表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/1299

兄弟喧嘩2

 隠れ家に着いた利家は、弟の慶次に対して厳しく当たった。

 何故か理由は分からないが、始まった模擬戦。

 いざ戦うとなった二人の間には、緊張感が走っていた。

 あのものぐさ慶次が物凄い真剣だった。

 ここは一つ、盛り上げる為にも僕が一肌脱がなくては!


 二人の間に立った僕は、両側に箱を作り上げた。

 ギャラリーと化した、隠れ家に住むネズミ族とドワーフの一味。

 久しぶりの娯楽なのか、その賭けは大いに盛り上がりを見せた。


 新たな槍を手に構える利家と、普通の長さの槍を構える慶次。

 倍以上の差があるその長さに、周囲はどよめいた。

 能登村を出て以来、長槍を扱っていない慶次だったが、その強さは間違いないと思う。

 長浜城では、その槍で蹂躙したのだから。


 戦いが始まると、慶次の先手を皮切りに、目まぐるしく攻守が入れ替わった。

 その間に始まった舌戦。

 そして利家の一言が、慶次の琴線に触れた。

 感情を露わにして叫ぶ慶次。

 彼がやる気を無くした理由。

 それを初めて自身の兄へとぶつけた。

 お互いがお互いに表面しか見ていない。

 叫ぶ両者が対峙している最中、僕はラビから滝川領である上野国での仕事の話を聞いた。





「慶次のやり方が面白い?」


 変装の達人であり、猫田さんが認める乱破のラビカトウ。

 彼の滝川領での案内役として同行したのが、滝川一益に世話になっていた慶次だった。


「彼のやり方は、私とは大きく違いますね」


「やり方って?」


「偵知としてのやり方です」


 偵知とは物事を探る事だ。

 その二人の探り方が、大きく違うと言っている。

 何が違うのか?


「穏便に誰にも知られず、誰にもバレないようにするのが、私のやり方です」


「僕もそうやるのが普通だと思う」


「しかし彼の場合、自ら聞きに回るのですよ。大通りは流石に使いませんが。裏路地の浮浪者のような連中にも顔が利き、酒を振る舞って詳しい話を聞く。宴会と化したその路地に、また違う者が現れては酒を振る舞い、そして話を聞いていく」


「それ、よくバレないね。大騒ぎしてたら、バレちゃうんじゃない?」


「実際に衛兵隊が来ましたよ。それでも周りの連中は、慶次くんを突き出さなかった。人望ですかね?慶次くんを隠して、何事も無かったかのように衛兵は帰りました」


 慶次って人望あるんだ。

 サボってばかりで、むしろ嫌われてるイメージだったんだけど。

 さっき言っていたやる事はやっているって、こういう事かな?


「裏に住む者の中に、やはり情報で飯を食っている者もおりました。必要な情報だけでなく、面白い情報も手に入りましたよ」


「おぉ!凄いじゃない!」


「私だけでも情報を手に入れる事は、出来たと思います。しかし、あの短時間で様々な情報を手に入れられたのは、慶次くんの力だと思いますよ。私も彼が此処に来てから、その何と言いますか、サボっているところしか目にしていなかったので」


「あまり信用してなかった?」


 ラビは苦笑いしながら、頭を掻いた。

 図星だったんだろう。


「彼は理解されにくいのかもしれません。もっと表立って分かるような行動を取れば良いのに、それを嫌がっているようにも見える。しかし動かない事が逆に目に付く結果となり、目立っているとも言えます」


 目立つのが嫌な感じなのに、サボってる事で目立つって事かな?

 傾奇者というよりは、ひねくれ者に思えてきた。

 まあさっきの慶次の心の叫びを聞く限り、本当は見て欲しいって気持ちもあるような気もするけど。


「私としては、慶次くんを応援したい気持ちはあるんですがね。しかし・・・」


 言いたい事は分かる。





「そろそろ終わりだ。我が新槍術の糧となるが良い!」


 前田さんの穂先の無い刺突が、慶次を襲った。

 その連続した刺突は先程よりも遅い。

 慶次はそれを見て、またも余裕を持って躱した。


「そろそろ体力の限界ですか?兄上」


 勝ちを確信した慶次だったが、次の瞬間に心が凍り付く事になった。

 槍の先端が、顔目掛けて曲がってきたのである。

 もう少し気付くのが遅ければ、顔面にその槍を食らっていた。


「惜しい。やはり私も、まだまだ鍛錬が必要だな」


 前田さんのその一言は、偶然ではなく狙ってやった事の証明だった。

 そして更に連続して突きを繰り出した。


「クッ!何だってこの槍!生きているみたいな動きを・・・がはっ!」


 その連続した刺突の速度は、最初に繰り出した連続突きに比べるとはるかに遅い。

 しかし避けたと思うと違う方向へと曲がり、避けようにも避けられなかった。

 顔に向かってきたと思ったら右肩へ。

 肩に向かってきたと思うと、腹へ槍が襲ってくる。

 自分の槍で捌こうにも、目の前で動きが変わるので捌ききれなくなったのだ。

 被弾した慶次は、膝をつき肩で息をし始めた。


「まだ狙った箇所へと曲げるのは難しいな。ある程度の方向は定まるのだが」


「随分と余裕じゃないですか。僕はまだ負けていない!」


 息を整えた慶次は、それなら間合いを詰めればいいと、前へと勢いよく飛び出した。


「必殺!まだ名前を決めていない!」


 物凄くカッコ悪い事を大声で言いながら、前田さんはその槍を下半身へと繰り出した。


「甘い!」


 慶次によって逸らされたその先端だったが、それが狙いだった。

 上へと弾かれた穂先が、再びその動きを変える。

 頭の上を通過したその穂先は、背中へと突き刺さる。

 その威力で慶次は、地面へと叩きつけられたのだった。


「勝負あり!」





「やっぱりこうなるか」


「ですね。慶次くんも強いけど、あの方は更に上に行っておられるようで」


 ラビと僕の予想は同じだった。

 慶次は強いかもしれない。

 でも、実戦経験が圧倒的に少ない。

 特に同格以上の敵と、戦った事が無いのだと思われる。

 だからこそ、戦い方に慎重さが無かった。

 叩きつけられた慶次へと、ゆっくり近付く前田さん。

 そして彼は、弟へと言葉を掛けた。


「やはりお前は弱い。お前の言うやってきた事が何か分からんが、所詮弟では兄に一生勝てんよ」


「クソ!クソクソクソ!」


 悔し涙を流す慶次だったが、負けたのは仕方ない。

 努力が足りなかったのかもしれないし、武器が初見だったからかもしれない。

 それは戦場では出来ない言い訳だ。

 しかし。

 しかしだ。

 僕はカチーンと来ている。


【やはり怒っていらっしゃると?】


 おうともさ!

 あの言い分は、僕にも喧嘩を売っているという事だよ?

 しかも追い打ちを掛けるかのように、グチグチまだ言っている。

 あれじゃ慶次の性格が曲がるのもしょうがない。



「おい!」


「魔王様!私の勝利をご覧頂けましたか?」


「うるさい!お前は僕にも喧嘩を売っているのか!?」


「はい?」


「弟は兄には勝てないだあ?それは僕が、キャプテンより劣っていると言っているんだろう?」


 そう。

 さっきの言葉は、全国の弟の皆さんを侮蔑する発言なのだ。

 確かに僕の兄は凄い。

 ドラフト候補になるような野球選手なんだから。


「お前は確かに強かった。それはこの模擬戦が証明している。だがな、強さだけが全てじゃないだろうが!」


 僕よりも兄は優れている。

 この世界に来てからは、その考えも変わった気がする。

 野球というモノを外してみたら、兄は僕とそんなに変わらないと思ったからだ。

 兄の身体能力は、僕よりも比べ物にならないくらい凄い。

 だけど、魔法を使用する事に関しては僕の方が上なんだ。

 慶次だって同じだ。


「仰る事がよく分かりませんが」


「お前は戦いだけが全てなのか?戦い以外でも、慶次に勝っていると証明出来るのか?」


「それは慶次と比べたら勝てますよ」


 弟には絶対に負けない。

 そう心から思っているようだ。

 慶次はその言葉を、俯きながら聞いていた。


「だからお前はアホなのだ!お前が偵知に出て、短時間で情報収集出来るのか!?お前が他人の領地の人間から、信頼を勝ち得る事が出来るのか!?」


 顔を上げた慶次は、ラビカトウの居る方へと視線を動かした。

 ラビはそれに気付き、頷いただけだった。


「弱肉強食の魔族に、お前の考え方は間違っているとは言えないかもしれない。だけどその考えはもう古い!相互協力をして何事もやっていかないと、いつか自分が倒れた時に誰も支えてくれる人は居なくなるぞ。能登村の皆は、お前を助けてくれなかったのか?」


「それは・・・」


「慶次は支えて、欲しかった人が支えてくれなかった。だから村を出た。そして新たに支えてくれたのが、滝川一益だったんだろう。そしてその滝川一益を、今度は慶次が支えたいから、今こうしてこの隠れ家に居るんじゃないのか?」


 じゃないと、滝川一益の命令通りに斬り殺して終わらせていた可能性だってある。

 一益の洗脳を解く為に、コイツはコイツで頑張っているんだと思うんだよね。


「本来なら最初に支えとなるべき家族が、何で突き放すような事ばかりするんだ?一益という支えが居なくなった慶次を助けるのが、お前がやるべき事だろうが!」


「・・・悪かった」


 僕の言葉にようやく気付いた前田さんは、慶次に静かに謝った。

 慶次の腕を取り、起こし上げる。


「親父が先代魔王様と一緒に討死してから、俺は兄から親父になったつもりだった。でも、それが間違っていたんだな。親父が亡くなって一人立ち出来るようにするんじゃなくて、一緒に支えていけば良かったんだ」


「兄上・・・」


「お前が無理なら俺がやる。お前が助けたい人は、俺が一緒に助ける。必ず成し遂げてみせよう」


「ありがとう。兄上」


 うんうん。

 ギクシャクした関係が、ようやく元に戻った感じだな。

 とても良い事をした気分だ。

 だからこそ、トドメも刺しておこう。


「ちなみに又左より、慶次の方がトライクの運転は上手いと思うぞ?」


「え!?そんなに私の運転は駄目ですか?」


「ブレーキレバーも握らずに、槍で止まるなんてやり方。誰も認めんわ!」


「そんな!?」


 その話を聞いて、皆は大笑いしていた。

 ただ一人を除いて・・・。



「うわ〜ん!えがったぁぁぁ!!えがったなあぁぁぁ!!!」


 大号泣の男がただ一人。

 その名も佐藤俊輔。

 前田さんに匹敵する強さを持つ男なのだが、周りが引くくらい泣いていた。


「だって!長年の兄弟仲が、こうやって元に戻るなんて!慶次くん、えがったなあぁぁぁ!!」


「あの、もう泣き止んで良くないですか?」


「そろそろ鼻水も拭いた方が良いかと?」


 軽く引いているハクトと蘭丸から促され、その涙は止まるかに見えた。

 しかし、僕はそこから予想外の展開に巻き込まれる事になった。


「流石は阿久野くんだ!こんな感動を与えてくれるなんて。魔王万歳!!」


 魔王万歳。

 この言葉に触発された周囲の者達が、急に大きな歓声を上げる。


「そうだよな!魔王様があそこで怒ってなければ、仲違いしたままだった」


「長年の諍いをまとめるなんて。なんて凄い人なんだ!」


「魔王様は伊達じゃない!」


 佐藤さんの熱気が周りへと伝播していく。

 気付けば魔王万歳の大きな声で、練兵場は埋め尽くされていた。


【何かおかしな方向に進んでないか?】


 前田さんも佐藤さんのその言葉に、号泣し始めたし。

 どうやってこの熱気、止めればいいんだろう?


「皆!そんな魔王様を祝福して胴上げだ!」


「ど、胴上げ!?」


 佐藤さんが訳の分からない事を言い始めた。

 祝福するならこっちの二人だろ。

 何で僕?

 しかしそんな事に皆、意を介さない。

 猛ダッシュで周りを囲んだ、ネズミ族とドワーフ達。

 そして僕は、皆に身体を持ち上げられた。


「いくぞー!わーっしょい!わーっしょい!」


 一気に身体を上へと放り投げられた。

 しかし、コイツ等は何も分かっていない。

 僕の身体が小さい事に。

 そして、この練兵場の天井が低い事に。





「あべし!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ