前騎士王と現騎士王
やっぱり上下関係って、そう簡単に割り切れるものじゃないのかな。
オケツはボブハガーが現れた事で、態度が急変した。
いい加減な感じは変わらないのだが、膝をつく辺り仕事をしようという気概は見せていた気がする。
しかしこれは、あまりよろしくない気がする。
兄もこの件に関しては色々と言っていたけど、やはりキャプテンや監督のような人が、皆の前でペコペコ頭を下げる姿を見せるのは、少なからず影響があるらしい。
例えば高校野球の場合、新しく監督になった人が、臨時でコーチに来たOBにひたすら頭を下げたとする。
そして野球でよく言われるのが、ボールを叩きつけるように打つダウンスイングと、打ち上げるように打つアッパースイング問題がある。
新しい監督は今はアッパースイングが主流だと言い、古いOBはボールを叩きつけろとダウンスイングを教えたとしよう。
では部員は、どちらを信じて練習すれば良いのだろうか?
監督は今までアッパースイングを教えてきたのに、OBが変えろと言うから変えるべきなのか?
それを決めるのは、教わる本人である部員になるんだろう。
だけど前にも言った通り、高校野球の話だ。
彼等が自分でどちらにするか選べというのは、酷なんじゃないだろうか。
本来、そんな高校生を導く為に、監督やコーチが居るはず。
なのに逆に迷わせるような事になるのは、本末転倒だろう。
オケツとボブハガーも、同じような事が言える。
サネドゥからしたら、騎士王はオケツなのだ。
しかしそのオケツがボブハガーを騎士王と認めて跪いたら、サネドゥは何を信じれば良いのか?
上下関係の厳しい世界だと、度々こういう事が起きる。
僕はそんな世界とは無縁で、本当に良かったと心から思うよ。
ボブハガーはもう一体のミスリルの人形を、猿だと言った。
そしてオケツとサネドゥは、それを聞いて素早く人形の顔を見た。
さっきまで薄っすらとしか見えなかった顔が、今はハッキリと見える。
そして二人の反応は、大きく異なった。
「ハッシマー!貴様も甦ったのか!」
「は、ハッシマー様!?」
憤るオケツと、跪くサネドゥ。
オケツはそんなサネドゥを見て、怪訝な顔をする。
「ち、違うんです!」
「いや、良いんだ。私も悪かった」
サネドゥの姿を見て、オケツは自分の行動を省みたのだ。
なるほど、気分が良くないのがとても理解出来る。
オケツは素直に謝ると、ボブハガーに向かって頭を下げるのをやめた。
「お館様。その男を赦すつもりですか?」
「赦す?赦すも何も、ワシはこの男に負けたのだ。所詮この世は弱肉強食。ワシも下剋上をして、騎士王になった。ならば負けたワシに言う事は無い」
「お、お館様!」
ハッシマーは、額を地面にぶつけるくらい頭を下げた。
「ククク、面白い事になってきたな」
「慶次さん、コレ面白いのか?」
「拙者に聞くのでござるか!?」
秀長の独り言をタケシが拾うと、巻き込まれた慶次は慌てた。
他人からしたら面白いかもしれない。
しかし騎士王国の人間であるオケツとサネドゥは、この後の言葉次第だと感じていた。
「ビデノス」
「ビデノスって何?」
「ハッシマー様の名前です」
緊張感の無いタケシは、サネドゥに普通のトーンで聞くと、サネドゥは慌てて小声で教える。
サネドゥはハッシマーに睨まれるのではとビクビクしていたが、彼にはサネドゥよりもボブハガーの方が心配だったようだ。
「お前はこの後、どうするつもりだ?」
「待て!お前達、勝手に決めるでない!」
「黙れぃ!ネズミ風情が!」
「ひぅ!」
ボブハガーがハッシマーに話し掛けると、秀長が慌てて間に入ろうとした。
しかしボブハガーの一喝で尻もちをつくと、その威圧感に負けて動けなくなっていた。
「す、凄い威圧感でござる。怒った時の魔王様よりも、凄いかもしれないでござる」
「そうだな。今のは俺もビックリした。キレた陛下と同等だと思ったよ」
慶次とタケシに冷や汗が流れる。
サネドゥも初めて間近で見たボブハガーに、思わず膝をついてしまった。
「ハッ!?どうして!?」
「サネドゥ殿、今のは仕方ない。お館様の力だと思えば良い」
オケツがサネドゥをフォローするが、むしろオケツは良い顔で正座をしていた。
「ビデノス、お前は今後どうするつもりだ?」
「もし赦されるのであれば、お館様の下でもう一度働きたく」
「であるか。キチミテ、良いな?」
「はっ!・・・え?」
思わず返事をしてしまったオケツ。
しかし彼は思った。
このまま彼が、再び騎士王に戻るのかと。
「お、お館様はこの後、どうされるのですか?」
「そうだな。騎士王に返り咲く」
「ご、ご冗談を!お館様は一度死んだ身。死人が国を統治するなど、聞いた事ありませんよ」
オケツは精一杯の虚勢を張った。
内心では逃げたいくらいビクビクしながらも、サネドゥの前で騎士王としての言葉を彼に言ったのだ。
それを聞いたサネドゥは、オケツの顔が汗でビショビショなのを見て、彼は彼で仕事を全うしようとしているのだと、感心する。
「キチミテ」
「はっ」
「騎士王を下りろ」
「そ、それは・・・出来ません!」
「何故だ?」
「こ、こんな私でも、信じて担いでくれる方々が居ります。トキド殿やウケフジ殿を筆頭に、今では私がき、騎士王でも良いと言ってくれる方が居るのです。その人達を裏切るような事は、私には出来ません」
オケツはボブハガーの目を見て、ハッキリと言い切った。
その両手を強く握り締められ、サネドゥも彼と同じように、強く拳を握った。
「サネドゥ、お前はお館様に付くよな?」
「も、申し訳ありません。私は既に、新しい騎士王に仕える身。オケツ殿と共に歩んでいく所存です」
「貴様!」
「猿!言うな」
「はっ!」
ボブハガーはハッシマーを制すると、しばらく思案してから秀長を見た。
「ネズミ、話す事を許す」
「ブハァ!こ、この!」
金縛りから解かれたように、荒々しく呼吸を始める秀長。
ボブハガーに掴み掛かろうとすると、ハッシマーがその両手を掴んだ。
「お館様。この身体、凄いですよ。生身よりもはるかに力があります」
「であるか」
ボブハガーも近くにあった岩を殴ると、軽々と砕けた。
「イタタタ!」
「ネズミ、貴様の目的は何だ?」
「わ、私は豊臣の世を作ろうとしているだけだ!」
「豊臣の世?誰だそれは?」
ボブハガーはハッシマーに目で命令すると、両手を緩めて秀長を下ろした。
秀長はビクッとしながらも、秀吉の事を説明し始める。
「なるほどな。魔王を倒して、新たな魔王として自分の世にするか」
「二人はその力を、秀吉様の為に使ってもらいたい」
「お館様を差し置いて、それは許せないのでは?」
「・・・面白い。コイツの手に乗ってやろう」
「え?」
「えっ!?」
「へ?」
ここに居る連中は、全員が絶対に賛同してくれないものだと思っていた。
そのせいか、各々が別々の反応を示した。
予想外の返事に、間の抜けた声を出したハッシマーと秀長。
賛同した事に驚きを隠せないオケツ。
「お館様、何故です!?」
「キチミテ、ワシはまた国盗りから始めようと思う」
「ど、どういう意味ですか?」
「お前は騎士王だと言ったな?では騎士王から、この国を奪ってみせよう。そしてワシがこの国を治めるのに相応しいと、皆に認めさせる」
「な、何を言っているのですか!」
オケツは狼狽した。
ボブハガーと敵対する。
彼はそれが、どうしても認められなかった。
「ネズミ、ワシの手足になりそうな奴は居るか?」
「手足、ですか?」
「恐れながら申し上げます。私が連れていた者達はどうでしょうか?」
「そ、そうだ!ハッシマーの配下で死んだ奴等なら、手駒に出来る!」
「それとニラやドムダワも、亡くなっています」
秀長とハッシマーがボブハガーに説明すると、彼は顎に手を当てて、満更でもないといった表情をする。
「決めた!ケルメンはワシがもらう。今は豊臣とやらに、協力してやろう」
「ほ、本当か!?」
「本当ですか、だろ!」
秀長の頬を、片手で握り潰すハッシマー。
苦悶の表情を浮かべると、ボブハガーがそれを止めた。
「その代わりにネズミ。貴様はワシに協力しろ」
「わ、分かりました」
「まずはケルメンに、ワシが甦ったと喧伝しろ。そしてワシの味方になると言った奴を、連れてこい」
「なるほど!戦力を削りつつ、こちらは増やせる。素晴らしい案だ!いや、案です」
ハッシマーの睨みに言い直す秀長。
話を聞いていたオケツは、ボブハガーへ叫ぶ。
「お館様!本気ですか!?」
「本気だ」
「貴方、一度死んでいるんですよ!?」
「だからどうした。死んだからこそ、やりたい事をやる。ワシは一度、この国内を制した。だったら今度は、この国を相手取ってやろうじゃないか」
「素晴らしいです!お館様!」
ハッシマーのヨイショに、軽く手を挙げるボブハガー。
ハッシマーにとって言い慣れた言葉なのか、サネドゥは少し幻滅した顔をする。
「オケツ殿、もう無駄です。アンデッドも気付いたら退いている。私達も一度、御所に戻りましょう」
「ふむ。その男、賢いな」
「私が見つけました!」
サネドゥが即時撤退を進言すると、ボブハガーが反応する。
ハッシマーは自慢げに答え、ボブハガーはサネドゥを見た。
「どうだ?ワシの方に来るか?」
「冗談を。私はオケツ殿を信頼している」
「ふむ。ならば、ワシ等も退くとしよう」
ボブハガーは秀長に命令すると、彼は待ってましたと二人を自分の影へ吸い込んでいく。
「変わった魔法だな。やるではないか」
「ぐぬぬ!貴様!褒められたからといって、良い気になるなよ!」
ボブハガーは素直に秀長を褒めると、悔しそうなハッシマーが秀長を睨んだ。
「キチミテ」
「はっ!あ・・・何ですか?」
慣れたように跪いたオケツだったが、すぐに立つとボブハガーに聞き返した。
「本気で来い。そうでなければ、この国を滅ぼすぞ」
「流石はお館様!カッコイー!」
「うるさいぞ!猿!」
頭を殴られるハッシマー。
サネドゥはハッシマーと、完全に手を切ろうと確信する。
「お館様、考えは変わりませんか?」
「くどい!止めたければ、自分の力で止めろ。お前にはお前を支えてくれる連中が居るのだろう?」
「・・・はい」
「ならば勝負だ。ワシが率いる軍が強いか。それともお前が率いるケルメンが強いか。お前達も見知らぬ豊臣などという男よりも、ワシに滅ぼされるなら本望だろう?」