酒
王国の王族は、佐久間信盛という名前を持っていた。
それは信長から与えられた、数少ない恩賞だったのかもしれない。
信長を恨んだヒト族の末裔。
それしか知らなかった僕は。王女の説明により真実が明らかとなった。
信長は佐久間信盛を、見捨ててはいなかった。
手紙を送りその仕事ぶりを賞賛するも、その時には信盛は亡くなっていたのだった。
息子である二代目信盛は、父の死因が信長にあると恨んだ。
名前は代々継いできたものの、彼等の中で信長は既に主君ではなかったのかもしれない。
そんな恨みを長年持ち続けてきたライプスブルク王家だが、その中で異端だったのは第三王女のキルシェだった。
恨んでいても先は無い。
未来を見据えた彼女に賛同した仲間は、今回の同行者だったようだ。
その言動は理解されず、王国の未来の為に行動を起こしても失笑される。
愚姫という名で呼ばれても、彼女は諦めていなかった。
そんな彼女の考えは、僕等にも深い感銘を与えた。
下剋上を目指す彼女に、手を貸す事を約束。
しかしその道程は険しく長い。
味方が少ない彼女には、更なる賛同者が必要だった。
賛同を得る為に必要なのは、信頼に足りる結果だった。
それにはやはり漁業をする為の船が必要という結論になる。
そして彼女は、ふと新たな疑問を持つ。
ドワーフの手を借りれば、作れないかと。
その考えは結果的に、今行っている事と繋がっていくのだった。
二人だけの話し合いが終わり、宴会へと向かおうとすると、外からとんでもない言葉を発する男が現れた。
その言葉は、目の前の王女の怒りを買う事となった。
「お前、此処に連れてきた理由って、そんな考えあったの?」
「無いですよ!そんなわけありませんて!」
腕を組みながら、怪しいという目で見てくる彼女。
しかし認めたら負けなのだ。
しかも中身が元日本人のおっさんの彼女。
見た目は良いが、最悪だ。
もしこれで認めようものなら、彼女はそれをネタに死ぬまで僕をこき使うだろう。
「まあ中身が中身だ。どうせまだ性欲とか無いだろう」
「そういえばそうかも?」
よくよく考えると、性欲というモノはあまり感じない。
モテたいという欲はあるのだが、そこから先はあまり欲している気はしなかった。
DTは卒業したかったけど、そこまで拘っているわけではない。
今になって思えば、本当に小学生くらいの考えに近いのかもしれない。
「まだその点に関しては信用出来ないが、協力者になってくれる事に免じて目をつぶってやろう」
「それはありがとうございます?」
何でコイツが上から目線なんだ?
お礼を言ってしまったものの、釈然としない。
まあ当初の予定が卒業だったからかもしれないな。
【あ!】
どうした!?
何か気付いたのか?
【長年の親友と別れを告げるはずだったのに。気付いたらこんな事になっていた】
そういえば!
しかし、長年寄り添ってくれた友だ。
仕方あるまい。
【お帰り親友。また長い事付き合う事になると思うが、いつかは俺達とサヨナラしてくれよな】
僕達のDT。
キミとはまた。
いや、まだ長い付き合いになりそうだ。
宴会場へと着くと、ヒト族と魔族でハッキリと分かれていた。
まあこうなる事は予想していた。
魔族を憎んでいた王国の兵と、いきなり肩を並べて酒でも酌み交わせと言われても、それは無理があるというものだ。
王国側も最初から信用してもらえるとは思ってないだろう。
だからこそ、まずは見本が必要なのだ。
「キルシェ、あーんってするから何か食べさせて」
「クソガキ!何をさせるつもりだ」
小声で怒りの声を出してくる王女。
器用にキレるものだなぁ。
「いいか?目の前の光景を見て分かる通り、ハッキリと警戒し合っている。だからこそ、代表者の僕達が友好的だと示すべきじゃないのか?」
「言っている事は分かるが、だからといって俺がやる必要無いだろう?逆にお前が俺にやれよ」
ゆるふわ系美女に、あーんってやるのか。
それはそれで悪くないな。
でもされるのは良いけど、するのは恥ずかしい。
「間を取って、お互いのグラスに酒を入れるって事で」
「それが良いな。だけどお前、酒飲める身体なの?」
「あ・・・」
そういえば、この身体になって酒は飲んでいない。
というか、見た目の倫理的に飲ませてもらっていない。
魔王の身体なんだから、飲めると思うんだけど。
つーか久しぶりに飲みたい。
「多分大丈夫。だから入れちゃって」
「倒れるなよ?」
お互いのグラスに、酒を注ぎ合ったのを見た両陣営。
少し動揺があったものの、少しは警戒感が緩んだ気がする。
「先程の話し合いで、僕達はキルシェ王女と手を結ぶ事を約束した。安土に居る魔族全員には後に通達。それと若狭へもその旨を追って連絡する」
「ワタクシ達も魔族の方々と手を結べるとは、思ってもみませんでした。しかしこれは、王国にとっても大きな一歩。ワタクシ達はこれから、誰も知らない新たな道を歩むのです」
「まだお互いに、すぐに信用しろとは言わない。しろと言われても出来ないだろう」
「だけどこれからは、徐々に信頼を深めていってほしい。そしてそれを、他の王国の方々にも見てほしい。それはワタクシ達が示すのです」
「まだ見ぬお互いの発展の為に、乾杯!」
王族との乾杯とか、やり方知らねーから!
適当に言って内心ドキドキが止まらなかったけど、皆の顔を見る限り間違ってなかったと思う。
というより思いたい。
「流石は魔王。心を掴むのは上手いな」
王女は何故か勘違いしてくれたけど、毎回こんな上手くいくとは思えない。
スマホでお偉いさんとの酒の席でのマナーも、ちゃんと勉強しておこう。
それよりも酒だ!
酒を飲もうじゃないか!
この世界の酒は、焼酎と日本酒っぽい酒とビールしか見た事がない。
もしかしたら他の国には、ワインやウィスキーもあるかもしれない。
探せば色々ありそうだけど、どうなんだろう?
ちなみに能登村は、日本酒が有名らしい。
南側だから焼酎かと思ったが、そういえば方位磁石もよく分からない事になっていた。
この世界では日本の常識とは、違うのかもしれない。
「さ、飲んで飲んで!」
「この酒、日本酒か!?美味いな」
キルシェは普通に酒が飲めるらしい。
しかも飲み方は上品なのに、小声で言ってくるセリフはおっさんだった。
そのギャップが、萌えるどころか気持ち悪い。
「それでは魔王様も、一杯どうぞ」
「うむ、苦しゅうない」
一度言ってみたかったセリフだ。
しかも見た目は美女に注いでもらった酒だし、不味いわけがない。
「ありゃ?」
目の前がグルグルする。
これは、飲み過ぎた時の症状と似ているけど。
まさかグラス半分ちょいだぞ?
あ、駄目だ・・・。
「魔王様?」
「アイツ、酒弱くなったな」
「一瞬だけ倒れたので、酔い潰れたのかと思いましたわ」
これがキルシェ王女か。
見た目はマジで美人だな。
今も話し方はマトモだし、これは勘違いするわ。
「おい。黙ってるけど、本当に酔ってないだろうな?」
うわっ!
急に喋り方変わった。
これは確かにギャップあるなぁ。
「酔い潰れたけど、俺は酔ってねーよ」
「どういう意味だ?」
「それよりも俺も酒飲みたい」
さっきから飲んでるだろ。
そんな目で見てくる王女だが、俺自身は飲んでいない。
久しぶりの酒だ。
やっぱり楽しみたいじゃないか。
「げふぅ!」
顔が熱い。
目が潤んできた。
久しぶりの酒は美味いのだが。
あるぇ?
俺も酔ったのか?
王女が二人に見える。
あ、駄目だ。
頭が痛い。
どうやら二日酔いのようだ。
途中から記憶が無い。
この二日酔いの感じだと、もしかしたら兄さんが馬鹿みたいに飲んだのか?
「魔王様!目が覚めましたか」
「僕はどうなった?」
目覚めの一発目の顔が太田なのは微妙だが、心配してくれているのだからそんな事は言わない。
「乾杯して早々に倒れられました」
「え?」
「一度起きたのですが、また二口ほど飲んで倒れたと王女からは」
まさか、そんな早くに酔い潰れたのか?
今までチビチビ飲む分には、大して酔わなかったのに。
しかも一度起き上がった?
それも記憶に無い。
【それは俺だ。俺も飲みたかったから、お前が酔い潰れて代わった】
それで、そっちもすぐに倒れたって。
【俺も記憶に無い。美味いなと思ったら、倒れてたっぽいな。気付いたら今現在の状況だったから】
でも全然元気そうだね。
二日酔いでは無さそうだ。
【頭は痛くない。だけど、代わったらヤバい気はする。しばらく寝るから起こさなくていいよ】
それっきり声は聞こえなくなった。
「だからあれほど飲むなと言ったのに」
長可さんが顔を出し、僕に説教を始める。
子供なのだから駄目だ。
前々から注意してたでしょう。
色々な言葉でお叱りを受けてしまった。
「ごめんなさい」
素直に謝り、その場は何とか切り抜けた。
しかし魔王の身体。
酒よわっ!
子供の身体だからか。
それとも魔王自体が下戸か。
どっちか分からんけど、しばらくは禁酒になりそうだ。
飲酒は僕の楽しみだったのに・・・。
「魔王様はお元気になられましたか?」
どうやら王女がお見舞いに来たらしい。
中へと案内され、僕の前に座った。
「ワタクシがお酒なんか勧めたばっかりに。本当にごめんなさい」
太田と長可さんは頭を下げる王女に、こちらが悪いと謝った。
「酒弱いなら先に言っとけや」
軽くドスが効いたような声を小声で出し、僕にキレる王女。
一応は謝った。
ただし、知らなかったので僕は悪くないのだ。
「今回の件、手を結んでくれて本当に助かる。だから俺も、やれる事はやっておきたい。早々に戻って、他の貴族や使える人間の発掘に勤しむ事にするわ」
「分かった。くれぐれも下剋上の気配を察知されないようにな。僕もキルシェ達が出発したら、すぐに長浜へ戻る。滝川領へ行っていた密偵が、戻ってきてもおかしくないからな」
彼女はそれを告げると、すぐに陣営へと戻っていった。
やるべき事が沢山あると言っていたから、すぐに王国へ帰るのだろう。
「魔王様。キルシェ王女達が安土を離れました」
報告を受けた僕は、また長浜へ猫田さん達と合流する為に戻る準備を始めた。
「まおうさまー!長浜へ戻るんでしょ?」
それを何処かで聞きつけたチカが、旅支度を終えて声を掛けてきた。
「お前、今回は留守番だよ?」
「やだー!猫さん先生と一緒に頑張りたいー!」
「駄目ですよ。無理を言っては」
セリカが後ろから、頭をポンポン叩いて優しく叱りつける。
「だってぇ!」
「チカちゃんは私と一緒にお勉強でしょ?」
「どういう事?」
セリカに話を聞くと、チカは長可さんの所でしばらく勉強する事になっていた。
やはり年齢の割に子供っぽいので、その辺の常識というようなところも直していくとか。
ビビディは長可さんにしばらく預けると、助かるとお礼を言っていたらしい。
ちなみにセリカのお勉強というのは、俗に言う花嫁修行だった。
花嫁修行だった。
蘭丸爆ぜろ。
「だから今回は、俺がお前と同行する」
そう言ってきたのは、半人前代表の蘭丸くんだった。
早く一人前になって、結婚したいのかね?
イケメンはこれだから。
「お前、なんか卑屈じゃない?」
「チッ!そんな事ないですよ。チッ!」
舌打ちしまくってやった。
しかし、蘭丸が来ても戦力になるのかね。
真面目に、チカの方が役に立つ気もしないでもない。
元々壁に張り付いたり出来るし。
影魔法まで使えるようになって、偵知という仕事なら蘭丸よりは上な気がする。
「あとハクトも同行するから」
「は?」
ハクトとトライクで二人乗りして向かうらしい。
正直、意味不明な人選だった。
「マオくんは知らないと思うけど、最近は僕等も強くなったからね」
自信があるようだが、その強さが長浜で使えるかは微妙なんだけど。
しかし時間も惜しい。
ここで反論して揉めても仕方ないし、彼等はもう大人だ。
自分から言い出したなら、自己責任というヤツで頑張ってもらうとしよう。
「もう行こう。慶次達も戻ってきてるかもしれないし」
「慶次!?慶次と会ったんですか!?」