帝の行き先
帝の気持ち、理解出来る。
御所が燃やされた帝は、焼け野原になったキョートで考えていた。
今の彼って、実は僕達と同じような境遇なんだよね。
何も知らずにこの身体に乗り移った僕達は、何故か創造魔法が使えるというだけで、魔王にさせられた。
皆が何もしなくても良いって言うから、それでも良いかって話だったんだけど。
実際には上野国が乗っ取られそうになったのを阻止したり、若狭国では帝国軍の侵攻を止めたりと、意外と仕事もこなしてきたつもりだ。
だけどそれは緊急事態の時だけで、平時の安土運営に関しては、全て任せっきりと言える。
対して帝も、望んでいないのに皇族として生まれ、帝として騎士王国のトップに立つ事になっていた。
そして帝という立場から騎士王を任命するだけで、基本的には特に何もしない役職でもある。
力も持たない彼には僕達みたいに戦う事は出来ないし、それは仕方ない話だとも思う。
だから帝に不満を持っていた騎士は、今更何言ってんだという気がしなくもない。
そもそも不満を持った騎士達は、だったら帝に何を求めているのだろうか?
仮に帝に全てを委ねたとしよう。
そうなると確実に、命を狙われる事になる。
だって力が弱いんだから。
そうなると自分の代わりに力を行使してくれる人が必要になる。
それが騎士王だと僕は思う。
じゃあ帝を廃して、騎士王がトップになれば良いじゃないなんて考えもあるだろう。
しかしそうなると、我先に騎士王になるという考えの輩が増える事になる。
そうなれば国は、ずっと戦乱の中に居る事になるだろう。
おそらく騎士王も、短命に終わりそうかな?
ずっと暗殺に気を回して、神経がすり減って病気にもなりそうだし。
気付けば暗殺ではなく、病気で亡くなる人も少なくなさそうだ。
帝というのは、そういう人達を生まない為の、緩衝材として考えれば良いんじゃないか?
何もしないのは確かに微妙な気もするけど、じゃあその権力の一部を帝に返還すると、それはまたそれで反騎士王派が帝にすり寄る言い訳にもなりそうだし。
だから一番なのは、やっぱり騎士王がしっかりする事なんだろうね。
帝はボブハガーの背後に、秀吉が居ると言い切った。
特に根拠は無く、彼の勘である。
しかし突然アンデッドとして蘇るなんて事は、この世界で聞いた事が無い。
しかし転生者である帝なら、数ある可能性の中から転生者と召喚者の能力なら、あり得るかもしれないと導き出していた。
「豊臣秀吉?それって騎士王国を囲んでいた奴の親玉だよな?」
「そうです。トキド殿も一度、やられた相手ですよ」
「やられてない!と言いたいが、確かにあの城は見た事の無い武装をしていた。俺がやられたのも頷ける」
「自分がやられた理由を、そうやって作るんですね」
トキドは大怪我をした理由を言うと、ウケフジからツッコミが入った。
しかしトキドでもやられたと聞いた騎士達は、結果として気を引き締める事となった。
「私からもお願いします。お館様を討つ機会を下さい」
「騎士王!?」
騎士の面々に頭を下げるオケツ。
騎士のトップに立つ人間が、一介の騎士に頭を下げる。
それは前代未聞の行動であり、誰もが動揺した。
「私は騎士王として未熟なのは分かっている。だから今回は、一人の騎士としてお願いしたい。私はアド・ボブハガーという人物を助けたかった。しかし今のあの人は、本当のボブハガーではないと私は思う」
「どういう意味です?」
「何と説明したら良いのか。一つ言えるのは、本物のあの方であれば、豊臣秀吉なんか利用しないで、自分の力で奪いに来ると思うんですよね。でもそれをしなかった。性格は本物っぽいけど、何かが違うというか・・・」
自ら説明しておいて、自分でもよく分からない。
オケツは混乱すると、騎士達はそこで初めて笑いが起きた。
「分からなくもないですね」
「アド様とは一度会った事があるが、あの方のイメージは唯我独尊を彷彿とさせていた。他人の手なんか借りず、自分の力でやろうとする気がする」
「偽者だという事か」
「いや、そうとも言い切れないんですけど」
騎士達がボブハガーの印象について話し始めると、彼等は偽者だと言い始める。
しかしオケツは、実際に獅子王の能力を発揮した事から、偽者と断定は出来ないと小声で言った。
が、誰も聞いてくれなかった。
「まあ何にせよ、俺達はオケツ殿を手伝うつもりだ」
「私も同じ気持ちです。ねえ、タツザマ殿?」
「拙者もヌオチョモ様が向こうについて、少し頭の整理をしたいのだが。しかし、そうも言っていられないしな」
トキドやウケフジ達は、オケツへの協力を約束すると、他の騎士達もそれに同意した。
「オケツ殿は騎士王としては、微妙としか言えない。だがボブハガー殿が殺された時、唯一貴殿だけはハッシマーを倒そうとしていた」
「主君に対する忠義という面では、オケツ殿は騎士の中の騎士と言わざるを得ない」
「仇を討つ。初志貫徹させたオケツ殿だ。だったら今回も、アド様の偽者をどうやっても倒そうとするだろう。ならば今回は、私達もその手伝いをさせてほしい」
「だから偽者では・・・」
オケツが訂正しようとすると、騎士達が気合を入れようと声を張り上げる。
「やるぞ皆!帝と騎士王の為に、この国の平和を取り戻すんだ!」
「皆、ありがとう」
「えっと、だからお館様は・・・」
帝は感謝の言葉を述べると、更に声が大きくなった。
オケツはもうどうにでもなれという気持ちになり、説明するのをやめた。
「ところで帝。御所は燃え落ちてしまいましたが、今後は何処を拠点とするつもりですか?」
「それなんだが・・・」
「ホァイ!トキド領は如何でしょう?」
ウケフジの問いに帝が悩むと、トキドは待ってましたと言わんばかりに大きく手を挙げて、自分の領に勧誘する。
すると他の領主と呼べる連中も、続々と挙手を始めた。
「ど、どうしてこんなに!?」
戸惑う帝に、ウケフジは説明する。
「皆、肩書きが欲しいんですよ。御所を失った帝を、一時でも匿ったという肩書きが」
「そんなの必要?」
「後世まで語り継がれるのは、間違いないでしょうね。帝のピンチを救ったとなれば、他の家からも一目置かれますから」
「でも、それでこんな争いになるのは・・・」
気付くとオケツとトキドがしたような取っ組み合いが、至る所で行われている。
太刀を抜かないと分かっているからか、他の騎士もトキドに遠慮はしていない。
「オケツ殿とタツザマ殿は、参加しないんですか?」
「ウチは西の端の方ですから。もし何かあった時、救援が呼びづらいですね」
「私も元々はアド領です。お館様が戻ろうと、狙ってこないとは言い切れないですから」
困った顔をしながらタツザマとオケツは理由を言うと、帝は少し考え、結論を出した。
「決めた!東に行く」
「東?それはまた何故?」
「向こうには豊臣秀吉がバックに居そうなんだ。だったらこっちは、魔王の手の者に力を借りようと思う」
「それは、越前国を頼ろうという意味ですか?」
「そうだ」
帝は肯定すると、皆は困った顔をした。
それが何故か分からなかった帝は、首を傾げる。
その理由は、帝は御所から外の情勢を聞く事が無かったからだった。
「越前国の戦力は、期待出来ません」
「何故?」
「というより、魔王様の方も手一杯なんですよ」
鳥人族は領主を失い、都市があった大木は燃やされた。
領主は無事だが、ドワーフ達の上野国も同じく破壊され、彼等も混乱の最中にある。
妖精族は若狭国を奪われ、騎士達は領主である丹羽長秀の所在は知らない。
そして越前国も領主を失い、そして秀吉軍に何度も攻められているというのが実情だった。
オケツやトキド達騎士は、それ等の情報を知っている。
だが帝は、そんな話を一切知らなかった。
「そ、そんな事になっていたとは・・・」
「ちなみに魔王様の無事は聞いていますが、何処に居るかは教えてもらってません」
「そうなのか。じゃあ越前国に頼るのは・・・」
「あっ!」
トキドが突然大きな声を上げた。
皆が彼の方を見ると、気まずそうに帝に伝える。
「そういえば、太田殿や蘭丸殿が越前国に滞在しています」
「魔王様直属の配下じゃないか!」
「それなら、合流する算段でも良いのでは?」
魔王直属の配下は、領主に匹敵する力を持っている。
それが彼等の共通の認識であり、そんな連中が滞在しているなら、共闘するべきだと皆は考えた。
「決めた。確かウケフジ領はやや東側だったな?俺はウケフジ領に滞在したいと思う」
「えぇ!?」
「ウチ、隣ですよ。帝様なら絶対に、トキド領気に入りますよ」
驚くウケフジにまだ諦めないトキド。
しかし既に決定だとして、帝は皆に伝えた。
「あまり東の領地に行くと、越前国に被害が及ばないとは限らない。そうなるとこの話を持っていくにしても、破談になる可能性もある」
「でも俺と越前国は、共闘関係にありますよ?」
「それはネオ熊本城での話だろう?」
「そうかもしれない」
「こちらは国を助けてもらおうという立場だ。だから、こちらから誠意を見せなくてはならない」
「そんなの必要ですかねぇ?」
トキドは軽口で言うと、ウケフジから頭をブン殴られた。
「痛えな!」
「トキド殿。自分の領地で塩が不足したら、貴殿ならどうする?」
「え?そりゃ誰かに頼むけど」
「頼む時には、何か礼や感謝は伝えないのか?帝はそういう話をしている」
「なるほど。要は見返りを渡すのか。でも、何を上げるんだ?」
魔族が喜びそうな物。
魔王が手広くやっているせいで、彼等にはそれが何か思いつかない。
しかしそんな中、オケツは帝にある提案を仕向けた。
「物じゃなくても良いのでは?」
「だったら何を上げるんだ?」
「・・・知識とかどうです?」
「知識ねぇ。でも魔王って、かなり博識じゃない?」
帝とオケツは、魔王が転生者だと知っている。
しかも自分達よりも頭が良く、雑学を含めても与えられる知識なんか、何も無いと思っていた。
だがオケツには、一つだけ絶対に知らない知識があると確信していた。
「魔王様でも知らない事、ありますよ」
「何?」
「・・・ケモノの宿し方」
「えっ!?」
オケツの言葉に、動揺が走った。
ケモノの力は騎士王国の秘中の秘。
門外不出の知識であり、それは今までどんな騎士も漏らしてこなかった。
それを伝えるという事を、よもや騎士王の口から出るとは思わなかったのだ。
「皆はどう思う?」
帝の問いに、誰もが閉口する。
オケツに賛同して、皆から非難を浴びるのが怖かったからだ。
しかし、一人だけ空気を読まない人間が居た。
「良いんじゃない?」
「トキド殿!?」
「ケモノの宿し方。確かにこの国の人間以外、誰も知らない。でも知識だけ教えても、ケモノの居る場所を知らなければ意味が無いでしょ。それにこの国以外にも、ケモノは居るかもしれないし。それならそれで、勝手に試してみてくれって感じで良いんじゃない?」