半兵衛の魔法
上流から来た資材は、予想以上にスムーズに流されてきた。
資材と一緒に乗ってきた者に尋ねると、どうやら誰かが巧く指示を出していたらしい。
そのやり方は、少し遊園地などのアトラクションの並びを思わせたが。
続々と運ばれてくる資材だが、見知った顔の者が二人がかりで運んできた。
一人はハクトだったが、もう一人は知らない。
その虚弱な身体は、資材を一人で運べない程だった。
しかしそのひ弱そうな彼こそが、今回の案を出した若者だった。
雨の中で作業を続けた者達を早く休ませる為、僕は急ぎ創造魔法を使った。
作った城は小田原城をモチーフにした、和風の城だ。
この世界では誰も知らない、未知の建物として扱われたが、彼等は夜が明ける前に城へと入って行った。
翌日、次なる作戦の実行日等を考える会議が行われた。
しかし話はまとまらない。
誰もやった事が無い作戦に、慎重な意見しか出なかったからだ。
雨を利用するという案を出した当人に、意見を聞けばいい。
その発案者は体調不良で遅れて到着した。
そういえば、発案者の名前を聞いていない。
名乗った彼の名前を聞いて、僕は驚きを隠せなかった。
半兵衛という名前の通り、かなりの頭脳の持ち主だったわけだが。
ただ僕は一つだけ文句があった。
塀の高さが足りないなら、作った直後に言ってくれ。
「疲れた・・・」
会議を終えた後、僕は夜間に入り作業へと没頭した。
そう。
塀の高さを変えるという作業だ。
半兵衛が言うには、雨で増えた水量では、塀を越えて此方へも被害が出るという話だった。
それを聞いて、慌てて作業をしようとしたのだが、それは彼から止められた。
「魔王様。それならば夜間に作業を行いましょう。砦の連中には、塀が低いと錯覚させるのです」
「それで翌朝になって微妙に高さが変わってても、気付かれないと?」
半兵衛は頷き、その話の続きを言った。
「一晩で城を建てられる。相手はその手口がまだ分かっていません。普通の魔法なのか、それとも手で組み上げた物なのか。しかし塀を新たに高くする作業を見られると、彼等の中で勘の鋭い者が、創造魔法に気付くかもしれません」
「気付かれたら駄目なの?」
「相手は私達が誰なのか、まだ把握し切れていないでしょう。しかし魔王様が此処に居ると気付かれれば・・・」
「あぁ。安土の魔族連合だってバレるって事か」
結構考えてるのね。
別にバレても問題無い気もするけど。
それでも長浜城の様子から、帝国と繋がってる相手に魔王が暗躍してると気付かれるのも面倒かも。
それを考えたら、彼の言っている事は正論かもしれない。
「というわけで、夜間に頑張りましょう」
簡単に言ってくれたが、なかなかの作業だった。
城を一瞬で作れるなら、簡単でしょ?
そう思っているかもしれないが、実はかなり面倒だった。
理由としては、緻密な作業だったからだ。
あまりに高くし過ぎてもバレる。
彼が言っていた高さと厚み。
そして以前と変わらないという錯覚を起こさせる為に、塀を少し城寄りに作り直す等。
細かい指定があったからだ。
微調整をした結果、僕の魔力の減りはかなり早く、気付けば六割以上の魔力を消耗していた。
「朝になる前に完成するとは。やはり魔王様は稀代の魔法使いでもありますね」
お褒めいただきありがとう。
そして馬車馬の如く命令してくれて、ありがとう。
本当にあの虚弱な若者?
そう思わせる凛々しい指揮でした。
【そうだな。指示を出すのはお前より上手にやりそうだ】
僕はそういうの慣れてないから。
自分の事は自分でやる。
命令とかやってきてないから。
それ言ったら、兄さんみたいなリーダーシップを発揮してるとも思えないけど。
【カリスマ性がある感じじゃないからな。彼の場合、副部長みたいな立場が一番合いそうだ】
なるほど。
それ分かるかも。
トップに立つ感じではないけど、トップの横に居て力を発揮するタイプっぽいよね。
それにしても夜通しやってきたし、流石に眠い。
今日はもう休もう。
どうやら昼過ぎに起きたのだが、城の外の様子が騒がしい。
鍛錬でもしているような声ではない。
もしかして、砦から敵が攻めてきた?
「起きたか!」
「慌ててるみたいだけど、何があった?」
「砦から敵部隊が出てきたぞ。数は多くないが、まさか逆に攻めてくるとは想定していなかった。だから守備陣を急ぎ編成しているところだ」
本当に来ていたとは。
ちょっと驚いた。
僕達の裏をかくなんて、相手もかなり頭の良い軍師が居るのか?
「半兵衛はどうしたんだ?アイツが居れば、こんな事にならなかったんじゃない?」
「半兵衛もまだ寝てるよ。お前に付き合って、夜通し起きてたからな」
そういえば塀が完成した時に、稀代の魔法使いって言われたんだっけ。
今更だけどあの時間に起きてたって事は、僕と同じ時間を過ごしたって事だ。
完成したら確認すれば良いだけのはずだ。
わざわざ起きていなくても良かったのに。
そういうところは律儀だなと思った。
「すいません。寝坊しました・・・」
寝癖で頭がボサボサの半兵衛が、広間へとやって来た。
やはり同じように、外の様子に気付いて起きたようだ。
寝ぼけ眼ではあるが、頭はどうなのか。
まだ起きていない気もするが、彼の知恵を借りたい。
「砦から打って出るとは、私も想像していませんでした」
「え?」
それは向こうには、更なる知恵者が存在するって事か?
半兵衛でも凄いのに、そんなの居たらこっちの策は見破られているんじゃ!?
「向こうの指揮官は相当の愚者ですね」
「ぐしゃ?」
「おそらく何も考えてませんよ。大方、相手がどんな連中か気になったのでしょう。相手がネズミ族なのか他種族なのか。そんなところだと思います」
なるほど。
相手は馬鹿って事ね。
籠城しているところを策も無く攻めても、ただ兵力を浪費するだけか。
此方にとっては好都合とも言う。
「無理せず、城内から牽制だけしていてください。極力ドワーフの方達の顔は出さないように」
「どうせだから、小馬鹿にしてやれ。相手を怒らせて、そのまま城の前に釘付けにしてしまえ。少しでも兵を倒せば、作戦実行の時に楽になるからな」
「嫌がらせ、ですか?分かりました。前線の者達に伝えます」
伝令役のネズミ族が下がったところで、半兵衛はとんでもない事を言い出した。
「流石は魔王様。嫌がらせはお得意なのですね。歴代でも類に見ない性格の悪さです」
おい!
どんな褒め言葉だよ。
嫌がらせが得意な魔王とか、ただの嫌な奴じゃないか。
僕はもう少しマトモだぞ。
そんな事を思っていたら、半兵衛に異変が起きた。
「うぅ・・・」
半兵衛が片膝を突いて呻いている。
昨夜の疲れが溜まっているのか?
「どうした!?まだ寝ていた方が良いのか!?」
「あ・・・」
「あ?」
「甘い物が食べたい・・・」
僕は盛大にコケた。
この返しは思いもよらなかったぞ。
半兵衛が冗談を言うとは思わなかった。
ところが、テンジは慌てて果物を持ってきた。
どうやら冗談では無かったらしい。
「ふぅ。少しだけ落ち着きました」
「まさか本気だったとは」
「私は魔法を使うと、無性に甘い物が食べたくなるんですよね。理由は分かりませんが」
どういう事だろう?
テンジも理由は分からないようだし。
本人も理由は分かってない。
何かしらの原因がありそうだけど。
「食事をしたからか、だいぶ良くなりました」
メシを食べると体調が良くなるとか。
なんか子供みたいだな。
【あのさ、半兵衛の魔法って何?使ってるところを見た事が無いんだけど】
そういえば、魔法を使うと甘い物が食べたくなるって言っていた。
でも僕等は、彼が魔法を使った形跡が見当たらなかった。
何かしらはしているのだろうけど。
そんな事を考えて半兵衛を見ていたからか、向こうからその理由を言ってきた。
心の中でも読めるのか?
それくらい的確な答えだった。
「私の魔法、気になりますか?」
「うん。凄く気になってる」
「簡単ですよ。身体強化です」
「身体強化!?その身体で?」
「正確には、身体の一部しか強化していません」
身体の一部?
こんなひ弱そうな身体してて、何処を強化してるって言うんだ?
【アレだ。頭だな】
あー!
脳か!
すぐに思いつくとか、兄さんマジすげー。
【フッフッフ。もっと褒めるが良い】
あ、もう良いです。
【おい!たまには褒めてくれても良いだろ!俺は褒められて伸びるタイプなんだ】
いや、調子に乗るタイプです。
極力褒めません。
【俺、ちょっと泣きそう・・・】
調子に乗る人は置いといて。
やはり半兵衛だ。
「脳を強化しているのか」
「凄いですね!すぐに正解を答えられた人なんか、片手しか居ませんでしたよ」
脳だけ強化か。
脳をフル稼働するわけだから、糖分を欲する理由がなんとなく分かった。
「もしかして、普段からずっと強化してる?」
「ずっとではないですが、考えないといけない時の方が多いので」
なるほど。
身体が弱々しいのは、身体が必要とする養分を脳に送っているからかもしれない。
ほとんど魔法を使っているのなら、尚更だな。
ん?
そうすると、内臓疾患って言うのも胃腸が弱いだけ?
「急な質問だけど、半兵衛って食事の量どれくらい?」
「私はあまり食べませんね。やはり身体が小さい僕よりも、屈強な戦士に多く食べてもらった方が良いですから」
「それが理由か」
「理由?」
「半兵衛の身体の弱さには理由がある。それは食事量の少なさだ」
「そんな理由ですか!?」
テンジが驚き、大声を上げた。
ドランもどうやら半信半疑のようだ。
「まず、半兵衛の魔法についてだけど。その魔法は脳にとても負担を掛けている。それは自分で分かってるよね?」
「はい。深く考えれば考えるほど、体調が悪くなる気がします」
「何故考えると体調が悪くなるのか?それは脳というのは思っているより、エネルギーを使うからだ」
「えねるぎぃ、ですか?」
「要は体力のようなモノだ。お前達は身体を動かさないから、あまり疲れないと思ったりしてるかもしれないが、頭を使うというのはかなり体力を使う」
この世界で、栄養分の話とかしても分からない気がする。
だから分かりやすく言わないといけないか。
でも、良い例えとか思いつかない。
「そういえば、棋士も一局終わると体重が大きく減っていると聞いた事があります」
ナイスだドラン!
その例えを使わせてもらおう。
「その通り!囲碁か将棋か分からないけど、棋士というのは短時間で僕等の想像出来ないくらい考え込んでいる。そうすると全力で身体を動かすのと同じくらい、体力を使っているんだ」
「すると、私も全力で身体を動かしているのと同じくらい、体力を消費していると?」
「むしろそれよりも上だと思う。脳を強化しているという事は、おそらくは棋士の何倍も考えているはずだ。だからこそ、半兵衛の消費量は前田兄弟と同じくらい。もしくは更に多いと考えるべきだと、僕は思う」
「そ、そんなに!?」
その考えはあながち間違ってないと思う。
だからこそ、もっと栄養分を摂取しないといけない。
この世界、流石にサプリメントなんかあるわけない。
それを考えると、もっと食事量を増やすのが良案だろう。
「だからこそ半兵衛は、気を使わずに食事量を増やさないといけないんだな」
「食事量をですか?そんなに食べられるかな?」
「食べられるかじゃない。食べるんだ」
沢山食べないといけない。
それならば、アレがベストだろう。
つい最近、ハクトに頼んで作らせたアレが!
「ハクト、アレの出番だ」
「アレ!?あんなの半兵衛くん食べられるのかなぁ?」
ブツブツ言いながらも、城の中に作った厨房へと向かっていった。
「出来たよ」
「おぉ!やはりインパクト抜群!」
その丼には、麺が見えないくらいの大量のモヤシが乗っていた。
そしてホロホロのチャーシューとガッツリとした背脂。
まさしくこれは、インスパイアされまくってるあのラーメン!
「マオくんが言った通り、野菜マシだよ。食べられる?」
「ニンニクも準備しておきたまえ」
僕も食べるから。
【ちょっと!半分食べたら交代しようよ。俺も食べたい】
良いよ。
半分ずつにしよう。
「僕は野菜マシマシニンニクダブルアブラカラメで頼む」
「何ですか?その詠唱みたいなのは」
半兵衛が問うてきたが、聞いていると何言ってるか分からないようだ。
やはりあの店に行かない人達からすると、ただの呪文なのだろう。
「そのうちお好みが出来る。その時は僕がまた教えてあげよう」
「はぁ・・・」
そういえば、先に聞いておかなければならない。
「ニンニク入れますか?」