操る者
アイツ等、何なんだ?
沖田が言った通り、アレは近藤と土方なのか?
僕達は青白い顔をした、見知らぬ獣人に襲われた。
沖田が言うには近藤と土方だという話だが、彼等は既に死んでいるはずなんだよ。
リュミエールが新撰組は一人残らず殲滅したという話が嘘なら別だけど。
じゃあ彼等は誰なのか?
一番最初に疑うのは、やっぱりアンデッドだろう。
青白い顔をしてるし。
でもアンデッドって、肉体が腐ってたり脆くなってるイメージなんだが、その気配は全く無いんだよね。
僕が剣とぶつかっても、腕が腐って取れたりするわけじゃないし。
僕の頭が腹に減り込んでも、弾け飛んだりしなかった。
その次に思い当たるのは、近藤と土方を騙った別人。
顔をわざと青白くして幽霊を装い、ビビらせるという寸法だ。
ただしこれには大きな問題があった。
沖田のような知り合いと出会したら、別人だとバレる可能性が高い。
剣筋は同じだと言っていたが、似ているから少し違っても同じように感じただけかもしれない。
沖田を相手に戦えるのだからそこそこ強いのは分かるが、追ってこなかったのはバレるリスクを恐れたからじゃないのか?
と言っても、肋骨が何本も折れてるのに声一つ出さないのは不気味なんだよなぁ。
なんだかんだ言ってみたけど、結局分からんのよね。
幽霊?
偽者?
こんな所に何しに来たんだ?
あぁ、見ちゃったかぁ。
兄は土方の顔を見ると、それを凝視している。
・・・ん?
怖い物が嫌いな割には、こういうグロテスクなのは平気なの?
「気持ちワル!でも、どうして何も言わないんだ?」
「そ、そうだよ!コイツ、おかし過ぎる」
顔が半分焼け爛れているのに、泣いたり喚いたりしない。
そんなの大人でも無理だ。
「兄さん、やっぱりコイツ等アンデッドだよ」
「アンデッドか。この世界に来て、初めて見たな」
「怖くないの!?」
「うーん、どうなんだろう?身体があるし触れるから、まあそういうモノだと思えば。幽霊は触らないから怖いけど」
どういう理屈!?
アンデッドも幽霊も、どっちも普通は駄目でしょうよ。
ただ、今はその訳の分からん答えで納得しておこう。
むしろこれで怖がられて動けないとなったら、それこそヤバイ。
僕の動きでは、この二人の剣を捌ききれない。
「でも土方の動きは鈍い。兄さん、近藤をどうにかすれば倒せるよ!」
「任せろ!」
土方を僕に任せ、近藤へ目を向ける兄。
また振り回される前に僕は、身体の形をバットに作り変えた。
「これなら使いやすいでしょ」
「おうよ!」
兄は心置きなく僕を振り回している。
しかし問題が発生した。
スイングが速過ぎて、土方の様子が全く分からない。
「ちょ、ちょっと!」
「トドメ!」
兄が近藤を追い詰めたらしい。
大きなテイクバックでフルスイングした兄だったが、それは近藤の剣に止められてしまった。
「何!?」
兄は大きく驚いている。
そんなに驚く事か?
あんなに大きなスイングをすれば、防がれても仕方ないと思うんだけど。
だけど僕は、大きな勘違いをしていた。
「誰だ、俺を痛めつけてくれたのは?」
「しゃ、喋った!」
「近藤さん、俺の目どうなってる?左半分が見えづらいんだが」
「こ、こっちも!?」
近藤と土方が、急に流暢に喋り始めた。
どういう事だ?
「トシ!お前、顔が半分焼けてるぞ!」
「何!?うわっ!ベトっとする。気持ちワリイなぁ」
「痛みは無いのか?」
「あぁ、特に何も無い」
「俺も滅多打ちされたのに、痛みは無いんだよな」
兄は一旦、二人から距離を取った。
理性を取り戻したのか、今の二人を同時に相手をするのは危険だと判断したらしい。
「このバラガキがやったのか?」
「ハッハッハ!トシ、お前にバラガキ呼ばわりされるとは。このガキも相当だぞ」
「近藤さん、それはもう良いだろ」
何だろう。
このままだと危険な気がする。
一度人形の姿に戻る事を決めると、二人は僕の姿を見て驚いた。
「木刀が人形になった!」
「近藤さん、コイツ等妙な魔法を使う。気を付けた方が良いぜ」
よし!
警戒させる事には成功した。
このまま立ち去ってくれると助かるんだが。
「トシ、お前はどっちをやる?」
「俺は人形で良い。アイツが魔法を使ったなら、俺の顔をこんな風にしたのもコイツだろうからな」
ノオォォォ!!
その半分焼けた顔で睨まれると、めちゃくちゃ怖いんですけどおぉぉぉぉ!?
「だったら俺がバラガキだな。まあこっちも滅多打ちにしてくれた礼がしたい。丁度良いかもな」
「行くぜ、近藤さん!」
二人は同時に僕達に襲い掛かってきた。
問題は兄に、武器が無い事だ。
やはりトキドに、バット剣を渡したのが間違いだった。
「チィ!我慢しろよ!」
兄は再び僕の腕を掴むと、僕を振り回した。
土方の剣を防ぐと、そのまま近藤へ身体ごと叩きつけようとする。
「なんて硬い人形だ!」
「だが、甘いな!」
「なっ!?」
「兄さん!」
僕の腕が肩から斬られてしまった。
今までと違い、剣の腕が上がっている。
二人はさっきまでは斬れなかった僕の身体を、傷付けられるようになっていた。
「武器が無くなったな、バラガキ」
「まだだ!」
僕の腕を短刀代わりにして、近藤の剣を防ぐ兄。
僕は一瞬兄に気を取られると、土方はそれを見逃さなかった。
「よそ見するなよ、人形!」
「くっ!暴風!」
土方に風魔法をぶつけて勢いを削いだが、奴は怯まなかった。
僕に向かって剣を振り上げ、そのまま真っ直ぐに振り下ろしてくる。
「うわあぁぁぁ!!」
「クソッ!ズレたか」
出来る限りの火球を土方にぶつけると、剣の向きが変わった。
おかげで左腕を斬り落とされただけで済んだ僕は、足を車輪に変えてすぐに後退した。
すると兄も、近藤から距離を取って僕の所へ下がってきた。
「大丈夫か!?」
「は、初めてこの姿で死を感じたよ・・・」
人形の姿といえど、魂の欠片を壊されたら動けなくなるのは分かる。
壊した事が無いから、実際はどうだか分からないけど。
でも魂と言うくらいだ。
下手をすれば自分の魂の一部が無くなって、元の身体にも戻れないかもしれない。
「どうして急に強くなったんだ?」
「僕も分からない。でも、何かしらの原因があるはず」
突然アンデッドが覚醒するなんて事は、聞いた事が無い。
ゲームでの知識でしかないけど、身の危険を感じてアンデッドが強くなるなんて、おかしいでしょ。
となると、外的要因がある?
「兄さん、周囲に誰か居る?」
「誰か?・・・人の気配は感じないな」
「じゃあ、魔力の流れは?」
「・・・ある!向こうの木だ!」
「ぼ、僕の腕えぇぇぇ!!」
兄は何か魔力の気配を感じると、持っていた僕の腕をぶん投げた。
大きな木に腕が当たると、ミスリルの塊である僕の腕がその大木を薙ぎ倒した。
「チィ!上手く隠れたと思ったのだが」
「誰か居る!?」
折れた大木の陰で、空間が歪んだ気がした。
今度は兄は鉄球を投げつけると、やはりその辺りの空間が歪んだように見えた。
「光学迷彩か!」
「何だそれ?」
「目に見えなくなる仕掛けをしてるって事。でも、居るのは確実だ。だから!」
僕はその辺りに風魔法を使うと、何かが捲れ上がりある人物が姿を現した。
「ネズミ族!?秀吉じゃないな」
「えっと、羽柴秀長だったかな?」
「バレてしまったか」
隠れて見ていたのは、秀吉の縁戚である羽柴秀長だった。
しかしこんな所に姿を見せたのは、何が目的なのか分からない。
近藤と土方が目的なのか。
それとも僕達が目的なのか。
「誰だ、お前は?」
「様子を察するに、あのバラガキと人形の仲間では無さそうだが」
近藤と土方も、突然姿を現した秀長の様子に驚いている。
どうやら二人と秀長は、味方というわけではなさそうだ。
「待て!私はお前達の敵ではない。ほら、このように手には武器も持っていない」
両手を上げて、抵抗しないアピールをする秀長。
近藤は僕達を警戒しているが、その間に土方が秀長と接触を図った。
「では覗き見をしていた理由は何だ?」
「それはだな、お前達を回収しに来たんだ」
「回収?」
土方の不満そうな声が聞こえる。
このまま敵対してしまえ!
「そう。このようにね」
秀長が土方に触れると、突然土方の動きに固さが見られた。
壊れた人形のようなカクカクした動きになると、そのまま膝から崩れ落ちる。
「貴様!何をした!?」
「兄さん!」
近藤が秀長に、怒りを露わにして向かっていく。
僕達はこの隙を突いて、腕を回収した。
「待て、近藤さん!」
「トシ?何かやられたんじゃないのか?」
「違う。何が起きたのか、ようやく分かったよ。近藤さんも、彼に触れられたら分かる」
怪訝な顔をする近藤だが、土方は信用しろと言うと、秀長と握手をさせた。
「・・・そうか。俺達は死んでいるのか」
「なぬっ!?」
今、近藤は死んでいると言った。
やはりアンデッドだったのは確定のようだ。
「二人とも、理解してくれたようですね。では、この地から離脱しますよ」
「待ってくれ。他の仲間は?」
「新撰組と呼ばれた人は、ほぼ回収しました。最後が貴方達です」
「そうか。なら良い」
二人は秀長の言葉に頷くと、こちらを向いた。
「奴等はどうする?」
「魔王共ですか。捨て置いて下さい」
「魔王!?アレが魔王なのか!?」
「アレ?貴方達は、ヨアヒムの命令で魔王と敵対したのでは?」
秀長が不思議そうに尋ねると、近藤がその疑問に答える。
土方は少し笑っているが、まさか魔王がガキだとは思わなかったんだろう。
「俺達は直接、魔王を見ていないからな。まさかあんなバラガキだったとは」
「バラガキバラガキうるせーよ!このバケモンが!」
「ハハッ!やっぱりお前のガキの頃とそっくりだな」
「近藤さん・・・」
兄はバラガキ呼ばわりにキレると、近藤に笑われてしまった。
すると兄は、怒りに身を任せて僕を片手に突撃を始めてしまう。
「ちょっ!それは駄目だって!」
「うるさい!アイツには一発やっておかないと、気が済まん!」
僕の身体を近藤の頭に振り下ろす兄。
しかし近藤は避ける素振りを見せず、そのまま頭に直撃した。
そして僕は、すぐに違和感に気付いた。
「く、崩れた?」
近藤の身体は土塊となり、そのまま砕けてしまったのだ。
よく見ると土方も崩れていて、秀長は遠くから僕達を見ている。
「待て!」
「待てと言われて待つ人は居ませんな」
「じゃあ待たなくて良い。お前、何をした?」
僕は秀長に尋ねると、彼は黒い影の中に半分身体を沈めてこう言った。
「回収したんですよ。魂をね。私の名は羽柴秀長。死人の魂を操り、再び降臨させる者。まあ分かりやすく言えば、ネクロマンサーというヤツです。聞きたい事は話しました。それではまた、何処かでお会いしましょう」




