運動不足
結局のところ、ボブハガーはオケツが可愛かったという事かな。
騎士王と前騎士王の戦いは、騎士王の勝利で幕を閉じる事となった。
という事になっているが、実際はどうなんだろう?
ボブハガーの身体を真っ二つにしたオケツだけど、彼はアンデッドである。
その代償に足をボロボロにして立てもしなくなったオケツと、半分になっても時間と共に復活出来たボブハガー。
オケツは勝負には勝ったけど、戦いには負けている気がする。
動けない騎士なんか、アンデッドからしたら簡単に倒せそうだし。
とはいえ、本人同士の中では勝敗は決したのだから、他人がとやかく言う話じゃない。
そもそもボブハガーの狙いに、僕もオケツも、というより誰も気付かなかったと思われる。
そしておそらく、秀吉も気付いていないんじゃないかな?
もし秀吉がボブハガーに対して怪しいと思う気持ちがあるなら、多少なりとも監視の目を置いたと思うんだよね。
それこそボブハガーが、僕達と協力関係を結ぶとか、そんな考えを秀吉が想定していないとは限らないからだ。
元々僕達は、越前国を通して縁があったわけだし、そんな越前国の領主を秀吉が倒している。
だったらボブハガーだって、こちら側に付くと考えてもおかしくなかったと思う。
でも秀吉は、そうは考えなかった。
それって秀吉は、ボブハガーが本気で騎士王国を奪おうと考えていると思っているからに、他ならない。
だけど、あの秀吉の事だ。
何かしらの手段で監視していると、ボブハガーは考えたんじゃないかな。
だから騎士王国に対して、本気の攻撃を仕掛けた。
それこそ国が滅亡するかもって言うくらいに。
それでも乗り越えられると思ったから、やったのかもしれないけどね。
そんな厳しいボブハガーを見ていたら、ちょっとだけ高校時代の生活指導の先生を思い出した。
コワモテで怒鳴り声が凄くて、めちゃくちゃ怖かった。
だけど卒業式には、誰よりも号泣していた。
僕はあんまり怒られた記憶は無いけれど、厳しく接していたのは、僕達を案じてなんだろうなと、その時に初めて気付いたものだ。
ボロボロに崩れ落ちたボブハガーの土塊が、風に乗って飛んでいく。
オケツはそれに手を伸ばして、一欠片の砂粒を手に取った。
「本当にありがとうございました」
砂粒を握った拳を開き、オケツは振り返る。
「前騎士王、アド・ボブハガー討ち取ったり!」
歓喜に沸く騎士達。
オケツはすぐに、前線で魔物と戦っている騎士と合流すると、新たに指示を出した。
「帝国とハクト殿のおかげで、トーリ軍に動きは無い。魔物の数ももはや少ない。魔物を殲滅し、その後にトーリ兵を撃退せよ!これを乗り越えれば、私達の勝ちだ!」
騎士の方に向かって太刀を掲げ、叫ぶオケツ。
彼等は最後の力を振り絞り、魔物に集中攻撃を開始する。
「ハクトっち、騎士に最大の支援魔法を!」
ロックの指示に従い、ハクトへメインボーカルを変更すると、騎士達の勢いが更に増していく。
一時間も経った頃、魔物の脅威はとうとう無くなった。
「だいぶ疲れたな」
「でもどうして、マリーの歌じゃなくなったのに、トーリ兵は矢を放ってこないんだろう?」
魔物が居なくなった頃、演奏を一時中断した蘭丸達。
その時ロックに言われるがままだったハクトは、マリーがメインで歌っていないのに、どうしてトーリ兵が動かなかったのかが疑問だった。
「でも頭振ってたよ」
「マリーっちもメインじゃなかっただけで、歌ってたからじゃない?」
高野と田中が自分の感想を述べると、そうかもしれないと皆は納得する。
「マリーっち、ねぇ・・・」
「うわぁ!ごめんなさい!」
思わずロックと同じように高野が呼ぶと、マリーはそれに反応する。
慌てて謝る高野だが、マリーは笑って許した。
「あんまり悪い気はしないな。それに、今はやり切った充実感もあるし」
「それは俺も感じる」
マリーと蘭丸が言うと、高野達もそれに賛同する。
「俺達、即席の割には上手く出来たよね?」
「そうだよな。少しだけ自信持っちゃったよ」
そんな話を聞いていた男は、マイク越しに文句を言ってきた。
「あま〜い!甘い甘過ぎる!もう焼き芋に蜂蜜ぶっかけるくらい、糖度が高いっつーの!そんな甘い事言ってると、糖尿病になっちゃうよ!」
「おっさん、うるさい」
「マリーっちの歌は悪くなかったよ。でももっと良くなるはずだから。それに自信持ったバカ3人は、考えを改めやがれ。ドラムはリズムが乱れてたし、ベースは強弱が一定じゃない。キーボードもミスを誤魔化そうとして、自分で弄ったの気付いてるから!」
「ダアァァ!良い気持ちだったのに、そういう事言わないで・・・」
ロックの指摘に凹む一行。
しかしロックは、ある提案をした。
「この戦いが終われば、騎士王国は復興に入るだろうね。だから皆には猛練習をしてもらって、復興支援ライブをしてもらうつもりだよ」
「は?」
「今回の戦いで、騎士は皆に勇気をもらった人も多いと思う。復興を後押しする意味でも、皆の歌は元気を与えられるはずだよ」
「それってアタシも入ってるのか?」
少し不安そうに言うマリー。
それに対してロックは、即答した。
「当たり前だよ!メインボーカルのマリーっちを外すなんて、ありえないよ。そしてこのバンドになし崩しでメンバー入りしてもらって。デュフフ、売れる想像しか出来ない・・・」
後半の言葉は、マイクを切っていて向こうには聞こえていない。
彼は更に、独り言を続けた。
「そして復興支援ライブには、他国の人も呼んじゃおう。騎士王国内の人は無料でも、他国からのお客さんは有料にして。ヤバっ!めちゃ儲かる!」
ロックの声は次第に大きくなり、聞こえていたギュンターに後頭部を叩かれて、彼の夢は霧散するのであった。
「うおっわったあぁぁ!!」
開口一番、叫んだ僕は、勢いよく起きて辺りを見回した。
「やっと起きましたか!」
「官兵衛、何か異変は?」
僕が寝ている間に起きた事を尋ねると、ハクトとロックが連れていかれた以外は、特に何も無かったらしい。
更に目を覚ましてちょっとすると、戦場に動きがあったようだ。
大きな歓声が聞こえてきたのだ。
「もしかして」
「えぇ、騎士王国側が何かに勝利したのでしょう」
官兵衛が言うには、今歓声を上げられるのは、オケツ率いる騎士王国側しか居ないと言う。
理由は簡単で、山田が裏切った騎士達をスタディーワールドに閉じ込めているからだ。
彼等が居ないボブハガー軍には、アンデッドがメインの軍勢になる。
意志を持たないアンデッドが多い彼等には、あんな大きな歓声は上げられないと言う事だった。
「だったら優勢なんだよね?」
「そういう事になります」
「よし!この機に乗じて、こっちもボブハガー本陣を攻めてしまおう!」
「そ、それはちょっと・・・。江戸城を守る人が、居なくなりますから」
ハクトとロックが抜けた今、戦える人が居ない。
だったら戦える人を、連れてくれば良い。
「ちょっと待っててね」
僕は空間転移をしてちょっとした後、すぐに戻ってきた。
「ただいま」
「タケシ殿!?」
僕が連れて帰ったのは、ムッちゃんである。
身体をボロボロに燃やされた動けないムッちゃんは、タダの置物と化していた。
だから連れていくと言っても、誰も文句を言わなかった。
「そんでもって、完全回復!」
「うおぉぉぉ!!なんか知らんが痒い!」
腕と足が生え変わるように伸びたムッちゃんは、腕と足を掻きむしっている。
完全回復って、痒いの?
「よっしゃあ!俺も参戦するぜ!」
「いや、キミは留守番だから」
「いやいや、ここは俺が行かないと」
「留守番させる為に、回復させたから」
ムッちゃんは僕の言葉に、渋々引き下がった。
助けてもらった手前、あまり強く出られないんだろうね。
しかし、何故僕がこんな強引な手を使ったのかと言うと、ずっと催促されていたからである。
【俺が出る!もう勉強は嫌だ。身体を動かしたい!】
というのが、理由になります。
スタディーワールド内でひたすら試験問題と向き合っていた時間、兄は頭の中で昏倒していた。
勉強に対する拒否反応から、こうなってしまったのである。
というわけで、ここからは兄と交代します。
「官兵衛、何か書く物を」
俺は筆を官兵衛から預かると、スタディーワールドを使って気を失っている山田に近付いた。
「な、何するんだよ!」
唯一起きている山田が、俺に文句を言ってきた。
しかし俺には、ちゃんとした理由がある。
「バカか!コイツは俺を敵として扱ったままスタディーワールドに巻き込んだせいで、こんな時間が経っちゃったんだぞ!?だから俺には、それに対して文句が言える立場にある」
「それはそうだけど」
「大丈夫。殴ったり傷付けるつもりは無い。だからコレで・・・」
俺は山田のオデコに、馬と書いた。
書いたのだが・・・
「シカってどう書くんだっけ?」
「アンタ、本当に魔王なの?こう書くんだよ」
俺は山田に筆を渡すと、彼は俺が書いた馬の字の下に鹿を書いてくれた。
「キミ、共犯ね」
「し、しまったぁ!卑怯な手を使って!」
ただシカって字を聞いただけだから、卑怯でも何でもないけどね。
「そういうわけで、ムッちゃんは僕の代わりに留守番頼むわ。官兵衛、ムッちゃんなら文句無いだろ?」
「そうですね。もう何も言いません」
諦められたような気もしないでもないけど、気にしないでおこう。
俺は城を出て、南へ走っていった。
南へ行けば、ボブハガーの本陣には行けなくても、戦場には出られるはず。
ムッちゃんが居れば本陣から江戸城に誰か来ても、倒せるはずだからな。
とにかく俺は、身体を動かしたいのだ。
『待て。何かがこちらに向かってくるぞ』
南から?
『そうだな』
南から来るってなると、敵しか居ないよな。
オケツ達がこっちに来る余裕なんか、あるとも思えないし。
(ガイスト、それって大人数?)
『いや、少ないな。少ないというより、一人かもしれない』
少ないな!
もしかして、脱走兵か?
(脱走するなら、劣勢だったオケツ達の軍だけど。でも逃げるなら、敵の本拠地がある北に逃げるとは思えないし)
『あの歓声からそう時間は経っていない。優勢だったアド軍から脱走する者など、そうは居ないと思うが?』
弟の言い分もガイストの言い分も、納得出来る。
それに山田のスタディーワールドに、裏切った騎士は取り込まれているはずだ。
だとするとこっちに来てるのは、全くの無関係な奴か、もしくはアンデッドになる。
どちらにしても、このまま見過ごすのは危険な気もする。
敵なら身体を動かせるからヨシ!
敵じゃなくても、とりあえず誰かは分かるからヨシ。
俺は聴力を強化して、近付いてくる奴と同じ所へ向かった。
丁度良い。
あの大木の陰から出よう。
(まさか、わざとぶつかるの?)
そうだ。
名付けて、少女漫画の一話目で、曲がり角でヒロインとぶつかるイケメン作戦だ。
行くぞ!
「おごっ!ぶべらっちゃ!」
「しまった!身体強化して爆走していたんだった!一般人だったら死んでるかも・・・。もしもーし、生きてますかぁ?」