兄弟喧嘩
長浜へと向かう途中、ストレス過多な前田さんに長槍に代わる槍を作った。
途端に機嫌が良くなった前田さんだったが、新しい槍が既存の槍とは違うと気付いた。
その扱いにはまだ慣れていないが、人生を賭して新しい槍術に取り組むと息巻いていた。
ようやく長浜へ着いた僕達は、例の井戸のある隠れ家へと向かった。
向かったのだが、道に迷った。
なんとなくで向かってみたものの、やはり迷子は迷子。
諦めて早いうちに迷った事を告げよう。
可愛く言えば許してくれるはず。
僕の知略を駆使した謝り方が功を奏したのか、普通に怒られた。
全然知略は関係無かったのだが、素晴らしい男?女?
ラビカトウが僕達の事を迎えに来ていたのだった。
頭の冴える彼?彼女?は、僕の迷っちゃったというセリフを咄嗟に合言葉だったと皆に告げたのだった。
隠れ家に入った僕達だったが、早々に暇過ぎた男、前田利家が動いた。
愚弟の場所を知りたい。
ドランとテンジ、隠れ家のツートップに凄み、彼は足早に慶次の部屋へと向かった。
ノックもせずに無断で部屋に入ると、彼は寝転んでいた。
間の抜けたその返事は、兄の怒りを買ってしまう。
槍を持て。
模擬戦で勝てば、今後一切、その行動に口出しをしない。
喜ぶ弟だったが、兄の方は逆に冷静になっていった。
喧嘩っ早い兄弟は、模擬戦という名の喧嘩へと発展していくのだった。
隠れ家内の練兵場には、多数の見物人が集まっていた。
「何処からこんなに来たんだろう?」
「いつの間にか増えたな」
ハクトと蘭丸はその人数に驚いている。
しかし僕も口には出さないが、結構驚いていた。
だってこの隠れ家、全然詳しくないし。
こんなに沢山のネズミ族が居たとは。
軽く百人は超えていた。
「兄上!先程の約束、絶対に守ってもらいたいでござる!」
「戦う前から勝った時の事を口にするとは。だからお前はアホなのだ!」
何処ぞのマスターみたいな事を言っているが、行動を見ると少し悲しい。
言っている事はカッコ良いのだが、やっている事は槍の組立なのだ。
クルクルとネジを回しながら、だからお前はアホなのだって。
しかもうまく嵌まらなくて、一本落としたし。
こうやって見ると、組立に時間が掛かるんだなと分かる。
強度は問題無いようなので、どうにか組立時間を短縮したい。
しかし見違えた。
さっきまでの間の抜けた駄犬は、既に居なくなっていた。
僕の兄が戦った時よりも本気のようだ。
一丁前に凛々しい顔をしていた。
ガチだからこそ、この勝負は面白い。
ガチだからこそ、僕も真面目にやる事にした。
「さあさあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これから始まるこの喧嘩。はるか南は果ての先。能登村の村長をしていた彼は、信長から名を与えられし一族。その名も前田利家〜!」
僕の大声で、周りのネズミ族とドワーフ達が騒めいた。
何が始まるのか。
彼等の中にも、分かる連中はすぐに気付いたようだ。
「そんな前田利家と対するは、此処の皆なら知っているあの男。そのグウタラ癖は嘘か真か。普段のやる気はほとんど無し。そんな男も槍持てば、百戦錬磨の強者に。今日の拙者は本気でござる。兄の呪縛から解き放たれたい男、前田利益〜!」
僕の紹介に察した連中は、大きな歓声を上げる。
その様子にビクッとしたハクトは、何を始めるのかと問い掛けてきた。
「分からないのか?」
「え?蘭丸くんは分かったの?」
「簡単だろ。ほら、始めるみたいだぞ」
僕は二人の丁度真ん中に立ち、その両側に箱を作り出した。
創造魔法で作り出したおかげか、その盛り上がりは思った以上に大きくなった。
隠れ家なのに、こんな騒音出して平気なのだろうか?
「俺は慶次!やっぱり真面目なアイツは強い!」
「いやいや!その慶次に上から言ってる兄は、もっと強いだろう。俺は兄だ!」
銅貨や銀貨が、どんどん投げ込まれている。
たまに金色に輝く物も見えた。
随分と太っ腹のようだが、ただのギャンブル狂か?
誰がいくら入れたか。
それは自己申告制にしたのだが、見ていると虚偽の申告は無いようだ。
魔族って素直だよね。
そんな賭けの対象になっていた二人だが、いよいよ準備が整った。
両者が槍を構えると、再びどよめきが起きた。
「兄さんの槍、長過ぎだろ!」
「あんなの此処で使えるのかよ」
こんな声と共に、その長槍を見て嘆きの声も聞こえて来る。
失敗した。
弟にしておけば良かった。
戦わない連中は、好き勝手言うものである。
「さて、準備が出来たなら始めようか?」
「此処で勝って、自由を手に入れる!」
冷静な前田さんと入れ込み気味な慶次。
正反対な感情に見えるが、実際のところは分からない。
というか自由を手に入れるって、既にかなり自由にやっている気がするんだけどね。
何が不満なのだろうか。
「そういえば、慶次は普通の槍なのね」
「村を出てからは、長槍は使ってないみたいですよ」
教えてくれたのはラビカトウだった。
何故知っているのかは疑問だが、彼の槍は二メートル程しかなかった。
対して前田さんは五メートル超え。
穂先を外しているので、実際は約六メートル近くになる。
その長さから、慶次は剣でも持っているかのように錯覚を起こしそうになる。
「二人ともよろしいかな?」
審判役は何故か隠れ家のツートップの一人、テンジがしていた。
意外とノリノリである。
二人から問題無いと言われ、テンジは間に入った。
「尋常に。始め!」
とうとう始まった模擬戦。
もとい兄弟喧嘩。
審判役をしていたテンジを見て思ったのだが、どうしたら勝敗が決まるのだろう。
流石にトドメまでは無いとしても、大怪我をしたら大きな戦力ダウンだ。
今後の計画にも支障をきたすと思うし、テンジも止めるとは思う。
ただ、その槍捌きが見えるのかという疑問があるのだが。
「先手必勝!」
長槍の間合いから踏み込み、懐へと潜り込む慶次。
しかし読んでいた前田さんは、大きく一歩下がった後に腰を支点に槍を回し始めた。
見た目はフラフープで遊んでいるかのような動きだが、巻き込まれたら怪我をする。
そして気付くと持ち手を徐々に下げていったのか、長さが変わっていた。
よく見ると、石突きの部分が地面に着いている。
回しながら短く持ち直したようだった。
器用な事が出来るもんだなぁ。
感心して見てしまった。
「甘いな。長さしか見ていないから、懐へ入れば有利などと勘違いをする」
短く持ち直した先端で連続突きをしてみせて、慶次を後方へと下がらせた。
「昔はこんな技持っていなかったのに!」
能登村に居た頃の記憶しかないのであろう。
長い年月、前田さんも伊達に村長職しかしてないわけじゃなかったという事だ。
「お前の考えは誰もが考える、浅はかな作戦だったからな。対策していないわけないだろう?」
「それでも一番有効なはずだ!」
後方へと下がり続けると見せかけて、再び前へと出る慶次。
今度は槍で捌きながらどんどんと近付いていった。
「思ったよりしぶとい!」
「その長さの有利な点は、一方的に攻撃出来る時だけのはず。今のその槍は、ただの重くて長いだけの使えない槍だ!」
拙者もござるも使わない慶次。
集中し過ぎて忘れてるのかな?
そして使えない槍呼ばわりされた前田さんは、驚きの行動に出た。
槍を手放したのである。
一瞬呆気に取られた慶次。
次の瞬間、胸に強烈な痛みを感じる事になった。
「ぐっ!武器はもう無かったはずなのに。何をされたんだ?」
多分遠くの人は、手元が伸びたくらいにしか感じなかったと思う。
だが近くに居た人達は見えたはずだ。
彼は背中に隠し持っていた内蔵型を、一瞬伸ばしてすぐに戻したのだった。
伸ばし切っていない内蔵型は、当たるのは伸ばしている最中の柄の部分だ。
刃の付いている穂先は一番最後なので、胸に当たっても致命傷にはなりえなかった。
普通なら、慶次くらいの実力者は何をしたか分かると思う。
しかし、その動きが見えなかった理由もあった。
簡単である。
捨てた槍を目で追ったからだ。
地面へと落ちる長槍を見つめて、兄の手元の確認を疎かにしたのだった。
その結果が内蔵型の槍による刺突・・・ではなく、打突だった。
「お前は手を抜く為には機転が利くのにな。こういう場面では素直だ。それは長所ではなく、短所にもなりうるからな」
「また説教だよ。もううんざりだ!」
ヒステリックに怒鳴る慶次だが、兄は弟の至らない点を指摘しただけだ。
短所にもなりうるって事は、長所だって言ってるのにね。
その辺の解釈を、兄弟で間違っているのだろう。
「下がっていいのか?」
「しまった!」
先程の攻撃を警戒してか、本人も気付かないままに後ずさりしていた。
足元の槍を前へと蹴り出し、再び長槍を持ち上げる前田さん。
その距離は、始まる前と同等の距離まで戻った。
「またやり直しか」
「今度はこちらから攻めるがな!」
距離が戻り、少し安堵の表情を見せた瞬間、前田さんは逆に攻めへと転じたのだった。
さっきは慶次を百戦錬磨だとか言ったけど、この様子を見ると百戦錬磨さんは手玉に取られている。
前田さんって、こうやって見ると強いな。
前はネタみたいに、自称勇者を一撃で吹き飛ばしただけだった。
佐藤さんとの時は、逆に一撃で吹き飛ばされたし。
極端過ぎてあまり分からなかったんだけど、じっくりと戦っている姿を見ると強いんだなって実感する。
「チィ!やっぱり強い!」
「お前も多少はやるようになった。だが、俺はもっと前に進んでいる!」
長槍の連続突きを捌き、不敵に笑う慶次。
突きが止まった時、彼はその連続突きに慣れてきたのか、口数が増えた。
「前に進んでいると言った割には、あまり変わっていないでござるな。これなら村を出た拙者の方が成長しているてござる。やっぱり拙者の選択は間違っていなかったでござるよ」
「ござるござるうるさいな。口だけ達者になったんじゃないか?」
「そういう兄上は口も腕も変わらない・・・いや、口調は丁寧になりましたね」
確かにそうかもしれない。
前田さんの口調は、普段は丁寧だと思う。
自分の事を私と言うし、僕に対しても敬語が普通だ。
それでもたまに出ちゃう素の口調は、とても荒々しかった。
親父さんが亡くなって利家を継いだ時から、直す努力でもしたのかもね。
「やっぱりお前は、もっと厳しい人に付いた方が良い」
「何を急に言い出すのです?」
「表面上の事しか見ていないお前は、この槍を普通の槍と同じだと思っているという事だ」
表面上しか見ていない?
僕もそうなんですけど。
何が違うの?
「お前が村を出たのは、畑仕事や事務仕事がやりたくないからだろう?あの時のお前は、武者修行に出るような事を言って、村から去った。それなら許せなくもなかった」
まあ内心は、働きたくないでござるだったけど。
「しかし、今日のお前の姿は何だ?皆が働いている中、部屋で寝ていただけではないか。何処が修行だと言うのか!」
その言葉に黙って耳を傾けていた慶次だったが、堪忍袋の緒が切れた。
溜まっていたものが爆発したかのように叫び、そして真っ向から反論した。
「兄上だって同じじゃないか!僕の内面なんか見てはいない。どれだけ頑張っても、次はもっと頑張れ。お前はもっと出来るはずしか言わない。どれだけ頑張っても認めてくれないなら、最初から認められない方がマシだ!」
何だか思春期の心の葛藤みたいな悩みだな。
でも、小さな頃からそんな事を言われ続けたら、僕も嫌だったかもしれない。
今が反抗期ってわけじゃないけど。
慶次も最初からこうだったわけじゃないんだなと分かって、僕としては少し安心した。
「だからと言って周りの人の迷惑に掛けていたら、認められないのは当たり前だ!その性根、叩き直してやる!」
「僕だって、やる時はやっている!それを見ていない兄上に、そんな事言われたくはない!」
やる気なさげにラビと一緒に滝川領へ行ったけど、実際は向こうで働いていたのか分からない。
でも初対面の長浜城では、腹の出た怪しい狸ネズミの格好して、城の連中を殲滅していた。
よくよく考えると、働きたくないとは言っていても、やる事はやっている?
「ラビさん。慶次って、上野国での偵知ではどうだったんですか?」
「慶次くんは面白いですよ。私とは違った観点から、物事を見ていますね」