一夜城作戦
僕は宙に舞った。
そして天井に叩きつけられ、そのまま地面に落下した。
僕の意向を汲み取った兄は、ビンタという制裁を加えていく。
その様子を見ていた蘭丸達の言葉により、ラビと慶次の話を聞く事になった。
滝川領での情報収集は上手くいったようだ。
まず滝川一益は、一益の命令に背き命を守った家臣団が、何故か一益を幽閉しているという情報が入った。
そして一益を幽閉して何かしているのかと思ったら、何事も無かったかのように執政をしているらしい。
そして裏で操っていたと思われていた九鬼嘉隆は、既に亡くなっていた。
死因は分からなかったようだが、今は孫が名を継いでいるとの事だった。
滝川の話は分かった。
秀吉に関しても情報があったのは大きい。
秀吉は一益の事を助けようとして、逆に裏切りに遭い捕まったらしい。
その後長浜へと移送されて、今はとある場所に捕まっていた。
その捕まっていた場所というのが、どうやら曲者らしく面倒な場所という話だった。
その場所は川の中洲にあり、忍び込むにしても川を渡る時に見つかるような、厄介な場所だった。
見通しの良い場所なので、軍隊で攻めればすぐに見つかり、先手を打たれる始末。
しかしながら、その砦を落とす良い作戦があったのだった。
城を作る。
それは簡単な事ではない。
しかし、安土の城とは違い、実務的な城を作れば良いだけ。
秀吉は川から組み立てた木材を流して城を築き上げたようだが、僕にはただの木材で十分だ。
何故なら日本とは違って、魔法があるから。
「まずはその砦について聞きたい」
「場所は此処、長浜城と滝川領の間にあります。主に魔物を狩る拠点として使われていて、魔物に砦を襲撃されても問題無いように、それなりに強固に作られております」
「収容人数は?」
「およそ千五百が良いところかと」
千五百人入る砦か。
それなりに大きい気もする。
普通は城攻めをする時は、約三倍の人数が必要って聞いた事がある。
そうすると四千五百人は準備しないといけない計算だが、この隠れ家には多く見積もっても三百人しか居ない。
流石に三倍どころの人数ではなかった。
「他にも隠れている味方って居るの?」
「おりますが、全員集めても千には満たないですよ」
やはり思ったより少ない。
これは難攻不落の城を奇襲で落とすしかない。
「安土から援軍を呼んだら駄目なのか?」
「逆に安土の守りが薄くなる。安土は一応、僕等の本丸だ。そこを攻められたら本末転倒だよ」
ハクトの問いに答えた僕は、人数差を埋めるにはどうにかして城から連中を外へ出したいと思う。
そしてある事を思いついた。
「川に囲まれているって言ってたけど、洪水とか起きないの?」
「雨季ならいざ知らず、今は起きないと思われます」
「ちなみに川上はどうなってる?」
「砦を囲む三つの川の本流がありますが」
なるほど。
それならやりようはありそうだな。
「動かせる兵は全員動かすぞ」
「何処へ向かうのですか?」
「そりゃ砦に決まっている。作戦はこうだ」
まず夜間に少数のみを砦付近へ向かわせる。
そして残りの連中は上流から資材を流す。
それを利用して、創造魔法で城を作る。
「ここまでは理解出来たか?」
「なるほど。創造魔法ならば、すぐに作れるという事ですな」
「そうだ。そして上流から資材を流していた連中は、城へと入る。そうすればそう簡単には攻め落とせはしないだろう?」
「しかし、お互いに城に閉じ籠るという事になるのでは?」
その疑問はもっともだ。
だから、更に一手加える。
「此方の城には影響無く、相手の城にだけ損傷を与える」
「そのような方法があるのですか!?」
「ヒントは洪水だ」
「マオくん。ひんとって何?」
ヒントはヒントだ。
他に何て言うか分からん。
【手掛かりとかじゃない?】
それだ!
兄さんに教わるのはちょっと尺だけど。
【お前、馬鹿にしてんのか!?】
そんな事無いですよ。
めっちゃ尊敬してますよ。
多分。
ここで言い争いをしても仕方ない。
先に進もう。
「手掛かりの事だよ。洪水が、奴等を外に出す手掛かりになる」
「洪水・・・ですか?」
やはり皆、しっくり来ていない様子。
まあ結構大掛かりな準備が必要だしね。
「さっき言った通り、資材を流すのは分かったよな?」
「はい。それを使って、一夜で城を作るという事ですね」
「その資材を流した後、少数は上流に待機だ。そして川を塞き止める」
「まさか、洪水を意図的に起こすと!?」
「その通り。そして川の中洲という、本来なら有利に働く場所を、逆に不利に変えるのさ」
「おぉ!」
作戦を理解したようで、皆から感心の声が上がった。
「でも気になるんだけど。向こうの砦だけじゃなくて、こっちも被害を受けるんじゃない?」
ハクトの心配は的を得ている。
だけど、それは普通の連中だけだ。
「それは何も準備をしていない連中はね。まず城の形を通常とは変えて、五角形に作る。塀も同じく五角形にして、更に堀も深くするつもりだ。ちなみに堀は、土魔法が使える連中なら誰でも出来るはず」
「それでも水の勢いが強かったら?」
「そしたら僕の出番だね。決壊した所から、すぐに作り直すだけ」
「なるほどね」
万が一、味方に被害が出ると大きな損害になる。
ただでさえ人数が少ないんだ。
此方は被害をゼロに抑えて、向こうにだけ与えなくてはならない。
「ちなみにこの作戦、僕は戦闘に参加出来るか微妙だから。洪水で壊れた壁の修復に加えて、洪水直後の砦への橋を架ける。魔力がどれだけ残っているか分からないから、戦力には加えないでほしい」
「そこは私の出番ですよ!」
「前田さん。って二人居るのか。利家さん、そこは俺達って言ってほしいですね」
蘭丸が前田さんの声に反論した。
確かに鍛錬で強くなった蘭丸達は、大きな戦力になるだろう。
でも、これでも有利になるかは分からない。
混乱に乗じて攻め込むのだから、多少は不利でもなんとかなるとは思うけど。
それでもやっぱり、犠牲者は出る気がする・・・。
「魔王様の御采配、必ずや成功させてみせます!」
「我等ドワーフも、この作戦に全力で取り組む所存。今後とも、よろしくお願い致します」
ネズミ族の異端児達のリーダーであるテンジと、滝川領を追い出されたドワーフのドラン。
ただ創造魔法が使える子供じゃない。
二人が僕の事を、本当の魔王と認めた瞬間だった。
でなければこんな色々と言うガキンチョに、臣下の礼などしない。
「どうだ慶次。我等の魔王様は凄いだろう?」
「そうですね。父上もこのような思慮深い魔王様に従っていれば良かったのですが。そう思うと、我々は幸せなのかもしれませんね」
うぅ。
前田兄弟の評価がうなぎ上り過ぎて怖い。
あまり買い被らないでほしい。
そのうちメッキが剥がれ落ちて、ミスするだろうから。
その時に凹むのは、僕だけじゃないからね。
「さてと!秀吉奪還作戦、始めますか」
一週間後、砦から離れた所に、約五百人の一団が集まっていた。
ネズミ族の異端児達にドワーフ。
それに加えて、少数の獣人とゴブリンだった。
後者は元々この辺りに住む者達で、道案内を頼んだ者達だった。
僕が魔王だと分かると、気持ち良く賛同してくれた。
「作戦通り、まず二手に分かれる。川の上流に向かう連中に、大半を連れて行ってほしい。それと探知や感知が極めて鋭い者も上流だ」
川の上流では、資材を確保する事と塞き止める作業の準備をしなくてはならない。
だから上流の方に人手を多く用いて、時間短縮を図る。
下流では流されてきた資材を運ぶくらいで、特に作業という作業は無い。
それに上流での作業が敵方に察知されると、作戦は破綻となる。
その為、周囲の警戒を厳重に行い、見つかる前に処理する必要があった。
「下流は五十人も居れば問題無いだろう。それよりも上流だ。まず上流には指揮を取れるドランとテンジは確定。そして敵の探知に向いているハクトと、その他探知魔法等が得意な者達も行ってもらう」
「下流には探知が出来る者は必要無いの?」
「別に見つかっても、逃さなければ問題無い。むしろ下流で何かしていると思わせておいて、上流に目が向かなければ良いとも思う」
余計な事をして見つかるのは駄目だけど。
それでも下流は上流の準備が出来るまで、現地の確認くらいしか特にする事は無い。
「下流では僕を筆頭に、身体強化が得意な者だけで十分。川から流れてきた資材を運ぶのが、主な役目だからね」
「私はどうすれば良いでしょう?」
「前田さんは上かな。慶次も。下流は蘭丸と僕だけで足りるだろう」
「承知しました」
今のところはこんなもんかな?
とうとう行動に出るという事で、士気も高い。
案外、予定よりも早く事が進みそうだ。
「では、私達は上に向かうとします。魔王様との連絡は、どのように取ればよろしいでしょうか?」
「緊急事態の場合は別として、主には此方から定時連絡をするつもりだ」
そう言うと、諜報魔法で試しに連絡を取ってみた。
「なるほど。便利な魔法ですな。誰か覚えられる者がいると便利なのですが」
今は作戦開始前なので、覚えられそうな者に複数人教えてみた。
二人だけ覚える事が出来たが、魔力量の問題で上流と下流の距離を十分くらいが限界のようだ。
こういう時、クリスタルがあると便利なんだけどなぁと感じてしまう。
「では上流での作業、開始します」
上流へ向かった僕だが、ちょっと心細い。
マオくんと蘭丸くんは下流なのに、僕だけ上流だからだ。
それに上流の方が重要だというし。
それでも僕は、探知に向いていると任せられたんだ。
精一杯やらないと。
「この辺りなら、伐採しても砦から見えないと思います」
案内役の獣人が、作戦に問題無い場所を指定した。
これからとうとう本格的な作戦が始まるという事だ。
「ドワーフ隊は伐採を開始。ネズミ族は主に荷駄として動いてもらう」
ドランさんの指示で、一斉に周りが動き始めた。
僕はどうすればいいんだ?
「ハクトくんは、僕と行動しましょうか?」
キョロキョロと見回す僕に声を掛けてきたのは、マオくんだった。
正確には、マオくんの姿をしたラビさんだ。
猫田さんが認める凄腕の乱破だって話だけど、探知も得意らしい。
「でも、本当にそっくりですね」
「そう?アリガト!」
ラビさんは、ウィンクをしながらポーズを決めてる。
とても様になっていた。
心なしか、マオくんよりオーラがあるように見えるけど。
本人より輝いて見えるのは、きっと気のせいだと思う。
「ハクトくんは、ウサギの獣人という事で聴力に自信があるのかな?」
「そうですね。身体強化で五感のうち、聴力には自信があります」
「なるほど。では、このようにすると良いでしょう」
ラビさんから教わったのは、聴き分けるという事だった。
今までの僕は、全方向からの音を聞いていた。
ただ漠然と、音がする事に反応していただけだった。
しかしラビさんから教わった方法は、方角を指定して、更に足音や衣擦れの音、金属音等を主に聴くという方法だった。
これを教わると、僕の魔力は大幅に減らなくなった。
それに今までは全ての音を聞いていて、長時間の使用は頭痛が伴っていた。
だけどこの方法だと、今まで頭痛がしていた時間でも、まだまだ余裕が残っている。
こんな方法があるなんて、ラビさんって本当に凄い。
「私はこれでもネズミ族ですから。やはりウサギ族と比べれば能力は落ちます。でも、やり方次第で変わるものですよ」
教えてくれたラビさんは、自分は違う場所を警戒すると足早に去って行った。
ラビさんって、カッコ良いな。
やっぱりマオくんよりオーラがある気がしたのは、勘違いじゃないかもしれない。