音合戦
気持ちは分かる。
だけど、誰もやらないとは思わなかった。
高野達はドラムやベース等の楽器を、弾けるようになっていた。
コバのラボと工房で働く彼等だが、規模はかなり大きい。
彼等はコバの助手として住み込みなので、居住スペースもラボの中にあった。
そして娯楽スペースも自分達で作ったらしく、据え置き機のゲーム機以外にも、様々な趣味の物が置かれている。
その中の一つとしてあったのが、楽器だった。
何故そんな物がラボにあったのか?
理由は上野国である。
上野国では一益の影響もあり、空前のバンドブームがあった。
今は上野国は無くなってしまったけど、今でも続けている人は多かった。
その為楽器も大量に生産されているのだが、上野国から楽器を逆輸入する形で、安土にも入ってきたのだ。
ロックはそれをラボに置いていたので、高野達の手に触れられるようになったんだよね。
しかし問題は、彼等がそこまで音楽に詳しくなかったという点だ。
そんな彼等が頼ったのは、何を隠そう、僕である。
僕にこの話を持ってきた時、ハッキリ言って見当違いじゃないかと思った。
だって僕、高野達とほぼ同類よ?
そんな奴に楽器の弾き方を教えてくれって、間違ってるからね。
でも僕は、ちょっとアニソンが聞きたかったから、彼等にスマホで練習の仕方を調べて、それを教えた。
ギターを含めた四つの練習方法を教えたのに、アイツ等ギターを選ばないとは。
蘭丸と比べられるのが嫌だって考えは、僕も同意出来る。
いかんせん、ロックに歌すら歌わせてもらえなかった僕だ。
比べられるというのは、こちら側の人間にはとても辛いのだよ。
それで他の楽器が上手くなったなら、それはそれで凄いけどね。
ちなみにどうして、その道のプロであるロックに聞かなかったのか?
これもまた同じ理由で、ハクトや蘭丸達と一緒にやろうよと言われると思ったかららしい。
だからロックも、三人が弾けるなんて知らなかったんだな。
ゴリゴリ来られると引いてしまうというのは、僕達のようなあまり表に出ない人間の性なのかもしれない。
オーディエンスを煽るかのように、四方の騎士達に向かって言うマリー。
彼等は背中を強く叩かれたかと錯覚するくらい、一気に前へ出た。
「凄い・・・。これが本当の彼女の力!」
「ギュタっち、驚いてるねえ。でも俺っちには、まだ上があると思ってるよ」
関係者席に居るかのように、ロックの横に立つギュンター。
コンソールを操りながら、マリーのポテンシャルはこの程度ではないと、ロックは以前の彼女の歌を聴いてそう思っていた。
「アドの力を上回っているみたいだな」
「どうだろう。この程度で済むなら、オケツっちがビビるかね?」
「それもそうか。しかし、アンデッドは完全に沈黙した。今なら魔物さえ倒せば、優位に立てる」
ギュンターが言うまでもなく、それはオケツも分かっている。
しかしそう動かない騎士達に、ギュンターは少しヤキモキしていた。
「騎士王はどうして動かん!」
「だから、オケツっちがビビってるからだって」
「ビビってる?何故?・・・あっ!」
ギュンターは気付いた。
先程マリーの歌を、ボブハガーによって掻き消された事に。
そしてマリーの歌が負けた事で、布陣を変更した騎士達が窮地に陥ったのを、空から見たのだった。
「私達のせいじゃないか!」
「そうなの?だったら向こうの大将に、勝てるって姿を見せないとね」
「そうだな。今のマリー達なら問題無い事を、騎士王に伝えてくる」
そう言って、オケツの下に向かおうとした時だった。
「むう!なかなかやるではないか」
まさか獅子の咆哮が、逆に掻き消されるとは思わなかった。
ボブハガーは素直に賞賛する。
すると横に居るニラが、自分が邪魔をしに行こうかと進言した。
「やめておけ。今は奴等に、アンデッド共を封じられている。ワシ等の方が数で負けておる」
「しかし、それは向こうも分かっているはず。何故、攻めてこないのでしょう?」
「それはワシが居るからだ。キチミテはあの歌に合わせて、布陣を変えた。しかしワシの声がそれを上回ると、逆にそれがマイナスに働いた。今のキチミテは、またワシが同じ事をするのではないかと、恐怖しておるのよ」
「なるほど!流石はお館様」
ボブハガーの考えは、見事に的中していた。
オケツは動かない。
だから今はまだ、余裕がある。
そして次なる一手をどうするべきか、考える余裕が生まれたのだった。
だが考えていると、騎士達を煽るマリーの声に、段々と苛立ちを覚えるボブハガー。
「調子に乗っておるな。少し格の違いを見せてやるか」
「まさか!?」
ニラは慌てて耳を塞いだ。
ボブハガーが気合を入れる為に胸を強く叩くと、腰に拳を回して応援団のようなポーズを取る。
「調子に乗るなよ小娘が!者共!ワシの声を聞け!獅子王の咆哮!」
さっきとは比べ物にならないくらい、大きな声で叫ぶボブハガー。
その音圧は凄まじく、近くに居たアンデッドが前のめりに倒れるくらいだった。
「お、お館様!トーリ軍が再始動しました」
「当たり前よ。あの程度の歌声に、ワシの声は負けんわ」
トーリ軍の矢が、再び騎士達に降り注ぐ。
すると向こうから聞こえてくる曲調が、突然変わった。
「ぐあっ!」
「耳が痛え!」
とんでもない音量で叫んできたボブハガー。
彼等はそれに驚くと、一瞬怯んでしまった。
「マズイ!マリーっちの声が負けた!」
「なっ!?」
ギュンターはオケツの下に行くのを諦め、再びロックの横に戻る。
「か、勝てないのか?」
「いや、まだ上手くいってないだけだと思う」
「上手く言ってないとは?」
「とりあえず被害が大きい。ハクトっち、メインチェンジ!」
ロックがコンソールのフェーダーを弄る。
するとマリーの声が気持ち抑えめになり、ハクトの声が前面に出てきた。
「ハクトっち。回復と防御の支援を皆にお願い」
「このマイクで指示が出来るのか?」
ギュンターはどのような仕組みで、ハクト達に指示を与えているのか。
それが気になり前に出てくる。
「そうだよ。皆、イヤホンしてるでしょ?アレに聞こえるようになってる」
「ほう?凄いな。私も指示を出して良いか?」
「え?」
ロックはギュンターが言っている意味が分からなかった。
ハクト達に指示を出すと言っても、それは音楽的な要素がメインである。
今回は回復と防御に関して指示を出したが、ギュンターはオケツ達にそれが通じていると勘違いしていた。
「バンドメンバーしか繋がってないよ!?」
「なぬ!?それを早く言ってくれ。だが、間接的には伝えられるよな?」
「間接的?どうやって?」
ギュンターは椅子の上に立つと、頭ひとつ抜きん出た。
周囲をグルリと見回してから下り、マイクを手にする。
「後方のアンデッドは危険度が少ない。弓矢も届かないので、最低限の人数以外は攻撃を重視させたい。逆に前方は矢が飛んでくる。左右前方に近い連中は、防御を手伝うと安全だろう」
「そんな事をハクトっち達に伝えて、どうするつもりなのさ?」
「そういう内容の歌詞に変えて、騎士王達に伝えてくれないか?」
「あっ!ギュタっち、頭良いな!」
ハクトとマリーはギュンターを見た。
二人は右手を挙げて、親指を立てる。
「分かってくれたらしい」
「なるほど。だったらここからは、こっちも頑張ってみよう」
マリーの声の大きさを上げると、騎士達は歌詞の内容に気付き、そのように動き始める。
「でもギュタっち」
「何かな?」
「騎士王国の騎士を、騎士王であるオケツっちを通さずに指示を出しちゃったけど、良いのかな?」
「私がやった事ではない。彼等が歌っているだけだろう?」
「腹黒い大人のやり方だね・・・」
ギュンターはニヤリと笑うと、ロックも同じように口角を上げた。
ギュンターはいつまでも動かないオケツに、業を煮やしたのだ。
チャンスを自ら潰しているように見えたギュンターは、それをハクトとマリーの歌を通じて騎士達に伝えた。
騎士達からすれば、アニソンの歌詞など知らない。
だから彼等の歌を聴いて、自分達にたまたま当てはまっているかのように錯覚をした。
そして騎士達は、自らの考えで行動するように仕向けたのだ。
勿論、彼等の歌による高揚感もあったからなのだが。
しかし騎士達が動いたのは、歌を聴いたからであって、ハクトやマリー。
ましてやギュンターの指示ではない。
ギュンターはもしオケツから何か言われようと、そうやって言い逃れ出来る算段をしていた。
「ズルイ男だね」
「褒め言葉と受け取っておこう」
二人は拳をぶつけ合う。
「さあ、これで逆転への手筈は整ったはずだ!」
ギュンターが力強く宣言をする。
しかしそれに反して、ロックの表情が曇りがちになってきた。
「どうした?」
「おかしいんだ。マリーっちの声が、小さく感じるんだよね」
「何だと?」
ギュンターはステージに目を向けると、マリーは汗を流しながら歌っているのが見える。
「苦しくて声が出ないとか、そんな感じではないな。変わらずに歌っているぞ」
「えぇ・・・。まさか、機材トラブルかな?」
コンソールに電源、ケーブル等を見て回るロック。
特に異常は見受けられず、理由が分からずじまいだった。
「なあ、ハクト殿の声も小さくなっていないか?」
「・・・そうだね。こりゃ、本格的に機材が怪しいか?」
頭を抱えるロック。
何故なら機材トラブルとなると、ロックでは対応が出来ないのだ。
ケーブルの断線程度であれば、まだ直す事は出来る。
しかしこのような大型の機材となると、コバや今演奏中の高野達が見てくれないと無理なのだ。
しかも故障かどうかも分からない機材を見ている間、騎士は再び窮地に陥る。
それを考えると、ロックの顔は青くなっていった。
「マズイぞ。ハクト殿とマリーも、この事に気付いた。それに合わせて、騎士達の方も異変に気付いたぞ」
「えぇ!どうしよう・・・」
「ちょっと待て。マリーが何かをしているぞ」
ギュンターが言うと、ロックはマリーを見た。
彼女がマイクを持っていない手を、ゆらゆらと揺らしている。
頭を傾げるロック。
更にマリーは、ハクトにも同じように手をゆらゆらとさせた。
「海に行きたいとか?」
マイクを通して伝えると、首を全力で横に振るマリー。
また同じ動作を繰り返し、ロックは考えた。
「・・・波?」
今度は縦に首を振るマリー。
更にマリーとハクトが、上下で手をゆらゆらとさせる。
「わ、分かった!」
「機材トラブルではないのか?」
「違ったよ!これは逆位相だ。二人の歌に合わせて、真逆の位相の音を当てる。そうすると二人の声は、逆位相にぶつかって聞こえなくなる現象が起きるんだ。まさかこんな事も出来るなんて。アドって人、もしかして音に詳しいのか?」