!」
「こ、こう?」
目を閉じて、両手を横に大きく広げるタケシ。
それは撃って下さいと言わんばかりの行動だった。
「拾います!」
イッシー隊所属の獣人が、イッシーの左手を掴んだ。
後部座席に座る彼は力一杯引き寄せると、タケシにトライクを掴ませる。
「絶対に放さないで。目が見え始めたら、自分で乗り込んで下さい」
「お、おう」
タケシがトライクにしがみついた事で、イッシー隊は一気に城から距離を取った。
そして照明弾が消え始めると、再び行動を開始する。
「もうバレた事には変わりない。暴れるぞ」
イッシーの指示に従って、城の前で砲台を壊し始めるイッシー隊。
銃はタケシの力技で、銃口が上を向いている。
角度を調整すれば真っ直ぐ飛ばない事もないが、今それをする時間は無い。
その為彼等が優先的に狙うのは、城に向かって固定した砲台だった。
それこそ工具で角度を変えただけなので、自分達が撤退すればすぐに直せるレベルなのだ。
「壊せ!壊せ!」
「デストローイ!」
イッシー隊の雰囲気が、いつもと違う。
それもそのはず。
彼等はマリーの歌を聴いて、その影響を受けていたからだった。
「ヘヴィメタに影響されるのは良いが、程々に頼むよ」
イッシーの言葉に頷く隊員達。
しかしそれは頷いたのではなく、ただのヘッドバンキングだった。
「沖田達は無事に潜入したかな?そろそろ裏側へ回り込むぞ。もうヘドバンやめろ!」
しかしそれは彼等の耳に届かなかった。
それは彼等の夢だったのだ。
頭を前後に激しく振って、長い髪を振り乱すその仕草。
今まで薄かった頭では、出来ないその行動。
イッシー隊の一部のヘッドバンキングは、止まる事を知らない。
裏側に回り、真っ暗な中で2階から侵入する事に成功した沖田と慶次。
二人が見たのは、予想外と言うより見た事が無い造りの建物だった。
「広い。何でしょうかね、これは」
「分からないでござる。なんとなく、コバ殿が使っている物に近い気もするが。それにしても、寒いでござるな」
彼等が迷い込んだのは、コンピュータールーム。
動作中の熱を下げる為に、エアコンが稼働している部屋だった。
「静かですけど、人が居る気配も無いし。この部屋は何の為にあるんでしょう?」
「拙者が分かると思うか?見た感じ、重要では無い気もするでござる。上を目指しても良いと思うが」
「同感です。下手に触れば、僕達の存在がバレるかもしれない。早く行きましょう」
二人はドアを見つけると、恐る恐る開ける。
人の気配は無く顔を出して確認をすると、長い通路があった。
「隠れる場所が無いですね。どうします?」
「行くしかないでござろう」
二人は外に耳を澄ませる。
何も聞こえないのを確認し、部屋を出て右へ猛然とダッシュする。
曲がり角でスピードを緩めると、静かに角の向こうを覗いた。
「人は・・・居ません。でも大きな階段があります」
「階段?3階に上がる階段でござるか?」
「それにしては長いような・・・」
沖田が不思議そうな声を出すので、慶次も隠れずに顔を出した。
「どう思います?」
「おかしい。あの高さなら、4階どころか5階まで届くでござるよ」
「途中で左右に降りるんですかね?」
慶次はズカズカと歩いていくと、階段を真下から見上げる。
沖田も続き見上げるが、何故か上が暗くて少し先から見えなくなっていた。
「罠っぽいですね」
「それでも行くしかないでござる」
慶次が階段に足を掛ける。
すると妙な音が足下から聞こえた。
「アハーン!」
「ぬあっ!?」
「何してるんですか!」
「拙者が悪いのか!?」
足を元に戻した慶次は、沖田にやってみろと言い、今度は沖田が左足を乗せる。
「オゥYES!」
「は?」
「ほら言った事か!拙者のせいじゃないでござるよ」
「す、すいません」
沖田はすぐに左足を下ろすと、慶次に謝った。
二人は階段を見上げると、どうするべきかと悩み始める。
「こんな音出しながら登っていたら、バレますよね・・・」
「ふむ、二段飛ばしくらいで勢いよく登っていけば、少しは音が減らせるのである。上の階に着いたら即座に隠れるというのは、どうでござるか?」
「そうですね。ここで悩んでいても始まりませんし、幸い階段も広い。二人で一気に駆け上がりましょう!」
二人は決断をすると、階段の前で少し前屈みになる。
そして二人で掛け声を合わせると、一気に階段を駆け上がっていった。
「せーの!」
何段上がっただろうか?
50段は優に超えている。
その間、階段からは、動物の鳴き声から何かが割れる音。
知らない人の声等、様々な音が聞こえていた。
そして上を見るものの、やはりまだ何も見えなかった。
「長い!」
「もしかしてこの階段、最上階まで繋がっているのではずござらんか!?」
「そうか!その可能性もありますね」
階段を駆け上がり、テンションが高い二人。
こんな大階段なら、その可能性も否定出来ない。
最上階であれば、秘密の一つでも分かるはず。
二人は意気揚々と上がり続ける。
「待てよ。最上階となると、必ず人は居るでしょう」
「このままの勢いで行くのは、マズイでござるな。何処かで隠れないと」
慶次はスピードを緩めると、そのまま一度立ち止まる。
階段から聞こえる音も止み、慶次はそのまま階段に腰掛けた。
「どっこらしょ!」
「おい!この階段、人の気持ちを勝手に代弁するのはやめてほしいでござるよ」
階段から聞こえたどっこらしょという声に、思わず慶次はツッコミを入れる。
沖田も座ると、同じような声が流れた。
「戻るという考えは?」
「無いでござるな」
下は見えるが、敵が居る様子は無い。
一度考え直す意味で沖田は降りようと提案したが、本人もその気はさらさら無かった。
「だったら、上に居る敵は二人で倒しちゃいましょうか」
「流石は沖田。良い案でござるよ」
「慶次殿、悪い顔してますね」
「笑顔で悪い事を言うお前も、そう変わらないでござる」
二人はニヤリと笑うと、立ち上がる。
「行くぞ、沖田!」
「はい!」
二人は元気良く階段に足を掛ける。
その瞬間、突然足場が無くなった。
「ああぁぁぁぁぁ!!」
「うわあぁぁぁ!!」
沖田と慶次は、坂を滑っていた。
立ち上がった後、階段が坂へと急に変化したのだ。
踏ん張ろうとした二人だったが、急な変化にそんな余裕も無く、二人は滑り台と化した階段を下りていく事になった。
「ま、また2階に逆戻りですかね?」
「そうなるだろうな」
しばらくすると二人は、余裕が生まれた。
滑りながら会話が出来るくらいだ。
しかし冷静さを取り戻した事で、ある疑問も生まれる。
「おかしいでござる。これだけ滑っていれば、2階どころか地下に行ってるはずでござるよ」
「もしかして、既に地下なのでは?」
「それにしても長いでござる。地下5階以上は下っているでござるよ」
慶次と沖田は不安に駆られつつ、下を見据える。
すると真っ暗だった景色が、突然青に変わった。
「ぶわっ!」
滑り台が行き着いた先。
それはプールの中だった。
プールと呼ぶべきか、それとも水槽と呼ぶべきか。
海に居るような海獣でも、中に仕込まれているのでは?
二人は慌てて出て水中を覗き込んだが、そんな様子は無い。
だが水の中を覗いていると、慶次は後ろから尻を蹴り飛ばされた。
「のわっ!沖田!」
「僕じゃありませんよ!」
水中に叩き落とされた慶次は、沖田を怒鳴り散らす。
それを沖田は否定すると、すぐに振り返った。
「ブハハハ!!のわっ!って言った!ダサいな」
「だ、誰だお前?」
そこに居たのは、今まで見た事の無い男。
大柄な体格をしていて筋骨隆々だが、何故か違和感がある。
沖田は思い切って、男に尋ねた。
「アナタの種族、何ですか?」
「種族?知らん。ただ周りからは、ヘカトンケイルだと言われたな。それが種族なのか名前なのかは知らんがな」




