表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/1299

前田さんの槍

 慶次と会った。

 それは兄である又左には知らせないはずだった。

 最後の最後で長浜へ戻る直前にうっかり口を滑らせ、とうとうバレてしまった。

 詳細を伝えると、慶次に喝を入れると長浜への同行を願った。

 防衛任務は他の者でも務まる。

 そう言い張る彼の熱意に負けて、僕は同行を許可する。


 しかし彼の頭の中には慶次の事しかなく、何をしに行くか分かっていなかった。

 戦う気満々の彼は、物凄い長い槍をキャリアカーに括り付けていた。

 目立たないように行動する。

 これが今回の作戦で一番必要な事でもある。

 それを真逆に行く行動に、僕は呆れてしまった。


 槍を外し安土を出ると、彼はずっと暇そうにしていた。

 トライクの運転を任せる事が出来ない。

 交通事故と呼んでも過言ではない運転方法は、蘭丸やハクトにとっても任せられないと納得してもらった。

 彼等の大事な息子は、僕が守る!


 安土を旅立ちしばらくして、ハクトの特訓の話となった。

 上級魔法でも覚えたのか?

 期待して聞いてみると、その内容は予想外のものだった。

 魔法の特訓ではなく、筋力アップを主としたものだったのだ。

 ハクトは獣人なので、本来なら間違っていない。

 しかし彼は、身体強化よりも補助系魔法などの方が得意だった。

 それは能登村に居た頃から分かっていた。

 しかしそれを知ってか知らずか、能登村の村長だった又左は筋トレに走ったのだった。

 その内容は、日本でやったなら確実に体罰になりそうなトレーニングだった。





「怪我をする?」


「え?」


 兄の言葉に思わず声を出してしまった。

 その声に反応したのは又左から出戻り、前田さんだった。


【ウサギ跳びっていうのは、前時代の悪しき慣習だな。不自然な姿勢で筋力に負荷を掛けるから、怪我の元なんだ。最悪の場合、アキレス腱の断裂などもあるらしい】


 それ、かなり重大じゃないか!

 そんな事をさせてたら、ハクトの足が壊れてしまう!


「ウサギ跳びは今後一切やめさせろ!怪我の元だ」


「何故です?昔から足の筋力を上げるには、ウサギ跳びと決まっていますが」


 僕は兄から聞いた事を、そのまま告げた。

 半信半疑な前田さんだが、ここは珍しく魔王の強権発動だった。


【ただこれは、日本での場合。もしかしたら魔族には効いているのかもしれない】


 だったら現代日本で行われている筋トレの方が、はるかに効果的でしょ。

 それ、兄さんが教えたら?


【うーん、そこまで詳しくないけど。野球部と接骨院で教わった筋トレとかなら、軽く教えられるかな?】


 もしかしたら前田さんも、更に強くなるかもしれないし。

 その方が良いと思うよ。


「効果的な方法を、今度キャプテンの方が教えてくれるって」


「なるほど!神の国に伝わる方法というわけですな!?」


「う、うん。多分そうね」


 ただの日本でのトレーニングだけど、まあこの方が信仰心アップにも繋がるし。

 勘違いしておいてもらうとしよう。


「ちなみに確認だけど、特訓の成果はあったの?」


「少しだけ跳躍力が上がったよ。それと走ってばかりいたから、肺活量も凄くなった」


 それだけかよ!

 やはり新しい筋トレメニューを教えてもらわないとな。



 そんな話をしていた夜の事。

 久しぶりに魔物の襲撃にあった。

 大した強さの魔物ではなかったので、蘭丸の槍とハクトの弓と魔法で退治されたのだが。

 活躍していない人が一人。


「魔王様!やっぱり私にも槍を!」


「別に要らなくない?」


「いやいや!必要でございます。もし、はるかに強い魔物が現れたら、彼等だけでは対処出来ません」


 それは一理ある。

 特にハクトは後衛だし、蘭丸一人で前を張るのは大変だろう。

 一人ならね。


「僕が出れば良いじゃない」


「魔王様のお手を煩わせるなんて」


「じゃあキャプテンがやるよ」


「変わらないじゃないですか!」


 どうしても戦いたくて仕方ない感じだが、揶揄うと面白い。

 やはり経験を積むというのも考えて、二人に極力戦ってもらいたいのだ。

 決して意地悪をしているわけではない。

 そして僕も、ちょこちょこ手は出している。

 近接戦闘になると、あんまり役に立っていないけど。


【近接戦は俺がやるからいいって。お前は魔法の詠唱短縮とか破棄を、もっと増やせばいいと思うぞ】


 それはその通りなんだけど。

 やっぱり多少でも、戦力になればなと思ったんだよね。

 今は蘭丸しか前で戦えないし。


【危ない相手は俺がやるから。気を付けてくれよ】


 それは弁えておきます。

 それよりも前田さんだな。

 いつまでも戦闘に出さないで、ストレスを溜められても困る気がしてきた。

 ストレスのせいで重大な局面でミスをされても困るし、少し考えようと思う。





「ひーまーだー。戦いたいなー」


 前田さんがとうとう壊れてしまった。

 キャリアカーに乗り続け、たまに出る魔物との戦闘にも参加出来ない。

 彼のやる事は、食事作りだけだ。

 しかしハクトも居るので、半分しか作れない。


「何か他にする事ないの?」


「安土での仕事は、全て他の連中に任せてきました。私は既に防衛から離れたもので」


 別に家庭や自分の体調を省みないわけじゃないから、ワーカーホリックではないと思うけど。

 外に出ずに、暇過ぎるのも駄目らしい。

 やはり少しは身体を動かさないと、彼の精神も参ってしまうかな。



 というわけで、彼の為の武器を作ろうと思う。

 素材は簡単、木炭だ。

 木炭だけではないが、これから必要な素材を取り出すといった感じかな。


「それ、何に使うんだ?」


 興味があるのか、蘭丸が後ろから覗いてくる。

 前田さんにはまだ内緒なので、小声で武器作りだと教えた。


「そんな物から?」


「そこそこ軽量な物が出来るぞ。強度もそれなりかな」


「へぇ。前田さんが扱ってるのを見て、使いやすそうなら俺も頼んで良いか?」


「まだ試作品だから。それは追々ね」


 木炭から作り出せる物。

 それはカーボンだ。

 創造魔法で炭素を取り出して、そこからカーボンファイバーを作り出す。


【それは主に何に使うんだ?】


 難しい質問だね。

 炭素って突き詰めると、変な元素なんだよ。

 例えば黒鉛って言われる物、鉛筆の芯とかだね。

 これは電気を通す。

 でもって、兄さんにも分かる物でダイヤモンド。

 これも炭素から出来てるけど、絶縁体で電気は通さない。

 間を取った半導体って言われているような物もあるけど、炭素は色々な物になる。


【難しいのでパスします・・・】


 まあそれが良いよ。

 とりあえず僕が今から作るのは、車とかに使われている物かな。

 軽量且つ強度もあって弾力もある。

 槍ならしなったりした方が、良いんでしょ?


【それは俺も分からん。蘭丸に聞いた方が良いんじゃない?】


 兄さんも槍使わないんだっけ。

 でも前田さんの槍、長いんだよなぁ。

 蘭丸達が扱っている物と違うから、聞いても参考にならない気がするんだよ。


【それもそうか。五メートル以上あったし、蘭丸達の使っている槍とは別物って考えないと駄目かも】


 うーん、こっちの考える物で試してもらうしかないな。





「前田さん」


「ひーまーだ、ハイ?」


 あまりに暇で、ずっと念仏のように唱えている。

 流石に可哀想に思えてきた。

 そんな彼が満足する物が、僕は作れたのだろうか?


「これを使ってみてください」


「これは?」


 僕は一メートル弱の棒を、五本渡した。

 槍の試作品、我楽多くん三号だった。

 槍なのだが、実はこのままでは使えない。

 この棒は、両端がオスメスのネジのようになっている。

 先端はネジ、後端がネジ穴というような感じだ。

 それを全て組み合わせて、最後のピースである穂先を先端に装着する。

 するとあら不思議。

 六メートル近い槍の完成だ。


「なんと!私の為にこのような槍を作って頂けるとは!感涙の極み」


 涙を流しながら、槍をブンブン振っている。

 鼻水も飛んでいるので、勘弁してほしい。


「持った感想はどうですか?」


「今までの槍と比べると、振った感じはかなり軽いですね。まだ突いたり薙いだりしてないので、強度面は分かりませんが」


「そんな事もあろうかと、魔法で作っておきました」


 作っておいたのは二つ。

 ただの土の壁と、砂鉄から作り出した鉄の壁だ。

 穂先は鋼鉄なので、ただの鉄よりかは頑丈である。

 ちなみにミスリルにしなかったのは、まだ試作だからだ。

 穂先だけ作ればいいだけなので、そこまで難しくはないのだから。


「では!」



 結果として、かなりの好感触だったようだ。

 木製の槍とそう変わらずにしなり、扱いやすさでもそこまで悪くない。

 土壁は貫き、鉄壁も傷を付けられた。

 ただし問題もある。


「これ、奇襲を受けたらすぐに戦えませんね」


 そう。

 バラバラのパーツを組み合わせてから、ようやく槍となる。

 だから思わぬ襲撃に遭うと、完成させるまで隙だらけになってしまうのだった。


「そんな貴方に、更にもう一品!こちら!」


 僕は後ろから、また一メートル五十センチ程の棒を取り出した。

 さっきの槍よりは少し長い


「奇襲を受けた時、危険だと思った人に必見!こちらの商品をオススメします」


【どこの通販だよ】


 説明するなら、こういう喋り方の方が楽かなって思って。


「先程の槍とは違いますね」


 今度の槍は両端にネジもネジ穴も無い。

 先端には蓋がしてあるだけだった。


「こちらの商品の使い方は、このようになっております!」


 そう言うと、蓋を外して思い切り上段から振り下ろす。

 すると、蓋の中から柄となる部分が続々と出てきて、先端には穂先がちゃんとある。


「そう!こちらの商品は、小型内蔵式の槍なのです!」


「おぉ!奇天烈な槍ですな!」


 内蔵式にする事で、振ればすぐに戦う事は出来る。

 デメリットは中に入れているので、徐々に細くなっていく点だ。

 それと穂先も、その分小さくなる。


「強度もやはり、少し心許ないですね」


 土壁は突き破れるが、鉄壁は少し怖い。

 長時間戦っていると、壊れる可能性がありそうだと言われた。


「一長一短といった感じですね」


 前田さんの中では、どちらも使いやすいがどちらも不便に感じるようだ。

 それは僕も分かっていた事である。


「そんな貴方に朗報です。こちらの商品をなんと!まとめてご紹介したいと思います」


【でもお高いんでしょう?】


 乗ってくれてサンキュー。

 蘭丸とハクトは僕の口調についてこれないからか、ポカーンとしている。

 前田さんにいたっては、自分の武器になるから真面目だ。


「こちらの商品、なんと!お値段据え置きの二万九千八百円でご案内したいと思いま〜す」


「にまんきゅうせんはっぴゃくえん?」


 そういえば、こっちの通貨は円じゃなかった。

 今更言い直すのも面倒だし、押し通そう。


「まだそれだけじゃありません!今お買い求めになられた方には、こちら!」


 様々な形の石突きを出してみた。

 石突きは穂先の反対にある、後端の部分だ。

 槍は突いたり薙いだり斬ったりだけじゃなく、この石突きによる打撃もあるらしい。

 僕には槍を扱った経験が無いので、なんとなく飾りに近いイメージで作ったのだが。

 ちなみに用意したのは、尖っている物から丸みのある物。

 四角い物から八角形等、お好みで選べるようにしたのだった。


「こ、これは!?選べるのですか?」


 冗談で作ったのだが、これはビックリ。

 前田さんだけじゃなくて蘭丸も食いついた。


「石突きを選べるって凄いな!」


「こんな石突き、見た事無いです!」


 二人は手に取って、マジマジと見ていた。


「どうですか?欲しいと思っちゃいましたか?」


「欲しいです!」


「お買い上げありがとうございます!お代は仕事ぶりにて、お支払いをよろしくお願いしま〜す!」


 前田さんは大満足で二本の槍を受け取った。

 使い分けをしてもらって、今後の課題としていこうと思う。

 他にも槍を使う人居るし、また新しいのを考えよう。



「さて、二本とも受け取ったという事で、番組も終了のお時間となりました」


「番組?」


「それではまた、新しい商品をご紹介する時にお会いしましょう。マ〜オネットマオネット。夢のマオネットあくの〜」


「・・・」





 無反応だけはやめてほしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ