騎士王vs騎士王
そういえば、今はあんまりツインボーカルって聞かないな。
ロックの手助けで、ハクトとマリーは共闘する事になった。
共闘って言っても一緒に歌うだけだから、デュエットって呼ぶべきかな?
それともバンドなんだから、ツインボーカル?
その辺の細かい差は、音楽に詳しくない僕には分からないんだけど。
ただ思ったのは、最近男女で一緒に歌うグループって聞かない。
一時的にスペシャルコラボみたいな感じで、シングル一曲だけ出すとかならあるけど。
アニソンでもアニソンシンガーの女性とロックボーカリストが、二人で歌ってたりしたし。
勿論そういうグループやバンドも、あるにはあるんだろう。
でも僕みたいなテレビで見るような売れてるバンドしか知らない奴からすると、最近は出てこないなという印象だ。
まあ元々音楽に詳しいわけじゃないし、そこまで音楽が趣味というわけでもないから、普通なのかもしれないけど。
ただし音楽に詳しくなくてそこまで興味が無くても、知り合いがやるとなったら別。
ハクトとマリーの二人が本気で歌うなら、かなり興味はある。
味方だけでなく、敵までも巻き込んでヘッドバンキングをさせるマリー。
それに音魔法の使い手で、味方に多大な支援が出来るハクト。
二人とも歌が上手いけど、タイプとしては真逆な気もする。
ロック全開なマリーの歌声にハクトが組み合わさっても、負けるんじゃないか?
でもロックの絶妙なバランス調整が、そこまで違和感を感じさせていないみたいだし。
ハクトはハクトで、ちゃんと存在感がある歌声をしているらしい。
どうせなら二人に合った曲で、聴いてみたいね。
そう、全ては願望なのだ。
どうしてかって?
まだ試験が終わってないんだよおぉぉぉ!!
逆位相。
それは180度違う同じ波形をぶつける事で波が消え、音が聞こえなくなる。
ロックはそれを知っているが、ギュンターにとっては何の事だかサッパリ分からない。
「俺っち達みたいに、音楽やってるなら分かるんだけど。そうだなぁ、あっ!ノイズキャンセリングも同じ原理だよ。って、それも知らないか」
「つまり、アド側の攻撃という事か?」
「そういう事になるね。しかし、こんなのコンピューターを使わずにやるなんて。普通は不可能なんだけどね」
逆位相なんて技術は、この世界で出来るものではない。
パソコンを使ってやるような事だというのに、ボブハガーはいとも簡単にやってのけた。
「マリーとハクト殿が揃っても、勝てない相手なのか・・・」
「違うね。コレは時間との戦いだ」
「時間との?」
「蘭丸っち!曲を変える!高野っち達が知っている曲を、どんどん弾き続けて!」
ロックの指示により、リピート演奏していた曲をキリの良い所で終わらせる楽器陣。
すると高野が、自分達が知っている曲を先に弾き始めた。
「次はコレか!?」
「マリーっちは歌える?」
「コレは・・・うろ覚えだな」
「僕が先に歌うから、歌詞聴いて覚えて!」
ハクトがマリーより前に出ると、歌を歌い始めた。
今度は普通に、ハクトの歌声が聞こえている。
「何故アドの攻撃が止まったのだ?」
「簡単だよ。逆位相はハクトっち達の歌う波長と、真逆の波長を当てるんだ。リピートでずっと歌ってたからアドっちも対応出来たけど、この曲は知らない」
「だからまだ対応出来ない?」
「その通り!でもリピートしていれば、その曲を覚えるからね」
ロックが言う時間との戦い。
それは彼等5人が知っている曲の数が、あと何曲あるのか。
そしてその曲数が無くなった時、ボブハガーは全ての曲に対応してしまうという事になる。
「5人全員が知っている曲なんて、そうそう無い。特にマリーっちは、アニソンに詳しい方とは思えないし。だから時間の問題なんだ」
「そういう事か。ならば、こちらも対策を取る」
ギュンターは指示用のマイクに近付くと、ハクトとマリーに指示を出した。
「変えたか。どうやら向こうにも、音に精通している者が居るようだ」
「どうされますか?」
「波を覚える。トーリ軍がやられぬよう、目を見張れ」
ニラはボブハガーの指示に従い、前方に出た。
弓兵の役割を果たしているトーリ兵だが、意志無きアンデッドでも十人十色と言うべきなのか。
マリーの声に抗っているのか、まだ矢を放てるトーリ兵も居れば、頭を振ってマリーの歌に乗る者も居た。
ニラはボブハガーの指示に従い、オケツ軍の突撃を警戒している。
だがその心配は、全く無用のようだった。
「どうして勝手に動いてるのかな!?」
オケツはハクトとマリーの歌声に合わせて動く騎士に、文句を言っていた。
だがその歌の通りに動いた結果、少しは事態が好転したようにも思える。
タツザマとウケフジはオケツを宥めると、再び少量の矢の雨が降ってきた。
「いったいどうなっているんだ?」
「帝国軍とアド殿の戦いが、互角なのではないですか?だから攻撃が止んだり再開したりしているのでしょう」
「うーん、もう少しハッキリしてくれれば、攻勢に転じられると思うのだが」
タツザマとウケフジが悩んでいると、ハクト達の演奏が変わった。
トーリ兵による攻撃が止まると、その隙を突いて魔物への攻撃が激化する。
「うん?曲がまた変わった?」
「今度はリピートじゃないんですね。・・・え?」
歌を聴きながら戦っていた彼等は、思わず一瞬手を止めてしまった。
それくらい衝撃的な歌詞だったからだ。
「ど、どう思う?」
「オケツ殿が決める事ですが、どうでしょう」
「拙者は二人の言う通り、というより歌の通りにやるべきだと思うんだけど」
「必ず勝てるという保証はありませんからね。そう考えると、受けるかどうかは本人次第です」
最前線で戦うオケツ。
彼の背中に皆の視線が集中する。
「い、行くのか」
「オケツ殿・・・」
オケツが魔物の群れを突っ切ると、トーリ兵の方へと一人向かっていく。
すると反対側から、誰かが姿を見せた。
「乗ってくるか!」
「まさか、本当に来るとは」
二人が驚いたその人物。
それは敵の大将、アド・ボブハガー本人だった。
「一騎打ちに持ち込むとは」
「ここから先は、オケツ殿を信じるほかありません」
オケツ軍とアンデッド軍の間で、オケツとボブハガーは対峙した。
ギュンターの言葉を聞いたハクトとマリーは、思わず二人共後ろを振り返った。
ギュンターが大きく頷きながら、同じ指示をマイク越しに伝える。
「騎士王とアドに対して、一騎打ちをしろと仕向けるんだ。敵味方関係無く、何を言っても構わない」
ハクトは困惑しつつ、ギターを弾く蘭丸へと軽く踊りながら近付いていく。
マイクを下ろしたハクトは、蘭丸にどうするべきか尋ねた。
「騎士王があのボブハガーって人に、勝てると思う?」
「分からん。だけどかつて見たオケツ殿は、凄かったとは思うけどな。帝国の大将であるギュンター殿が決めたんだ。やらせれば良いんじゃないか?」
「そ、そうかなぁ?」
少し戸惑いつつも、覚悟を決めたハクト。
マイクを持ち上げると、騎士達の方へ振り返ってこう言った。
「優柔不断な騎士王。皆がいつまでも剣を下ろせないのは、貴方のその煮え切らない態度のせい」
「言うねぇ」
「茶化さないでよ」
ニヤニヤしたマリーがハクトを揶揄うと、今度は彼女もボブハガーに対して煽り始める。
「自分勝手な前騎士王。即決断は素晴らしい。だがそれが独りよがりだと、本人には気付いていない」
マリーがボブハガーを煽るように言うと、彼女はハクトの手を取った。
「優柔不断な騎士王と」
「エゴイスティック前騎士王」
「どちらも味方にゃ迷惑千万」
「やるなら勝手にやりやがれ!」
二人が歌い切ると、しばらく伴奏だけが続いた。
「乗ってくるかな?」
「アタシは乗ると思う。特に向こうの大将はな」
「どうして?」
「プライドが高そうだから」
なるほどと納得するハクト。
しかし肝心のオケツが、乗ってくるとは思えない。
それはまさに、自分が歌った通りの性格だからだ。
ボブハガーは出てくるが、オケツは乗らない。
そう思われたのだが、予想は外れた。
「言いたい放題言ってくれちゃって!」
「だが、間違ってはいないな」
「お館様は、自分勝手ではないですよ。もしも自分勝手なら、皆の領地も勝手に変えてたはずです」
オケツが言うには、有力な騎士であり忠誠心があるとは言えないトキドやウケフジを、自領の近くから排除しなかった事を意味していた。
もし安全を確保するなら、彼等を排除してニラやタコガマ達といった自分の忠臣を置くべきだったのだ。
「人生とは、面白くなければ意味が無いだろう?」
「私は平穏無事な方が、性に合ってます」
「だがその為には、力が必要になる」
「分かってます。だから私は、ここに来たのですから」
オケツは太刀を、一度鞘へ戻した。
それを見たボブハガーも、同様に納刀する。
そしてお互いに、地面に正座をした。
「私にとって、貴方は憧れです。そして必ず守ると決めた人だった」
「過去形か?」
「今までの人生、全て貴方を守れなかった。だから私は、守る事を諦めて、貴方の意志を継ぐと決めたんです!」
「お前如きが片腹痛いわ!」
二人は再び立ち上がり抜刀する。
「哭け!麒麟!」
「吼えろ!獅子王!」
二人は太刀を振り下ろすと、稲妻と真空波が中間でぶつかった。
「ぐぬっ!」
「やるではないか」
オケツはボブハガーの声を聞いて、一歩後ろへ飛んだ。
だがボブハガーは、そんなオケツの背後を取る。
「遅いな」
「あぐっ!」
脊椎を蹴り飛ばすボブハガー。
オケツは前のめりで倒れると、後ろを振り返った。
しかしそこには、既に誰も居ない。
「遅いな」
今度は顔面を蹴り上げると、オケツは鼻血を出して仰向けに倒れた。
「おいおい。まさかこんな実力で、騎士王になったわけではあるまいな?」
「フ、フフフ」
やられたにも関わらず、不意に笑い始めるオケツ。
そんなオケツの態度に、ボブハガーは不機嫌になる。
「この状態で笑えるのは、ワシとして笑えんなぁ!」
太刀を腹に突き刺すボブハガーだったが、肉を刺した感触が感じられない。
「何?」
目の前には何も無く、今度はボブハガーの背後から声が聞こえた。
「やっぱりだ」
「何だと?」
「お館様は私には勝てないですよ」
ボブハガーの背後から真一文字に斬るオケツ。
生きていれば背中に致命的なダメージを与えた事になるが、アンデッドであるボブハガーには大した効果は無かった。
そしてゆっくりと振り返ったボブハガーは、オケツに理由を尋ねる。
「何故そう言い切れる?」
「私もお館様同様に、ケモノの力に目覚めました。そして私の麒麟は、お館様の獅子王と近い能力です。音に関する能力に加え、音速で動ける速さもある。確かに音速と聞けば速いですが、私は光速。光の速さには、音では敵わないんですよ」




