人生に近道は無い
僕は悪くない。
佐藤さんの自爆だと思う。
佐藤さんはガイストとの出会いで、不眠症に陥っていた。
それもこれも怖いのが苦手なくせに、ドッペルゲンガーに会ってみたいなんて言うからだ。
ガイスト自身は話してみると会話出来るし、バケモノだと言われなければ他人の姿である限り、怖いとは感じない。
あ〜それは嘘かな?
無表情から急に笑うのは、怖かったわ。
まあアレは、彼なりの合図みたいなものらしいけど。
笑顔になった時は、その相手が理解出来たという事らしい。
無表情なのは、まだ感情や記憶、その他色々なものがまだ分かっていない。
そして全てが分かった時に、口角が上がるらしい。
目が笑っていないから、めちゃくちゃ怖いんだけどね。
それを彼に伝えたところ盲点だったようで、アレから目も笑うように変えていこうとしているという話だ。
とりあえずガイストは、僕達に言われたからやったので悪くない。
そして僕達も、会ってみたいと言われたから本人の希望を叶えたと言っても良い。
言ってしまえば、相手がドッペルゲンガーだと分かっているのに、自分と同じ姿をした相手を見てビビる佐藤さんもどうかと思う。
既に情報はあるのだ。
自分が目の前に居るのを見れば、これがドッペルゲンガーか!って普通はなるでしょ。
それなのにビビって気絶しちゃうとか。
それで僕達が悪者扱いされるとか、おかしくないですか?
僕達が悪いから話し掛けても生返事だし、向こうからは一切何も話し掛けてこない。
空気悪いよね。
百歩譲って、月明かりも無い夜中にそれを実行したのは謝ろう。
僕もそれで同じ目に遭ったら、ちょっとチビりそうな気がしないでもないからね。
だから僕は思った。
やっぱり夜中に僕達も消えたのは、やり過ぎだったかもしれない。
「実験?お、俺達、何させられるんで?」
てっきり罰を受けると思っていたヒャッハー三人組は、石田の言葉に恐る恐る聞き返す。
石田は少し考えた後、城の前で待つように伝えた。
「お前達は森へ行きなさい。三人は私と共に城へ。少々準備をするので、城の前で待っていなさい」
止められていた人々を外へ向かわせると、石田は笑顔で三人組を連れていく。
「俺達、何させられるんだ?」
「バカな俺達が分かるわけねえべ」
「石田様の言う通りにしておけば、問題無いだろ」
「んだな」
三人は考える事をやめると、城に到着した。
「お待たせしました」
石田が城の中から、後ろに数人の人物を引き連れて戻ってきた。
彼等は色々な物を持ってきており、一人は剣や槍等の武器を。
もう一人は色々な薬品。
そしてもう一人は、筆記用具と紙を持ってきていた。
彼等は外から見えない場所へ連れて行かれると、早速石田から要望が伝えられた。
「では実験を開始しましょう。まず三人には、こちらを飲んでもらいます」
「な、何ですコレ?」
「私の研究結果です。一言で言えば、回復薬の上位版みたいな物です」
「回復薬の?俺達怪我してないですよ」
「だから、今からしてもらいます」
剣を持った妖精族が、後ろから剣でヒャッハーの背中を斬った。
「いでぇ!いでえよおぉぉ!!」
「でも、少しずつ治ってますよ。二人とも、押さえなさい」
「え?あ、本当だ!おめぇ、怪我治ってるぞ!」
「それでも痛えもんは痛えよ!」
斬られたヒャッハーを他の二人が押さえると、石田は背中をまじまじと見た。
「傷口は完全に塞がっている。時間は?」
「一分です」
「よし。次だ」
「次?また俺!?」
押さえられたヒャッハーは顔を強張らせると、押さえていたヒャッハーが腹を槍で貫かれた。
「いでえ!何で俺が・・・」
「そのまま貫かれていなさい」
「いぃ!?」
無茶な要求をされたヒャッハーは、自分で槍を引き抜こうとする。
すると石田の表情が一変し、彼は持っていたペンで胸を突き刺した。
「い、いでえ!」
「動くな」
胸から流れた血でヒャッハーの胸に文字を書くと、ヒャッハーは身動きが取れなくなった。
「あ、あれ?なんで?」
「ふむ。胸の傷程度では、ものの数秒で治りますか。なかなか効果が出るのが早いですね」
「もしかして、次は俺ですか?」
「イエス」
「ですよねぇ!いでえ!!あ、足が!足があぁぁ!!」
今度は足を斬り落とされると、しばらく断面を見た後にその足を貼り付けた。
「縫合無しで、くっつきそうですか?」
「大丈夫そうですね。ピッタリとズレ無く合わせれば、元通りになると思います」
「そうですか。なかなか凄いですね」
「お、俺、褒められてる?」
涙ながらに石田に聞くヒャッハー。
彼は笑顔で頷く。
「それでは他にも色々とやりたい事があるので、よろしくお願いしますね」
陽が傾き、もうすぐ夜になるかと思われる時間帯。
城の敷地内から聞こえていた悲鳴や叫び声は、一切聞こえなくなっていた。
「やはり首を斬り落とせば、如何にこの薬が優秀でも無理そうですね」
「しかし、それは生きた人間だからです。アンデッドであれば、この効果は絶大ですよ」
「アンデッドと生きた人間では、効果の持続時間はどうなんでしょう?」
「同じだと仮定すると、やはり三、四時間が限界ですね」
報告書に目を通す、石田と妖精族の一行。
彼等は議論を重ねると、気付けば辺りは暗くなっていた。
「続きは中でやりましょう」
「このモルモットは?」
「もう用は無いので、捨てて良いかな。使いたい人が居るなら、あげますけど。誰も手を挙げないし、燃やしちゃいましょう」
石田は再びペンを取り出すと、三人の死体に向かって何かを書き込んだ。
すると三人の死体が、いきなり発火する。
「臭いなぁ。誰か風魔法使える人は?」
「私が」
石田が鼻を摘んでいると、妖精族の一人が魔法で煙の流れる方向を城とは逆へ向ける。
それを見た石田は、人差し指と親指を鼻から外す。
「人にも効く事が分かった。彼等はとても良い仕事をしてくれましたね。これで秀吉様に伝える事が増えたし、今日は報告書をまとめたら、少し飲みましょうか」
石田達は盛り上がりながら、佐和山城へと入っていった。
翌朝、俺達はいよいよ右顧左眄の森へ入ろうとしていた。
ただし、大きな問題があった。
それは右顧左眄の森には抜け道など存在せず、自力で抜けるしかないという事だ。
「でも真正面から行ったら、若狭国の真ん前に出ちゃうんじゃないの?」
「そうなんですよ。ただ右顧左眄の森を通っている時は、誰にも会わないと思うんです」
「しかしワシ等が若狭国に来とるのは、バレバレになるだろうな」
かなり困った問題だ。
長秀の話によると、右顧左眄の森の中では基本的に誰かと会う事は、ほとんど無いらしい。
それは森自体が勝手に迷わせる特性がある為、思考が全く一緒じゃないとダメだからという話だった。
ただし例外として、右顧左眄の森は何処から入ろうが、通過出来た人は若狭国の目の前に出るのが当たり前らしい。
それは領主である丹羽長秀でも同じで、阿形や吽形でも変わらないという話だった。
でもそれじゃあ、俺達は困るわけで。
どうすれば良いか、出発する直前になって迷っているというわけだ。
そしてこの森は迷ったまま入ると、絶対に森の中で彷徨い続けなくてはならないという特性がある。
だから俺達は、何かしらの結論が出ない限り、この森に足を踏み入れられないという状況に陥っている。
「魔王様はどうお考えですか?」
「こうなったらワシ等は、魔王様の考えに従った方が早いかもしれん」
「な、なぬ!?」
長秀と一益が、二人揃って俺を見てくる。
弟は既に身体の中に居るし、佐藤さんは俺を未だに知らんぷりしてくる。
に、逃げ場が無い。
た、助けてマイブラザー!
(テロレロリン!い〜や〜だ〜!)
古い方か?
古い方のマネなのか!?
(そうだよ。古い方だよ。というか、兄さんが決めて良いよ。おそらく僕なら、迷ったまま入って、迷いながら決めるから。効率が悪いと思う)
ほうほう。
迷いながら決めるとな。
「皆の衆!お告げが聞こえた」
「お告げ!?」
「丹羽殿、そんなもん聞こえたか?」
二人とも驚いているけど、一益は疑っているな。
佐藤さんなんかは無関心を装っているけど、話は聞いたがっている感じか。
「迷いながら進むべし」
「迷いながら?」
「わざとこの状態で入って、進みながら答えを出すと?」
「そういう事。人生なんてそんなもんでしょ」
「流石は魔王様。深いですな」
「そうでしょうとも」
適当に言った言葉だけど、長秀には響いたようだ。
しかしそんな時、佐藤さんだけが悪態を吐いてきた。
「それ、阿久野くんの言葉というより、中に居る阿久野くんの言葉じゃないの?さも自分で言ったように言うのは、ダサくない?」
「何故それを!?」
「分かるよ。だってキミ、俺と同じで体育会系じゃん。絶対そんな事考えないし」
くっ!
正論過ぎて言い返せん!
「でもね、アイツの言葉は俺の言葉でもある。だからオールオッケー!」
「ズルイなぁ・・・」
「まあ良いじゃないの」
なんか、佐藤さんと久しぶりにバカらしい話が出来た気がする。
あぁ、この雰囲気が良い。
「今だ!このタイミングを逃さずに森に入るぞ!」
「い、今!?」
「突撃〜!」
俺は佐藤さんと話せたのが嬉しくて、何も考えずに森に入っていった。
うん、迷った。
分かってた事ではある。
でも、入った途端に考えがまとまっていなかったからか、いきなり出口が塞がれたのはビックリした。
「既に進んで一時間。どうされるおつもりです?」
どうされるって言われても、何も考えが浮かばない。
今思ってるのは、そのうちどうにかなるだろって考えだけだ。
「しかしこの森、ワシは初めて足を踏み入れたが、どういう仕組みなんだ?」
「それは私も知りません」
「先代から聞いていないのか?」
「そうですね。刺激するなくらいしか、言われていませんでした」
刺激するなねぇ。
なんか森というより、人に対して使う言葉な気がする。
俺がそんな事を考えていると、一益も同じ事を思ったらしい。
「案外、バケモノが居るのかもよ?」
「そんなワケないですよ」
「そうか?ワシはあながち、間違っていない気がするんだがなあ」
「や、やめてくれよ!もうこっちは、怖いのはこりごりなんだから」
佐藤さんの顔が、また青くなっていく。
もうこういう話は避けたいんだけど。
そんな一益の意見に否定する長秀に対して、俺の頭の中では更にそれを否定する者が現れた。
『このドワーフ、なかなか鋭いな。確かにこの森に足を踏み入れてから、我と近い気配を感じる。もしかしたら近くに居るのではないかと、我も考えているのだが』