狙われる帝
意志が強いか弱いか。
僕は明らかに後者だと思う。
アンデッドの中には自分の意志があり、自ら考えて行動する奴が居る。
サネドゥの兄であるトブユッキーや土方が、その最たる例になるだろう。
しかしその逆もあり、意志が無いままアンデッドとなった人物も居る。
それは何かしらの意志。
アンデッドで言うと未練になるのかな?
そういうのが強い人が、意志を持ったアンデッドとなるらしい。
そこで思ったのが、どうして岡田以蔵や西郷隆盛といった人物は、意志無きアンデッドだったのかという点だ。
以蔵はなんとなく、分からなくもない。
以蔵は強かったが、信念というものを持っていない。
人を斬る事に躊躇いは無く、命令や自分の気分で斬っていたような人物だ。
そう考えると、彼に強い意志など存在するはずも無く、意志無きアンデッドになるのは分かっていた事かもしれない。
だけど気になったは、西郷隆盛も同じような人物だったという事だ。
史実の西郷は信念を持って戦い抜いた、素晴らしい人物だと思う。
敵であっても尊敬の念を忘れないし、そのおかげで幕府側に味方した庄内藩を助けたという記録も残っている。
だから今も山形県に行くと、西郷隆盛の名は広く残されているらしい。
そんな史実と同じような性格なら、西郷も意志を持つ手強いアンデッドとして蘇ったと思ったんだけど。
どうやら越前国を襲った西郷は、そんな事は無かったようだ。
元々帝国によって、別大陸から連れてこられた連中だ。
僕達と戦った時も、本気で戦いたいと思っていたのかは分からない。
だから強い意志があるのかと聞かれたら、あんまり無かったのかもしれない。
それでも意志を持ったまま蘇ったという連中は、中には僕達に強い恨みがあるのかなと思っている。
太田は帝を安心させると、坂本を無視してそのまま外へ出ていく。
無視された坂本は無表情のまま、後を追い掛けた。
「本当に大丈夫なんだな?」
「この通り、血も出ていませんよ。ん?ここだったかな?」
最早当たった場所すら覚えていない。
太田が真顔で腕の何処に当たったのか探していると、帝はそれを見て吹き出してしまう。
「プッ!アンタそれ、あの男を煽ってるのと同じじゃないか」
「そうですか?」
「だって考えてもみなよ。お前の攻撃、何処に当たったのか忘れるくらい、弱いからって言ってるのと同じじゃないか」
「言われてみれば、そうですね。しまったな。失礼な事を言ってしまいました」
太田は頭を掻いていると、無表情の坂本が追いついた。
「ほ、ほら!太田殿が煽ってるから、怒ってるんじゃないか?」
「わしは気にしてない。そうやってわしを乱そうというのが、アンタ等の手なんじゃろう?」
「手?ワタクシの手が何か?」
バルディッシュから手を放し、右手を見る太田。
これもまた馬鹿にしたような行動に見えて、坂本の額には青筋が見えている。
「太田殿、アンタ煽るの得意だなあ」
「え?あっ!そういうつもりは無くてですね!」
太田が言葉を続けている最中、坂本は再び銃を放った。
後ろに居る帝が顔を出している左脇腹付近に当たると、太田は少し痛かったのか、顔を歪めた。
「帝様、大丈夫ですか?」
「お、俺よりもアンタだろう!太田殿は?」
「ちょっと痛かったです」
「チッ!ちょっとっておかしいだろ!羽柴の坊ちゃんも、もう少しマシな武器をくれっつうの!」
「これで終わりですか?ならば!」
太田がバルディッシュを振り回すと、坂本に向かって叩きつける。
坂本はそれを読んで後ろに下がると、今まで立っていた場所が、大きく窪んでいた。
あまりの威力に驚く坂本は、更に距離を取った。
「西郷とタメを張る怪力じゃないか!こんな所に送り込みやがって。羽柴の奴、騙しやがったな」
「このまま逃げるというなら、見逃しますけど」
「ほ、本当か!?じゃあ失礼して」
坂本は両手を挙げると、そのまま御所の屋根へジャンプしていく。
帝はそれを見て、太田に注意した。
「何故逃がす!」
「戦わなくて済むのであれば、そちらの方が良いです」
「考えが甘いだろ!」
怒る帝だったが、二人の考えは食い違っていた。
太田の考えでは、これからまだ敵が現れる可能性を考慮して、体力温存を加味した意見だった。
それに対して帝は、太田が情けから見逃していると思ったのだ。
それに帝は、坂本がすんなり下がる男だとは思っていなかった。
帝という地位は、それなりに権力を狙って怪しい考えを持つ者も多くやって来た。
ほとんどが会ってすぐに追い返すのだが、そういう裏でドス黒いモノを持つ連中とも会ってきた帝からすると、坂本がそういった連中と同種であると、少ない言葉のやり取りの中ですぐに勘付いていた。
体力温存を考慮して逃がそうとする太田と、逃がせば後々面倒になるのが分かっている帝。
どちらの意見が正しかったのか、すぐに正解が導き出された。
「お前達、やれ」
「フライトライクだと!?」
「いつの間に空に!」
坂本が屋根に登ると、右手の引き金を引いた。
太田はそれを軽々と防いだが、それと同時に御所の上で待機していたフライトライクから、一斉に銃弾の雨が降ってくる。
「帝!」
太田は帝を抱きしめるように包むと、背中を向けて銃弾から守りに入った。
「大丈夫なのか!?」
「問題無いです。バルディッシュ変化!イージス!」
太田のバルディッシュが手の中から無くなると、帝の顔に固い物が当たるようになった。
「ブハッ!む、胸当て?」
「そのまま撃ち続けろ!」
坂本の指示で、攻撃は止む気配が無い。
そんな時間が数十秒続くと、突然太田の前に巨大な何かが現れた。
それは太田を守るように、目の前に立ちはだかる。
「守れアイギス!」
大きな丸い盾が二つ太田の前に現れると、その盾からトライクに向かって銃弾が跳ね返っていった。
「ぐあぁぁ!!」
「跳弾!?」
空に浮かぶトライクが、次々に地上へ落ちていく。
跳弾によってたまに飛んでくるなら分かるが、狙い澄ましたようにトライクへ跳ね返る弾を見て、坂本は考えを改めた。
「太田殿、帝は任せろ」
「ありがとうございます!」
太田は帝を包んでいる腕を広げると、丸い大楯から一気に飛び出していく。
「アレだけ食らってまだ元気なのか!?」
「坂本某!」
屋根に向かってジャンプする太田。
坂本は優勢だった状態から一転、ピンチになると思われた。
だが、彼は厭らしい顔で笑うと、懐から黒い物を取り出して、屋根下へ放り投げた。
「爆弾!?」
「奥の手は取っておくものだよ。じゃあな牛さん」
坂本が言い終えると同時に、爆発が起きる。
坂本は巻き込まれないように、屋根に伏せた。
「ハーハッハッハ!」
「ゴリアテ殿!太田殿が!」
大きな爆発が起きた。
盾の陰に隠れている帝からは、何が起きたのか分からない。
しかし坂本の高笑いから、やられたのは太田だと瞬時に分かった。
「慌てないで下さい。太田牛一という男は、あの程度の爆発でやられたりしませんから」
「そうなのか?」
「えぇ。私の本気の拳をどれだけ食らっても、堪え続けた男ですからね」
信頼。
ゴリアテは太田と、魔王の記憶の封印時に本気で戦った。
その時の記憶は残っており、共に死闘を繰り広げた太田が、あの程度の爆発でやられるわけがないと分かっていた。
そして、現に太田は屋根の上に立っている。
「嘘だろ!?」
「至近距離で花火を見ましたけど、何か?」
「ワハハ!太田殿も、笑いのセンスが無いな」
太田の言葉に大笑いするゴリアテ。
坂本はそんなゴリアテの笑い声が癇に障り、怒りを露わにする。
「甘く見るなよ!わしは接近戦だって得意だ!」
爪を伸ばして太田に向かっていく坂本。
すると太田は、坂本に向かって笑顔を見せた。
「そうですか。ではワタクシと、どちらが得意ですかね?」
「そんな鈍重な身体で、わしに攻撃が当てられるとでも?」
「どうでしょう?イージス、胸当てから肩当てに移行。さあ、行きますよ?」
太田が右拳を大きく引く。
「そんな大振り、当たるわけないだろう!」
太田の身体を爪で切り裂く坂本。
しかし屈強な太田の身体には、表面しか爪は切れなかった。
「終わりです!」
攻撃されているにも関わらず、それを無視して右拳を突き出した太田。
坂本は慌てて、両手で腹をガードする。
「ハッハッハ!何だよ、大した事無いな」
「そうですか?」
「え?」
坂本の視界が、真っ暗な空へと向いていく。
すると太田が、自分を見下ろしている事に気付いた。
「わしはガードしたはずだぞ!?」
「ええ、してましたね。だからその両腕ごと、腹から下は吹き飛びましたよ」
「は?」
坂本は顔を上げると、胸から下は何も無い事に気付く。
そして自分の現状を悟り、諦めたように呟いた。
「アンデッドは痛みを感じないんだったか。便利なようで不便だな」
「他にも来ている奴が居ますよね?それを教えてくれたら、命だけは助けますよ」
太田の提案を聞いた坂本は、すぐに笑い出す。
「アッハッハ!死んでいるわしに命を助ける?自分が何を言っているのか、分かってるのかよ」
「それもそうでしたね。失言でした」
「だけどまあ、教えてやらんでもない」
「え?どうしてです」
「太田殿、気を付けろよ」
笑い声から一転、急に真顔で話し始める坂本。
それを聞き出そうする太田に、ゴリアテは注意を促す。
「わしの他にも、もう一人御所に潜入した奴が居る」
「一人だけですか?」
「そうだ。わしが知っているのは一人だけだ。そいつの名は、武市半平太」
「知っていますか?」
太田がゴリアテと帝に確認するも、二人とも知らないと首を振った。
「何故ワタクシ達に、そんな貴重な情報を?」
「そんなの簡単だ。わしを捨て駒にした羽柴への、意趣返しだな。そもそも死んだわし等を生き返らせて、利用するというのが気に食わない」
「それだけですか?」
「わしにはわしの望みがあった。しかしそれは、もう叶わない」
「・・・望みって何ですか?」
興味本位だったのか、太田は坂本に尋ねる。
しかし坂本は言い淀むと、しばらくして諦めたように口を開いた。
「どうせまた死ぬんだ。別に良いか。わしは大きな商売がしてみたかったんだ。戦いばかりに明け暮れる壬生大陸から離れられて、それが出来るかもと思ったが、やはり戦いからは逃れられんかった」
「だったらそれをワタクシ達に言ってくれれば、違っていたかもしれないのに」
「アンタは敵の言う事を、簡単に受け入れられるか?だからアンタ等を倒した後、帝国で商売を始めさせてもらう予定だったんだがな」
「坂本殿・・・」
「よせよ。わしもアンタ等の仲間を沢山殺した。今更憐れみを受けられる立場じゃない。でも、死んでから更に利用されるのは癪だからな。武市半平太、奴は何処かに潜んでいるぞ」
坂本はそう言い終えると、自らの意志で壊れたかのように、頭から崩れていった。
「ヨアヒム殿のせいとは言わないが、これも戦で人生が狂った人なのでしょう。また違った運命ならば、王国と貿易を交わしたりしていたかもしれませんね」




