幽霊騒ぎ
少しだけ迷ったんだけど、やっぱり言わなくて良かった。
実はパウエルに、秀吉と何を取引していたのか聞こうかと思っていた。
しかし商人は信用が命とも言う。
秀吉の知らないところで自分の情報が流れていたら、パウエルも怪しまれるだろう。
それに彼もそれを分かっているから、多分教えてくれない。
だけど無理矢理聞き出す事は、出来たと思う。
それこそ魔物退治の協力どころか、足を引っ張るよ的な事を言ったりすればね。
でもそんな事をしたら、僕達の信用が落ちるのは目に見えている。
元々の目的はミスリルの購入だし、それも不可能になる可能性もあった。
そして一番言わなくて良かったと思ったのは、パウエルが相当弱っていたからだ。
彼は知らないところで、フォルトハイムの代表として謎の人物に脅されていた事になる。
魔族との取引を中断という話に乗れば、僕にも秀吉にも迷惑が掛かる。
個人の一存では判断出来ないのだから、リュミエールに頼めば良かったのではと思うのだが、彼女には頼んだらしい。
その結果、謎の人物は一切姿を見せなくなり、結果的に魔物が急激に増えたとの事だった。
リュミエールに頼めば、周囲に被害が及ぶ。
だから冒険者に頼るしかなく、このような状況が生まれていた。
そんな時にもし僕が圧力を掛けていたら、どうなっていたか?
責任感から押し潰されて、彼の精神はまいっていたかもしれない。
最悪の場合、責任を取る形で自ら魔物に挑むとかして、その命は無かったかもと考えられる。
秀吉との取引内容が分かれば、何を必要としているのか分かる気もする。
だけどそれは、人を追い詰めてまでやる事じゃない。
パウエルは良い人だ。
ハクトに頼んで、彼にも胃に優しい食べ物を用意しようと思う。
僕が人差し指をビシッと向けて、決めゼリフを言った。
しかし反応が無い。
「魔王様、誰に向かって言ってはるんですか?」
「うん。言いたかっただけだから、気にしないように。で、官兵衛が言った通り、秀吉の可能性が高いと僕も思う」
「自作自演・・・」
「いやそれはまさか・・・」
二人とも動揺を隠せない。
特にパウエルに至っては、混乱が凄い。
そもそもパウエルは、取引相手である僕や秀吉に迷惑を掛けないようにと、謎の人物の誘いを即答しなかったのだ。
その影響で連合は衰退したのだが、まさか秀吉の自作自演となると、パウエルがしてきた事は何だったのかとなってしまう。悩み過ぎたのかあまりに顔色が悪くなると、それを察したニックが彼を横から支えた。
「魔王様、ちょっと話が衝撃的過ぎますわ。悪いんですけど、今日はこの辺で打ち切らせて下さい」
「僕もその方が良いと思う。お大事に」
パウエルはニックの肩を借りると、部屋から出ていく。
すると外でパウエルの体調不良を見た連中が、大慌てで走り出していた。
「官兵衛、ちなみにその話本当なの?」
「確定とは言い切れませんが、おそらくは。オイラの考えでは、秀吉の狙いは、誰も彼もが疑心暗鬼になる事。連合に帝国を不安視させておき、尚且つ弱体化させる。先程の王国の話が出ましたが、アレを長浜に置き換えると話は早いです」
なるほど。
連合の販路を、そのまま長浜が頂くという考えか。
弱体化している今だからこそ、王国との販路を強力に出来るチャンスでもある。
しかもキルシェの事だ。
連合よりも長浜にメリットがあると考えれば、乗り換える姿が目に浮かぶ。
「とはいえ、確定事項ではないです。やはり件の人物を探すのが早いかと」
「分かった。色々とありがとう」
僕は通話を終えると、ハクトの所にご飯を食べに行く事にした。
数日経った。
パウエルの体調は、まだ崩れたままである。
その影響からか、彼の代わりをニックがやる事になった。
代わりと言っても、ミスリルの販売に関してだけなのだが。
「魔王様、こんな感じでええですか?」
「うーん、もう少し欲しいところではあるけど、これ以上は無理だもんね」
「王国の船の補修にも使うので、これ以上はそっちに回せませんわ」
「分かった。ありがとう」
連合には連合の言い分もある。
全部僕達が買い占めれば、今度は王国が困る事になるだろう。
もしそれを実行すれば、キルシェは確実に僕から秀吉に乗り換えるはずだ。
「さて、魔物退治はどうなってるかな?」
「魔王様も少し身体動かしてきたら、どうです?」
僕はそんな面倒な事に参加したくない。
もしここで活躍してしまえば、それこそ魔族の手を借りようという話になる。
人手が足りない僕達は断るしかないが、ここで秀吉達が甘い言葉で登場すれば、奴は連合の救世主として名声を得る。
そうなったらまず僕達は、連合からも敵対視されるのは間違いない。
【でもさ、俺だけだったら良くない?】
あん?
暴れて殲滅するのが目に見えてるし、駄目に決まってるでしょ。
【いやいや、例えば大きいヤツとか凶暴なヤツだけ倒すとかね。冒険者が厳しいのだけ、俺が倒すってのはアリだと思うんだけど】
選別して強いのだけ排除するのか。
なるほど、悪くないかも。
「分かった。僕も少しだけ参加してくるよ」
「うーん、たまには運動もしないとな」
俺は腕を上に伸ばして軽く準備体操をした後、森の中に入った。
冒険者総出というだけあって、森の中を歩いているとそんじょそこらに冒険者が居た。
そのおかげか、とんでもなく強い相手からは逃げられるようで、冒険者に大きな被害は出ていないらしい。
「フン!」
鉄球を狼のような魔物の眉間にぶち当たると、狼は痙攣しながら倒れた。
その隙に冒険者が首を刎ねている。
「キミ、良いねぇ。とても助かるよ」
「昔、小さな子が護衛登録しに来たけど、あの子も凄かったなあ」
「アレだろ、ミノタウロスの奴隷で、いきなりAランク判定が出た。俺、アレを見て人のナリだけで判断するのやめたんだ」
「俺も俺も」
うん。
この話、覚えている。
調子こいた奴をバットでボコボコにしたら、知らぬ間にAランク判定もらったヤツだ。
でも顔までは覚えてないのか、俺が同一人物だとは気付いていないらしい。
「君もあの子くらい、強くなると良いね」
「あざーす!」
「ちなみに名前を聞いても良い?」
「自分、阿久野っす。よろしくっす」
「阿久野くんかぁ。何処かで聞いた名前だけど、何処だっけ?」
まあこの辺りの人達に、魔王の名前なんか覚えてる人はあんまり居ない。
直接会わないし、テレビ等で情報が得られる機会も少ない。
情報を得る機会が無いのに、あの国の大統領誰ですかと聞いても知らないのと同じだろうな。
「君の連れの沖田くんは、更に凄いよね。彼のおかげでだいぶ楽になったよ」
「あざーす。沖田は出来る子なんで、もっと頑張ってもらう予定っす」
「う、うん?君の方が偉いの?」
「あ・・・」
俺の方が小さいし、あんまりこういう言い方は良くないな。
まあ適当に誤魔化していたら、分かってくれたけど。
森に入ってしばらくすると、昼休憩をする事になった。
俺は冒険者のパーティーとサンドウィッチとか食べて休んでいると、急に悲鳴が聞こえてきた。
すぐに立ち上がり警戒していると、他のパーティーの一団が現れる。
「どうした!?大型の魔物か?」
「ち、違う!俺達の悲鳴じゃないぞ」
「俺達も悲鳴を聞いて、怖くなってこっちに逃げてきたんだ」
「じゃあ誰の悲鳴なんだ?」
「それは分かっている。沖田くんだ」
「お、沖田!?」
沖田が悲鳴?
アイツ、デカイ虫とか苦手だったりする?
いやいや、森の中を一人で行動出来る奴が、そんなはず無いし。
「それで、沖田くんは?」
「お、置いてきた。俺達が助けに行っても、足手まといだから・・・」
「お前!冒険者は助け合いだろうが!」
パーティーのリーダーらしき人物が申し訳無さそうに言うと、他の連中が非難を始める。
とは言っても、彼の言い分は正しい。
沖田と彼等は雲泥の差があるし、助けに行ったところで返り討ちに遭うだけだろう。
「だったらお前達なら、沖田くんが敵わない相手に立ち向かえるのかよ!」
「う・・・」
「ほらな。だから俺達は、足を引っ張らないように逆に逃げてきたんだ」
胸を張って言うリーダー。
正論のような事を言っているが、自分がとても情けない事を堂々と言っているとは気付いていない。
「分かった。じゃあ俺が行ってくるよ」
「阿久野くんが!?」
「危ないよ。やめておきなよ」
皆、心配してくれるのか。
冒険者って、もっと乱暴な連中の集まりっぽいイメージだったけど、めっちゃ良い人多いな。
「でも心配だしね」
「君が行っても足手まといだよ」
「それは無い無い。だって沖田より、俺の方が強いから」
「え?」
「向こうだったよね?じゃあ、行ってくる」
俺はダッシュで逃げてきた方向へ向かった。
「冗談だよね?」
「でもあの子、本当に強かったよ。あながち嘘じゃないかも」
冒険者達は走っていく魔王の背中を見送ると、再び魔物退治へ戻るのだった。
「この辺りかな?沖田〜何処だ〜!」
俺は大きな声で呼び掛けると、出てくるのは魔物ばかり。
大半は鉄球で一撃で仕留められるのだが、どうにも数が多くて面倒だ。
だからガサガサと物音を聞こえたら、すぐに鉄球をぶん投げる事にした。
「せいっ!」
「うわっ!」
「沖田!無事だった・・・わけじゃないな」
「魔王様、いきなり鉄球はやめた方が良いですよ。僕じゃなかったら、死んでたかもしれませんから」
そういえばそうだった。
冒険者だったら死んでたな。
やっぱりちゃんと見てから投げないとダメか。
と、そんな事よりも。
「怪我は大丈夫か?」
「えぇ、出血は多いですけど、致命傷ではありません」
確かに血塗れだが、本人の口調や意識はハッキリしている。
足がよろけたりしているわけじゃないし、俺の鉄球も避けられるレベルだ。
怪我はそこまで酷くないようだな。
「しかし、そこまで厳しい魔物がこの森に居たとは。俺が倒してこようか?」
「いえ、魔物は問題無いのですが」
「じゃあ、どうしてそんな怪我を?」
「実は・・・幽霊にやられました」
「幽霊!?」
ハッハッハ!
沖田も冗談を言うようになったか。
沖田なら幽霊くらい、簡単に倒せそうだけど。
いや、斬れないから無理なのかな?
「本当ですよ」
「冗談じゃなく?そんな強い幽霊、居るの?」
俺が尋ねると、沖田は真顔でこう言った。
「そうですね。僕も見間違いだと思っていたんですけど。アレは間違いなく、近藤さんや土方さんでした」




