誰が決めた?
特徴的な覚えやすい顔だと思うんだけどな。
兄は南へ向かう途中、誰だか分からない人とわざとぶつかった。
考え方によっては、当たり屋である。
ナンパをする時に、わざと女の人とぶつかるという手が、昔はあったと聞いた事がある。
勿論、僕も兄もそんな事をした試しは無いけど、それと同じ事をしたのだ。
しかも、身体強化をしたままね。
そりゃ向こうも、ぶべらっちゃ!って言いながら吹き飛ぶよ。
これがもし本当に女の子だったら、大惨事だったけどね。
今にして思えば、本当に危ない事をしていた。
しかしぶつかったハッシマーだけど、彼はボブハガーから猿と呼ばれるくらい、猿顔だった。
言ってしまえば、こんなに覚えやすい顔は無いと思う。
逆に言うと、彼が獣人族だったなら、ありきたりな顔だったのかもしれない。
でもヒト族という括りの中では、明らかに特徴的な方だった。
そんな覚えやすい顔なのに、兄はどうして覚えないのか?
理由を聞いて、ビックリしたね。
興味が無いから、忘れてしまった。
その理由、分からなくもないんだよ?
学生から社会人になって、当時の勉強内容を覚えていますかという話である。
アラサーの人が昆虫や植物の詳細を覚えている人は少ないし、歴史が好きじゃない人が、日本史世界史を詳しく覚えている人も少ない。
大人になって忘れている人も多いのは、蜘蛛は虫だけど昆虫じゃないとかね。
興味が無ければ忘れちゃうというのは、仕方の無い話なのかもしれない。
でもさ、人の顔を興味が無いから忘れるというのは、どうなんだろう?
ど忘れしてしまったというのなら、まだ分かる。
でも人の顔を興味のある無しで覚えるのは、人としてどうかという話だ。
たとえ敵でも、それくらいは覚えておくべきだと僕は思った。
ハッシマーに笑われると、腹立つな!
サルマネの分際で、何を偉そうに笑ってるんだっつーの。
・・・いかんな。
相手を見下すような発言をしたけど、押されたのは事実。
自慢じゃないが、俺とハッシマーでは格が違うと思う。
それこそ本気で戦えば、俺の方が強いはずだ。
しかし工夫次第で、こんな俺を翻弄している。
ハッシマーは好かんけど、この戦い方は見本となるべきレベルだろう。
(油断してやられてたら、強いも何も無いけどね)
黙らっしゃい!
「良いだろう。俺も本気でやってやるよ」
「は、速い!」
俺はハッシマーの胸に向かって、バットをフルスイングした。
流れるようなノーステップからのスイングに、ハッシマーも反応が遅れている。
「ぐぬっ!」
「かあぁぁぁ!硬えなオイ!」
「フフ、サネドゥの金狼も素晴らしいな」
「でも内側はどうかな?」
胸だけじゃなく背中からもぶっ叩くと、ハッシマーがピンポン球のように吹き飛んでいく。
外側が頑丈でも、内側を同時に叩かれれば、必ず衝撃は行くはず。
って、以前教わった気がした。
確か内臓にダメージを負うと、吐くって聞いたんだけど。
全然その気配が無いのは何故だろう?
「このっ!このっ!」
(・・・多分無駄じゃないかな)
あん?
どうして?
(ハッシマーってアンデッドでしょ?多分ダメージが、表面化しないんじゃないかな)
し、しまったぁ!
そっか。
アンデッドは痛みを感じないんだよな。
それは外側の怪我だけじゃなく、内側にも適用されるのか。
しかも吐くって言ったけど、アンデッドが何かを食べるなんて聞いた事無いし。
吐くモノも残ってないよな。
「それで終わりかね?」
ムカッ!
コイツ、俺の千本ノックばりのスイングで、ぶっ叩いちゃる!
「ウオォォォ!!」
(馬鹿!誘いだって、どうして分からないんだ!?)
誘い?
わざと攻撃させてるって言うのか?
(そうだよ。居るでしょ?攻撃を受け続ける事で、技が発動する奴が)
・・・えっ!?
ハッシマーがそれ使うの!?
俺はそれに気付いて、思わず手をピタリと止めてしまった。
「その顔、気付いたようだな」
「お前、自分を倒した技を使うとか。プライドってモノが無いんじゃないのかな?」
「プライド?そんなモノを持っていて、騎士王になれるのか?そんなモノで俺がトップに立てるのか?違うな!」
「クソッ!」
ハッシマーは金色の手甲で、俺のバットを弾き返してきた。
押し返せるという事は、俺の身体強化した力と互角以上のパワーがあるのか?
「プライドなんかクソ食らえだ!来いよ、麒麟!」
ハッシマーが太刀を突き上げると、雷が落ちた。
これは俺も見ていたから、覚えている。
雷を身体に纏い、とんでもない速さで動き、そして神速の居合でハッシマーを葬った技がある。
「お前も食らえよ。雷光一閃」
「チィィ!!」
速い!
奴が太刀を納めて前屈みになったのを見て、バットを放り投げて横っ飛びで逃げてなかったら・・・。
俺のバット、綺麗に真っ二つになってるんだけど。
バットじゃなくて俺が、こうなっていた可能性があるんだよな。
「流石は魔王。初見で避けるかよ」
「あ、当たり前じゃい!俺を誰だと思っていやがる!」
「だったら、これはどうだ?」
な、なぬ?
地面が盛り上がってきて、俺とハッシマーを囲っていく。
土魔法みたいな感じだけど、ハッシマーって魔法もマネ出来るの?
(土魔法に似た、ケモノの能力じゃないの?)
なるほど。
俺達の知らないケモノの力か。
名前も知らないという事は、そこまで強くない騎士の力なのかもしれない。
でも使い勝手は良さそうだな。
「この狭い空間で、ワシの動きを見極められるかな?」
「ハッ!そんなの簡単だっての」
え?
嘘・・・。
そんな動きアリなの?
ハッシマーは地面だけじゃなく、囲った土も足場として移動し始めた。
2D格ゲーから、突然3Dに変わっちゃったんだけど!?
「呆気に取られているようだな」
「・・・そこだ!」
「何!?」
俺が鉄球をぶん投げると、ハッシマーはそれを両手で受け止めた。
だが俺のストレートを、直接受け止めたのである。
そりゃ吹き飛ぶのは、当たり前だろう。
「所詮は誰かのモノマネ。二番煎じってヤツだからな。まあサルマネじゃあ、本物よりは遅いのは仕方ないだろうな」
「・・・うるさい」
「あん?」
「うるさい」
何だ?
雰囲気が変わったな。
サルマネ言われて怒ったか?
「サルサルうるさいんだよ!」
図星!?
いや、怒ってるフリかもしれない。
コイツはどっちかって言うと、策略家のイメージがあるからな。
「誰が偽物は本物に勝てないって、言ったんだ?」
「え?いや、勝てないだろ」
「そうか。・・・だったらお前に見せてやるよ。ワシの真の力をな」
白龍の力か?
また辺り一帯が、霧に覆われてしまった。
騎士の鎧による金属音もしない。
足音すら消しているみたいだ。
音で判断するのは難しいな。
・・・ん?
もしかしてこの機に乗じて、今度こそ逃げた?
「むっ!な、何だこれ!?」
炎の矢が突然、雨となって降ってきた。
数ありゃ当たるだろってやり方だ。
「ガイスト」
背中の手が、俺の身体を守る盾へと変化する。
これなら絶対に矢には当たらない。
(ハッシマーも懲りないね。風魔法で簡単に、霧は吹き飛ぶというのに)
弟が再び風魔法を使うと、霧は飛んでいく。
俺は今度こそ不意打ちを警戒して、周囲を見回した。
「い、居ない?」
さっきは俺の目の前まで、迫ってきていた。
だから今度は後ろを警戒してみたのだが、やっぱりハッシマーの姿は無い。
もしかしてあの矢の雨は、逃げる為の足止め?
いや、雨となって降ってきたんだ。
空か?
「居た!」
俺がハッシマーに向かって鉄球をぶん投げると、向こうも気付かれたと分かったからか、降下してくる。
「結局変わらないじゃん」
「違うな。今度こそお前を斬る」
太刀を納めたハッシマーは、落ちてきながら俺に向かって構える。
「またオケツのパクリかよ」
「雷炎一閃」
ハッシマーの居た場所から、俺の背後まで。
炎の道が出来ている。
マイケルなフォックスも真っ青な、タイムマシンの通った跡みたいな感じだ。
なんて冗談言ってる場合じゃないな。
「どうだ?」
「くっそ痛えぇぇ!!」
俺の左腕、斬り落とされたんだが・・・。
ねえ、痛くて泣きそうだよ?
むしろ涙が既に出てるよ。
こういう馬鹿な事を考えてないと、泣き叫ぶくらい痛いよ。
(兄さん、腕を拾え!)
う、腕!?
アレか。
燃やされてなくて良かった。
「・・・完全回復!」
助かった。
弟が居れば、俺はどんな怪我を負ってもどうにかなる。
(む、無理!今、腕が無い状態で交代したけど、危うく発狂するかと思ったくらい痛かった!あんなのが続いたら、僕は確実に泣く!)
や、やっぱりダメ?
当たり前か。
痛覚遮断みたいな能力は、俺達には無いからなぁ。
「腕だけだと!?しかもまた治った!」
「ハーハッハッハ!この程度の攻撃、俺には通用しないぜ」
と見栄は張っておく。
あんな技、当たり所が悪かったら、死んじゃうからな。
無理!
だから俺のスペシャルトークで、回復する時間を少しでも稼がなくては。
「ところで、今の技は?」
「雷炎一閃。雷の如き速さに雷を纏い、共に猛り狂った炎を更に纏う」
「雷と炎を同時に?まさか!」
「そう、そのまさかよ。オケツの麒麟とトキドの紅虎。同時使用をすると、こうなるんだ」
やっぱり!
まさかケモノを同時使用するなんて。
普通じゃあり得ない光景だ。
「偽物が本物より強いなんて」
「おい、誰が決めた?」
「は?」
「偽物が本物より弱いなんて、誰が決めたんだって言ってるんだよ」
そりゃ・・・別に決まってないな。
冷静に考えてみると、俺達も最初はモノマネをしていたんだよな。
俺だって子供の頃は、好きな野球選手のバッティングフォームをモノマネしていたし、トルネードみたいな特徴のある投げ方もマネしたりしていた。
「そうだよ。俺もモノマネから始まってるんだわ」
「分かっているじゃないか。モノマネだからと卑下するが、モノマネの何が悪い?確かにオリジナルが凄いというのは認めよう。だがオリジナル一つしか使えないよりも、モノマネでも何個も使えた方がお得だと思わないか?」
うーん?
それはどうだろう?
「でもそれって、結局はモノマネなんだよね。モノマネ歌手とかが歌ってても、凄い上手いとは思っても感動はしない。だってその人の歌じゃないし、やっぱりオリジナルが居るから凄いと思えるんだから。結局モノマネはオリジナルには勝てないと、俺は思うよ」




