同族嫌悪
やっぱりね、近道なんて無いんですよ。
僕達は右顧左眄の森について、詳しく知らなかった。
てっきり若狭国に伝わる、特殊な通り道があるものだとばかり思っていた。
だけど長秀が言うには、そんなものは存在しないという話だった。
まあこういうのって、結構多いよね。
日本だってこういうのあるでしょ。
例えば大きな繁華街に行ったとしよう。
学生時代、大通り沿いにあるゲームセンターに行こうとしたが、大通りまで出ると遠回りになるから、細い裏道を使って近道をしようとした。
そしたら裏道では、明らかにヤンキーっぽい人達がタバコなんか吸ってたりして、気付いたら絡まれてたなんて話を聞いたりしなかったかな?
ちなみにこれは僕の話ではなく、友人の話です。
ゲーセンでゲームしながら待ってたら、凹んだ友人が来て金を取られたと聞いたんでね。
それにやっぱり近道をしようとしても、実は時間掛かりましたとか多いと思うんだよね。
大通りなら交通量が多くても、信号が繋がって気付けば早かったりするし。
もし近道して同じくらいに着いたとしたら、どっちの方が得したかなんて本人次第。
高速が渋滞してたから、途中で降りた。
そしたらナビと同じ時間で、予定通り着いた。
でもナビは渋滞を加味した時間を提示していて、実際はそんなに変わらなかった。
そんな事もよくある話だ。
近道をしたから得をした。
それは本当に得をしていたのか?
結局は本人の気持ち次第であり、本当に近道だったのかなんて分からないものである。
だから僕は、近道には否定的なんだけどね。
でも近道は無くても、抜け道ならあると思ったりしている。
なぬ!?
ガイストと近い存在って言ったら、ケモノ以外にあり得ないだろう。
俺は周囲をキョロキョロすると、一益は笑った。
「魔王様、怖いのか?」
「お前、俺をバカにしてんのか?俺はそこまでガキじゃないからな」
「こりゃ失敬。その姿だと、見た目に引っ張られちまって、ダメだな」
子供の姿だからなぁ。
普通ならオバケが怖いと思われても、仕方ないところなんだが。
「何を探していたんですか?」
「んー、言っちゃった方が良いのかな?」
「言われない方が、気になってしまうけど」
俺は佐藤さんを見た。
その瞬間、どうやら勘付いてしまったらしい。
彼は一益の後ろに回ると、肩に手を置いたまま動かなくなった。
「な、何だぁ?」
「じゃあ言うけど。この右顧左眄の森、どうやらケモノが関係しているらしい」
「ほら!やっぱりそう言うと思ったんだよ!もう嫌だぁぁぁ!!」
ここまでビビるとは。
相当なトラウマになってしまったらしい。
「ど、何処に居るんですか!?」
「敵なのか!?」
長秀と一益は、俺の言葉に反応して武器に手を掛けた。
とは言っても、姿は見えない。
だから余計に怖いんだけどね。
「敵ではないんじゃない?敵だったら、俺達全員森に入って殺されてるでしょ。そうじゃないなら、違う目的があるんじゃないかなぁ」
「目的ですか?」
「丹羽殿はその辺り、知らんのか?」
「この森に関しては、あまり知らないんですよね。あまり調べるなとも言われてますし」
「調べるな?なんか怪しいな」
普通、自分の領地の周りにある森なんだから、危険か安全かくらい調べるでしょ。
それをしなかったのは、調べようとして何か痛い目に遭ったのかもしれないな。
「もももしかして、阿久野くんのケモノなら、この森どうにか出来るんじゃない?」
「どうだろう。出来るのかな?」
『どうにか出来るかは分からないが、接触する事は出来ると思う』
マジか!
見えないケモノと接触するって、どうやるんだろう?
気になってきた。
頼めるか?
『分かった。試してみよう』
「試してくれるみたいよ」
「おぉ!」
「流石は魔王様」
感心する長秀と一益だけど、俺は何もしていない。
やるのはガイストであって、流石も何も無いんだけど。
そんな事を考えていると、森が急に騒つき始めた。
風も無いのに木々の葉は揺れ、大きく葉が擦れる音が聞こえる。
「ちょー!ちょー!阿久野くぅん!?」
「佐藤さん、ちょっと落ち着きなさいって」
「いやいやいや!おかしいでしょうよ!」
佐藤さんの興奮が冷めやらない。
二人も異常なのは分かっているようで、額から汗が流れている。
「だ、大丈夫なんですかい?」
「分かんね。接触しようとしただけだし、敵対したりはしないと思うけど」
そう思っていたのに、事態は悪い方向へ進んだらしい。
『すまんな。決裂した』
ハイィィ!?
『自分の領内に我が入った事が、気に入らなかったらしい』
ど、どうするのさ!?
『我に敵意を持ったのだ。敵として見てくるなら、我も同じ事をするまで』
え・・・。
ちょ、ちょっと!
俺、大丈夫って言ったばかりで、三人に何と伝えれば良いのさ!?
『それは知らん。我は頼まれたから、やったまでの事』
そ、それはそうなんだけどさぁ。
どうしよう・・・。
あっ!
言い事思いついた。
「ハァ!?」
「わっ!急に大きな声出して、どうしたの?」
「兄さん、この状況から逃げた・・・」
気付いたら僕は、表に出てきていた。
油断したのもあったけど、何も言わずに引っ込むとか。
許せん!
「うわー!うわー!阿久野くぅん!?」
「魔王様、閉じ込められてしまいました」
「そうみたいだね」
どうやらケモノが怒ってしまったのか、森の周囲から道が無くなってしまった。
僕達は今居るスペースから、森を破壊しないと出られないらしい。
「どうします?大鎚でぶっ叩いて、木を破壊しますかい?」
「いや、ここはガイストにやってもらう」
僕達が森を破壊すれば、その異変に若狭国は気付く可能性は高い。
せっかく見つからないように少数精鋭で来ているのに、それじゃあ全く意味が無い。
「しかしそうなると、私達は何をしていれば?」
「森から攻撃されたら、対処しよう」
とは言っても長秀から聞いた限りでは、今まで森自体から攻撃などされたという話は、聞いた事が無い。
おそらくは大丈夫なはず。
めちゃくちゃ激怒してたら、話は別だけど。
ところでガイストさんや。
森のケモノとどうなっているのかな?
『とりあえず伝えておくと、奴に攻撃手段は特に無い。恐怖を与えるという精神攻撃が、攻撃手段だと思ってほしい』
なるほど。
それで現状は?
『むっ!彼奴め、我の中を覗こうとしている。ならば我もまた、奴を見てやろうではないか』
ガイストはそう言い残すと、森のケモノとの戦いに入ったのか、反応が無くなった。
「ヒイィィィ!!森があぁぁぁ!!」
「森が怒っている?」
「ガイストと森のケモノが、戦ってるって言って良いのかな?」
もうやめて!
佐藤さんの精神力はゼロよ!
と言ってもやめるはずも無く、森は大きく変化していく。
「魔王様、どういう状況なのか分かりますか?」
「多分だけどね」
「ワシ等に説明してもらいたいんだが」
精神力がマイナスに振り切った佐藤さんは、もう静かになってしまった。
だが長秀達は、今自分達が置かれた状況が知りたいらしい。
まあ僕が説明出来るのも、あくまで予想なんだけどね。
「簡単に説明すると、多分同族嫌悪だと思うよ」
二人は首を傾げた。
そこまで難しい話じゃない。
ドッペルゲンガーであるガイストは、僕達の心の中を読んで、姿形を変えるケモノである。
それに対して右顧左眄の森のケモノも、同じく人の心を読むタイプだ。
今まで騎士王国の騎士が若狭国に来たかは知らないけど、それでも騎士王国の商人とその護衛として、来ていると思われる。
それこそヌオチョモの配下とかね。
でも右顧左眄の森を通って若狭国に入ったのなら、ケモノを宿した騎士でも通過出来たという事になる。
じゃあどうしてガイストは駄目なのか?
その理由が同族嫌悪なんだと、僕は思った。
「なるほど」
「話を聞くとしっくり来る」
僕の推理で納得してくれたみたいだ。
こういうのを何て言うんだったかな?
あぁ、そうだ。
「人が深淵を覗く時、深淵もまた人を覗いている」
「何ですか、それ?」
「ニーチェェェェェ!!!」
佐藤さんが吼えた。
当たってるけど、よく知ってたな。
「異世界の哲学者、ニーチェという人物の言葉だね。まあ文字通りなんだけど」
ガイスト達に当てはめると、心の中を覗こうとすれば、自分の心も覗かれるぞって感じかな。
「深い言葉ですな」
「まあ戒めの言葉でもあるからね。人を殺してばかりいれば、いつかその闇に呑まれて怪物になっちゃうぞって」
そう考えると、僕もいつかは闇に呑まれるのかな。
秀吉は呑まれた後なのかな。
不安が心の中に広がっていき、息苦しくなってきた。
『お前はまだ大丈夫。真っ暗には塗り潰されていない』
「ガイスト!」
不安から、思わず口に出してしまった。
長秀達がこっちを見てきた。
それで、どうなったの?
『フフフ。我の心を覗いても、我の心は虚なり。だが奴はそうではなかったらしい』
な、なんか怖い事言ってるけど、勝ったって事で良いのかな?
「魔王様!道が出来ましたよ」
「なるほど。これが答えね」
頭の中でガイストが、優越感に浸っているのが分かる。
ここまで感情的なのも、珍しいな。
『奴の名誉の為に詳しくは言わないが、奴は我以外の者に害を為そうとは思っていないらしい。だから道が開けたのであれば、それは通って問題無い』
へぇ。
じゃあここまで色々と微妙な雰囲気だったのは、ガイストが居たからって事で良いのかな?
『・・・』
無言かい!
沈黙は是という言葉があるんだけど、そう受け取っておこう。
「阿久野くん!進んで良いのかな?」
「良いですよ」
道が開けた途端、佐藤さんは元気になった。
どうやらこの森を、さっさと抜けたくて仕方ないようだ。
そういう考えをしていると、また迷わされるんだけどね。
『問題無い。今回に限り、我の顔を立てて無条件に通してくれるという約束だ』
顔を立てて?
弱みを握っただけじゃないの?
『・・・』
そこで無言は怖いから。
コイツ、僕達の弱みまで口にしないか、怖くなってきたぞ。
『それはしない。お前達は特別だ』
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
でも他の人は違うんだよね。
佐藤さんに、あまり怖がってガイストを怒らせないようにって、伝えておかないと。
「魔王様、何か違和感があるのですが」
「違和感?どんな?」
「私達は感覚的に、若狭国に近付いている事が分かります。でもこれは、少し遠ざかっているような?」
何?
ガイストさんや、約束が違うんじゃあありませんか?
と思ったら、そうじゃなかった。
むしろ今回は特別だからこそ、特殊ルートに入ったらしい。
「長秀、聞いて驚け。なんとガイストさんが、やってくれました!今回は特別に、若狭国の正門には行かず、佐和山城の真裏に出るように道を作っているとの事。だから長秀の感覚が違うのは、間違ってないみたいだよ」