秀吉の行方
ラビの慶次に対する評価は、思った以上に高かった。
共に行動したからか、自分とは違うやり方をする慶次に、高評価を与えたようだ。
サボり魔と思っていたようだが、言葉とは裏腹に行動では結果を出した。
滝川領へ共に向かった当初は信用していなかったようだが、彼の人柄のようなものに触れて、印象も変わったのだろう。
ラビは慶次に好印象を持ったようだが、それは模擬戦の結果とは関係が無かった。
そろそろ決着をつける。
利家の一言は有言実行され、新しい槍の威力を試すべく、新槍術で慶次を地面へと叩き伏せた。
所詮は弟、兄には一生勝てない。
そう言ってのけた利家だったが、その言葉に怒りを覚えたのは慶次だけではなかった。
だからお前はアホなのだ!
僕は怒りに任せて、利家へと弟の気持ちを代弁した。
そう。
これは優れた兄を持った、僕への挑戦状でもあった。
弟にも意地はある。
それに兄に負けていないところも。
一人立ち出来るように突き放し、敢えて厳しく接する。
そのやり方は、必ずしも間違っているとは言えない。
しかしそれは、永遠と続けるものじゃない。
時には支えて支えられて、お互いが助け合って立っても良いと思う。
僕の言いたかった事がようやく伝わったのか、兄である利家は慶次を起こした。
これで不仲だった間柄も、少しは改善されるだろう。
そんな二人を見た召喚者の佐藤は、号泣しながら喜んだ。
彼等の仲が戻った事に感激し、大声で泣いていた。
周囲を引かせた彼だったが、この二人の関係を修復してみせた僕に、魔王万歳!という掛け声を煽った。
全ては魔王の手柄。
観客と化していた連中に、僕は胴上げをされた。
そして僕は、天井へと叩きつけられたのだった・・・。
「あべし!」
「あ!」
空を舞う小さな身体を見上げ、胴上げの外から見ていたハクトが大きな声で驚いた。
ビタンッ!
天井にぶつかった僕は、自分の耳にそのような音が聞こえた。
顔面が痛い。
「・・・」
胴上げをしていた連中も空に舞う身体を見上げ、ぶつかる瞬間を見ていた。
そしてあろう事か、そのまま固まってしまったのだった。
「お、おい!」
ゴチンッ!
天井から落下した僕を受け止める者は、誰も居なかった。
フリーズした連中は目で追うだけで、誰も動かなかったから。
そのまま後頭部を打った僕は、涙が出るほど痛かった。
地面をのたうち回る姿を、彼等はジッと見ていた。
【あの〜、怒ってます?】
怒ってないですよ!
僕を怒らせたら、大したもんですよ!
だから兄さん。
代わるから、分かってるよね?
【怒ってるじゃないか!でも、そうね。分かりました】
ヤ、ヤバイ!
調子に乗り過ぎた!
胴上げまでは良かったものの、天井が低い事まで考えてなかった。
しかも天井にぶつかって落ちてくる阿久野くんを、誰も助けなかった。
あ、起きた。
後頭部をさすりながら、こっちに歩いてくる。
これは怒られる事を覚悟しないと。
「佐藤さん、ごめんね?」
「ん?ぶべら!」
目に追えない速さでビンタされたようだ。
思いきり吹っ飛んだ身体を起こそうとしたが、足に力が入らない。
目の前が・・・。
「ま、魔王様、ご乱心!」
「ご乱心じゃねーよ!お前等がやったんだろうが!」
全く、何がご乱心だ。
完全にお怒りモードの弟に、パシらされるこっちの身になれってんだ。
佐藤さん、俺にはあの状態の弟には逆らえないのだよ。
しかし、天井にぶつけたのは貴方達だ。
一発くらいのビンタは、我慢してほしい。
「お前も!お前も!お前も!」
「ひでぶ!」
「たわぱ!」
「ばぬぁな!」
胴上げをしていた連中に、一発ずつビンタをお見舞いする。
一人一人吹っ飛んで行くが、気にしたら負けだ。
入れ代わった瞬間、後頭部がかなり痛かった。
アレは怒ってもしょうがない。
だからこそ、俺もビンタを続けるのだ。
それをご乱心だと?
自分のした事を棚に上げて、酷いにも程がある。
「そ、そろそろ許してあげても良いんじゃ?」
「俺もそう思う!早くラビさんと慶次さんの話、聞こうぜ!」
ハクトと蘭丸が止めに入ってきた。
俺はどうすればいいんだ?
(そろそろ良いよ。佐藤さんが吹き飛んだのを見て、スッキリしたから)
さいですか。
それは良かったでございます。
じゃあ、難しい話は代わりに聞いてくれ。
(いや、話を聞くだけなら、このままでいいよ。僕は人形の方に移るから)
カタカタ人形が動き出すと、ラビと慶次は警戒心を露わにした。
「あぁ、説明してなかったね。僕、魔王」
「俺も魔王」
「二人とも魔王だから、よろしく」
何が何だか分かっていない様子のネズミ族とドワーフ。
毎回説明するのも面倒なので、皆には魔王の眷属って事にした。
テンジやドラン、慶次とラビにはちゃんと説明はしておいたけど。
「とりあえず、こんな感じなんだな」
「面白い身体でござるな」
「そのような魔王、今までおりませんでしたよ」
「特別だと思って納得してくれ」
「普段は僕が表に出てるけど、戦闘は交代したりしてるから。仲良くしてね」
人形と俺を交互に、物珍しく見ていた。
流石に慣れたけど、人によって反応が違うのは面白い。
「なるほど。魔王様も兄弟だから、拙者達の事をあんなに理解出来たのでござるな」
「色々とご迷惑をお掛けしました。今後は私も考えを改めて、慶次を見守りたいと思います」
「やっぱり兄弟は仲良くしとくべきだ。ただ、コイツが本当にサボっているようなら、シバいて良いと思うぞ?」
「判断は難しいけどね。ラビも言ってたけど、慶次は誤解されやすい行動が多いんだよ」
「拙者が悪いのでござるか!?」
サボり癖が人によっては不真面目に見える。
やる事はやっているけど、普段サボっているからそう思われないのかもしれない。
「普段の行いが悪いって事だな」
「そんな!」
軽く笑いが起きたところで、そろそろ本題だ。
滝川領に行って、何か分かった事があるらしいからな。
「まず最初に言っておきますが、滝川様が洗脳されているのは確定のようです」
「おっちゃんは今、家臣達に幽閉されているって噂が立っていたでござる」
「幽閉?」
一益の命を守るって言ってた家臣達が、命令通り洗脳された一益を斬ろうとした家臣を追い出した。
それは分かる。
でも、何故守った一益を幽閉する必要があったんだ?
そんな事したら、家臣達に民から余計な不信感を持たれるだけじゃないのか?
「俺には難しい事が分からないけど、一益を幽閉した家臣達は何をしているんだ?」
「何もしておりません」
「え?」
「普通に政を執っております」
あんまり意味が分からない。
幽閉して、普通に政治を執り行っているって事?
「もしかしたら、洗脳された事で性格も残忍になってたりするんじゃない?」
「理由は分かりませんが、厳重に警備されていると聞きます。そして九鬼殿ですが」
「おぉ!九鬼嘉隆だっけ?彼が黒幕だった?」
「それは無いです」
「何故言い切れるの?」
「九鬼殿はお亡くなりになられていました」
マジか!
爺さんだって言ってたけど、まさか死んでるとは。
そりゃ黒幕とは呼べないわな。
「その代わり、お孫さんが九鬼の名を継いだらしく、最近は滝川領の外れで河童の一群が見つかっているそうです」
「その新しい九鬼は、滝川の連中と手を組んでいるのか?」
「それが、先代とは違って距離を置いているみたいですね。滝川殿が家臣団によって幽閉されているので、あまり信用していない様子です」
なるほど。
孫も滝川一益とは、面識ありそうな感じがする。
それで幽閉されたのを知って、滝川家臣団とは離れたか。
むしろ助ける為に行動しそうな気もするな。
「ちなみにこの情報は、慶次殿の知己に聞いた情報です」
「慶次が?」
「ほらな。お前が認めなかった弟は、こうして役に立つ情報を得て帰ってきたんだぞ」
「あの、その。あまりそう言われたりするの慣れてないので、恥ずかしいです・・・」
ラビは敢えて、この情報が慶次の手柄だと言った。
顔を赤くして照れた慶次は、軽くそっぽを向いた。
本当に褒められ慣れてないんだな。
又左はこういうところ、駄目だなぁ。
戦闘は強いけど、統率は苦手なのかもしれない。
「滝川領での出来事はこれくらいです。それで木下様の行方に関してですが、やはり情報がございました」
「やはり藤吉郎様と滝川様は関係があったか」
テンジがその言葉に確信したようだ。
「まず、これは滝川領内での噂です。木下様は滝川様が幽閉されたのを知り、それを助け出そうとしたらしいです。しかし滝川家臣団はそれを拒否。その間に家臣団が木下様の家臣の誰かと内通。不意を打たれた木下様は、滝川領で捕縛されたとの事です」
「じゃあ秀吉は滝川領に居るって事?」
「それが滝川領に捕まっているのが領民に見つかるとマズイとかで、長浜へと引き渡されたという話です」
じゃあ長浜の何処かに、秀吉は居るんだな。
でも、城に居る様子は無かった。
領内の他の場所となると、俺達じゃ分からないかもしれない。
「ちなみにその情報は、信用出来るの?」
「はい。これも慶次殿の知己に聞いた話ですが、移送には貧民街の連中を徴用しました。大金を見せて何かを運ばされたのですが、帰って来なかったのです」
「帰ってこなかったのに、よく分かったね」
「生き残りが居たのですよ。しかも長浜に」
此処じゃねーか!
そんな近場に居たのに、何で分からなかったんだ?
「彼は長浜の貧民街の奥で、殺されないように逃げ隠れていました。今は此方で保護していますが、酷く怯えて大変でした」
「そうか。それでその彼からは話を聞いたの?」
「はい。彼等は当初、自分達が何を運んでいるのか理解していなかったのですが、ふとした事で木下様と発覚。他言無用だと追加で大金を貰ったのですが、ある場所まで運ぶと、皆斬り殺されたらしいです」
それで一人だけ逃げ延びたって事か。
知らない土地で逃げるのって、大変そうだな。
よく逃げ切れたと思う。
「それで何処に運んだか分かった?」
「それが、分かった事は分かったのですが。とても厄介な場所でして」
厄介?
大きい城とかかな?
「それで厄介とは?」
「川の中洲にあり、なかなか手の出しにくい場所なのです。砦が建てられていて、陣すら敷く事もままならない場所かと」
「何処かで聞いた事あるような?」
「無理矢理攻めればいいんじゃないの?少数精鋭とかで忍び込むとか」
「先程も申した通り、周囲を川が取り囲んでおります。川を渡る時点で見つかるかと」
やっぱり俺程度の考えじゃ駄目か。
こういうのはやっぱり弟に任せた方が早いな。
考え込んでるようだし、そのうち何か良い案出してくれるだろう。
「墨俣だ!」
「すのまた?」
皆、何だそれ?って顔している。
俺も分からないけど。
「まずその砦が厄介な理由が、川に囲まれている事です。侵入するにしても川を渡るのに手間取り、その間に弓や魔法で攻撃されます。それと見通しが良く、兵が集まる前に先手を取られて攻撃を受けやすいです」
「つまりはこうなれば簡単でしょ?川を容易に渡れるようにして、軍が集まれる場所を作る」
弟は簡単に言ってるけど、厄介だってラビとテンジが言ってるじゃん。
これで出来ませんでしたってなったら、ただの自信過剰な馬鹿だぞ?
「そう簡単に行きますか?」
「あぁ。僕が居れば簡単だ。幸いな事に、安土に戻った時に、ビビディから城作りに関して話も聞いたしな」
「城作り?」
流石に城は無いだろうと、皆が皆聞き返していた。
でもこんな話、俺も何処かで聞いた事あるな。
歴史の授業だったけど、何だっけ?
「墨俣の一夜城を作って、砦を攻略する!」