シッチ
新しい夢か。
死んでなお違う夢を見るというのは、どういう感覚なのだろう?
ボブハガーはメメゾを操り、更にはかつての沖田の仲間であった土方達をも味方に引き入れていた。
それが出来たのも全て、ボブハガーの新たな目的の為だった。
しかし、他の人はどう思うんだろう?
夢を持つという事に関しては、別に悪い事じゃない。
死んでからも活発的だなとも思えるしね。
ただしそれが、他人を突き落としてもとなると、話は変わってくる。
ボブハガーが騎士王に返り咲こうとしたのは、王国を攻めて船を奪おうとした為だし。
もしボブハガーが騎士王に返り咲いて、国が良くなるならアリかもしれない。
死人だけど、国が良くなるなら別に良いじゃない。
だけど奴の目的は、全て自分勝手なものである。
もしオケツを倒して騎士王になったなら、奴は騎士王国の騎士なんか捨て駒くらいにしか考えていないと思う。
王国を攻める為の兵力であり、帝国や僕達を牽制する為の駒となる。
アイツについて行った連中は、おそらくオケツへの反抗心だけで向こうに行ったのだろう。
理由を知ったら、戻ろうとか考えるかもね。
まあ今更過ぎて、トキドやタツザマから斬られそうだけど。
それに僕はこうも思う。
死んでから夢を持つのは悪くないと言ったが、個人的には違うんだよね。
だって現世は生きてる人達のモノ。
死んだ人が地面から這い出てきて、何を邪魔してくれてるの?
悪いけど、死んだ人はそれまでよ。
生きてる人に迷惑掛けるような夢なら、蘇ってくるんじゃないよ!
というような、考えなんだけどね。
故人は敬うべしと言う人もいるとは思う。
だけどそれは、蘇ってこなかった場合に限るでしょ。
僕達も父と母に会えた時は、本当に嬉しかった。
でもこんな形で蘇られても、嬉しいと思えたかなって疑問なんだよね。
だからオケツも、敬愛するボブハガーが蘇っても、敵対する道を選んだんだと思った。
土方の言う通りなら、アドは全盛期とほぼ変わらない強さを持っている。
それは最強と呼ばれるトキドをも上回り、以蔵のような人形ではなく、オケツを従えていた騎士王としての力を取り戻しているに他ならない。
「参考になったか?俺も伝えられて良かった。今、楽にしてやる」
土方が右手で剣を軽く振り下ろし、自分の現在の力を確かめた。
首を少し横に傾げ、ボブハガーと違い万全ではないと確信する。
「拙者は、まだ死なない!」
「遅いわ!」
タツザマが足に力を込めて走り出そうとするも、今では見る影も無い。
土方に横に並ばれて蹴り飛ばされ吹き飛ばされると、最早立つ事すら出来なくなっていた。
「さらばだ」
土方の剣が振り下ろされる。
目を閉じて覚悟を決めたタツザマだったが、身体を斬られる感触は無く、その耳には激しい金属音が聞こえる。
「危なかった!」
「ナイスです!ゴリアテ殿!」
タツザマが目にしたのは、地面に深く突き刺さる、巨大な丸い盾だった。
それは鎖で繋がれており、その先を見ると巨体が二人並んでいた。
「何者だ!?」
「教える義理は無いだろうよ」
「何!?」
太田とゴリアテという巨体二人に、目を奪われた土方。
しかしその隙を突いて、蘭丸はトライクでタツザマを救い出した。
「蘭丸殿、一度御所へ下がるぞ」
「殿は任せます!タツザマ隊、我々に任せて一時後退して下さい!」
タツザマに代わり、蘭丸がトライクに乗って指示を出す。
後部座席に血塗れのタツザマを見て、彼等は素直にオーガとミノタウロス達に任せ、戦線を入れ替わった。
「さてと、アンデッドとやらの強さを見せてもらおうか」
「やる気ですな。ではここは、オーガの皆さんに任せましょう」
ミノタウロスは敢えて後ろに下がり、後退するタツザマ隊の前に入った。
二重の壁に守られたタツザマ隊は、ようやく安堵の表情を見せる。
「チッ!無駄に死にたかないんでね。俺も撤退する」
土方はアンデッドに指示を出すと、山の中へと姿を消した。
土方の指示により時間稼ぎに使われたアンデッドは、オーガへと攻撃を開始する。
「何だ?手応えがほとんど無いのだが」
「しかし、ワタクシ達以上にタフですよ」
「腕や足を吹き飛ばされても、まだ迫ってくるのは恐怖を感じるかな」
アンデッドに後退という文字は無い。
どれだけやられても、前へ前へと進んでくる。
強くはないが、オーガ達はそれが気味が悪かった。
しばらくアンデッドの相手を続けていると、彼等は頭を吹き飛ばすと動かなくなると気付く。
「ようやく片付きそうですな」
「しかし、逃げたあの男」
太田が土方の事を話すと、ゴリアテの表情は険しくなる。
「アレはかつて、安土を襲ってきた連中に似ている」
「沖田殿と同じ種族だと思われますね」
「あの時は急な襲撃で守れなかったが、今度は必ず守り通してみせる!」
ゴリアテはかつて安土が襲撃され、負傷者を出した事を悔やんでいた。
その時と同じ連中がまた現れたのなら、今度はやり返す。
太田と二人でそう意気込むと、二人はタツザマに代わり、山間部の前まで進軍した。
「魔族の連中がやって来たか!」
トキドは空から、西へと抜けていく一団を発見する。
しかし彼は疑問に思った。
何故東側へ参戦せずに、タツザマの居る西へと向かったのか。
するとそこには、かつての騎士王と謎の獣人族による攻撃で、重傷を負ったタツザマの姿があった。
「危ない!」
タツザマに剣が振り下ろされそうになると、トキドは思わず大きな声で叫んだ。
しかし遠くから丸い盾が投げられ、間一髪で救出されるのを見て、トキドは改めて前を向いた。
空の戦いは一進一退の攻防が続いている。
トキドの配下であるヤヤが指揮を執っているが、思った以上に押し返せない。
それがトキドには疑問だった。
トキドの中で、目の前に居るシッチという騎士は、そこまで評価は高くない。
ボブハガーという主君を殺されたにも関わらず、かつての同輩であるハッシマーの下に就いた男。
かつての自分もそうだったが、アレは領土を守る為という名分があった。
しかし彼等の場合は、自らハッシマーに尻尾を振ったと言える。
そんな奴にトキドのワイバーン隊が負けるなど、あってはならないと考えていた。
「ヤヤ!」
「はい」
後方に戻ってきたヤヤを呼び戻すと、何故押し返せないのか尋ねるトキド。
「意外やもしれませんが、シッチめがなかなかの働きをしておりまして」
「あのシッチが?」
トキドはシッチの様子を注視してみた。
すると的確な指示にワイバーン隊の動きが制限され、なかなか思うように動けない事が分かった。
「ワイバーンの身体の大きさを、逆手に取った戦い方か。だったら広がり、遠距離戦に持ち込めば良いのではないか?」
「それは無謀です!あのトライクなる乗り物、魔王軍の物とは装備が違います」
「そうなのか?」
「見て下さい。両脇に付いた大砲を」
「本当だ」
二人は大砲に目を奪われたが、実はミサイルまで搭載されており、距離を取ったら狙い撃ちされていたところだった。
「接近戦の分が悪いわけではないです。しかし圧倒的に勝てるとも言えません」
「空は一番勝率が高い場所だ。分かっているか?俺達が一番勝てると、騎士王から見込まれているんだ。早く勝負を決めて、他の援護に向かうぞ」
トキドの言い分に、ヤヤは少々困った顔をする。
勝てなくはない。
だが危ない橋を渡る理由も無い。
勝負を急いで痛い目を見るなら、急がないのが当然なのだ。
だがトキドは、それを空だけでなく全体で考えていた。
「俺達だけが勝っても意味が無い。俺達が時間をかければ、その分人数不足である他の連中が、苦戦をするんだ」
「分かりました。それでは短期決戦で臨みましょう」
「何をするつもりだ?」
「簡単な事ですよ。一騎打ちです」
トキドは国江に炎を吐かせてスペースを作ると、そこに躍り出た。
「シッチ・ヌリメソ!貴様に一騎打ちを申し込む!」
シッチに向かって太刀を向けると、戦っている連中がどよめいた。
トキド隊の面々だけでなく、トライクに乗っている連中も同じだ。
シッチが率いるトライク軍団は、アンデッドではない。
アンデッドにはトライクの操縦は無理なので、彼が率いているのは、秀吉配下の連中だった。
しかし秀吉配下といえど、トキドの名は知られている。
それに対してシッチという騎士は、従っているとはいえ無名に近い存在だった。
そんなシッチが、トキドから名指しで一騎打ちを挑まれた。
それはトキド隊だけでなく、彼等にとっても予想外の出来事だったのだ。
そんな一騎打ちだが、誰もがこう思っていた。
受けるはずが無い。
トキド隊の連中だけでなく、秀吉軍の連中もシッチが勝てると思っていなかったからだ。
しかしシッチは、その一騎打ちを受けた。
「このシッチ、その申し出受けて立つ!」
「受けたら駄目でしょ!」
後方から聞こえる、激しい否定。
それが味方からである事は、シッチも分かっていた。
「撤回はさせないが?」
「問題無い」
「そうかい。じゃあ、さっさと終わらせるとしようか!」
トキドが剣を振るうと、炎が燃え盛った。
炎の勢いを見た秀吉軍は、やはり勝てないと諦めの表情を見せ始めた。
それを感じ取ったシッチは、怒声を発した。
「諦めるんじゃない!お館様の前でそんな姿を見せたら、貴様等全員斬られているぞ!」
「アドはそんなに怖いのか?」
「怖い!そして恐ろしい。恐ろしいが、あの方についていけば、知らない世界が見られる!」
「そこまで言わせる器なのか。でもその配下がこれでは、説得力が無いな!」
会話の途中で、炎をシッチにぶつけるトキド。
彼は最期を見る事も無く、ヤヤの方へと戻ろうとする。
余裕ぶっていたトキドに、ヤヤは慌てて何かを伝える。
「何だ?グハッ!」
トキドは背後から袈裟斬りに斬られた。
幸い鎧がシッチの太刀より硬く、傷は深くは無かったが、浅いわけでもなかった。
「今ので致命傷にならんのか!」
「な、何故?」
振り返ったトキドは、どうしてシッチが無事なのか確認した。
「どうして燃えていない?」
「燃えているさ。この通りな」
シッチの身体が、炎に包まれた。
トキドは目を見開くと、シッチは言った。
「お前は確かに強い。風林火山を司り、騎士王国最強だと言われている。それに比べて俺は弱かった。しかし俺はもがいた。死に物狂いでもがいた後、俺の朱雀が突然翼を広げた。そして新しい力を手に入れた。それがこの炎だ!」