砦攻略
塀の高さが足りません。
そう言われた僕は、一人夜間に改修工事をしていた。
思ったよりも緻密な作業を強いられ、魔力消費も馬鹿にならなかった。
魔王なのに遠慮なく命令を下す半兵衛。
そのおかげか、砦側に気付かれる事も無く作業を終えるのだった。
作業を終えて朝方から眠っていたわけだが、外の騒がしい声に起こされた。
どうやら砦から敵が攻めてきたらしい。
半兵衛も同じく眠っていた為、対応に追われていた。
砦から攻めてくるなど、半兵衛であれば予測していたはず。
そう思っていたのだが、その返答は予想外のものだった。
半兵衛ですら分からなかった。
それは相手が裏をかいたからではない。
ただ単に愚かな選択過ぎて、選ばないと思った事を選ばれたからだ。
落ち着いて対抗策を出した頃、半兵衛に異変が起きた。
甘い物が食べたい。
コイツは馬鹿か?
そう思ったのだが、理由を聞くと納得のいく答えだった。
彼のその類稀なる頭脳は、魔法によるものだったのだ。
そして彼の虚弱体質は、魔法によるデメリットでもあった。
その改善策として出したのは、栄養摂取だ。
分かりやすく言うと、食事である。
普段は遠慮をして小食な彼に、ハクトに命じてあのインスパイアしたラーメンを出した。
そして僕は聞いたのだ。
ニンニク入れますか?
ニンニクは良いよ。
精が付く。
多分だけど。
やはりこのガッツリ系ラーメンには、刻みニンニクが合うと思うんだよ。
それを彼にも理解してほしい。
「こ、この量を全部?」
「他の店だと並でその倍くらいあるところもあるよ」
目の前の量に驚いていて、倍という言葉が耳に入っていない。
これでも麺の量は少なめにしてある。
いきなり大量に食べると、胃がビックリすると思ったからだ。
野菜はモヤシが多いけど、それでも多く摂った方が良い気がしたので増やしてあるが。
「凄い量だな。食べ切れるのか?」
「食べるよ。たまに食べてたから」
「食べてた?」
おっとマズイ。
日本で食べてたけど、この世界には存在しないんだった。
適当な事言って誤魔化さないと。
「蘭丸も食べるか?というより、皆で食べる?」
「我々もですか!?しかしこのような食べ物、見た事ありません」
「これはマオくんがこの世界に伝えた、神の世界の食べ物。ラーメンです!」
バーン!という音が聞こえるかのように言い切ったけど、そこまで堂々と言われると少し恥ずかしい。
「これが噂に聞くラーメン!」
「噂?」
ラーメンが噂になってるって、どういう事だろう?
あ、一つだけあった。
「若狭か!」
「はい。行商人達が若狭へ行った際、新たな食事処に大勢の人々が並んでいると聞きまして。この世の物とは思えないくらい、美味しかったと評判でした。いつかは世が落ち着いたら、我々も若狭へ行こうと思った次第です」
なるほど。
若狭のラーメン屋がそこまで評判なのか。
しかし彼処は暖簾分け。
しょうゆ味しかないのである。
「フハハハ!喜べお前達!本店の支配人が、お前達の目の前で作っているのだからな!」
「え!?」
ドランとテンジは目をひん剥いて驚いた。
こんな若造が?
そう言いたげな顔をしていたが、むしろ若いからこその発想もあるのだ。
味しか評価出来ない僕が、こんな感じと伝えただけで作れるハクトは、間違いなく料理に関して天才だと言える。
「元々このラーメンを再現したのはハクトだ。そして若狭と違って、味噌ラーメンや目の前にあるガッツリ系ラーメンも作れる!」
「な、なんと!?」
「安土にはラーメン屋が既に何軒もあるが、その総支配人はハクトだから。そして新しいラーメン開発は、全て僕監修のハクトが作っている」
「わ、私もそのラーメンを一つ!」
「テンジ殿!ズルイですぞ!」
というわけで、五人前追加になった。
慶次も初ラーメンだったが、熱くて食べるのが遅かった。
犬なのに猫舌なのか。
「これはガツンと来ますな。ニンニクの香りがなんとも」
「このブタが美味い!ここまで柔らかな肉は、久しく食べていないぞ」
おっさん二人はガッツリ系にハマったようだ。
そういえば昔も、サラリーマンが予想外に食べに来ていた。
量が多いからガテン系や若い学生連中が沢山来ていると思っていたが、スーツ姿の人の方が目立っていたな。
たまに若い女の人がカップルで来ていて、どうせ彼氏に食べられな〜いとか言うと思った。
そしたら逆に女の人の方がニンニクダブルとか入れてて、凄いと思った事もある。
「うぅ、苦しい・・・。でも美味しい・・・」
ようやく半分以上食べた半兵衛は、お腹が限界に近いようだ。
しかし、ここで新たな一手を加えようと思う。
「半兵衛よ。ここで生卵を投入したまえ。味がまろやかになるぞ」
有無を言わさずに、ハクトに生卵を入れさせた。
すると、半兵衛の箸が再び動き始める。
「本当だ。こっちの方が食べやすいですね」
量が多いから、味が飽きてしまう人もたまに居る。
でも後から卵を入れたり一味を加えると、また違った味が楽しめる。
「なんか食べ切れそうです」
気付くとスープを残してほぼ完食。
麺は少なめだったにしろ、あまり食べないと言っていた半兵衛が全部食べ切ったのは凄い。
「魔王様。これ以外のラーメンが安土にはあるのですか?」
「そうだけど」
同じく完食したテンジが他のラーメンについて聞いてきた。
この量を食べた直後なのに、既に気になっているようだ。
ニヤリと笑い、ドランに言った。
「申し訳ないなぁ。我々は安土で他のラーメンが食べられるのに。ドラン殿は此処でしか食べられないなんて。だから我々が、全てのラーメンを完食しておきますぞ!」
「ズルイぞテンジ殿!我々も食べたいに決まっているではないか!」
言い争う二人。
それを仲介したハクトだったが、そのせいでしばらくラーメンが続く羽目になった。
「何人くらい倒した?」
昼間の攻撃で、相手の被害は甚大だった。
この世界、銃もあるが魔法もある。
城攻めはそこまで有利不利無いかと思われたけど、逆に顕著に出るらしい。
こちらの被害は重傷者一名と軽傷者が数十名。
重傷者も回復魔法で、今では全快していた。
それを考えると、被害はゼロと言っても良い。
対して相手側は、城の前に多くの死体が転がっていた。
「少なくとも二百。おそらくは三百名は倒したと思われます」
特別な指示も出さずに、それだけの被害を与えた。
半兵衛が言っていたが、相手の指揮官は本当に無能なのかもしれない。
「おそらく砦は、今頃大慌てでしょう。何せ死亡者だけで三百近く。怪我人となればもっと多いと思われます」
半兵衛は軽く溜息を吐きながら言った。
相手の馬鹿さ加減に呆れてると思われる。
「それで、作戦は予定通り決行?」
「ですね。むしろ今が好機です。怪我人の手当てに追われて、休養も取れていないでしょう。ならばそこに水を流して更に混乱させれば良い」
やはり食事を摂ったからか、顔色が昨日よりも良い。
隠れ家に住むネズミ族の食料事情はあまりよろしくないが、今は僕等が居る。
半兵衛も安土へと来るのなら、そんな事を気にする必要無いのだ。
「それでは明日。早朝に決行します!」
「ええい!被害だけで成果が全く無いではないか!」
砦に響く怒鳴り声に萎縮する部下達。
「私はお前達に何と言った!?」
「敵を探ってこいと」
「そうだ!それなのに何故こんな事になる!」
それはお前の指示が曖昧だったからだ。
誰もが思ったが、それは口にしない。
何故なら、火に油を注ぐのが目に見えているからだ。
「もうよい!下がれ!」
苛々が募り、一人になりたくなった老人は、部下達を遠ざけた。
彼の名はグレゴル。
ネズミ族の中で三本の指に入る魔法使いだ。
そんな彼が主君である秀吉に反旗を翻した理由。
それは栄誉の為だった。
彼は三本の指に入ると言っても、戦闘に特化した魔法使いではなかった。
使える魔法は補助系魔法が多く、後方支援が主な仕事になっていた。
普通の魔法使いよりは攻撃魔法も使えるが、それでも他の二人と比べると地味だ。
他人からの評価を気にする彼は、三人と比べてどうしても見劣りする。
そんな事はないのだが、彼自身が自分を卑下して考えていた。
そんな彼を高く評価した人物が居た。
今は長浜城で政務に励んでいるが、裏では秀吉を監禁している人物だった。
『私が長浜の領主になれば、君は長浜の筆頭魔法使いだ』
その言葉を胸に、今はこの砦を守る部隊長を任されていた。
しかし彼は後方支援が主な仕事だった為、指揮を取るという事をした事が無かった。
命令しても上手くいかない。
自分なら出来るのに、何故出来ない。
そんな苛々が頭の中を駆け巡る。
「所詮は下郎か」
どうせロクな魔法も使えないと蔑み、自分が他の者と違う事を再認識した。
「やはり私のような天才の思考を理解するなんて、下郎共には無理なのだ。失敗も仕方ない」
そう自分に言い聞かせ、彼はそのまま眠りについた。
翌朝、陽も出ていない時間だが、一夜城に居る連中は全員起きていた。
作戦の決行直前である。
「魔王様。この作戦は電光石火が鍵となります。まずは川の氾濫から城の安全を確保したら、その足で砦へ直行。そして川を渡る橋をお作りください」
「分かった。急いで橋は作るけど、砦の門を破る策は用意してあるの?」
「そこは我々ドワーフの出番ですわ。我等の大槌で門なんか破壊してやりますよ」
「彼等はハクト殿と蘭丸殿が運転する、トライクのキャリアカーに乗っていただきます。そして前田殿二人には、ネズミ族を率いて中へと突入して撹乱してください。藤吉郎様を探すのは、テンジ様達の部隊が行います」
なるほど。
破壊力はあるけど足の遅いドワーフを、橋が出来たらすぐに門前へと連れて行く。
ネズミ族の連中は歩兵だけど、橋さえ出来ればそう遅くないうちに追いつく。
魔法で支援しながら門を破壊したら、前田兄弟が一緒に中に入って暴れる。
その混乱の最中、テンジ達が秀吉探しって感じかな。
それにしても序盤の僕の仕事、結構重要だなぁ。
これがミスったら、全てがご破算になる。
今更だけど、ちょっと怖い。
「それでは作戦を開始します。魔王様。上流への連絡を」
「上流組へ連絡。川を氾濫させろ!」
「御意!」
諜報魔法で上流へと連絡すると、一言だけ返事が来た。
その後、何かが破壊される音が聞こえたので、堰き止めていたと思われる大岩でも壊したものと判断した。
「もうすぐ来るぞ!」
「僕は塀の上から水の流れを確認する。ハクトと蘭丸は門の前で待機。水が流れるのを確認したら合図を出すから、それで砦へと向かってくれ」
「分かった!」
来た!
川の上流から、尋常じゃない音を立てて水が流れてくる。
身体強化をしたわけでもないのに、その水嵩は異常だと分かった。
三本に分かれるはずの川だが、そのまま砦へと勢いよくぶつかった。
ぶつかった壁から、派手に水が舞い上がる。
かなり砦内へ浸水したと思われる。
そして、その異常な水量が此方へも押し寄せてきた。
塀の先端が砦に向かって鋭く尖っている。
この造りは水を左右へと分けて、勢いを弱める為にしたものだった。
思いつきでやったのだが、意外にも効果は抜群だった。
しかし問題は強度。
先端を尖らせた為、他の塀と比べると弱いのだ。
半兵衛は大丈夫だと言っていたが、今のところは耐えている。
「大丈夫のようですね」
「待て!」
何か大きな物が見える。
だけど僕の視力だと、そこまではハッキリ分からない。
【一瞬だけ変わるか?】
そうだね。
危ない物だったら困るし。
「おい!大木が何本も流れてきてるじゃないか!」
「そうですね。水の勢いに負けて、途中で折れた木かもしれません」
「どうする?」
今からあんなの退かしに行くなんて出来ないぞ。
俺だって泳げなくはないけど、この中だと確実に溺れ死ぬ自信がある。
「魔王様の手で、どうにかなりませんかね?」
「他に方法無いのかよ!?」
「あるにはありますが、作戦の後半に支障が出る可能性があります」
うーん。
それってどっちの方が良いんだろう?
(僕等が考えるよりも、半兵衛の方が信用出来る!だから僕達で、というより兄さんやっちゃって!)
他人事かよ。
まあ良いか。
最近出番少ないし、張り切って破壊しますか。
「へんっしん!トゥ!」