再び長浜へ
長い話し合いを終えた僕達は、宴会場へと向かった。
一部、王女が勘違いをしていたようだが、あくまでも勘違いだ。
そして王女派との友好を深める為、宴会をする事となったのだが。
やはり魔族を忌み嫌っていた王国の戦士達と、その王国から身を守っていた魔族。
そう簡単には打ち解けるわけもなく、ヒト族と魔族で向かい合ったまま、綺麗に分かれていた。
せっかく手を結ぶのだから、やはり険悪なままは良くない。
そこで王女と僕は、お互いの杯に酒を注ぎ、乾杯をする事にした。
久しぶりの酒で気持ち良くなりたくて、この世界に来て初めて飲んでみた。
その結果、グラス半分ほどの量を飲んだだけで酔い潰れたのだった。
その後、兄が代わりに飲み始めたのだが。
王女の美貌に少し感動した後、やはり同じようにすぐに酔い潰れてしまったらしい。
翌日、頭痛と共に起きた僕は、魔王の身体は酒に弱いという事実に落胆した。
飲酒は数少ない趣味の一つだったのに。
悲しみにくれた僕に追い打ちで、長可さんからの説教まで付いてきた。
その後、魔王と手を結べたという大きな仕事をした王女は、勢力拡大の為に王国へ早々に戻る事となった。
それを見送った僕達も、長浜へと再び向かう事を決意。
チカは長可さんに、セリカと一緒に勉強をする事になったので、此処で留守番となった。
代わりに行く事になったのは、そのセリカとの結婚をする為に、一人前になる事を目指している蘭丸と、しばらく戦闘には参加していなかったハクトが同行するようだった。
正直な話、戦闘よりもチカやセリカのような特殊な能力を持った者の方が優位な気もしたが。
あまり時間を掛けていられないので、早々に出発を決め込んだ。
既に長浜に、ラビカトウと慶次が戻ってきているかもしれない。
そう告げた僕の言葉を、とある人物が聞いていた。
しまった!
口を滑らせてしまった。
周囲の確認も怠り、誰が来ていたのか見ていなかったのが失敗だった。
「魔王様。先程、慶次と仰っておりましたが?」
「そ、そうね。聞き違いじゃない?」
「いえ!ハッキリと聞こえました」
チッ!
誤魔化せないか。
「実は木下領に潜入した際、一度戦闘になってね。まあ勘違いから起きた事だから、すぐに終わったんだけど」
「魔王様に手を出したと?あの野郎、シバかないと駄目ですね」
ほら!
こうなるから言いたくなかったのに。
「いやいや!今はそんな事無いよ。滝川領の一部の連中と手を組んで、仕事を・・・あんまりしてないな」
「サボっているのが目に見えて分かります。分かりました。私が行ってぶん殴りましょう!」
拳を握り締め、明後日の方を向いて歯を食いしばっている。
何故そんなに厳しいのだろうか?
いや、厳しくしないと働かないからかもしれない。
「ここは一つ、私も同行するという事で」
「防衛任務はどうするつもり?」
「それなら、ゴリアテ殿とイッシー(仮)殿がおります。あの二人ならば、部隊を纏めるなど容易いでしょう」
うーむ。
確かにあの二人は若狭でも活躍していた。
率いた部隊も統率が取れていて、死者はおろか怪我人すら少なかった。
それを考えると、心配は少ないのだが。
どうにもその、私も行きますよ?みたいな顔を見ていると、同行したいただの口実に過ぎない気もするんだよなぁ。
でもバレちゃったし、仲の良い佐藤さんも向こうに居るから、それでも良いかなと思っている。
「じゃあ同行を願おうかな。急ぎで準備してほしい」
「かしこまりました!」
同行が嬉しいのか、スキップしながら帰っていった。
浮かれてスキップする人とか、初めて見たわ。
「よろしくお願いします!」
大きな声で気持ち良さげに挨拶する又左。
そんなに楽しみだったのか。
今まで事ある毎に、村長だったからとか防衛隊長だったからとか、色々な理由で断ってきた。
今は頼りになる仲間が増え、一人欠けたくらいではそうそう問題ではない。
それを考えれば、旅に参加するには良いタイミングだったのかもしれない。
「前田さんも今回は参加なんですね。よろしくお願いします」
「ハクトも鍛錬の見せ場だな!頑張れよ!」
「前田さんにしてもらった特訓の成果。今回お見せ出来ればと思います」
ハクトが言っていたのは、前田さんとの特訓だったのか。
どんな特訓をしたのか気になるから、後で聞いてみよう。
それよりも。
「トライクは一台で行くから。後ろにキャリアカー着けて」
「誰が運転するんだ?」
「お前とハクトの二人で交代」
「前田さんは?」
「お前、以前のあの人の運転見てないのか?」
そういえば、初めて乗ってきた時は海津町へ真っ直ぐ突っ走ってきたんだった。
あの時は蘭丸もハクトも居なかったな。
知らないのも無理はない。
「あの人の運転は、お前達の想像を遥かに超える危険な代物だ。もしハンドルを握らせてみろ。お前達も無事では済まない」
「何でそんな脅すんだよ!」
蘭丸は冗談だと受け取ったようだが、ハクトはちょっと違ったようだ。
「前にツムジちゃんが言ってた。あの人にハンドルを握らせちゃいけないって」
「・・・冗談じゃないのか?」
僕は詳しい話を語ってみせた。
若狭へ行く前に見せた、あの方法を。
「お、恐ろしい!もし後ろに座ってたらと思うと、ゾッとするな」
僕の予想では、後ろの人は前に放り出されるのではと思っている。
もしくは、踏ん張ったところで股間を強打するのではと。
後者の場合、男は大事な息子が再起不能になる可能性すらある。
それを思うと、震え上がらずにはいられなかった。
「僕達だけで運転しないと!」
「そ、そうだな。むしろ、マオがそう言ってくれて助かった。あの人の事だ。絶対に運転したがるはず。でも、お前の言葉は素直に受け取ってくれるから、最初に言っておけば安全だろう」
分かってくれて何よりだ。
僕としても、大事な友人の大事な息子を守るのは、当然の責務。
あのブレーキ方法は、ハッキリ言って交通事故と言っていい。
この世界初の交通事故と言っていいだろう。
「そろそろ行きますか」
ハクトの合図で、キャリアカーも取り付けられた。
いよいよ出発という時になって、僕は妙な物を見た。
「アレは何だ?」
キャリアカーの幌の上に、思いきりはみ出した長い物が括り付けられていた。
それは僕も見覚えがある物だった。
「私の槍です!」
胸を張って言っている。
何故そんなに自信満々なんだ?
「蘭丸、ハクト。外していいよ」
「え!?どうして!」
驚く理由が分からない。
コイツは何をしに行くのか、分かっているのか?
「あのさ。今回は目立たないように行動して、滝川と木下の動きを探るんだよ?この槍、目立ってしょうがないんだけど」
「そうなんですか?」
「おい!」
作戦内容も確認しないで、同行したがったのかよ!
蘭丸達の時もそうだったけど、今更断るのも微妙だし。
「でも私、槍が無いと戦えませんよ?」
「戦いになったら作戦失敗だよ!アンタは何を考えているんだ!」
この人、こんなにアホだったかな?
村長だった時はもう少しマトモだったのに、今は防衛任務だけしか任せてない。
もしかしてこの人、仕事やらせておかないとだんだんおかしくなるタイプか?
仕事しなくなると、慶次と同じになるんじゃ・・・。
でも、槍を持たせると強いんだよなぁ。
「今回は槍禁止!」
「そんな!」
既に取り外し終わった槍を見て、この世の終わりのような顔をしている。
今度から戦う以外の仕事、振り分けないと駄目だな。
「何かあったら困るから、槍は後で準備するけど。とにかく出発するよ」
準備する?
頭を傾げて不思議そうな顔をしているけど、そんな事はどうでもいい。
キルシェとの約束もあるし、こっちも仕事しないとね。
「まおうさま!猫さん先生によろしく言っておいてください」
「分かった。ツムジも今はチカと一緒に居てくれ。何かあったら、すぐに呼ぶ事になると思うけど」
「分かったわ。アタシもチカと勉強しよっと!」
この二人は知らぬ間に、かなり仲良くなっていた。
今では呼ばないと拗ねていたツムジが、全く文句を言わなくなったくらいだ。
本当に必要な時以外、召喚するのを控えてあげようと思う。
「それじゃ、行こうか」
安土を出て数日経ったが、順調そのものだ。
又左はキャリアカーで暇そうにしているが、気付くと寝ている。
この人、やっぱり兄弟だと思う。
【こうやって見ると、俺達も比較されてたのかな?】
だよねぇ。
僕達には直接言わないにしろ、共通の友達は比較してたと思うよ。
ただ、僕達は似てない部分がハッキリしてるから。
その点、比較対象としては簡単だったんじゃないかな?
【似てない部分って?】
例えば神様の時とか。
僕は神様って言ったら、白髪の長い髭したお爺さんのイメージだった。
でも兄さんは美人の女神様でしょ?
かなりかけ離れてるじゃない。
【言われてみれば確かに。女性のタイプも違うしな】
あまり自分で言いたくないけど、似てるのは音痴なところとか、モテないところだね。
【それを言っちゃあおしまいよ・・・。せめてモテたいよな】
そうだね。
この身体の顔、イケメンだと思うんだけどね。
【俺達の美的センスが悪いんじゃないと思うけど。何だろう?モテないオーラでも出てるのかな?】
それを言っちゃあおしまいよ・・・。
凹むから、この話はやめにしよう。
多分続けてたら、そのうち涙が出るのが目に見える。
「ところで、ハクトは前田さんからどんな特訓を受けたんだ?」
暗くなったので途中でトライクを止め、一晩明かす為に準備をしていた。
その時、唐突に蘭丸が聞いてきた。
そう言われると、少し気になる。
「魔法の特訓か。もう上級も使えるようになった?」
「魔法の特訓じゃないよ」
「じゃあ何の特訓?」
「何の?うーん、筋肉?」
「筋トレ!?」
ちょっと待て。
ハクトは獣人だが、あまり身体強化が得意ではない。
ウサギの獣人としての身体能力は平均程度にはあるが、そこから強化してもあまり伸び代が無いのだ。
それよりも得意なのは、補助系魔法の方だった。
それこそ、身体強化を重ね掛けするような感じの魔法だ。
耐性を付けたり、敏捷性を上げたり。
それが何故、筋トレ?
「ハクトもよく付いてきた!あの特訓で、お前も立派な獣人の戦士に仕上げてやろう」
「このバカタレが!」
「ふぇ!?」
思いきり僕が怒鳴りつけたせいで、又左は素っ頓狂な声を上げた。
明らかに方針が間違っている。
彼の場合、戦士を目指すべきではないのに。
「前田さん。ハクトの得意分野って知ってます?補助系魔法ですよ」
「そうなのか!?」
その問いに頷いて答えるハクト。
「前田さんが直々に教えてくれたので、言い出しづらかったのですが・・・」
先に言ってくれればと、今更ながら言う又左。
教える前に、能登村に居た頃からそうだったんだけど。
「前田さん。もう少し他人を見てあげましょう」
「前田さん!?魔王様との距離感が遠くなったような・・・」
「気のせいですよ」
又左とは呼ばず、敢えて前田さんで通す僕。
心の距離を離して、また仕事に熱心になってもらおう。
じゃないと、駄犬が二匹になってしまう。
「でも俺は、前田さんだけじゃなくてハクトも悪いと思うけどな。最初からハッキリと言っていれば、無駄な特訓をせずに済んだのに」
「無駄って・・・」
蘭丸の歯に衣着せぬ言い方に、又左はショックを受けている。
「僕も悪いけど、ハクトにも原因があると思う。自分の事なんだから、そこはハッキリと言わないと」
「そうだよね。ごめんなさい」
「次からは、ちゃんと魔法の方で特訓しようぜ!俺も弓と槍しか鍛錬してないから、魔法も上達したいしな」
「槍なら私が見てあげよう。魔法は魔王様に見てもらえばいい」
反省するハクトに蘭丸がフォローを入れていたら、タナボタ的に槍を又左が見てくれる事になった。
魔法は僕って事になっているが、あまり補助系は得意ではない。
これは他に、誰か頼れる人を探さないと駄目かもしれない。
「ところでさ、特訓ってどんな事したの?」
「ウサギ跳び一キロとか、長距離走五十キロとか」
【それ、逆に怪我すると思うぞ】