連合の悩み
欲しい物の為には、スライディング土下座も辞さない。
その気持ち、分からんでもないぞ。
トキドは兄が持つバット剣を、とても気に入っていた。
国江が折れたからかもしれないし、本当に気に入ったのかもしれない。
どちらにしてもあの剣に対する執着は、結構強いと思った。
でも少し疑問もある。
それは単純に、騎士王国の騎士って剣や太刀が無くても、それなりに強いんじゃないかって話だ。
トキドなんか、風林火山を使えばそれこそ炎まで操れる。
風の力で素早く動き、山の力で防御も完璧。
それこそ佐藤さんみたいに戦えないかな?
むしろ火の力を使えば、佐藤さんの弱点でもある遠距離攻撃までこなせるはず。
トキドが武器にこだわる理由なんか、無いんじゃない?
でも自分で言っていて、問題があるとも理解している。
それは単純に、騎士なのに剣も槍も使わないという点だ。
それに騎士というのは、何かに騎乗して戦うから騎士なのだが、流石に素手では敵と戦えない。
そう考えると、確かに武器は必要なのかもしれない。
だから僕は、トキドがあの剣を欲しいと言うのなら、あげても良いんじゃないかと思っている。
そもそも兄は、あんまりアレを使っていない。
使う相手が居ないからという苦しい言い訳をしていたが、それって単純に剣が上手く使えないからでしょ?と言いたくなる。
バットのグリップと同じようにしたからといって、剣が急に上手くなるわけじゃないしね。
何にせよ、トキドは騎士王国で自分がトップクラスの実力があると、自分でも分かっていると思う。
それなのにスライディング土下座までしたのだ。
アレくらいあげても良いじゃない。
でもクリスタル内蔵の武器は、保留かな。
だってアイツ、そんな物無くても強いんだもの。
コイツもか!
まさかこの短期間に、スライディング土下座を二回も見る羽目になるとは。
ただし内容はちょっと違う。
トキドが土下座をしてきたのは、あくまでも自分の為。
武器が無いからコレ下さいという、自分が欲しい物を貰う為に、兄と僕にスライディング土下座をしたのだ。
だがニックの内容は自分の為でもあるが、フォルトハイム全体の為と言った。
その内容は、ちゃんと聞くに値するはずだ。
「何があったか詳しく説明して」
「あぁ、そうでした!慌ててもうて、忘れてたわ」
「ニックさん、水でも飲んで落ち着いて」
ハクトが水を差し出すと、それを一気に飲み干した。
酒を飲んだ時のように大きな息を吐くと、軽く呼吸を整える。
「ハァ、落ち着いた。それで魔王様達には魔物退治をして、助けてほしいんですわ」
「魔物退治?そんなの連合なら、冒険者が沢山居るでしょうに」
むしろそれは冒険者の仕事である。
僕達がやってしまうと、彼等の仕事を奪いかねない。
だが、そういう話では無くなっているらしい。
「もう冒険者には、ほとんど依頼してます。ただ、人数が足らんのです」
「そんなに多いの!?」
「多いです。ただ何が原因か、ワタシ等も分からんのです。だから冒険者には、魔物の駆除が主になってしまい、外へ出る商人の護衛が足らんのですわ」
なるほど。
駆除を疎かにすると、ラーデンユニオン全体が危険になる。
しかしそうなると、商人の護衛が足りないから外に出られない。
冒険者の数はそこまで多くないし、今は魔族に支援要請も出来ない状態か。
そこに僕がやって来れば、泣きつくのも当然だな。
「理由は分かったんだけど、リュミエールなら解決出来るんじゃないの?」
「あの方に頼んだら、森の一角が吹き飛んで更地になりましたわ。アレを見て、またやって下さいとは言えませんな」
オーバーキルをした挙句、自分にも被害が出てるって訳ね。
連合の周囲が更地になれば、それはまた別の問題も起きそうだし。
木々があるだけで防風林の役目を果たしたり、動物の住処になったりしている。
全部潰せば、連合の食卓には動物の肉なんか並ばなくなるだろう。
「でも、僕達もそんな暇じゃないし。それに今回は、買い物をしにやって来ただけだから」
「だから、売り物なんか無いと言ってますでしょ」
「・・・ミスリルは?」
「ミスリルぅ?そんなモン、長浜で買えばええやろ。あ、長浜では買えんのでしたっけ?」
コイツ、腹立つなぁ。
知ってて言ってきてやがる。
だったらコイツからは買わなければ良いだけの話。
「パウエルの所に行く。お前からは買わん」
「無駄でっせ」
「何?」
おかしい。
いつもなら自称ライバルであるパウエルの名前を出せば、張り合ってきていたはず。
そしたら慌てて、売ります!買って下さいと言っていたんだけど。
「パウエルも連合の盟主の一人なんでね。魔王様がラーデンユニオンに来たって聞いたら、同じ事言われるだけです」
「なるほどね。でも、念の為に向かってみるわ」
止められないと知れば、慌てるはず。
と思ったのだが、アテが外れた。
「だったらワタシも行きましょ。そっちの方が面会も、早よ出来ますから」
「助けて下さいぃぃぃ!!」
パウエルもニック同様だった。
やり手のパウエルなら賑わっているかなと思ったが、やはり街全体が静かだ。
こちらも同じく、ほとんど閑古鳥が鳴いているレベルだったのだが、余裕があるかなと思ったらそうでもなかったらしい。
こちらもハクトが落ち着かせると、ようやく話が通じるようになった。
「やっぱり魔物?」
「そうですね。リュミエール様にも対応をお願いしたのですが、あの方の力は強大過ぎてしまい、役に・・・」
役に立たないと言おうとして、口を紡ぐパウエル。
今までならそんな事は絶対に口にしない男だったのに、それほど追い詰められているらしい。
「冒険者達は倒してないの?」
「倒してますよ!毎日倒した魔物を担いできては、報酬を得ています。しかしそれもいつまで出来るか・・・」
商人達には収入が無いのに、報酬は払わないといけない。
その為支出だけは、増えていくようだ。
「うーん、少し疑問もあるんだよなぁ。リュミエールとも話したいんだけど」
「それでしたら、少し待てばいらっしゃいますよ」
リュミエールは普段、ニックとパウエルとヤコーブスの三人が世話をしているらしい。
今日はパウエルが世話をする日のようで、もう少しするとやって来るという話だった。
「ついでに冒険者も聞けるかな?」
「今は全員が、魔物を退治しに出ていますので。もう少し遅い時間になれば戻るかと」
「魔王様、だったら僕も、魔物退治に参加して良いですか?」
沖田が久しぶりに口を開くと、待っている時間が退屈なようで、そんな提案をしてきた。
二人はそれを聞いて、両手を合わせて許可をしてくれと言わんばかりにお願いしてくる。
まあ断る理由も無いし、ここで暇そうにさせておくのも勿体無いしね。
「良いよ。その代わり、冒険者と揉めないようにね」
「分かりました!行ってきます!」
沖田は意気揚々と出て行った。
沖田は唯一、大怪我という大怪我をしていなかったしな。
最近は大きな戦いも無かったし、身体が鈍っていたのかもしれない。
こういう時にストレス発散させるのも、僕の役目だろう。
「アタシが来たのに、どうして出迎えが無いの!」
しばらくして、ドアを豪快に開けて入ってくるリュミエール。
僕とハクトが居るのに気付かなかったのか、彼女はドアを開けるなりパウエルへ文句を言っている。
だがハクトが居るのを見て、彼女の態度はみるみる変わっていった。
「あら〜、ハクトじゃないの。どうしてこんな所に?」
「私の会社がこんな所扱い・・・」
パウエルはショックを受けていると、ニックが肩を叩きながら首を横に振っている。
諦めろという事だろう。
「じ、実はマオくんとミスリルの購入に来たんです」
「あん?魔王?ハッ!都を盗られたダサ坊主か」
口悪いな!
というより、かなり荒れているように感じる。
僕は愛想笑いで誤魔化すと、スススッと横にパウエルがやって来て、僕に耳打ちをする。
「外からも業者が来ないので、野菜や果物も入ってきません。だから食事も魔物の肉がメインになっていて、飽きているのです」
食事が一番の楽しみと言っても過言ではないリュミエールは、今の状況が堪えられないのだろう。
その為力の限り放った一撃で森を吹き飛ばし、更に悪循環を生んだ。
「ハクト、ダサ坊主は落ち目だから、こっち来なさいよ」
「え?僕はマオくんの友達なので」
「あんなのもう、無駄よ。魔族もまとめられないただのチンチクリン」
「あ、そう。せっかくハクトに、ちょっと変わった肉料理とか作ってもらおうと思ったんだけど。ちなみに作り方はまだ教えてないから、ハクトも作れないんだけどね」
「魔王の為ならアタシが協力出来る事、多少はやってあげるよ?」
早いな!
手のひらを高速でひっくり返しやがった。
イラッとするよりも、その性根にビックリだわ。
「じゃあ幾つか質問とお願いがある」
「何でも答えるわよ」
目をパチパチとさせながら言ってくるリュミエール。
早くして料理作らせろと、遠回しにアピールされているようだ。
「じゃあまず、外の魔物について。リュミエールはドラゴンでしょ?魔物ってドラゴンを恐れないの?」
「恐れるわよ」
「じゃあどうして、リュミエールが滞在しているラーデンユニオンの周りに、魔物が増えたんだろう?」
「単純に、外の食べ物が減ったからじゃない?でもアタシの支配領域に入ってくる奴なんか、今まで居なかったわね。あら?どうしてかしら?」
疑問に思わなかったのかい!
まあリュミエールからしたら、どんな魔物もその辺の虫と変わらないだろうし。
虫が増えても自分に危害を与えないなら、無視するのが普通か。
「ちなみにその魔物、リュミエールに向かってきた?」
「来たのも居たけど、むしろ魔物が少なかった気がするわね。ん?そういえば増えたから倒してくれって聞いてたのに、話が違うわね」
「もう少し関心を持とうよ」
言われたからやっただけで、あんまり興味が無いっぽいな。
自分の食べ物もそれで影響あるんだから、もう少し本気になっても良いのに。
でも話を聞いたおかげで、一つの仮説が立てられたぞ。
「何か分かったの?」
「ただの推理だけどね」
「おぉ!流石は魔王様やな!」
「どんな推理なのです!?」
ニックとパウエルが、前のめりで聞いてくる。
「多分だけど、魔物は誰かに操られているんじゃないかな?」
「魔物を操る?そんなの可能なんですか?」
「そんな魔道具でも、あるんかいな?」
「道具は無いよ。でも操れる人なら居るかもしれない」
僕はなんとなく、リュミエールを見て思い出した。
それはかつてリュミエールと同じドラゴンを、操ろうとした召喚者が居た事を。
「あくまでも仮説だけど、秀吉が召喚者を使って魔物を操っている可能性はある。特に連合にはリュミエールが居るから、直接的に倒す事は出来ない。でも違う意味で弱体化させるなら、可能だと思うんだよね」




