秀吉の城
人をやる気にさせる。
それも上に立つ人間の仕事かもしれない。
慶次は沖田の言葉で、城に潜入する事を決めた。
しかし沖田の言葉には、ちょっと驚かされてしまった。
彼の言っていた事に、僕も当てはまると思ったからだ。
又左が洗脳されて秀吉側についているという事に、僕も必要以上に慶次に気を遣っていた気がする。
だから沖田の言う通り、知らぬ間に慶次に対して、簡単な仕事だけを任せていた。
それがハッキリと分かったのは、騎士王国での配置にある。
慶次が本調子だったなら、彼は自らもっと前へ、激戦区と呼ばれる所に行きたがっていたと思う。
それこそオケツの代わりに、一番先頭が良いとかね。
それが無難に魔物退治に専念していたのは、今までの慶次では考えられなかった。
慶次の配置に関しては、僕が口出ししたわけじゃないけど、それなら尚更文句を言っていてもおかしくなかった。
そんな異変に沖田が気付いたけど、本来は僕が気付かなければいけない事なんだよね。
そんな慶次を奮起させた沖田は、なかなか鋭い人間なのかも。
僕の中で沖田は、単独行動が得意なタイプという印象だ。
それなのに僕よりも優秀とは・・・。
しかしこれには言い訳がしたい。
そもそも僕、団体行動が苦手です。
友人は少数だし、上下関係は元々苦手。
最低限の関係は保てるけど、上辺だけの関係だった。
友人である蘭丸やハクトなら、僕でも気付く自信はある。
しかし慶次は、友人とは呼びづらい間柄だ。
そんな人間の変化に、気付けと言われてもね。
そりゃ社会人になれば、否応なく先輩や後輩といった連中も出来るだろう。
でもその社会に出る前に、僕はこの世界に来てしまった。
敢えて言おう、だからしょうがないじゃない。
言い訳を沢山してみましたが、立場的にもよろしくないですね。
でも僕にも、慶次に教えられる事が一つだけある。
アホな事する兄貴には、顔面に一発くらいぶち込んでも怒られないよ。
その後は自己責任だけどね。
・・・間違っていない気がする。
僕とギュンターは、思わず顔を見合わせた。
「タケシ!戻ってこい!」
誰も居ない荒野に叫ぶギュンター。
イッシー隊のトライクはどの部隊よりも速く、既にその姿は見えなくなっていた。
『マズイマズイマズイ!あのムッちゃんとまた戦う事になるのら、もう嫌だ』
僕の頭の中で、ギュンター並みに混乱している人がもう一人。
あの時直接戦っていた兄は、僕が知る限り、この世界に来て一番苦戦していた。
戦いたくないと喚くのも、仕方のない話だ。
しかし僕とギュンターの焦りをよそに、他の連中は冷静だった。
「魔王様、タケシ殿だって成長していますよ」
「防衛隊に守備について話を聞きに来てましたし、前進するだけというのは無いかと」
太田とゴリアテのフォローに、ギュンターは少し安堵した顔を見せる。
それに乗り、蘭丸やハクトも同様の意見を言ってきた。
「タケシさんも分かってると思うよ。マオくんには迷惑かけたくないって言ってたし」
「問題は、引き際が分かるかって点だけどな」
引き際?
そんなの分かるはずが無い。
僕もギュンターも、それに関しては首を傾げた。
「イッシー殿もついています。彼なら上手い具合に、タケシ殿を操ってくれますよ」
「そうだと良いんだが」
やはりあまり自信が無いみたいだ。
まあ僕も同意見なんだけど。
しかしそんな危険な言葉を残したコバは、どこ吹く風で再び出ていく。
「イッシーに任せるしかないのである。奴なら出来る。と思う」
イッシー達はフランジヴァルドの近くに、見た事の無い建築物があるのを発見した。
明らかに日本風の建築物。
しかもそれは、かつて日本で見た建物とそっくりだった。
「大阪城じゃないか!」
「コレ、大阪城か。何処かで見た事ある気がしたんだよね」
驚くイッシーとあっけらかんとしたタケシ。
見覚えの無い城に戸惑う沖田と慶次は、自分達との反応の違いに違和感を覚えた。
「知っているんですか?」
「あぁ。コレは俺達の世界、俺達の国にある城だ。まあ俺達の世界では、重要文化財っていう名目で、城としての役割なんか果たしていなかったけどな」
「異世界の城でござるか。ならば城内は?」
「分からん。俺達の世界では、観光名所扱いだったんだよ。城の機能を発揮させるなら、全くの別モノだろう」
イッシーの言葉を聞いた沖田と慶次は、やはり丁寧に探るしかないと改めて気を引き締める。
そんな中タケシは、大阪城との違いについて口にした。
「俺の勘違いじゃなければ、城の周りに水張ってなかった?確か堀みたいなのが、あった気がするんだけど」
「そういえばそうだな。よく覚えてたじゃないか」
「いや〜、大阪城ホールで試合した時、そんなのあったなぁと思って」
イッシーは無言になった。
アホ扱いしていたが、改めてちゃんと意識するとコイツも天才の一人なのである。
総合格闘技のチャンピオンにして、帝国の大将。
しかしその実態は、ただの脳筋。
日本に居た時に知り合っていたら、握手を求めていたんだろうなぁ。
イッシーはそんな気持ちを抱えつつ、夜を待った。
「どうだった?」
「もぬけの殻ですね」
イッシーは夜を待ち、部隊の一員に暗闇の中フランジヴァルドを捜索させた。
そこにはマルエスタからの情報通り、住民の姿は無かった。
秀吉の兵が待ち構えているのではないかという気持ちから、静かにゆっくりと街を徘徊したが、敵の気配も無い。
彼等は静かに部隊をフランジヴァルドの中へと移動させた。
「どう思う?」
「荒らされた形跡もありませんし、突然人が消えたような感じですよね」
マルエスタがメメゾ車を使い、少しずつ住民を移動させた話は聞いている。
秀吉軍が荒らした様子が無い事から、フランジヴァルドはそこまで重要視していないと判断した。
「わざわざ見廻りまでしないだろう。今日はここで休もう」
「火だけは使わないでおきましょう。明るさでバレる恐れがありますから」
「了解した」
イッシーと沖田がとんとん拍子に話を進めていく。
翌日、明るくなってから煙が目立たないように、見張りを置いて木の下で火を使った。
それでも城から誰か来る気配は無い。
「もしかしてあの城、誰も居ないんじゃないか?」
「というよりも、こちらを気にしていないんでしょうね」
「今やゴーストタウンだからな。物音を立てなければ、この街にこんな人数で居るなんて、向こうも思わないだろうよ」
少し警戒心を緩めた一行は、双眼鏡を使って大阪城を覗き見る。
外観の違いくらいは分かるだろう。
そう思っていたタケシだったが、彼はある事に気付いた。
「そんなマジマジと近くで見た事無いから、違いなんて分からなかったわ」
「っと!俺も同感だな」
アホだなぁ。
そう言いかけたイッシーは、自分もそうだったと思い直して言葉を飲み込む。
タケシに代わりイッシーが覗き込むと、彼はタケシの頭を叩いた。
「痛いな!」
「バカタレ!お前、何処見てんだよ」
「何処って、城だけど」
「ちゃんと見てみろ」
イッシーが一目見てタケシを怒った理由。
それは大阪城の周囲にある、砲台や銃を見たからだ。
「あれえ?おかしいな〜」
「魔王様の真似ですか?」
「似てた?」
「全く似てないです」
笑顔で辛辣に言う沖田。
慶次も頷くと、タケシは再び叩かれる。
「あの銃と砲台だけは、どうにかしないと無理だぞ」
「どうしてです?」
「いくら俺達でも、あの数を避けきるのは無理だ。陽動としての仕事は、俺の部隊には難しい」
自分だけなら避けられる。
しかしそれが大人数の部隊となると、話は別。
イッシーは改めて、陽動は出来ないと沖田と慶次に言う。
「だったらさ、壊しちゃえば良いじゃない」
「バカタレ!だからそれが難しいって、言ってるんじゃないか」
「そう?夜間に少人数でやれば、出来そうな気もするんだけど」
もう一度双眼鏡を覗くイッシー。
どうやら砲台も銃もオート式のようで、無人のようだった。
「あまり大きな音を立てるとバレるぞ。バレないようにやれるか?」
「全部は無理だけど、銃口を曲げたり砲台を壊すなら」
タケシは出来ると言い切ると、イッシーは考え込む。
「少し相談させてくれ」
イッシーは部隊の人間と相談すると、しばらくして戻ってくる。
「タケシのやり方で行こう」
「避けられる?」
「砲台は良い。銃だけは壊してくれ。砲台ならこっちでも壊す事が出来ると思う」
「了解!」
タケシは自分の提案が取り入れられると、口元が緩んだ。
「ではこうしよう。今夜、タケシと城を囲む防御システムを壊して回る。おそらく壊している最中に、向こうに俺達の存在が気付かれるだろう。その間に二人は、城の中に潜入してほしい」
「承知したでござる」
「ある程度時間を稼いだら、俺達は城の前から離れる。追われなければこの街に潜伏するが、駄目なら遠くへ逃げる」
イッシーと作戦のすり合わせをする二人。
そして最後の言葉はこうだった。
「ただし、秀吉が姿を見せたら話は別だ。その時は作戦の成否関わらず、一目散に逃げる。だからその時は、二人も潜入するか否かは自分で判断してほしい」
「了解です」
四人は顔を見合わせた。
そして頷くと、イッシーは口を開く。
「よし!夜になるまで仮眠しよう」
夜になり、辺りは真っ暗になった。
イッシーはトライクを走らせ、大阪城へと向かっていく。
動力が魔力であるトライクは、エンジン音が聞こえない。
数十台からなるトライク隊だったが、その為電気自動車並みの静音で、走っている。
「俺はここで降りる。フン!」
力任せに銃をひん曲げるタケシ。
彼はそのまま次の銃に向かって走っていき、暗闇の中に消える。
「俺達も砲台を壊すぞ」
トライク隊をいくつかに分けると、砲台の後ろに回り込んで破壊工作を開始する。
彼等はイッシーのように、力技で破壊するのは不可能だ。
その為工具を用いて、全ての砲台の向きを城の上階へと固定する事にした。
「順調ですね」
「そろそろ拙者達は、城へ向かうでござる」
「この様子なら大丈夫だろう。任せたぞ」
沖田と慶次もトライクから下車すると、二人は城に向かっていく。
沖田達と別れてしばらくすると、大阪城から乾いた発砲音が聞こえた。
その直後、空が急激に明るくなり、イッシー隊の多くは目をやられてしまう。
「しまった!照明弾だ!皆、トライクに乗り込め。こちら側の半分は砲台を固定している。城の裏に回らなければ、俺達でも避けられるはずだ。各機、回避を重視しろ!」