本物と偽物の差
なかなか凄い能力かもしれない。
兄はハッシマーに対して、モノマネはオリジナルを超えられないと言って怒らせた。
でもそれは、間違いでもありそうでもある。
だって偽物でも、良い物は良いと僕は思う。
前述した人工ダイヤモンドもそうだけど、偽物が本物を超える事だってある。
では少し、考え方を変えてみよう。
偽物を偽物だと気付かなかった場合、それは本物と言えるのか?
かつてヨーロッパでは、日本でも有名な画家であるゴッホの作品は、色々と真贋で揉めた事がある。
その中でも一番有名なのが、オット・ヴァッカーというドイツの画商が関わった作品だろう。
この人は弟に絵を描かせて、それをゴッホの作品だと言って売り捌いていた。
最初はそれ等の作品も、美術評論家やゴッホの作品を蒐集している人から、本物だと認められていた。
だが時が経つに連れて、絵の具が違うキャンバスが違う等、具体的な証拠が出てしまい、贋作だと分かったのだ。
偽物を本物ですと言って売るのは、これは確かに駄目だと思う。
でもこうも考えられる。
この人の弟は、パッと見るだけでは見抜けないくらい、ゴッホだと思わせるような技術があったとも言えるよね。
それってある意味、本物と遜色無いって話だ。
モノマネだって同じだ。
映像も無く、音声だけで歌マネを聴いていたら?
人によっては本物と間違える人だって居るだろう。
そしてそのモノマネに、感動する人だって居るはず。
それは偽物が本物と、変わらない価値があるって事だよね。
何が言いたいのかと言えば、偽物と本物は、それは捉える人によって変わるという事。
バラードの歌マネを聴いて素晴らしい歌だと涙した人が、歌ってる本人が登場して、この感動を返せって怒るのは、筋違いじゃない?
だってアンタが感動したのは、紛れもなくその人の歌なんだから。
偽物も凄いモノは凄い。
でもこれだけは言える。
偽物を本物だと騙るのは、そりゃ詐欺だから。
兄は僕も気付かなかった間に、目を覚ましていた。
ハッシマーの首を片手で掴むと、今までの怒りをぶつけるかのように、首からミシミシと聞こえてはいけない音が聞こえている。
「馬鹿な!どうやって脱出を!?」
苦しい素振りも見せずに、普通に喋るハッシマー。
そういえばアンデッドだから、首を絞めようがダメージを感じないんだった。
「脱出の仕方なんか覚えてねーよ。ただな、気が付いたらお前が目の前に居た」
今さっきじゃないか!
手足に痺れがあるとか、そういうの考えなかったのか?
いや、考えるより前に、手を出すタイプだもんな。
「っ!振り解けない!?」
両手で兄の手を掴むと、無理矢理引き剥がそうとするハッシマーだったが、ハッシマーの力ではそれは敵わなかったようだ。
まさか子供に力で負けるとは思っていなかったのか、かなり焦った様子を見せている。
「なぁ、お前は俺をコケにしていたけど、俺が誰だか分かって言ってたんだよな?」
おおぅ・・・。
これはかなりのお怒りパターンか。
僕に馬鹿にされるのは慣れてるけど、他人に馬鹿にされるのは結構怒るんだよね。
というより、認めた人物以外に馬鹿にされると、本気で怒る感じかな。
「俺を誰だと思っていやがる!テメー如きにやられる、魔王様じゃねーんだよ!」
本気でキレてるなぁ。
自分の事を魔王様だなんて、普段は言わないし。
でも怒るのも、今なら分からなくもない。
歴代魔王に会ってきたからこそ、魔王というのがどんな存在なのか、分かった気がするし。
だから僕も、今では魔王様と呼ばれる事にそこまで遠慮は無い。
そして自分も同じく、魔王だという事を受け入れている。
そんな中、兄はハッシマーを掴んでいた手を、わざと緩めた。
「ワシをナメているのか?」
「ああそうだ。来いよ、クソ猿。俺がお前との格の違いを見せてやる」
「クッ!後悔するなよ!」
ハッシマーが猛スピードで上昇していく。
「ガイスト、俺を乗せて動けるか?」
『無論だ。問題無い』
「な、何ィィィ!?そんな事を思いつくとは」
ヤバイ。
兄のくせにカッコイイ事をやってくれる。
兄はガイストの盾に足を乗せると、ハッシマーを追って上昇していった。
・・・アレ?
僕、この電気が荒れ狂う水の中に放置された?
『お前はその中に居ても、問題無いと判断した』
その通りではあるんだけど、ちょっと悲しい。
まあ良いけどね。
人形の姿なら、自力で飛べるし。
でも兄も飛べるはずなんだけどね。
僕はアストロボーイスタイルで足をジェット噴射させると、すぐに壁の中から脱出した。
見回すと、兄とハッシマーの姿は無い。
空から地上へ降りたようだ。
真下を見てみると、二人が対峙しているのが分かった。
「ワシの事を馬鹿にした割には、苦戦しているように見えたが?」
「うるせーよ。って言いたいところだけど、それに関しては認めてやるよ。流石はボブハガーを倒して、一時は騎士王国を牛耳った男だ」
へえ、ちゃんと認めたんだ。
僕も地上に降りると、兄とハッシマーのそんな会話が耳に入ってくる。
魔王の姿なら、若さゆえの過ちだって言って、認めないと思ったのに。
それにしても、兄とハッシマーの会話がなかなか興味深い。
どっちもどっちで、言われた事に苦い顔している。
「俺もそうだけど、お前だって同じだろ?」
「何が?」
「お前だってオケツの事を、認めてるんじゃないのかって話だよ」
「・・・チッ!」
明らかに嫌そうな顔をするハッシマー。
しかし兄がハッシマーを認めたように、ハッシマーもその件について話し始めた。
「図星だろ?」
「ワシは奴を認めてはいない。蘇って自分の目で見た騎士王国は、全くまとまっていなかった。それは騎士王が、だらしないからに他ならない」
うん、それはその通り。
僕もハッシマーに、それは賛同する。
「だが、奴の麒麟の力は別だ。ワシを一太刀で斬ったあの剣筋は、今思い出しても綺麗だと思ったわ」
「だから麒麟の力をベースに、他のケモノの力を付け加える形で使っていると?」
「そうだ」
なるほどね。
オケツの性格や政策に関しては認めてないけど、その剣に関してだけは認めたって感じか。
「だけど、それも所詮は誰かの猿マネ。お前じゃ俺には勝てないよ」
「そういう台詞は、ワシに勝ってから言え!」
ハッシマーの身体に、また電気が迸り始める。
更には炎も纏い、そしてハッシマーは叫んだ。
「動くな!獅子王の咆哮!」
兄は耳を押さえた。
ボブハガーを彷彿とさせるあの大きな声を聞いて、怯んだようだ。
多分身体強化で上がっていた聴力が、逆に働いてしまったんだろう。
「麒麟と蒼虎の速さに雷と炎を合わせ、更に獅子王の牙の鋭さを加える。雷炎を纏った獅子の牙、食らってみるが良い!」
納刀したハッシマーは、オケツの雷光一閃と同じ構えを取った。
兄は既に持ち直しているが、本当に受けられるのか?
さっきは腕を斬り飛ばされているんだが・・・。
「来いよ、モノマネ師」
「白猿の舞」
速い!
一瞬にして僕の視界から消えた!
気付いた時には既にすれ違ったのか、金属音が聞こえていた。
そして金属音が聞こえるというのは、兄がハッシマーの剣を弾いたという事になる。
兄にはあの動きが見えているのか!?
「まだまだぁ!」
ハッシマーが方向転換をしようとしたのか、一瞬だけ姿が現れた。
しかしすぐに移動したのか、迸る電気だけを残して、また姿が見えなくなる。
凄い。
電気と炎が兄の周りに渦巻いている。
でも兄は傷は負うものの、致命傷には至っていない。
ただし、物凄く集中力を使うんだろう。
流れる汗の量は、短時間ながら凄い事になっている。
「アレだけ大きな口を叩いておきながら、受けるだけか!?」
ハッシマーの言う通りだ。
猿マネだと煽っておきながら、兄はハッシマーを捉えきれていない。
このままだと、口だけ野郎なのは兄って事になる。
「良いだろう。麒麟と蒼虎に加え、更にスピード系のケモノを加えて、お前の能力を超えてやる」
ハッシマーはそう言うと、更にスピードアップしたのか、兄がとうとう反応が遅れた。
兄の左腕から血が舞うと、いよいよ目で追うのも難しくなったようだ。
おそらくハッシマーのスピードは、僕達が知る限り最速だと言っても良い。
今のハッシマーは、佐藤さんや沖田よりも速いはずだ。
「口ほどにもないな。トドメだ!」
ハッシマーがそう言うと、兄はある方向を見定めた。
すると何かが折れたような音が聞こえた。
「終わったな。ジ・エンドってヤツだ」
兄は見下ろしていた。
ハッシマーは何が起きたのか、サッパリ分かっていない様子だった。
「何が起きた!?魔王、貴様の仕業か!」
「違う違う。俺は何もしていない」
「だったらどうして、ワシはお前に見下ろされなきゃならんのだ!」
ハッシマーは喚き散らすが、まだ自分の身体の事に気付いていないようだ。
「あのさ、下半身を見てみろって」
「何?あ、足が砕けている!?」
「ちなみにそれ、俺じゃないから。お前が勝手に自滅しただけな」
「どういう事だ?」
両足が砕けているにも関わらず、平然と話すのを見ると、やっぱりアンデッドなんだなって実感するな。
兄はそんなハッシマーに対して、自分の見解を述べた。
「アンタ、自分の力に過信し過ぎたんだよ。確かにいろんなケモノの力を組み合わせるのは、凄いと思うよ。でもそれ、アンタがまだ生きてる時に使った?使ってないでしょ?」
「う・・・」
図星だったのか、言葉に詰まるハッシマー。
「良いか?雷光一閃のオリジナルはオケツだけど、そのオケツですらアンタとの戦いの後、身体への負荷が大きくて倒れたんだ。分かる?アンタが無闇やたらと連発していた大技は、そういう技なんだよ」
「痛みを感じないアンデッドであるワシには、そんな負荷は関係無いだろ。むしろ最適ではないか」
「お前、ちょっとバカだな」
プッ!
兄にバカって言われてやんの。
おっと!
この笑いが声に出そうになってしまった。
「馬鹿とはなんだ!」
「いや、バカでしょ。だって自分の身体の異変に気付かないアンデッドの身体を、最適って言っちゃうんだから。麒麟の力でも負荷が大きいのに、更に蒼虎とかで足に負担増やしてるんだぞ?」
「では、この足が砕けたのは・・・」
「そう、アンタが無理して動き続けた結果。オリジナルは自分の力を理解して限界を知っているけど、アンタはそれをしないで無理をした。分かる?要はコレ、自爆ってヤツだよ」